『里村茜の選択』



 さくっという音と、ぱらりという軽い音が交互に響く。
 昼休み、中庭。
 春から秋にかけては野外で昼食を楽しむ生徒に賑わうここも、冬にさしかかってくるとなると流石に風が冷たくなって、皆屋内に避難するようになる。
 だからこそ、それ故に、折原浩平と里村茜はその場所を独り占めに――正確には、ふたり占めか――しているのであった。
 さくりという音と、ぱらっという軽い音が交互に響く。
 茜が手にしているのは、購買で買ったパンであった。
 最近は弁当ではなく、もっぱらこのパンを食べている茜であるが、これはべつに弁当を作れるほど時間がないとかそういう問題では無い。
 五種類のシロップワッフルとかいう(砂糖、黒蜜、三温糖、蜂蜜、コンデンスミルクがたっぷりとかかっている。サクサクするほど分厚い砂糖と三温糖の層を抜けるとねっとりとした蜂蜜とコンデンスミルクが満遍なく舌にまとわりつき、最後の薄いパンの生地に染み込んだ黒蜜が苦く感じられるほど、甘い。甘味にある程度耐性があると思われていた長森瑞佳が、たった一口で硬直するほどである)茜以外は見向きもしないものが、大のお気に入りになっているのであった。
 これだったらまだ、その辛さで同じように避けられている『天使の劇辛麻婆パン』(何故天使なのか謎であり、その由来はまだ解明されていない。おそらく今年中は無理であろうと言う見方が一般的であった)の方がましだと思う浩平である。
 さく――という音と、ぱら――という軽い音が交互に響く。
 だから、浩平が興味を引いたのは、茜がパンを食べている音ではない。彼女がパンを食べながらめくっている、なにやら分厚いパンフレットの方であった。
「茜、さっきから何を読んでいるんだ?」
 茜と同じく購買で買い、つい先ほど平らげた昼食、カリフォルニアロール(アボガドとエビ、それにキュウリを芯にした巻き寿司。ただし本場と違って持ちやすいようおぼろ昆布を巻いてある)のパッケージを丸めてズボンのポケットに突っ込みながら、浩平はそう訊いた。
「パンフレットです」
 至極簡潔に、茜。
「そりゃわかる。なんのパンフなんだ?」
 茜が答えをぼやかすときはあまり訊かれたくないこと触れているということを浩平は長いつきあいで体得していたが、同時に今回はそれほど深刻でもないと判断し、そう追求する。すると、茜は甘味と呼ぶことすら生ぬるいパンを食べる手を止め、
「進路の、パンフレットです。正確には、進路のひとつですが……」
 そう、答えたのだった。
「ああ……もうそんな季節だもんなぁ」
「そうです。もう、そんな季節ですよ」
「でも茜は早いと思うぞ?」
「浩平が遅すぎるんです」
 私の人のこと言えませんが……と、パンを食べる手を再開して、茜。同時にページをめくる手も同じように動かし始める。
「そいつは一体、どこのパンフなんだ?」
「専門学校の資料です――パティシエの」
「……ああ、なるほど」
 思わず納得してしまう、浩平。それだけ、茜の作る菓子には定評があったのだ。
 ……茜自身用になると、いささか甘くなりすぎる傾向にあるのだが、それはひとまず置いておく。
「パティシエなぁ」
「周囲に進められたんです」
 ページをめくる手を休めずに、茜。
「茜はケーキとか作るの得意だもんな。好きなんだろ?」
「はい、お菓子を作るのは好きですけど……」
 ページをめくる手をなおも休めずに、茜。
「――誰かのためにではなくて、浩平のために作りたいです」
「……そうか」
 ふっと顔を緩めて、浩平は小さく頷く。
 茜は選んでくれたのだ。不特定多数の誰かではなく、折原浩平ただひとりを。
「んじゃ進学か?」
 いつの間にか茜の真横にぴったりと寄り添う体勢になって、浩平。
「そうなりますね」
 パンフレットを閉じて、茜がそう答える。
「んじゃ、オレも頑張るか。受験勉強」
「お願いします」
 劇甘パンの最後のひとかけを食べ終えてから、浩平の肩に頭を預けて、茜は言う。
「出来れば、同じ大学に行きたいから……」
 その気持ちは、浩平も一緒であった。



Fin.








あとがき



 ONEの最萌支援、進路編でした。
 茜は普通に進学するイメージがあるんですが、なんかこういう道とかで悩んでいるかもしれないなと思って書いてみました。まぁ、劇甘(味覚的意味で)パティシエってどうなのよという突っ込みは無しの方向でw。
 ところでちょっと気になったんですが、高校生のカップルって卒業後の進路どうするんでしょうね……彼氏が彼女に合わせる? 彼女が彼氏に合わせる? それとも別々の学校に行く? ……うーん、想像するのが難しいです。
 さて次回は――なんにしようかな。


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