超警告。CLANNADの隠しシナリオをクリアしていない人は
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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。

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――三日前――
「これが最後のご奉公――!」
「いや、その台詞と一緒に栄養ドリンクを飲まないでくれ。頼むから」




























































































  

  


 雪は、嫌いだ。
 渚が逝った日は、こんな風に森々と雪が降っていた。
 雪の日は、嫌いだ。
 一人娘の汐が原因のわからない高熱にうなされて、どうしようもなくなった時も、雪が静かに降っている日だった。
 だから、こんな風に雪が降る日は嫌いだ。
 降り続ける雪がスクリーンとなって、どうしてもあのときのことを思い出してしまう。
 冷たくなっていく手、
 もつれる両足、
 漂白されたかのような白い肌、
 赤く火照った頬、
 俺の手を握る、か細い力、
 両手に支えられるあまりにも軽い体重、
 全てを、やり遂げた笑顔。
 心配させまいとする、笑顔。
 それら全てが、白いスクリーンに浮かび上がっては、儚く消えていく。

 そんな雪の降る中を、俺はひとりで歩いていた。



『Call me,please』



■ ■ ■



 ……雪の街を歩く、少し前のこと。
 その日は、久々に同窓会のような宴会になった。
 商店街近くの居酒屋に集まった連中は、杏、智代、ことみ、そして春原と、全員があの学生時代に一緒に居た面子だったのだ。
「飲んでる? 朋也」
「あ、ああ……」
 杏のその挨拶は何気ない一言だったに違いない。だがその返答の遅れてしまったため、俺は余計な気を遣わせることになってしまった。
「なによ。なんか元気無いけど、どうかしたの?」
「汐ちゃんが受験中なんだよ。それで、いまこの街を離れている訳」
 俺が何か言う前に、春原がそう答える。
「そっか、もうそんな季節なのね」
 自分が持っているグラスの氷を鳴らして、杏。
「あの汐がなぁ……」
 続いて話を聞いていた智代が、感慨深げにそう呟く。
「あたしてっきり飲み会だからお留守番かと思ってたわ」
 そんなことを言う杏に俺は手を振って、答える。
「汐には、もう寂しい思いをして欲しくないからな」
 だから、よほどのことがない限り、俺は汐をつれてくるようにしていた。どうしても駄目なときは古河家にお願いして預かってもらってもいたが。
「あれ? でも陽平、何で汐ちゃんが受験でこの街を離れる必要があるのよ?」
「受験対象の大学が遠いんだよ。なんせふたつ隣の県にあるから、な」
 今度は春原の代わりに俺が答えておく。
「なんでまだ、そんな遠くのを受けるの――」
「杏ちゃ〜ん、呑んでるの〜?」
「ひぃっ!」
 春原みたいな悲鳴を上げる杏。まぁ、後ろからことみに抱きつかれてあらぬところを揉まれてはそうもなるだろう。
 にしても、最近杏にセクハラするという悪いことを覚えたことみだった。もっとも、最初に仕掛けたのは杏の方なのだから仕方がないと言えば仕方のない話なのだが。
「の、の、のんでるわよっ。だからことみ、その手を離して〜」
「杏ちゃんって意外と敏感なの〜」
「ひゃあ!? そ、それはことみが的確に敏感なところを――ってなにいわせるのよっ!」
「よいではないかよいではないか〜なのっ」
 和気藹々とした酒の席が、急にほんのりとしたピンク色に染まる。
「岡崎、止めないの?」
「いや、珍しい光景だからしばらく観ている」
「奇遇だねぇ。僕もそう思っていたところさ」
「あ、あ、あんた達ぃ――ひゃぅ!?」
 普段ならば自殺行為なのだが、ことみががっちりと杏をホールドしているため杏は何もできなかった。っていうかあれは背中に確実に当たっているだろう。羨ま……いやいや。
「それで朋也、汐は何時帰ってくるんだ?」
 放っておこうと判断したのだろう、杏達から完全に視線を外して智代がそう訊いた。
「今日はホテルで一泊して、明日の朝戻ってくるはずだ」
 手近な徳利から燗にした酒をぐい飲みに注ぎつつ、俺。実際にはそんな朝から発つことはないだろうから、到着は昼頃だろうか。
「ふむ……。ちなみに志望としては何番目なんだ?」
「二番目らしい。ちなみに、一番志望からどんどんレベルを下げていくスタイルだそうだ」
「堅実だな」
「そういうところは渚似なんだ、あいつ」
 思わず、にやついてしまう俺。ちゃぶ台を机代わりにして勉強する汐のその姿が、本当に生き写しのようだったのを思い出したからだ。
「それで、戦況はどうなのよ」
 と、いつの間にか俺の隣に移動していた杏が、乱れた衣服を整えながらそう訊いてくる。
 ことみをどうしたのか気になって見てみると、二つ折りにした座布団を抱きしめて御満悦の表情を浮かべてつつ寝っ転がっていた。
「杏2号?」
 乱れたスカートから、おもいっきり凝視してはまずいものが見えていたので微妙に視線をずらしつつ俺。
「変わり身の術って言いなさいよ」
 それともあたしが座布団に似ているって言うの? と、杏。
「それより、どうなのよ。汐ちゃんの戦況は」
 来るべきものが来た。俺は出来るだけ平静を装って答える。
「滑り止めに、落ちた」
「ああ、うん。そりゃ滑り止めじゃ――落ちたぁ!?」
 そう。汐は滑り止めに受けた大学に、落ちた。
 おとーさん、ごめん。と申し訳なさそうに謝る汐に、俺は返す言葉が無かった。
「落ちたのか……」
 険しい貌で、智代。
「受ける学校は、後いくつ?」
 こちらは心配そうな貌で、杏。
「ふたつ。さっき言った第二志望で、本命の第一志望はもうちょっと後になるな」
「それって、不味いんじゃ――」
「杏」
 遮るように、春原が言う。
「……あ。ごめん」
「いいんだ。確かに事態はよろしくないから」
 そう、確かにあまり楽観できる状況ではない。
 おまけに、受験に失敗した場合汐は就職すると言っていた。俺自身は浪人を強く薦めたのだが、これ以上は迷惑をかけられないと汐が譲らなかったのだ。
 ――こういう頑固なところも、母親似だと思う。
「でも敗因はなによ? 名前の書き忘れとか?」
「そこまでうちの娘はドジっ子じゃあない。ただ、大分緊張していたって言っていたな」
「そう――あの汐ちゃんがねぇ……」
 幼稚園の頃ならともかく、今だとちょっと想像できないわ。と、呟く杏。
「予備校とかで模試受けてこなかったんでしょ? それじゃ現場の空気に呑まれることもあるさ」
 むしろ本命でなくて良かったね、それこそ取り返しが付かなかったよ。と春原。
「あんた大学受験してないでしょ」
 と、今度は杏が割って入る。
「確かにそうだけど、芽衣の大学受験は手伝ったからね。本戦の試験会場まで付いていったこともあったし。いや、ホント僕は受けなくて良かったと思うよ」
 あんなとこ、 僕じゃ一分も保たないね。と春原は言う。
「シスコンね」
「ああ、シスコンだな」
「ほっといてよっ!」
「でも……あれ、ちょっと待って? ふたつも隣の県の大学じゃ、受かったとき――」
 何かに思いついたように、杏がそんな声を出し、すぐさま結論に至ったのか、尻切れ蜻蛉になる。
「当然この街を出ることになる。通学に片道三時間はきついからな」
「でもそれじゃあんたが――」
 何かを言い続けようとした杏を俺は制し、
「別に嫁に行くわけじゃないんだし、そもそも今生の別れってことでもないだろ。――それに、子供はいつか親許を離れるもんだ。俺も、渚も、そうしてきた……」
 もっとも、俺が本当に親離れをしたのは、渚が俺の許を去った後のことだから、もし汐がこの街を出るのなら、俺が一番遅いということになるだろう。
「とにかく、今は汐が全力を出せることを祈るのみだ」
 杯の中の酒を飲み干して、俺。
「あぁ、そうだね」
 同じくビールの入ったグラスを空にして、春原がそう答える。
「まぁなんだ。汐が合格したら、派手なのをやろう。本人も含めて、な」
 畳んだ座布団を抱きしめて寝っ転がっていたことみが、小さなくしゃみをした。



■ ■ ■



 居酒屋を出る直前で、小さな問題が発生した。
 誰が、酩酊したことみを送るか、だ。
 当然俺と春原は除外されることになる。
 となると普段から――そしてさっきまで――じゃれあっていた杏が最適と思われたのだが……。
「私がやろう」
 立候補したのは、意外にも智代だった。
「なに、一度一ノ瀬と学問の話をしてみたかったんだ」
「今なら超弦理論を一から十まで説明するのっ」
 呂律こそちゃんと回っていたが、ことみの顔は真っ赤になっている。
「折角だから泊まっていくか?」
「お邪魔するの〜」
 お泊まりお泊まりっとノリノリなことみだった。
「あたしは陽平を駅まで送ってくわ」
「ん、春原のことだから何もないと思うが気をつけてな」
「誰に向かって言ってるのよ」
「っていうか今の滅っ茶苦茶失礼ですよねぇ? 主に僕に!」
 そんなことを言い合いながら居酒屋の外に出て、俺達は一斉に空を見上げる。
「雪、降ってきたわね」
 厚い雲に覆われた夜空を見上げたまま、杏がそう言った。
「道理で寒いわけだ。一ノ瀬、寒くないか?」
「平気なの〜」
 相変わらず陽気なことみのマフラーを、しっかりと巻き直す智代だった。
「んじゃ、俺はここでな」
「ああ、お休み岡崎」
「――朋也?」
 ふと、杏に呼び止められる。
「どうした? 杏」
「……あ、ううん。なんでもないの。なんでもない」
「そうか、それじゃあな杏、春原、智代、ことみ」
 ……やべ、気付かれてしまった。
 杏が一瞬だけ見せた心配そうな貌を見て、俺は気付いてしまう。
 せめて、皆と別れるまでは家の方向へと歩くべきだったのだ。
 おそらく杏は、俺の向かう先は、家とは全く別の方向だと気付いてしまったのだろう。
 そう。これから俺が向かう先は、渚の眠る場所だったのだ。



■ ■ ■



「よぅ、急に来て済まないな。ちょっと伝えたいことがあってさ」
 居酒屋を出たときに降り出した雪は、その勢いを増していき、渚の眠る処に着いたときには、辺り一面が雪景色に覆われていた。
 渚の墓碑は、雪に半ば埋もれていて傍目では他の人との見分けがつかない。けれども、俺は迷わずにそこに辿り着くことができた。
 何せ、俺が選んで、俺がこの手で再埋葬したところだ。
 そして、その後汐や皆と一緒に何度も足を運んだ場所なのだ。迷うわけがない。
「汐は今遠くで受験中だ。吃驚だろ、お前と俺の娘がもう大学受験だぞ? ――ああ、安心してくれ。今回はちゃんと頑張れたんだって携帯のメールで連絡が来たんだ。手応えがあったってな」
 そういえば、その話を俺は杏達にしていなかった。いや、できなかったのかもしれない。何故なら――。
「だから大丈夫だ。今度は受かる。今度は――な」
 当たり前の話だが、墓碑は何も答えない。けれども俺は、言葉を止めずにはいられなかった。
「でもな、渚。もうひとつあるんだ……」
 そう。俺が渚に言いたかったことはそれだけじゃない。杏達に手応えがあったことを伝えなかったのも、ちゃんと理由がある。
「これで汐が合格して、最後の大学に落ちると、この街を出ることになってしまう。俺達の許を、離れていくんだよ……」
 なんて情けない。杏達には親離れの話をしておきながら、それを怖がっているのは他の誰でもない無い、俺自身なのだから。
「なぁ渚。俺は、汐がこの街を出るときに、笑って送り出せるかな……?」
 我ながら、女々しい話だと思う。
 けれども、
「なぁ渚。汐に傍に居て貰いたいっていうのは、俺のわがままなのかな……」
 それが、
「それとも、旅立つのを止めちゃいけないのか? 俺は――」
 俺の偽らざる、本音だった。
「それでも、俺は汐に居て欲しいんだ……」
 気が付けば、俺の声はほとんど叫びになっていた。
 けれどもそれは、森々と降り積もる雪がかき消してくれる。
 それだけは、ありがたかった。
「教えてくれ、渚……頼む。」
 返事は勿論無い。だが、その代わりと言わんばかりに急に強い吹雪が正面から吹き付けてきて、俺は顔を庇いながら一歩退き――急に体勢を崩した。
 渚の墓碑の位置はわかっていたが、その他が完全に失念していた。俺は、雪溜まりになっていた側溝を踏み抜いてしまったのだ。
 俺はそのまま、雪の中に倒れ込み――、
 空を切ったはずの手を誰かに捕まれて、助け起こされる。
「あーもう、吃驚した」
 背中のすぐ後ろで響いたその声に、俺は心底驚いた。
「汐っ!?」
 慌てて後ろを振り向こうとして、俺は再び体勢を崩しかける。
「ちょ、しっかりしなよおとーさん。お母さんが心配するよ?」
「あ、ああ。済まない……」
 再び背後の汐に助けれられながら、俺はようやくにして体勢を立て直すことが出来た。
「ど、どうしてここに……」
 驚きのあまり、声が詰まっている。
「驚いた?」
 と、首を軽く振って長い髪にくっついた雪を振り払いつつ、汐。
「あ、ああ。だってお前、今日は泊まりのはずじゃ」
「ちょっと予定が変わってね、さっき帰ってきたの」
 と、何でもないように汐はそう答える。
「なんだって、また」
「呼ばれた気がしたのよ。なんとなくだけど」
 渚の墓碑を見ながら、そう答える汐。
「呼ばれた? 渚にか?」
「ううん、それはさっきまでわからなかった」
「さっきまで?」
「うん。正確に言うとね、何か帰らないといけないような気がして、ホテルをキャンセルして終電に飛び乗って帰ってきたのよ。それで、先にお母さんに報告かなと思ってこっちにきたらおとーさんが居るんだもん、吃驚しちゃった」
「……そうか」
「でもね、今気付いたよ」
 俺を見上げて、汐は言う。
「わたしは、おとーさんに呼ばれていたんだって」
「え、だって俺は……」
 口に出したのはついさっきなのに……。あ、そうか。
「聞こえていたのか」
「うん。思いっきり」
 ちょっと照れくさそうに、汐は笑う。対する俺はなんというか――気恥ずかしかった。
「で、さっきの回答だけど」
「あ、ああ」
 突然、汐は俺の両手を力強く握った。そしてそのまま引っ張って俺の顔を汐と同じ高さにまで持ってこさせられる。
「わたしは何時、何処に居ても、おとーさんが呼んだら帰ってくるよ」
 俺の顔をじっと見つめたまま、汐はそう言う。
「だから、もしわたしが必要になったら何時でも呼んで、ね? わたしは何処に居たって、絶対に帰ってくるから」
 現にこうやって、帰ってきたでしょ? そう言われて初めて、俺の胸の中が熱くなった。
 なんていうか、本当に情けない。俺は、子離れがてんで出来ていなかったのだ。
 でもそれ以上に、汐の気遣いが、そしてその行動が嬉しかった。
「……汐っ」
「わっ、おとーさん……ね、泣かないでよ。お母さんが見てるよ?」
 渚になら、見られてもいい。そう思った。
 後になって思ったのだが、これが、この瞬間が、子が親を乗り越えた――汐に乗り越えられた瞬間だった。
「ほら、いつまでも泣いてないで、帰ろ?」
「……ああ。みっともないとこ、見せちゃったな」
 顔を無理矢理袖で拭きながら、俺。
「大丈夫、誰にも言わないから。ほら、行こ?」
「ああ」
 汐が手を伸ばし、俺はその手を取る。
 何年ぶりか、本当に何年ぶりかに俺達は雪の中を手を繋いで歩くことになった。
「あ、家に帰る前に駅に寄ってね。荷物、コインロッカーに全部押し込めちゃったから」
「わかった。っていうか急いできたなら夕飯まだだろ。何か買って帰ろう」
「……あ、そうだね。お腹空いちゃってたの、すっかり忘れてた」
「ははっ、こいつめ」
 俺達は、雪の降る中を進んでいく。
 ――雪は、相変わらず嫌いだ。雪の日だって、好きになれる要素はこれっぽっちも無い。
 何がどうあったって、あの辛く、哀しい思い出は消えることがないからだ。それは、これからもきっと変わらないだろう。
 けれども……。
 今は、今だけは穏やかに歩ける俺が、そこに居たのだった。



Fin.




あとがきはこちら








































「――というわけなの」
「なるほど、――の理論を発展させて――すれば良いわけだな」
「要するにヒトデですねわかります」(わかっていない)
「うん。実に唐突だな、伊吹」
「風子もたまには、出番を確保したいので」
「切実な問題を聞いた気がするの……」











































あとがき



 ○十七歳外伝、雪の中の霊園編でした。
 いつかやろうと思っていて、一年前から練り込んでいたお話でしたが、やっとこさ表に出すことができました。これからはちょっと、似たようなテーマが続くと思います。
 さて次回は――杏が主役かな?




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