『里村茜の陥落』
「悪い、冷蔵庫、冷凍庫の中身漁ったけどこれしかなかったわ」
放課後、折原浩平の自宅、そしてその自室。
学校からそのまま帰宅した浩平は一緒に着いてきた里村茜のために、見よう見まねで覚えた紅茶と、お茶菓子を盆の上に乗せて台所から上がってきたところであった。
「ワッフルだよな?」
「ワッフルです」
盆の上に乗せられたのはカップのアイスクリームと、コンビニエンスストアなどで売られている一個ずつパッケージングされたワッフル。それを摘んで見せた浩平の思惑というか予想通り、茜はそちらを選んだのであった。
「んじゃオレがアイスっと。この時期に食べても乙ってもんだよな」
大分涼しくなってきた昨今である。それでもまだまだ暖かい方ではあったので、浩平が言うほど季節はずれというものでもなかった。
「どうだ茜、一口あーんって」
カップからひと匙すくって、茜の方に向ける浩平。
「嫌です」
早くもパッケージを開けてワッフルを一口食べていた茜が、そう拒絶する。
「そんなこと言わずに。ほれ、一口」
「だから要りません」
それほど刺々しくなく、それでいてぴしっと、茜は再び拒絶する。
「……ちぇっ、美味いのになぁ」
そう言って、すくったひと匙を自分の口の中に放り込んで、浩平。
「そんなに美味しいアイスを浩平が――」
そんな光景に、茜がそう言いかけて、言葉を途中で飲み込む。それを不審に思って浩平が見てみると、彼女は視線を浩平の手元に集中させていた。
「どうした? 茜」
「浩平、それはまさか――ハーゲンダックのプレミアムバニラでは?」
ハーゲンダック。セーラー服(水兵服。ただしここでは女子の制服を指す)を着たアヒルのロゴでお馴染みの高級アイスクリームメーカーの名前である。
「んー、そうなのか? なんだか知らんが、由起子さんが会社で貰ったものらしい」
だが、プレミアムバニラなるものはとんと聞いたことがない様子で、そう答える浩平。
「普通は、そう簡単に手に入らないそうです」
もう充分涼しいというのに、茜の頬を一筋の汗が流れ落ちる。厳選された素材、秘伝の製法、そしてその希少性を彼女が知っているためであった。
「へぇ……確かに美味いな」
「美味いどころじゃないはずです」
最早手許のワッフルの存在を完全に忘れて、茜。その視線は、じっとカップの銘に注ぎ込まれている。
「そのアイスを求めて、長蛇の列が出来るとか……」
「並んだのか?」
「……出来ないとか」
あらぬ方向を向いて、茜。
「……ふむ?」
そこで浩平は、アイスをスプーンですくう手つきを一旦止めた。そして茜の方を向くと、妙に野太い声で、
「もう一度聞こうか、茜くぅん。一口どうだい? あーんって」
少年漫画の悪役もかくやと言った感じで、そんなことを訊く。
「……一口でしたら」
空いている手をギュッと握りしめて、茜がそう答える。
「只の一口じゃあ、ない。『あーん』だ。『あーん』がなければならない。さぁどうする?」
くくくくく……と、邪悪な笑みを浮かべながら、浩平。
対する茜は口許をきつく締め、微動だにしない。
「さぁどうする? 『神は言った。ここでアイスを食べない運命ではないと……』」
茜は、答えない。
「『そんな我慢で大丈夫なのか?』」
茜は、なおも答えない。
「……溶けちゃうぞ?」
びくんっと、茜の肩が大きく動いた。
「……ぁ」
「うむ?」
「……あ」
「うむむ?」
「……あーん」
もしこの瞬間、長森瑞佳と七瀬留美が居たとすれば、お互い悲鳴を上げて顔を覆っていたに違いない。
それはまさに、里村茜が折原浩平に屈服してしまうと言う、決定的な瞬間であったからだ。
「よくできましたっ!」
非常にイイ笑顔で、浩平がそう言う。
「ほら、茜」
そう言って浩平が差し出すアイスの乗ったスプーンを口にする茜。
「このアイスをどう思う?」
「すごく……美味しいです」
ふるふると僅かに震えているのは、あまりにもアイスが美味であったためであろうか。それとも恥辱に耐えているのだろうか?
「……浩平」
「うむ?」
「知ってて、やりましたね?」
「イエス、オフコース」
再びイイ笑顔で親指を立てて、浩平。
そんな彼に茜は全力でそっぽを向いて――その動きに追随した彼女の忠実にして自慢のお下げが、浩平の顔面を直撃したのであった。
Fin.
あとがき
ONSのSS、最萌トーナメント支援三度編でした。
今回はちょっと時間が足りなくて即興かつ短めになってしまいました。申し訳ないです;
あと、劇中の意味不明でお洒落な台詞は、『エルシャダイ』で検索をかけてみてください。きっと意味がわかると思います? 大丈夫かって? 問題ありません。
さて次回は……どうなるんだ?
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