超警告。CLANNADの隠しシナリオをクリアしていない人は
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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。
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「何回目か忘れちゃったけど、ぷち演劇シリーズ。今回は時々にネタにしちゃう放課後ティータイムってことで、わたしがギターの主役!」
「普段のお前と正反対の役どころだな」
「てっきり藤林に取られると思っていたんだが、私がベース役らしいな。なんでだ?」
「いやまぁ、ある意味お前が適任だよ、智代」
「で、あたしがもうひとりのギター役ね。突っ込み系後輩役なら任せなさい! 得意中の得意なんだから……ってなんでドラム役なのよ!?」
「ここが一番役どころに困ったらしいな。結果としてお前でないと演じられないと踏んだらしいぞ、杏」
「御免ねお姉ちゃん、私が後輩役みたいで……」
「風子には流石に任せられないからな。後は任せた、藤林」
「……ええと、私がキーボード役で良いんでしょうか。確かに紅茶もコーヒーも淹れるの得意ですけど……」
「宮沢で良いんじゃないか? 早苗さんって手もあったけど最終的に顧問の先生役に落ち着いたし」
「あの……朋也くん」
「ん?」
「どうしてわたしが、しおちゃんの妹役なんでしょうか」
「いや、ある意味はまり役だと思うぞ、渚……」
『雨上がりの小路地で』
「もう梅雨だね……」
「ああ、そうだな」
六月初旬の週末、しとしとと降り続く雨の中、俺達父娘は商店街へと買い物に向かっていた。気象庁はまだ梅雨入りを宣言していなかったが雨は月曜から断続的に降っており、まるで晴れという天気を忘れたかのように、空は雨雲に覆われていた。
「出掛けに弱まったから少しは晴れると思ったんだけどな、このままだと帰りが難儀だな。傘と一緒に買い物袋持たなきゃいかん」
「わたしもついてきて正解だったでしょ?」
そう、本来は俺だけの予定だったのだが、汐が半ば強引についてきたのだ。この強引についてくるというのは、汐が小さい頃から変わっていない特技(?)のひとつで、どちらかというと昔と比べて磨きが掛かっているといえる。
絹のように細い雨足の中、俺達は商店街へとさしかかる。そのまま贔屓にしているスーパーマーケットへと突き進んでいく途中で、ふと傘にぶつかる音が消えたことに気付いた。
「今になって止むか」
傘を畳んで空を見上げ、俺。
「いいじゃない。荷物運ぶのが楽になったでしょ」
同じく傘を畳みながら、汐がそう言う。その前向きの思考が、今はとても頼もしかった。
「おとーさん、急ご。また降り出すと大変だし」
「あぁ、そうだな」
幸い、ふたり掛かりなので買い物はいつもより早く終わらせることができた。ここら辺は、汐が小さかった昔と違うところだろうか。
「よし、まだ止んだままだ」
スーパーの庇から一歩出で、雨が当たらないことを確認する俺。
「ラッキー、さっさと帰っちゃお」
「おう」
それぞれ傘を小脇に抱えてスーパーの袋をひとつずつ持ち、俺達は帰路を踏みしめた。
「しかしこの湿気、どうにかならないもんかな」
「あと一月もすれば梅雨明けだよ。のんびり待とうよ」
「そうだな、そうすれば夏だ。海だ。汐の水着姿だ」
「……わたしは気にしないけど、外で言うときは気を付けてね。あらぬ誤解を受けるから、絶対――ん?」
ふと、汐が脚を止めた。
どうした? と言おうとして、俺はすんでのところでその言葉を飲み込む。
道の向かいから、小さな姉妹とおぼしきふたりの女の子が歩いてきていた。幼稚園か、小学校低学年と言ったところだろうか。揃いのレインコートを着込み、身体に不釣り合いな傘を杖のように持って、そしてお互いしっかりと手を繋いで歩いていた。
それだけだったら別に黙る必要はなかっただろう。だがその小さな姉妹は歌っていたのだ。
「「あ〜めあ〜めふ〜れふ〜れ――」」
――『母さんが』、と。汐は黙ってその姉妹を見送っている。その表情は俺からは見えなかった。
「あっ」
後ろを歩いていた方の女の子が突如として転んだ。
「おねえちゃん!?」
半歩だけ先に歩いている形になっていた方の女の子――妹なのだろう。それまで姉だと思っていたのだが――がびっくりして立ちすくむ。 にしても、今のは随分と派手なものだった。幸いというか不幸というか、水たまりに突っ伏す形になったから、ひどい怪我はしていないだろう。
どちらにしても、助けなければ。
そう思って姉妹に歩み寄ろうとした俺を手で制したのは、汐だった。
その視線は、助け起こそうと腰を屈めた妹の方に向かっている。
「おねえちゃん、だいじょうぶ?」
「う〜……」
顔をくしゃくしゃにしながらも、姉の方が自力で立ち上がる。そこへ妹の方がハンカチを持って姉の顔を拭き始めた。
「どこかいたくない?」
「う、うん。いたくない……だいじょうぶだよ〜」
「ほんとうに?」
「うん、ほんとうほんとう」
「よかったぁ――」
ほっと胸を撫で下ろしている妹を、転んだ姉がそっと頭を撫でる。
「ありがとね、たすけてくれて。すっごくうれしかったよ」
「おねえちゃん……」
「おうちに、かえろ。おかしたべたくなっちゃった」
「うん――でも、たべすぎはだめだよ」
「えー」
「それに、さきにおふろはいらないと」
「あ、そうだねー……」
ハンカチで一生懸命拭いたおかげで、顔はどうにか見られるようになっていたが、他はどろどろだった。それでも、姉の方は笑顔を絶やさない。
「おねえちゃん、いこ」
「うん、いこ〜」
俺達父娘に気付く様子も無く、小さな姉妹は小さな手を再び繋ぎあって、家へと帰っていった。
それを見送る汐の表情は、一見しただけではわからない色々な感情が織り混ざっているように、俺には見えた。
「さっきの姉妹、妹の方がしっかりしていたな」
「そうだね」
空は曇天のまま、雨はどうにか地上に落ちないよう踏みとどまってくれている。そんな灰色の空の下を、俺達父娘は家路へと歩いていた。
「杏のとことは逆だな」
「そう――かな? 椋さんって結構しっかりしていると思うけど?」
「あー、学生時代はおろおろしていることが多かったんだよ」
「そうなんだ……」
そこで、会話が途切れてしまう。
ほかに話題が見つからず、お互い黙々と前に進むしかなかった。
なんか、会話が続かない……。雨が降る様子は無いが、相変わらずの曇天が空気を重くしているような気がする。
こうなりゃ正面突破だ。俺は覚悟を決める。
「妹、欲しかったのか?」
「え?」
一歩先に進んでいる格好になっていた汐が足を止めて、こちらを振り返った。
「いや、さっきの姉妹とすれ違ってから無口だったからさ」
「あ、なんだ。そう思っていたのね」
「違うのか?」
「違わないって言えば嘘になるけど、正確じゃないかな?」
「というと?」
俺がそう訊くと、汐は考えながら、
「んーとね、さっきの女の子達えらいなって」
「ああ、妹の方か」
「ううん、妹さんの方もそうだけど、もっとえらかったのはお姉ちゃんの方」
「え?」
こけてぐずって妹に助け起こされていたのに? そう俺が言うと、汐は小さく首を横に振って、
「傍目にはそう見えたけどね。でも、転んで泣きそうだったのに、妹がいるから泣くのを我慢していたんだよ。気付いてた?」
「いや、全然……」
そうだったのか。
妹の方に注視していた俺は気付かなかった。
「それに、元々手を繋いでいたのに、自分が転びそうになったら妹さんを巻き込まないように手を離していたの。それって、なかなか出来ないことだよね」
そういえば、確かに転ぶ直前まであの小さな姉妹は手を繋いで歩いていた。どちらかが転べば、もう片方も巻き込まれていたはずなのだ。そうならなかったと言うことは、汐の言う通りなのだろう。
「そんなあの子達を見ていたらね、あの頃のわたしも同じくらい強かったかなって思って」
そう言えば、泣くのを我慢していた姉と同じように、汐も泣くのを我慢する子だった。どうしても我慢できないときだけ、トイレに駆け込んでいたのだ。――俺と向き合えるその直前までは。
「お前は強い子だよ」
「そう?」
「ああ」
そう、汐は強い子だ。
俺とすれ違っていた五年間、生まれてから五年間もずっと放っておいてしまったというのに、汐はずっと待っていた。
それは早苗さんの教育による賜物なのかもしれない。だがそれ以上に、汐自身の強さもあったのではないかと俺は思うのだ。
「たしかにあのお姉ちゃんの方も強いんだろうな。でもあれくらいの時からお前も同じくらい強かった。それは俺が保証してやるよ」
「そっか……」
再び前を向いた汐の表情は相変わらず見えない。けれど急に振り向いて、
「ありがと、おとーさんっ」
心なしか、いつもより嬉しそうにそう言った。
「で、妹は欲しいのか?」
「へ?」
「違うって言えば嘘になるんだろ?」
「ああ、まぁそうだけど……わたしにはもう妹みたいな人居るし」
「そうなのか?」
時折見かける、学校の後輩のことだろうか。そんなことを思っていると――、
「隙ありです!」
「「え?」」
唐突に聞こえたそのよく知っている声に、俺も汐も一瞬対応が遅れる。
そして、その対応の遅れはおそらく声の主に対し有利に働いた。もちろん、意識してやったものではないのだろう。
まぁ、何はともあれ。
「う〜しおちゃん!」
そんなかけ声とともに、風子が汐に真横から突っ込んでいた。
「ごふっ!」
身体をくの字に折り曲げながらも、どうにか踏みとどまる我が娘。小さな時はかすめ取られるかのように抱き上げられ、少し大きくなったら恋人のように抱き合う形になっていたが、今ではああいった痛烈なタックルになっている。
それはさておき――、
「お前、汐が子供を産めなくなったらどうする気だ」
がに股になってお腹を押さえ、ダメージを堪える汐を横目に見ながら、俺。
「それは困ります。風子、汐ちゃんのお子さんを一番最初に抱き上げる予定ですので」
もはや汐にこうすることが出来るのは自分ぐらいだという事実に気付かず、何時になるかわからない汐の子の出産に立ち会う気満々の風子だった。
「っていうかそう言うのは父親である俺の役目だろうか」
「だ、旦那さんの役目じゃないの?」
早くも復活した汐がお腹をさすりながらそう突っ込みを入れる。
ちなみに今の段階で、汐の旦那だの考えたくない俺であった。親馬鹿? 上等。渚と知り合ったあの頃の俺に対するオッサンと同じ態度を俺は取るだろう。年を取って初めて気付いたことだが、それだけは間違いない。
「それで汐ちゃん、今からお買い物ですか?」
「残念、その逆。っていうか買い物袋持っているんだからわかるよね?」
「風子、まだ買い残しているものがあると踏んでいましたので。それはともかく、お買い物のあとでしたらカフェ『ゆきね』に寄りませんか?」
「また雨が降るかもしれないし、荷物持ったままじゃ店長に迷惑でしょ。うちでお茶入れるからふぅさんも来る?」
「謹んでついていきます。全力で」
「お前本当に学校の講師か?」
美術だからまだ良いが国語のそれであったら間違いなく失格だろう。そう思う。
「ちなみにお茶受けはなんでしょうか」
「んー、ミルクプリン買ってきたから、それで」
「ミルクプリンですかっ、どんとこいですっ!」
ミルクプリンで大喝采の同い年が、今俺の目の前に居た。
これじゃまるで汐の……ああ、そういうことか。
「っていうか俺と同い年で汐の妹か、すげえな」
「……? 何のなぞなぞですか、岡崎さん」
「いやなんでも」
聞こえていたのだろう、汐が身を震わせて笑っている。
でも妹がもう居るのなら、汐は先ほどの姉妹にどんな憧憬の念を得たのだろう。妹でないのなら……。
――もしかしたら。
もしかしたら、汐は世話を焼く妹よりも、甘えられる姉が欲しいのかもしれない。
ふと、そんな気がした。
「岡崎さん、ぼうっとして突っ立っているとウドの大木みたいです」
「誰がウドの大木だ」
「風子的には珊瑚の大木がお勧めです。綺麗ですし、なによりヒトデがたくさんくっついてきますので」
そんな磯臭い大木は御免だった。だから俺は歩き出す。
「あ! おとーさん、ふぅさん、見て!」
先を歩き始めていた汐が空の一角を指す。
そこには雲の切れ間から、夏の到来を思い起こさせる青い空が僅かながらも覗いていた。
今年の梅雨は案外短いのかもしれない。そんな風に思える鮮烈な青だった。
Fin.
あとがきはこちら
「汐ちゃんのお姉さんですって――!? それならあたしで決まりでしょ」
「なにを言うか。私で決まりだろう」
「私も立候補するのっ」
「よく考えたら、お姉さん達ももう居たんだね」
「……ああ、そうだな」
あとがき
お久しぶりの○十七歳梅雨編でした。
仮に○に姉妹が出来るとしたらどんな子になるでしょうか、すごく気になりますね。兄弟? いや、そっちはあまり考えない方向でw。
さて次回は……ちょっと未定です。