『十一日遅れのバレンタイン』(2002.02.25)




 数えてみると、クリスマスから丁度二月経った日のことです。
「佐祐理」
「ん、なに?」
 いつも通り、佐祐理と舞は例の踊り場でお昼を取っていました。
「この前のこと覚えている?」
「この前って、いつの頃?」
「男子がざわついていたときの事」
 ああ、あの日ですか。
 今日の朝、学校に登校してみれば、下駄箱に殿方が鈴なりになっていて、
 教室のロッカーには科学部謹製の監視装置がCCDの列を並べていましたし、
 教室に入ってみれば、数名のクラスメイトが意味もなく教卓でマッスルなポージングを取っていたあの日のことですか。
「佐祐理は、知っている?」
「知っているって、その理由?」
「そう」
 端から見れば、なんでもないように卵焼きを口に運んでいますが、佐祐理のように舞を良く知っている人から見れば、今の舞は知りたくて知りたくて仕方ない状態です。
「バレンタインだったからだよ。それ以外にないでしょ?」
 舞の様子は変わったように見えません。ただ、お箸を動かすペースが若干速くなりました。考えています、考えています。
「佐祐理」
「なに?舞」
「バレンタインって何?」
「……はへ?」
「だから、バレンタインって何?」
 ……もしもし、みのさんですか?――はい、お久しぶりですねー、この前はどうもありがとうございました。ええと、今回は、この前とは別のお話なんですけど、実は佐祐理と同い年の女の子で――はい。18歳のですね、高校生です――佐祐理にとってとても大事な人なんですけど、その子がですね、
「……佐祐理?」
「確かに、知り合ってからその話題を口にしなかった佐祐理も佐祐理ですけど、――あ、あの情報特急便までには解決出来ますよねー!?」
「佐祐理」
「ええ!こ、小堺さんまでですかっ!?」
「佐祐理!」
「――ふぇ?」
「落ち着いて」
「あ……、ごめんね。舞」
 佐祐理としたことが……。思わず取り乱してしまいました。
「え、ええと、なんだっけ?」
「だから、バレンタイン」
 そ、そうでした。いけませんね、主題を忘れるなんて。
「えっとね、バレンタインって――」
「あと、もんたさんに何を話したか教えて」
「それはヒミツっ」


「――と言うわけ。わかった?」
「……はちみつくまさん」
 お箸をゆっくりおいて、舞は頷きます。
「要するに、好きな人にチョコをあげればいい?」
「うん、そう」
 空っぽになったお弁当箱を片づけながら、佐祐理も頷きます。舞は、思案深げに二、三回頷くと、
「今からでも間に合う?」
 と訊いてきました。
「えーと……うん、間に合うかな?ちゃんと事情を話して、好きだって事を伝えられれば……って舞、好きな人いるの?」
 こくりと頷くのにたっぷり十秒です。
「え――それってやっぱり祐一さん祐一さん祐一さん祐一さん?」
「……佐祐理、にじり寄ってくると、怖い」
 怖いですか……。祐一さんと言うたびに一歩ずつ寄るという小技まで使ったんですけど、気付いて貰えませんでした……。
「ご、ごめんね。で、祐一さん?」
「ぽんぽこたぬきさん」
 そう言って首を横に振る舞。嘘じゃないのは佐祐理が一番わかっていることなのですが……。
「本当に?」
「本当。第一祐一にはもう居る」
 あー、良く朝に会う――水瀬さんでしたっけ。
「えー、じゃあ、誰?」
 ――あら、赤面しましたよっ!舞が思わず照れるような相手っていったい誰でしょう?此処は聞き出さずにはいられねぇ、です。
「だーれかなあー?」
「さ、佐祐理!く、くすぐらないで」
「教えてくれたら止めてあげる。だから教えて、ね?」
「ぽ、ぽんぽこ、たぬ、たぬっ」
 毎度毎度思うんですけど、舞、くすぐられるのは弱いのに、笑い出すことがありません。そう言う意味ではタフなんですけど、でももってあとちょっとです。
「わ、わかた、わかったから、佐祐理、とめ、止めて……言うから」
 ピタリと佐祐理は手を止めました。ただし、いつでも再開出来る構えを崩しません。此処で舞に逃げられたら、今夜は眠れないのが目に見えています。
「それじゃ、一発で言っちゃおうね。誰かな?」
 ああっまた赤面!佐祐理ひとりだったら、思わず飛び上がってしまうところです。そんな佐祐理と知ってか知らずか、舞はぼそっと、
「佐祐理」
「――へ?」
 ……いま、なんと?
「さ、佐祐理?」
 震える指で、佐祐理自身を指さしてみせますが、
「はちみつくまさん……」
「そ、それって、本当?」
「今、好きな人は佐祐理。本当」
 真っ赤になってプイと横を向いてしまう舞。しかし、それよりも大事なことは、そうです!みのに――はもうよくて、えっと、えっと、えっと……、とりあえず、記憶をたぐってみましょう!

 …………。
 …………。
 ……………………。

 ……や、や、やってしまいましたー!確かに『異性の人』とは言ってません。此処は訂正するべきです。でないと――、佐祐理はともかく、舞が取り返しのつかないことになってしまいます。
「あ、あのね、舞」
「じゃあ、チョコレート頑張って作ってみるから」
「うん、それは嬉しいんだけど」
 立ち上がった舞に、思わず勢いよく両手を振って止めようとしました。その時です。舞が 笑 顔 で 、
「佐祐理、楽しみに待ってて」
「うん!待ってる!」
 ……久しぶりに見ました……って、ああああああ。あああああああ。ああああああああっ!嬉しいんですけど、嬉しいんですけど、嬉しいんですけど!
 トントントンと階段を駆け下りていく舞の足音を訊きながら、佐祐理は崩れ落ちるしかありませんでした。
 とりあえず、今年はよしとしましょう。でも来年までには真実を伝えないといけません。
でも、でも……。

 ――とりあえず、今夜はお父様のお酒を少しいただきましょう……。


Fin.





あとがき


 えっと、このSS歴代一位でリテイク最多です。だいたいにして、没の文章が本編の三倍近くあります。なんてこった。
 そして佐祐理さんですが、どんどん壊れていってしまっていきました。

 が、

 さらにぶっ壊して行くことになるでしょう。
 そういや、どうでもいい話ですけど、■アニメのKanonで佐祐理さん、アイキャッチ時にステッキ持っていましたね。■もしかして、もう公認なんでしょうか。アレ……。

 さてさて、次は予定は未定ながら、連載の予定。予定ですってば。

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