文化祭。それは年に一度生徒が本気ではっちゃける行事である。
 文化祭。それは出し物の企画立案者の趣味が色濃く反映される行事である。
 文化祭。それはその趣味を反映させるため企画会議の時点で各人の思惑が複雑怪奇に絡み合う行事である。
 故に。
 だからこそ。
 折原浩平のクラスは大いに荒れていた。



『里村茜の共闘』



 出し物そのものは比較的安穏に決まった。
 この手の出し物では比較的オーソドックスな喫茶店である。
 だが、その制服の選定において急転直下、教室はあっと言う間に悪天候に陥ったのであった。
「認めないだと……?」
 自分の席で両腕を組み、浩平はそう呟いた。
「このオレが提案したメイド服が不服と言うのか……」
 どのような制服にするかで真っ先に手を挙げた浩平が提唱するメイド服以外、他に意見は出なかった。だが、いざ採用の可否を取ろうとしたところで異議ありの声が挙がったのである。
「何の真似だ、住井!」
 そう、その異議申し立ては、普段浩平と悪ふざけをする友人、住井護によるものであったのだ。
「ふっふっふっふっふ……」
 自分の席で浩平と同じように腕を組み、静かに笑う住井。
「住井、貴様……!」
「悪いな折原、今回ばかりは敵同士だ」
 にっと笑って、住井はそんなことを言う。
「これから俺の提唱する衣装をお見せしよう。長森さん!」
「な――なにぃ!?」
 慌てて住井が呼んだ長森瑞佳の席に視線を向ける浩平。だが、ついさっきまでそこにいたはずの瑞佳の姿はない。
 そして――、
「は、はーい……」
 教室のドアが開いて、瑞佳が中に入ってきた。
 ふりふりのウェイトレス姿で。
「長森、お前……」
「ごめん、先に頼まれちゃったんだよ」
 申し訳なさそうに、瑞佳がそう謝る。
「いや、そうじゃなくてだな……」
 肩にパフの入ったブラウスはまだ良い。だが、ウエストをきつく絞ったミニスカートに同じくやや上側で締められたエプロンのおかげで、胸の部分がまるで投げ出されているかのように強調されていた。
「これは……」
「そう。所謂ファミレス系、『キャンディ・ミラーズ』のリスペクトだっ!」
 白い歯を輝かせて、住井がそう言う。
「所謂キャンミラだな」
 油断した……そういうのもあったな。と、額の汗を拭いながら、浩平。
 これで二者択一の決戦投票か。誰もがそう思ったときである。
「異議あり!」
 第三者が声を上げた。
「ふーははは! 折原、住井! 貴君等二名にいつまでも主導権を取られるほど我らは甘くないわぁ!」
 そう言って、静かにひとりの男子が立ち上がった。何故か、頭に紙袋を被っている。
「ぞ、」
「造反だと……」
 それぞれそう呟く、浩平と住井。
「くくく……貴君等の時代は終わった。これからは我々の時代よ」
「畜生、紙袋被っているせいで名前が思い出せんぞ」
「っていうか座っている位置で大体の名前が出てきそうなのにちっとも出てこないとは――どんだけ地味な奴なんだっ」
 と、浩平と住井。
「……くくく。ま、まぁいい」
 多少傷ついた様子で、紙袋の男子。
「我等の提唱する制服はこれである。七瀬さん、どうぞ!」
「馬鹿な、七瀬は俺の前の席に――なに?」
 いつのまにか、浩平の前の席には七瀬留美ではなくアルパカのぬいぐるみが座っていた。
「か、変わり身の術!?」
 そして、先ほどの瑞佳と同じように教室のドアが開き――、
「き、着てきたわよ」
 留美がそう言いながら入ってくる。
「七瀬、お前もか!」
「しょうがないじゃない。焼き土下座ならぬ凍り土下座までして頼み込んでくるんだもの」
 具体的に言うと、台車の上に敷き詰められた氷の上で土下座という、非常にわかりやすいものであった。
 だが、浩平が言いたいのはそれではない。
「なんだその、スポーティをぶち抜いたような健康的な格好はっ……!」
 そう、留美の格好はホットパンツに丈の短いTシャツという格好であった。
「アメリカから上陸した『フー太ーズ』ってファミレスのリスペクトだな……」
 住井がそう呟く。
「そう、その通り。コンセプトは『健康的』である!」
 腕を組んで、紙袋男子がそう宣言する。
「フー太ってなんだ」
「マスコットのアライグマである」
 と、紙袋。
「レッサーパンダでは?」
「レッサーパンダである」
 涼しい顔で言い直す紙袋であった。
「っていうか11月にそれは寒くないか?」
「ふははははは、不要な気遣いは無用。七瀬さんには透明なストッキングを穿いていただいている。そして当日は教室の暖房を利かせればよいだけのこと」
 抜けているように見えて用意周到な紙袋であった。
「さぁ、三択と行こうではないか。折原が知らなかったように、目新しい我等が有利であろうがな!」
「くっ……だが、制服の可愛さなら我等キャンミラ風も劣っていないはずだっ!」
 苦々しげな貌で、住井がそう反論する。
 そして浩平は――。
「……すまないが、こちらもモデルを用意させてくれ」
 そう、全員に告げていた。
「二者が実際に着ている姿を披露するならこちらも披露しても良い。コンペとはそういうものだ!」
 確かに、その通りである。
「そういうわけで諸君、少し時間を欲しい。茜、ちょっと一緒に来てくれ」
 そこで初めて浩平が呼びかけたのは、今の今まで我関せずといった感じでクラスの様子を眺めていた、里村茜であった。



「私を連れだして、どうするんですか」
 廊下を足早に進む浩平に律儀にもついていきながら、茜がそう質問を飛ばす。
「そりゃもちろん、お前にモデルになって貰うんだ。メイド服のな」
 と、簡潔な回答で浩平。
「サイズ、合うんですか?」
 首を傾げて、茜がそう訊く。彼女が割と素直についてきたのは、そこら辺の問題を把握しているためであった。だが――、
「当然だ。サンプルはお前のサイズに合わせて作ってあるからな」
 さらっとそう答える浩平であった。
「……どうやって私のサイズを」
「柚木が教えてくれた」
「……なるほど」
 詩子なら仕方ありません……と、自らの親友である柚木詩子がサムズアップしている様子を思い浮かべながら、茜。
「そういうわけで、着てくれるな? 茜」
「嫌です」
 平常運転に戻って、茜。
 だが浩平はそんなこと折り込み済みだと言わんばかりに勢いで即座に、
「茜、お前は長森が着る胸の谷間バーン! ミニスカピラッ! な衣装でいいのか?」
「それは……」
 茜が返答に詰まる。
「それとも七瀬の着る太股ズドン、胸の形ピチッ! のフー太ーズの方がいいとでも?」
「…………」
 茜が返答そのものに詰まる。
「そういうことだ。頼む」
「……わかりました」
「ありがとう、感謝するよ――さて、着いたか」
 浩平が足を止める。見れば、そこは演劇部の部室前であった」
「演劇部に、作って貰ったんですか」
 と、茜。
「ああ、中に一式用意している。早速で悪いが――着ているものを、全部脱いでくれ」
「下着もですか?」
 冗談めいた口調で、茜がそう訊く。
「ああ、下着もだ」
 対して、浩平はしごく真面目であった。
「徹底的に、こだわり抜くからな」
「――何か急に手伝う意欲が失せました」
「そう言うなって。オレも協力するから」
「……え?」
 思わず、聞き返す茜。それに対し、浩平は、
「協力するに決まっているだろ」
 はっきりと、そう言った。



 ……十数分後。
「待たせたな諸君」
 突如教室のドアを開けて、浩平が戻ってきた。まるで演出のように、黒いマントを羽織っている。
「こちらがオレの提案する制服、メイド服だ。茜、頼む」
「はい……」
 続いて、茜が教室に入ってくる。
「おお――」
 男子の誰かが、そんな感嘆の声を上げた。
 漆黒のシックなドレスに、純白のエプロンのコントラストが眩しかったのである。。
「むおっ!」
「美しい……」
 続いて、そんな声があちこちから上がる。
「なんであんなにスカートがふわっとしているんだろう……」
 男子のひとりが、そんな疑問を口にした。
「ドロワーズだ……」
 眼鏡をかけた、体格の良い別の男子がそれに答える。
「なに?」
「ドロワーズ。ふわふわのズボン状の下着だわかりやすく言うと所謂ワカメちゃんパンツだ。あえて下着にドロワーズを使うことによって、腰回りを増強。結果としてスカートがふんわりしているということなんだよ!」
「な、なんだってー!」
 男子数名が、驚いた声を上げる。
「そこまでやるのか、折原は!」
「やるんだよ、奴は折原浩平だぞ?」
「っていうか里村さんめっちゃかわいくね?」
「んだな、いままで気付かなかった……」
 そんな感じで揺れる、男子一同。
「いまのところ、男子のちょうど三分の一がこっちを支持といったところかな……」
 と、浩平についていくことにしたのか、クラスメイトの南がそう言う。
「あぁわかっている。だが三分の一で十分なんだよ」
 マントを微かに揺らしながら、浩平。
「ど、どういうことだ!?」
 と、住井。
「な、なにを考えている折原!?」
 同じく動揺した様子で、紙袋。
 それに対し、浩平は邪悪そのものと言った笑顔を浮かべると、
「教育してやろう。体を張るというのはな、こういうことだっ!」
 ばさっと、マントを脱ぎ捨てた。
「な、なにぃ!?」
 その下は一部の隙もない、執事の格好であった。
「これは……」
「いいかも……」
 ごくりと、誰かが生唾を飲み込んだ。
 男子ではない。女子である。
「――そう」
 静かに、浩平は言う。
「男子もなにかしらの格好をしないとな。ただエプロンを着けるぐらいはつまらない。故に、オレ達男子もこのように執事の格好をして参加する。いかがでしょうか、お嬢様方?」
 そう言って、髪をかきあげる浩平であった。
「しまった、俺達は出来ても普通のウェイター服……!」
 住井が、そう悔しがる。
「ぬぅ、我等男子はアライグマの着ぐるみ――」
「レッサーパンダだってば」
「――レッサーパンダの着ぐるみを着て女子の気を引こうとか考えていたのに……!」
 同じように悔しがる、紙袋。
 そんなふたりに対し、浩平は何も言わずただ涼しげに立っている。そんな彼に対し――、
「折原君って、黙っていると格好良いんだね……」
 女子の誰かが、そう呟いた。
「黙っていなくても格好良いです」
 エプロンを微かに揺らしながら、ぼそりと茜。
「……そう」
 そして女子の反応を十分に感じ取ってから、浩平は口火を切った。
「男子は所謂三国鼎立で構わない。むしろ勢力が拮抗する、それでいい」
 ポケットから真っ白な手袋を取りだし、それを手に填めながら浩平はそう言う。
「後は女子票の数で決まるわけだ。なにせ男子各勢力の三倍いるんだからなぁ……」
「――なっ!」
「やってくれたな、折原ぁ!」
 浩平の真意に気付いた抵抗勢力が怒号をあげる。だが、当の本人はどこ吹く風で、
「あー、そうそうお嬢様方。見ての通り、メイド服は、着るのにスタイルを選ばない」
 にっこり笑って、とどめを刺しにかかる。
「そうだね。身体の線、全然出てないね……」
「本当だ。あれなら……」
「折原っ、貴様!」
「はっはっはっはっは。悪いな、住井及びその他よ。勝ちを取りに行くというのは、こういうことだ。なんせオレは――あくまで、執事ですから」
 おもいっきり悪役の貌でそんなことを言う浩平。
 だがこの時点で彼の勝ちにゆるぎはなく、結果としてクラスの過半数を得て、浩平の提唱する制服は可決、承認されたのであった。



「飲み物は?」
「コーヒー、紅茶、ココアのそれぞれホットとアイス。清涼飲料水の類はコンセプトと外れるから思い切って削っちゃおう」
「料理は?」
「スコーン、サンドイッチ、クッキーかな。後は……誰だマジックの赤でワッフルって書いた奴」
「飾り付けは?」
「出来うる限り木製のもので統一するべきだと思う。後、テーブルクロスは白一択。できればレースの縁取りで!」
 一度決まってしまえば、クラスは再び一致団結していた。
 文化祭とは、そういうものである。
 今は各人がアイデアを出し合い、それぞれのセクションから自然とリーダーが生まれ、とりまとめているところであった。
 そして、その様子を浩平は満足そうに眺めている。
「やりましたね、浩平」
 そんな彼に寄り添うように、茜がそう声をかけた。
「ああ。上手く行ったな、茜」
 お互い、執事服とメイド服のままである。
「はじめから、これを狙っていたんですか?」
 クラスメイトの大半が席を立って前方に固まっていたため空いた隣の席に座りながら茜がそう訊く。
「んにゃ、結構ギリギリだった」
 と、浩平はそう答える。
「茜が手伝ってくれたおかげでうまく言ったよ。ありがとうな」
「それほどでもないです……」
 と、茜。今回は浩平の文字通り身体を張った作戦が効を奏した、そう思う茜である。
「でも茜も良かっただろ。こっちの方が」
「それもそうですけど……」
 と、言い淀む茜。
「ん? 他に何かあるのか?」
「いえ……」
 茜はさらに言い淀んだが、やがてひとつ息をつくと、
「その――浩平と一緒に何かをやることが出来たのが、楽しかったです」
「……そうか」
 口の端に浮かんだ茜の微笑みを見て、満足げに浩平も笑う。
「うおおおい折原っ! 今回のメイド服と執事服、どこに発注するんだ!?」
 住井が、そんな声を上げる。
「演劇部だ。今そっちに行く!」
 席を立ちながら、浩平がそう答える。
「行くか、茜」
「はい、浩平――いえ」
「ん?」
 言い直す茜に首を傾げる浩平。そんな彼に茜は悪戯っぽく、
「かしこまりました、旦那様」
 そう言って、浩平を赤面させたのであった。



Fin.








あとがき



 ONEの最萌支援編でした。
 というわけで文化祭です。メイド喫茶です。メイド服です。
 ……私の高校時代、メイド服は全っ然市民権を得ていませんでしたけど;
 まぁそれはさておき、ほかのウェイトレス服もなかなか興味深いものです。実は当初瑞佳には大正風の袴スタイルで行こうと思ったのですが、あまりにもはまっていたので、某ミラーズ風のウェイトレス服になりました。大正袴だったから勝てたのかもしれませんね。
 それでは次回は……未定で;


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