超警告。CLANNADの隠しシナリオをクリアしていない人は
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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。
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「久々の収録ね。張り切っちゃうわぁ」
「藤林さんもですか。実は風子もです」
「リトルバスターズのPSP版でしたっけ。いいなぁ……」
『本当に、いいんですか?』
電話口での声は、言葉通りに遠慮がちであった。
「ああ、気にしないで良いよ」
電話口で諭すように、彼、岡崎直幸は言葉を紡ぐ。
「遠い上に、周りには何もないからね。汐さんには退屈だろう」
『でも、一度は行った方が良いと思うんです。だって――』
「せっかくのお盆なんだ。汐さんは汐さんが行くべきところに行った方が良い」
『でも――』
「朋也は、欠かしていないのだろう?」
噛んで含めるように、直幸はそう言って聞かせる。
『……そうですね』
「俺の方は、もう少し涼しくなってから来ると良い。そのときはちゃんと案内するから、心配は要らないよ、汐さん」
『わかりました。わたしとおとーさんは、お母さんの処に行ってきます』
「うん、それでいい。そのうち俺も挨拶に向かうから、そのことを伝えてもらえると助かるよ」
『わかりました。それでは――』
「うん、また今度」
少しは、祖父らしくなれたかなと思う直幸である。
『此方彼方に伝わる言葉』
「済まないな、敦子。今年も俺ひとりだ」
墓に飾られている花を取り替えながら、直幸はそう言った。
とある地方の、小さな霊園――いや、墓地である。
そこは、直幸が今住んでいる処とも、かつて住んでいた処とも離れている、深い緑の中にあった。
深緑の匂いと色彩が、足を踏み入れるものを丸ごと飲み込まんばかりに溢れている。それだけ、辺鄙な場所なのだ。此処は。
――そう。此処でなければ、当時の直幸は妻を埋葬出来なかったのである。
「と言っても、俺がそうさせてしまったんだがね。此処は少し――緑が深すぎる。ただまぁ、涼しくなったらおいでと今回は言ってしまってね。秋になったら連れてくるよ。朋也と――汐さんをね」
妻の墓前でしゃがみ込みながら、直幸はそう続ける。昔ながらの墓石のため、その位置だと丁度目線の先に『敦子』の文字があった
「朋也は相変わらず元気だよ。しかも、俺よりずっと父親らしくなっている。ははは、あんなに小さかった朋也がなぁ――」
思い出に目を細めて、直幸はそこで息を付く。
「……お前には、想像も付かないだろうな。もう何度も言うようで悪いが、あいつは――朋也は俺と同じ道を歩んでしまった……ただな、あいつは俺よりずっと早く引き返せることが出来たんだ。――驚くぞ。俺も朋也も、五歳の小さな女の子のおかげで引き返せることが出来たんだ」
誰にも口外していないが、それが最初で(おそらく最後の)奇跡であったと思う直幸である。
「そう、朋也の子だよ。俺達の、孫だ。さっき言った汐さんが、俺達の孫なんだ……」
ここまで、あっと言う間だったよ。そう直幸は続けて言う。
「……お互い、遠いところに来てしまったな。もう俺やお前の世代ではない、朋也の世代ですらない。今の世の中は汐さんの世代のものなんだから」
そう、自分たちはもはや舞台の主役ではない。輝くべき未来を持つ、彼らが主役なのである。
「汐さんは、日に日に綺麗になっていくよ。何処と無く、お前に似ている。人に優しいところとかがな……」
本当に、自分の孫にはもったいない。そう思う直幸である。
「そっちはどうだ? 俺にはお前の居る処がどんな場所だかよくわからないからな。心配と言えば心配だが……」
その姿を見たい、その声を聞きたい……叶わないことでは、あるけれど。
俯く直幸を、深緑のむせ返るような匂いと、蝉の大合唱が包み込む。
「なぁ、敦子――」
そっと顔を上げて、直幸。もちろんだが、妻の墓には何の変化もない。あるわけがない。
わかりきっていることなのだ。だから、
「奥さんですか?」
だから、いきなり背中からそう声をかけられて、直幸は心底驚いた。「え、ええ……妻です。先立たれてしまいまして」
幸い、あまり感情が表に出ない、いや出せない性分である。故に、少々驚いた程度にしか相手には受け止められなかったであろう。そう思いながら、直幸は振り返る。
そこには、ひとりの少女が立っていた。
日焼け対策であろうか、夏だというのに長袖の白いワンピースを着ていて、さらには鍔の広い白い帽子を被っている。その帽子のおかげで、表情はよく読みとれなかった。
「敦子さんという、お名前なんですか?」
「ええ、妻の名前です」
「そうですか……」
敦子さん、と呟く少女。何の縁もゆかりもないのに、胸に刻み込もうとする真摯な態度に、直幸は好感を持つ。
「ところで、こんなところでどうしました。失礼ですが、御家族の方とはぐれてしまっているのでは――」
それだけ、此処は辺鄙な場所なのだ。お盆だというのに、この墓地にいるのは直幸とこの少女だけ。周囲に、人の姿はひとりも無い。あまりにも遠い場所にあるためか、中には雑草に埋もれようとしている墓碑もあるくらいなのだ。
「あ、違います。最初からわたしひとりですから」
だからこそ、少女がひとりで来ているわけではないだろうと踏んでいた直幸であったのだが、その予想は間違っていたようである。
「そうでしたか。失礼致しました」
「いえ、わたしこそ誤解させてしまってごめんなさいです」
丁寧に、そう謝る少女。
「此処に、御先祖のお墓が?」
それとも、まさか自分や息子のように連れ添っていたものと別れてしまったのであろうか。
「はい、そのような感じです。一度、ゆっくりとお話したい人がいましたので」
誰とは言わずに、少女はそう答えた。
「ほう、それはそれは。それでその方とは逢えましたか」
「ええ、お陰様で」
ふっと笑顔を浮かべる少女。何処と無く儚げではあったが、明るく、暖かい笑顔であった。
「そうですか。それは良かった……」
まるで自分のことのように、直幸は何度も頷いてそう言う。。
「うちの妻とも、話せれば良いのですが――いや失礼、愚痴になってしまいました」
「いえ、おかまいなくです。……その、お話ししたこと、無いんですか?」
「生憎、夢枕にも立たれたことがありません」
思い出として夢で見ることはある。
だが、死後の彼女から何かを伝えてもらうことは、夢といえども、無かったのであった。
そう直幸が言うと、少女は考え込むように間を置いてから、
「それはきっと、大丈夫だと思っているからだと思います」
そんなことを言う。
「はぁ……ですが、大丈夫とは? その、俺はついこの間まで本当に駄目な人間でした。そんな生き様を晒して、本当にあいつは――敦子は安心できたのか……」
「信じていたのではないでしょうか」
「……え?」
「貴方なら、大丈夫だと信じていたのではないでしょうか」
「信じる――ですか」
「はい、信じる……です」
諭すように、少女はそう言う。
「だって、目の前に現れていないのですから」
「現れる、ものでしょうか」
「はい。どうしてもどうしても心配で心配でしょうがないのなら、現れると思います」
淡々と、少女はそう言う。どこか懺悔のような響きを持っているのは、気のせいであろうか。
「貴方のお話を聞いていると――」
「はい」
「まるで、実際に起こったことのような……あるいは」
「あるいは?」
「貴方が、そうであるか」
涼しい風が一迅、静かに吹き抜けた。
「……そう、見えますか?」
目を細めて、少女はそう言う。
「失礼、生きている方に言うことではありませんでしたね」
「こちらこそ、からかってしまってごめんなさいです」
――何かが引っかかった。直幸はかつて、このような喋り方の人物と逢っていたような気がするのである。
だが、思い出せない。
「それでは、そろそろ失礼します」
「色々とありがとうございました。その、良い励みになりました」
「いえいえ、こちらこそ」
そう言って、少女は帽子を脱いで丁寧にお辞儀をし、静かに歩み去っておく。
直幸は、再び妻の墓碑に向かい合い――そこで気が付いた。
今し方、帽子を取ったとき。
白い鍔広の帽子で今まで気付かなかったが、あの瞳は――かつて見たことがある。
確か――朋也と共に。
「あの、お嬢さん!」
珍しく強い口調となって振り返る直幸であったが、そこにはもう誰も居なかった。
「はて――」
いくら緑が深いとはいえ、見通しがまったく効かないと言うわけではない。だが見渡す限りでは、この周辺には直幸しか居なかった。
「敦子……お前だったのか?」
いや、違う。
いくら永い時が経っていたとしても、妻の顔を忘れるはずがない。
だとすれば、
――それは。
「……そうか」
口の端に、小さく笑みが浮かぶ。
少しだけ、少女の正体に思い当たった直幸であった。
Fin.
あとがきはこちら
『いきなり電話をかけてくるからどうしたのかと思ったら……渚が心配するようなこと? 俺はしていないけどな。あ、でも強いて言うなら、最近汐が暑いからってタンクトップ一枚で過ごしていることかな。特に夜はブラすらしていないから、背筋なんか伸ばしていると胸の形が丸わか――プツッ、ツー、ツー、ツー……』
「……ええと。今のが原因――ではないな」
あとがき
○十七歳外伝、お盆編でした。
本当はお盆週に仕上げようと思っていたんですが、諸事情がありましてこんなにずれ込んでしまいました。ごめんなさい;
さて、久々にあの人の登場です。今回は、あの人が居るのならもうひとり該当する人が居るんじゃないかという疑問に対する、答えのひとつを出してみました。実際にはどうなのか……難しいところですね。
さて次回ですが――ちょっと未定で。