朝起きて、カーテンと窓と雨戸を開けて外の空気を取り込んだとき、微かに花の香りが折り込まれているのに気付いた。よくよく外を見れば、空は晴れていて、雲ひとつ無くて、もう高くなり始めている太陽から、暖かな陽光が私を包むように降り注いでいる。
その時になって初めて、季節が春になっていることに気付いた。
春(2003.03.10)
朝食を手早く作って、行儀が悪いと知りながらも朝刊を広げて、私は朝食を摂り始めた。紙面を見てみると、天気欄の隣に桜前線の特別欄――今年の開花は早いそうだ――が載っている。他にも、入学式云々の話とか、今年の花粉はどうだとかが紙面を賑わせており、今朝方私が感じたものが錯覚でないことを知った。
間違いなく、季節は春になっている。
コーヒーを飲みながら新聞のページをめくる私の目が、自分でもわかるくらい細まった。何故なら、それらはどうしようもないくらい、どうかすると羨ましいくらいに微笑ましいことだったから。
制服に着替え、髪を整えた後外に出てみると、今まで感じていた色の薄い、どこかくすんだような色彩は綺麗さっぱり消えていて、柔らかいけれども鮮やかな色合いを持った風景が、私を出迎えた。なんで気付かなかったんだろう。季節の移り変わりは唐突なものじゃないはずなのに。そんなことを考えながら、私は、ずっと続けている日課を果たそうといつもの場所に足を向ける。
そこは、すぐ近くの家。この時間には誰も居ない、筈の家。私はその家を見上げ――2階の窓辺りを眺めた。窓はぴっちりと閉じている。もう一年近く、ずっと閉じたままの窓は、今日も開く様子はない。
私は、踵を返した。
朝から変わらない、雲ひとつ無い空が、どこまでも高く感じた。
梅の花の香りが、深緑の若々しい香りが、どこからか漂う通学路をゆっくりと歩く。
風はまだ冷たいけれど、陽の光が身体を温めていく。
――急にそうしたい衝動に襲われて、私は立ち止まると、大きく伸びをして、胸一杯に春の空気を吸い込んだ。
それだけで、なにかこう、春の陽気が私の中に取り込まれて強い活力になったような気がする。それは、今まで冬のままだった私の内面を、確実に春へと変えていく。
私は、ずっと昔からやっていたように、走って学校まで行くことにした。早く着きすぎてしまうが、別に困る事じゃない。真っ直ぐに前を向く。目の前には、淡いのに鮮やかな風景。
私は、春を突っ切って走り出す。
今日はなにか、いいことがあるかもしれない。
Fin.
あとがき
なんか、一年以上間をおいてしまいました。久方ぶりのONEのSSです。
たまたま、少し遅れて出社(残業超過対策だってんだから、泣けてきます)したとき、春の陽気を感じてがりがりと書いたメモから、書き起こしてみました。
そうそう、本文中銘記されていませんが、主演は長森です。
最初は何となくだったのですが、練っていく内にこういったのに一番似合うのが、彼女だなと思ったので。
さて、次回は――未定です。まず、たまりたまった連載の方を何とかしないと。
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