「うわっ、うわぁ〜」
 その一枚の写真を前に、長森瑞佳は黄色い歓声を上げた。
 写真の中には、長くて薄い髪の色をした女の子が、はにかみながら写っている。黒を基調としたふわっとした、それでいて丈がちょっとだけ短いワンピースと、胸元を飾る黄色いリボンが良く似合っている一葉であった。
「すっごい可愛いねぇ……」
 まるで生まれたばかりの子猫を見るような目で、瑞佳。
「お人形さんみたいな女の子っていう例えがあるけど、まさにそれね……」
 と、七瀬留美。
「ありがとう、ございます」
 照れた様子で、被写体――ただしだいぶ前である――の女の子、里村茜がそう礼を言う。
「折原はどう? 何か気の利いた感想のひとつやふたつ、あるでしょ?」
「ふむ、そうだな……」
 留美の肘で肩をつつかれつつ話を振られた折原浩平は、顎に手をやると、
「七瀬みたいなツインテールにした上に黒のレオタードとニーソを穿かせて、『行くよ……バルディッシュ!』とか言わせてみてぇ」
「誰ですか、それ」
 浩平の言う姿を想像して、眉間に皺を寄せながら、茜。
「この前テレビで観た魔法少女」
「嘘言うなっ! いくら最近の番組が過激だからってそんな格好はないでしょうがっ」
 留美がそう一蹴する。
「んじゃフルヌードも見てみたい」
「そぉい!」
 留美のジャーマン・スープレックスが、火を噴いた。



『里村茜の行動』



 話の発端は、浩平の家にて四人でお茶会をしている際、茜の親友である柚木詩子が持ってきた一冊のアルバムである。
 どれどれと皆で開いた1ページ目に、先ほどの写真が収まっていたのであった。
「この頃は三つ編みじゃなかったんだねぇ」
 ランドセルを背負って登校する姿、かけっこで息を切らしながらも一生懸命走る体操着姿などを眺めながら、瑞佳。運動しているときはポニーテールでまとめているが、それ以外は特に結ったりしていることもなく、長い髪をそのままにしていた。
「この髪型は、高校に上がってからです」
 そのお下げに触れながら、茜がそう答える。
「そういえばさっきの写真、小学生くらいってのはわかるけど、いつ頃の写真?」
 と、留美。
「9歳か、10歳ぐらいでしたか――」
「9歳だよ」
 即答する詩子であった。
「記憶力良いな」
 さきほどまで頭から煙を吐いて床に転がっていた浩平が、何事も無かったかのようにそう言う。
「そりゃ撮影者本人だもん」
「……なに?」
「だから、ここにある写真、ぜーんぶ詩子さん謹製だからねっ」
 と、あまりない胸を張る詩子であった。
「……明らかに幼稚園児のものもあるんだが」
 それもお前が撮ったのか、柚木。と、別の写真を見ながら浩平。写真の中では、先ほどのものより明らかにより頭身が下がっている茜が、楽しそうに歌を唄っていたのである。
「そりゃ詩子さん謹製だもん」
 しれっとした貌で、詩子。
 何というか、恐ろしい説得力であった。
「そういえば、この前瑞佳の家に泊まったときアルバムで写真見せて貰ったわね」
 と、留美。
「あの頃の瑞佳も可愛かったわ」
「それを言ったら、七瀬さんのも良かったよ。なんていうか、凛々しくて――」
 どうやら、ふたりだけで過去の写真を見せあったことがあるらしい瑞佳と留美であった。
「それは……私も見てみたいです」
「だねっ!」
 と、茜と詩子。
「それじゃ今度持ってくるわね。そういえば折原のは? 無いの?」
 ――その留美の言葉に、瑞佳の肩が小さく揺れた。
 同時に、ほんの僅かながら茜が口元を引き締める。
「な、七瀬さん、それはね……」
 と、慌てた様子でそう言う瑞佳を止めたのは――、
「今の家――由起子さんとこに来る前ちょっとごたごたがあってさ、その頃の写真残ってないんだよ」
 そして静かにそう言ったのは、他ならぬ浩平自身であった。
「浩平――」
 驚いたように、瑞佳。
「浩平……」
 誰にも聞こえないような小さな声で、茜もその名を呟く。
「ごめん、なんか悪いこと聞いちゃったみたいで」
 そう謝る留美に、浩平は手を振って、
「気にすんな。いつもみたいに『元気を出せい折原! がはははは……』って笑いながら豪快に肩を叩いてくれればいい」
「そんな笑い方せんわっ!」
 言葉だけは威勢が良かったが、あまり目のつり上がっていない留美であった。
「それにな、あの頃の思い出はその……あんま思い出したくないんだな、これが」
 と、苦笑しながら浩平。
「だから、無くても良いんだよ。お前達より写真が少ないのは残念だが……」
「それなら、新しい思い出を作っていけばいいんです。今すぐにでも」
 浩平の話を遮って、茜がそう言った。。
「今すぐって、そう簡単には行かないだろ、茜」
 再び苦笑しながらそう言う浩平に対し、茜は一歩も引かず、
「そんなことありません。たとえば――」
 そこで言葉を切ると、茜は浩平の真正面に近寄って、
「――! 茜、おまっ!」
 そのまま静かに、彼を抱きしめたのであった。
「詩子」
「あいよ! とみた――詩子さんフラッシュ!」
 すぐさま背中から取り出した大きなカメラ――1秒間に8枚撮れるプロ向きの一眼レフで撮影する詩子。
「おっけ。撮れたよ、茜」
「ありがとうございます」
 そっと抱擁を解いて、茜。
「浩平。早速ですが、思い出を一枚増やしました」
 ゆっくりと離れながら、茜。自分の行為が恥ずかしかったのだろう、僅かに頬が赤らんでいる。
「お、おまっ……」
 次々と起こる想定外の出来事に混乱した様子で、浩平。そんな浩平に対し、茜は――、
「だから、思い出が足りないなら作っていけばいいんです」
 はっきりと、そう言った。
「誰だって、抱えていたくない思い出を持つことはあります。……わたしも、そうでしたから」
 ふと、茜の目元に陰りが浮かぶ。しかしそれはすぐさま消え去り、
「でも、そこに新しい思い出が加われば、忘れないにしてもその思い出の重さを、減らすことが出来ます。……わたしも、そうだったから」
 今度は微笑みを浮かべて、茜はそう言う。
「だから浩平、思い出を作っていきましょう。私と、長森さんと、七瀬さんと、そして詩子と――他の皆で」
 浩平は気付いているだろうか。茜にそうしたのは、他ならぬ浩平自身であることに。
 だが、そのことは口に出さない茜であった。
「……思い出の重さか。面白いことを言うな。茜」
 ややあって、浩平はそう言う。
「ただのつまらない駄洒落です」
 照れ隠しか、小さく視線を逸らして、茜。
「だけどそれだけでなんだか身体が軽くなったぞ?」
「ダイエットに成功したようで何よりです」
「ははっ、かもな」
 そう笑う浩平は、いつも通りの折原浩平であった。
「いやぁ、それにしても」
「いつまで驚いているんですか」
 多少呆れた様子で、茜。
「いや、思ったより柔らかくてな……お前が」
「――っ!」
 そっぽを向く茜。そういえば、先ほど抱きついたとき、ほぼ浩平の頭を抱き抱えるようにしてしまった。つまりは、ちょうど胸元に浩平の頭があったわけである。つまりは――。
「……馬鹿」
 思わずそんなことを言ってしまう茜。
 けれども、その言葉の割に声音には優しさが滲んでいたのであった。



Fin.








あとがき



 ONE最萌支援追憶編でした。
 ちょっとした機会があって過去の写真を整理することになったんですが、大昔の私はまぁなんというか……どうしてこうなった;
 さて次回は――どうしましょう?


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