『アイツにアレを飲ませるな』(2002.02.05)




 元旦、昼前のことである。
 新年の挨拶をしようということで、長森瑞佳と、七瀬留美は浩平の家へ向かって並んで歩いていた。
「なに?それで瑞佳は行かなかったの?浩平主催の忘年会」
「うん、やっぱり二人だけにしてあげたかったしね」
「あのね。んなこと言ったって他の子が来るじゃない」
「うーん、でも、人数は少ない方がいいと思ったから」
「それ、損な性格よ、瑞佳」
 ため息をつく留美。
「そうかな……じゃ、七瀬さんは?」
「へ?」
「七瀬さんはなんで行かなかったの?」
「ん……人の恋路を邪魔する奴は乙女じゃないでしょ?」

 ぴんぽ〜ん……。
「いないわね……」
「まだ寝ているのかも……」
 実はこれで三度目のピンポンであったりする。
「とりあえず、浩平の部屋まで行ってみようか?」
 そう言うと、瑞佳はおもむろにコートのポケットに手を突っ込んで、鍵を取り出した。そして難なく玄関のドアを開けてみせる。
「……瑞佳、なんで折原の家の鍵持っているの?」
「あ――由起子さん……浩平のおばさんに持っていて欲しいって。ほら、ちょっと前まで私が起こしていたでしょ?浩平」
「……なるほどね」
 納得がいった表情で留美が頷く。
「でも、もうそろそろ引き継がないとね……」
 鍵を手に持ってかざすように眺める瑞佳。口の中でそっと呟く。
「あ、でも里村さんの家、ここから遠いんだっけ……」

「ねえ、これどういう意味だと思う?」
「うーん……只単に貼り忘れただけじゃないかな?」
「そうじゃなくて……」
 ドアの前にはこう書いてある。『 忘 年 会 会 場 』。浩平の部屋の前に。
「なんでいつものリビングじゃないのかしらなんで未だに張り紙があるのかしらなんで折原いないのかしらなんでよりによって自室なのかしら!」
「な、七瀬さん……」
 怒気が募っていく留美に冷や汗を浮かべる瑞佳。
「踏み込むわよ。瑞佳。いいでしょ?」
「う、うん……」
 七瀬がゆっくりと(ただしノブを握りつぶさんばかりの握力で)ドアを開ける。
 こうして二人は折原浩平の部屋に踏み込んだ。
「わ、わ、わ!」
「な、な!なぁあ!」

 瑞佳が留美が部屋に踏み込んだとき、浩平の部屋には四人の少女らが先客としていた。というより、『撃沈』されていたと言った方が良いのかもしれない。
 先ず、部屋の真ん中にむりやり敷設してある炬燵に入ったままの姿勢で、川名みさきがうつぶせになって沈んでいた。
 クローゼットの側では上月澪が一升瓶片手にぶっ倒れている。
 机辺りでは、何故か所々焦げている柚木詩子が座布団と一緒に大破していた。なにやら小刻みに痙攣しているところをみると、前述の二人とは経緯が異なっているらしい。
 そしてベットの下、みさきが撃沈されている反対側に、後頭部にたんこぶを作った浩平が沈黙を保っていた。
 そしてベットの上には――里村茜が寝ていた。上半身下着姿で。
「お、お、お、折原ーっ!」
 怒声と共に高く跳ぶ留美、そのまま斜めに落下してのライダーキックである。しかし、その影にぴったりと合わせて、同じ技をかけようとしているものがいた。能面のように無表情の瑞佳である。
 結果として、ダブルライダーキックとなった。
「「成敗!」」
「おぼあえっ!」

「ぬうう……な、長森と七瀬!?」
 鳩尾にめり込んだのがまずかったらしい。浩平は正味十分ほど悶絶した後、やっと彼女たちを認識出来た。とりあえず、年始の挨拶と言うことで、例の『あけまして……』をすませる。
「で、何があったのよ」
「忘年……会だ……」
「じゃあ、里村さんがあんな格好をしているのは?」
 七瀬の指が指す先では、未だ眠っている茜に瑞佳が毛布を掛けていた。
「事と次第によっちゃ、只じゃすまさないわよ……?」
「わあったわあったから、最初から話させろ」

 忘年会と言えば宴会である。宴会であるからして、アルコールが出る。
「しっかしまあ、茜は強いよな」
「……そうですか?」
 ビール缶片手に茜が首を傾げた。傍らには既に二、三本の缶が転がっている。流石に頬が桜色に染まっていたが、それ以上の酔いの兆候が全くない。
「もしかして酒が好きか」
「お酒そのものはあまり」
「っていうと?」
 ビール瓶をことりと置いて、茜は俯くと、、
「みんなで飲むと、楽しいから……」
「なるほどな」
 うんうんと頷く浩平。
「しかしまあ、ビールばっかりでもつまらんだろう。どうだ、こいつをひとつ」
 そう言って、浩平がズズイと出したのは、日本酒。銘柄は『美軍曹』である。
「最初はちょっと口に辛いかもしれんが、すぐに美味さがわかるはずだ。だからまずはコップで一杯ぃぃぃぃぃい!?」
 一升瓶をラッパ飲み、していた。
『しまったっ四本目からは酔い始めてるのかっ!』
 気付いてももう遅い。新発見の喜びから脱却する頃には、『美軍曹』は空になっていた。
「…………」
 顔が真っ赤になっているのは、わかる。しかし表情は深く俯いているため読めない。
「あ、あの、茜さん……?」
「ふふっ、ふふふっ、フフフフフ……」
 なんだか嬉しそうなのだが、何処か不気味な笑い声が響いて……。
「浩平、もう一本くださいっ」
 酒村茜、できあがり。もしくは、誕生、里村茜・裏!といったところか。
「いや、茜もうその辺で」
「まだまだ、充分行けますよ。ホントですっ」
「語尾がいつもと違うことに気付いているのか、なあ!?」
 頭を抱える浩平の肩を、ポンと叩くものが居た。
「……澪?」
『その台詞、ザルと呼ばれし私に対する挑戦なの』
 茜と同じくらい真っ赤な顔をして、しかしニヒルに笑い、澪が立ち上がる。
「わかりました。勝負しましょう」
『じょーとーなの!』

……数分後。

 ドウッ!
「フッ、私の勝ちです」
「ま、負けてどーする!」
 上月澪、撃沈。フィニッシュブローは『美軍曹』一本半。
 ちなみに茜はその二本目も空にしている。
「次を、楽しみにしていますよ……」
「次があってたまるかっ!」

 ぶっ倒れた澪をしばらくつついていた茜だが、やがて飽きたらしい。次に目を付けたのは、机にもたれてちびちびやっている詩子だった。
「詩子、何飲んで居るんですか?」
「フフッ、スピリッツよ。アルコール度数98%、魂に火のつくお酒……」
 詩子もかなり酔っており、茜の変化に気付いていない。その証拠に後ろで懸命にブロックサインを発信している浩平に気付かなかった。
「わかりました。魂に火がつくんですね」(シュボ)
「そうよ。女子供はあっちに行って、あっちあっちあっちちゃあああ!?」
 詩子がコップを傾けた瞬間に、マッチをコップに投げ込んだのである。よい子は絶対ませしてはいけない。結局、浩平が座布団ではたいて消火作業にあたり、無事鎮火した。
 柚木詩子、撃沈。

「川名先輩、先輩のお酒いただきます」
「あ、ちょっと……」
 みさきが時折傾けていた瓶から自分のコップに注ぐ茜。
「……あれ?ジュース?」
 ジュースである。でなければ、つまみと同じペースで飲んでいて全く酔わないわけがない。
「川名先輩は、お酒には弱いんですね……意外ですっ」
「そ、そんなことはないよ!」
「そうですか?じゃあ試してみますね」
「え?」
 ピッピッピッ……(エコー)
茜が指先で弾いた『美軍曹』の雫ががみさきへ到達すると……。
 ドウッ。
 川名みさき、一滴で撃沈。
「やっぱり弱かったんですね……」
 フッフッフ。と両手を腰にあてるポーズまで決めて笑う茜。似合うんだか似合わないんだか。

「そこまでだ。茜」
 そう言えばちょっと前まで隣に居たはずなのに。そう思って茜が振り返ると、そこには浩平が腕を組んで立っていた。傍らには『美軍曹』1ダース。
「此処まで来た以上、わかっているな。お前は俺が止める。勝負だ」
 ゆっくりと炬燵に座り、『美軍曹』をドンと置く。
「もう、他の人は居ないんですか?」
「茜が全員沈めたろ……って、ちょっと待てー!」
 茜が、いきなり目を潤ませ始めたのでかなり焦る浩平。当の本人はそんな彼にお構いなく、炬燵を挟んだ反対側に勢いを付けてすとんと座る。
「浩平!」
「はいい!?」
 炬燵の天板を、ひっくり返さんばかりの勢いでぐっと掴み、茜は浩平を上目遣いに見る。
「……浩平は、私のことどう思って居るんですか?」
「へ?そ、そりゃもちろん」
「でもでも、あまり二人きりにならないじゃないですか――」
 プチ。上着のボタンをひとつ外す。
「あ、あ、あ、あ、あの、茜さん!?」
 突然のことに焦っているうちに、ボタンを全て外し終わる茜。
「私これでもいろいろ勉強しているんですよ……?大人の、ひとりの女として見てほしくて……」
 はらりと上着が落ちた。その瞬間、
「だから浩平……(プロバイダの規定により、削除)!」
 茜は浩平に向かって突撃を開始した。
「フオオオオ、お、落ち着け、茜〜!」
 嬉しいことには嬉しいのだが、本能的にやばいものを感じて全力で逃げようとする浩平。
 と。
 ゴス!
「ふごっ!?」
 浩平の後頭部にスケッチブックが突き刺さった。ぱらりとページがめくれ最後に記入したページが見える……。
『い、いたちの最後ッ屁ってやつなの……』
 同時に澪がゴトッと頭を落とした。
「浩平!?」
 そのまま沈んだ浩平をまじまじと見つめる茜。
 そして部屋を見回す。
「みんな、寝ちゃいましたね……」
 どちらかというと、死屍累々。
「私も眠くなりました……」

「……とまあこんな訳でだな。アレ、長森、七瀬?」
 いつの間にか、二人とも居ない。
「何だよ。話を聞かせろっていったから聞かせたのに――まあ、いいかぁ……」
 そのまま再びぶっ倒れる。後は再び夢の世界へ。

「で、ついあのまま放っておいたけど、いいの?瑞佳」
「うん」
 いささか憮然としたままながらも、口元は笑っている瑞佳。
「あのままみんなが起きたら、ちょっとしたハプニングだしね」
「……私思うんだけど、時々怖いわね。瑞佳って」
「うん、私って、時々怖いよ。自分でもそう思うもん」

 瑞佳の予言は次の日の朝、実現のものとなる。具体的にどーなったかは、あえて言うまい。


Fin






あとがき



 今回は、例によって茜支援……をしようとしたのですが、結局間に合わなかったというトホホなものを手直しして掲載しました。あまり大幅に直さなかったので、簡単に分割出来る構成のままになっています。
 今回はもう一つ仕掛けがあって、ある作品のシチュエーションと合わせています。ヒントは『美軍曹』(笑)わかる人にはもうおわかりですね。
 しかしまあ、突発的に思いついたまでは良かったのだが、詰めが甘かったってヤツの典型ですな。間に合わなかったあたり特に。

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