超警告。CLANNADの隠しシナリオをクリアしていない人は
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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。
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「あー、この頃か。なつかしー」
「本当だな」
校門まで200メートル。そこで一度立ち止まる。
辺りには、満開の桜が咲き誇っていて、
隣では、同じように汐が立ち止まっていた。
『そして、始まる春の季節』
「すっごい桜……」
唖然とした様子で、汐がそう呟く。その間にも、頬や髪に桜の花びらがくっついていたが、それに気付く様子もない。
俺は俺で、その桜の規模に圧倒されていた。十数年前のあのときも結構な数の桜が花を咲かせていたが、それ以上となるとなかなか感想が出てこない。
「あれが育ったのか……」
どうにかして出てきた言葉は、たったそれだけだった。
「あれって?」
汐が首を傾げる。
「お前が小さい時、一度来ただろ? あのとき、桜の若木がそこかしこにあったんだよ。それが、お前と同じように成長したんだ」
「あ、そうか……」
思い出したらしい。感動したような貌で、汐が桜並木を見上げる。
「大きくなったんだね、桜の木」
「お前もな」
「そうかな?」
「ああ、そうだよ」
本人の自覚が無いというのも、なんというか面白い話ではある。
「だってお前、今日から高校生だろ?」
「ん、まぁそうだけど……」
今になって気付いたのだろう。髪に付いている桜の花びらを丁寧に取りながら、汐。
「気付いていないかもしれないけどさ、お前は大きくなったよ。汐」
頬に残った桜の花びらを取ってやりながら、俺はそう言ってやる。
「――ありがとう、おとーさん」
その礼は、花びらを取ったことのことか、俺の言葉に対するものなのか……ちょっとよく、わからなかった。
「しかし残念だな。渚と同じ制服だと良かったんだが」
と、俺。数年前に、この学校の制服がモデルチェンジをしたのだ。
ただ、全体としてはそれほど変わってはいない。スカートが少し長くなって、襟が少し丸くなっているくらいだろうか。
けれど、あの制服を見慣れていた俺にとっては僅かながらも引っかかるところがあるのだ。
あと、欲を言ってしまえば……俺は、汐に渚の時と同じ制服を着て欲しかったというのもある。
「わたしは、モデルチェンジして良かったかな?」
ぽそっと囁くように、汐。
「なんでまた」
「――ひみつっ」
ぷいっとそっぽを向いて、そんな風にはぐらかされてしまう。
もっとも、そのことに若干憶えのある俺は、それ以上追求する事はしなかった。
「それにしてもまぁ、ちょっと早く来すぎたな……」
と、俺。杏や古河夫妻はおろか、こういうイベントには必ず先行している春原の姿すらない。
「いいじゃない。この桜をふたりで眺められるんだから」
汐がぽつりと、そう答える。
「ああ、そうだな」
そういえば、こうやってゆっくりと桜を眺めるのも久しぶりのことだった。
しばらく、ふたりで桜を眺める。
そこは、図らずも俺と渚が出会った場所だった。
「あら、岡崎じゃない。久しぶり」
突如背中からかかった懐かしい声に、俺は思わず全速力で振り返ってしまう。
「美佐枝さん!」
そう、その声の主は学生寮の管理人である相良美佐枝さんであったのだ。
「美佐枝さんこそ久しぶり。今も男子寮の寮母を?」
「ううん、ちょっと色々あって今は女子寮の方を管理しているの。あと、寮母じゃなくて寮監って言うようになったよ。ちょっと格好良くなったでしょ?」
「ああ、そうだな。(ピー)歳に見えないくらいだ」
「うん、今度それ言ったら四十八の殺人技を順繰りにぶつけていくからそのつもりでいなさいね?」
あの頃より数段怖い笑みを浮かべて、美佐枝さん。
「りょ、了解……」
なるほど、この迫力なら確かに寮母と言うより寮監の方が似合っているような気がする。
「で、どうしたのよ今日は。仕事?」
そう言って小首を傾げる美佐枝さんに対し、俺は人を驚かせるとき特有の、ちょっとした悪戯心を漂わせつつ、
「紹介するよ、俺の娘だ」
そう言って半身をずらし、何故か俺の背に隠れるようにしていた汐を美佐枝さんにお披露目した。
「えっと……岡崎汐です。はじめまして」
隠れていた割には、ちゃんと自己紹介する我が娘だった。
そして、渚を知っている人の多くがそうするように、美佐枝さんは息を飲む。
「……名簿で見た時まさかと思ったけど、どんぴしゃだったとはね――相良美佐枝よ。こちらこそよろしくね」
そう言って美佐枝さんは手を差し出し、汐が応じる。
「なんて呼ぼうかしら。岡崎……だとなんか区別つかないし」
「別にいいんじゃないか? 俺はもうここの生徒じゃないんだし」
「あたしの中で踏ん切りが付かないってことなのよ。そうね……岡崎二世なんてどうかしら?」
「二世、ですか……」
そう呼ばれたのは初めてなせいか(まぁ普通の人は二世などとは呼ばれないだろう)、何ともいえない表情を浮かべる汐。
「やったな汐。三世は多分有名になるぞ?」
「もみあげが長いのはちょっと……」
「えー、格好いいじゃないの彼。そもそも二世は誰が好みなのよ?」
「顎髭に帽子の人ですね」
「渋いなおい……」
「それ言ったら全員渋いわよ。っていうか岡崎も二世も、良く知っているわねぇ……」
気が付いたら、何故か世界的大泥棒の話題で盛り上がる俺達だった。
美佐枝さんとひとしきり談笑した後、俺達は校門を潜っていた。ちなみに美佐枝さんは寮の方に用事があったらしく、俺達とは逆に坂を下って行ってしまった。
「しかしまぁ、また此処に来ることになるとはな……」
嘆息しつつ、俺。しかも保護者として、だ。
「っていうか――なんだこりゃ」
校門を抜けた先にある風景を見て、思わず絶句してしまう。
かつて渚は、何もかも変わらずにはいられないと言っていた。
その言葉を証明するかのように、俺達が通っていたあの学校は、その雰囲気を一新させていたのだ。
俺と渚の演劇部部室があった旧校舎は、新しい校舎に立て替えられているし、あの坂と同じように、あちこちに桜が植えられている。
構内の設備も、あちこちが直されているようで、グラウンドには俺のときには考えられない規模の巨大な照明装置があったし、用途がよくわからない小さな建物がいくつか増えていた。
「変わったなぁ……」
ただただ圧巻されながら、俺。
「そうなの?」
と、身を少し屈めた上目遣いで、汐がそう言う。
「ああ。俺の時とは別物と言っても良いかもな」
そう言えば合格発表の時、藤林姉妹からこの学校のランクが上がっていると言っていたが、その影響かもしれない。逆に、環境が変わったので難関校になったのかもしれないが……。
そのまま、入学式の会場である体育館の前に移動する。
「お、体育館はあのときのままか」
今のところ唯一変わっていない建物を見られて、思わずほっとしてしまう。
「あのときって?」
再び首を傾げて、汐がそう訊く。
「ああ。忘れもしないさ」
体育館を見上げながら、俺は続ける。
「ここで、渚は演劇部の公演をこなしたんだ。たったひとりで、舞台に上がってな」
それは、今でもすごいことだと思う。
「そうなんだ……」
眩しそうに、体育館を見上げる汐。
「ま、お前も演劇部に行く必要はないけどな。自分の行きたい部室を選んで――汐?」
「うーっ……!」
珍しい。汐が、武者震いをしている。
「どうした、一体」
ちょっと心配になってそう訊くと、汐は軽くたたらを踏んでから、
「今になって、実感しちゃった……」
そんなことを言う。
「なにが?」
高校に合格したことだろうか、或いは、入学したことだろうか。俺の推測を余所に汐は小さく息を吸うと、
「わたしがね――」
しっかりと、噛みしめるように、
「うん?」
「わたしがね、また此処に来ることが出来たこと」
はっきりと、そう言った。
「汐……お前、それって」
それ以上の言葉が出てこない俺に、
「うん。夢、だったんだ」
そう答えて、汐は微笑む。
……そういうこと、だったのか。
いつかのとき、俺はまだ幼い汐をつれてこの坂に来たことがある。そのとき汐は、また此処に来たいと言っていたのを、俺ははっきりと覚えている。
だがそれが、そういう意味であるとは思わなかったのだ。
「夢、叶えたか」
「……うん」
笑顔を浮かべて、汐。
……ならば。
「じゃあ次の新しいこと、見つけろよ?」
「え?」
その言葉は予想外であったらしい。驚いたかのように、汐がこちらを見る。
「新しいことだよ。新しい夢を見つけて、叶えるんだ。お前になら、できるよ」
かつて俺は渚にも同じようなことを言った。そして渚は新しいものを見つけて――俺の側にいてくれた。
それは、俺の勝手な意見だとは思う。
けれど汐にも同じことが出来ると、俺は確信していた。
「できる――かな?」
「ああ、出来る」
断言してやる。
渚も出来た。俺にも出来たのだ。
「わかった。頑張って、やってみる」
そう言って頷く汐の瞳には、強い光があった。
「ああ、頑張れよ」
それは、かつて渚が見せてくれたものとはまた違う形の強さを感じさせる光だ。俺とも、渚とも違う、汐自身のものに他ならない。
「それじゃ、行ってくるね」
「おう!」
手を高く打ち合わせて、汐は校舎、俺は体育館と、それぞれの方向へ歩きだした。
汐は此処での三年間をどう過ごすだろう。
汐は、此処での三年間で何を得るのだろう。
それは俺ではわからないし、おそらく汐にはもっとわからないだろう。
けれども、はっきりと言えることが、ひとつだけあった。
――お楽しみは、これからだ。
Fin.
あとがきはこちら
「んーっ! 汐ちゃんが高校生になってますますラブリーになりました。風子感激ですっ」
「そうだろうそうだろう」
「それにスカートが短くなったのでめくりやすくなりましたっ! えっちです!」
「おいちょっと待て」
あとがき
○十七歳外伝、高校入学編でした。
前から書いてみたくて暖めていた話でしたが、丁度良い季節に丁度よくまとまったのでこうしてお披露目する事が出来ました。
……さて次回は、ちょっと未定です;