超警告。CLANNADの隠しシナリオをクリアしていない人は
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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。

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「意味もなく女医ルックにコスプレしてみたんだけど、どう?」
「どっちかというと、ナースの方が……」
「朋也くん、ちょっとこっちに来て下さい」




























































































  

  


「もうおうちかえる〜!」
 そこに入った途端耳に飛び込んできたのは、小さな子供のそんな叫び声だった。小さな保健所にある小さな予防接種会場に居る汐以外の子供は例外無く泣いていて、その泣いている子供には例外無く親があやしていたが、あまり効果があるようには見えていない。
 俺はと言うと、あまりも凄まじいその大音量に辟易して立ち尽くしてしまっており、
「パパ……」
 そんな俺を心配そうに、汐が見上げていた。



『保健所にて』



 予防接種。
 正直に言うと、役所からその案内の葉書を貰うまで、俺はそのことを完全に失念していた。
 おそらく俺だって、親父の手に引かれて保健所に行ったはずなのだ。だが、その記憶がごっそりと抜け落ちてしまっている。
 だからこそ、この子供達の泣き声に驚くことになってしまったのだろう。
 この町にある保健所は、本当に小さくて、受付と会場として使用する広間が一体化しており、壁の一角には申し訳程度に『予防接種会場』と書かれた張り紙が貼ってある、そんな規模だった。
 そこにいる子供は、現時点で十人足らず。ただ先ほども言ったように程度の差はあれ汐以外の子供が皆泣いていた。
 よくよく見てみると、まず泣いている先頭の子が注射をされてさらに大声で泣く。続いて二人目がそれを見て大声で泣く。それ次々へと後ろに流れていくといった有様で……要は、恐怖が伝染しているらしい。
 さらには対象が三歳から五歳となっているせいか、汐より小さな子も多かった。そしてそれが、涙涙の大合唱を助長している原因であるようだ。現に、年上の子が大泣きするためそれより下の子達が不安に思い、結果として伝播しているように見える。仮の話だが、これが汐の世代だけだったら、泣いている子はもうすこし少なかっただろう。
「パパ」
 不安そうにもう一度俺を見上げる汐。その恐怖の波は汐にも押し寄せているようであった。
「大丈夫、お前はお前だ」
 その手をぎゅっと握って、俺はそう答える。
「うん、でも……」
「注射、初めてか?」
「……うん」
「――そうか」
「うん。あのね、パパ」
「ん?」
「いたい?」
「……ああ、痛い」
 そこで嘘をついても仕方がない。俺は正直にそう言った。
「でもな、汐。お前が転んで膝を擦りむいたとする。その時どうだ? 痛いか?」
「……うん。きっといたい」
 想像してしまったのだろう。少し痛そうな貌で、汐。
「そうだな。転んだときは痛いよな。でもさ、傷を消毒して、絆創膏を貼ったらどうだ? まだ痛いか?」
「えっと……」
 そういう質問をされるとは思わなかったのだろう。汐は上を見上げて一生懸命想像している。
「あんまり、いたくない?」
「そうだな。怪我は絆創膏で覆われているからそんなに痛くないはずだ。でな、注射も一緒なんだよ。針が刺さったときは痛いかもしれないが、それが抜けたらもう痛くないんだ」
「……ほんとう?」
「ああ、本当だ。ママに誓ってもいいぞ」
「なら、がんばる」
「よし、頑張れ」
「……おー」
 まだ不安なのだろう。多少弱々しかったがそれでも汐は小さく手を振りあげた。
「なかなか興味深い話でしたねぇ」
 そこへ急に割り込んできたのは、予防接種を行っている医師だった。気が付けば、俺たちの番になっていたのだ。
「聞こえてましたか」
 少し恥ずかしかったので、咳払いをしながら俺。
「ええ。聞こえてしまいました。ですが今のたとえ話、僕には非常に魅力的に聞こえましたよ」
 と、俺よりずっと年上――初老にさしかかっていそうな位――の線の細い医師は銀縁の眼鏡の奥でその目を細めると、
「差しつけなければ、今後小さな患者さんに今のたとえ話を使わせていただいても構いませんか? 数日前から御覧のような有様でしてね。困っているんです」
 それはなんというか、まるで俺の何気ない一言が名言扱いされるようでなんだかくすぐったかったが……。
「構いませんよ。それで診療が遅れが無くなるのなら」
 些細なことでも役に立つのなら、願ってもないことだった。
「ありがとうございます。それではええと……岡崎汐さんですね? 汐さん、右手の袖をまくって下さい」
 医師は汐を子供扱いせず、丁寧にそう話しかける。対する汐の方はというと今まであまりそういう扱いを受けていなかったせいか多少戸惑っていたようだが、素直に注射される側の腕を露出させた。ただ、その袖を捲った方の手はすぐさま俺に手に繋がれて、離れない。
 不安なのだ。頑張ると言っても未知のものに立ち向かうのは相当の胆力を要求される。むしろ俺に抱きつくことなく手を握るだけという汐は相当度胸が据わっていると言えた。それは、俺の親馬鹿評価なのかもしれないが。
 だが、俺も出来ることはしなければならない。汐を支えられるのは、他でもない俺だけなのだから。
「あの、すいません」
「はい?」
 今度は俺が、医師に割り込んで言う。
「すいません、俺の手握らせたままで良いですか?」
「結構ですよ。痛くないようにしてくれという依頼よりずっと現実的で助かります。どんなに努力しても、注射は痛いものですからねぇ」
「ありがとうございます」
「お礼はこちらがするものなのかもしれませんよ。それでは汐さん、すぐ済みますからね、我慢してください」
 こくんと汐が頷く。
 それを確認して、医師は手早く注射器を取り上げ――その針が、汐の血管に潜り込んだ。
「っ……!」
 途端、汐が強く目を瞑って俯き、俺を手を強く握る。
 ああは言ったが、痛いものは痛い。それに膝を擦りむくなど自分の不注意ではなく、言ってみれば強制的に怪我をさせているようなものなのだ。その恐怖感は――子供には計り知れないものだろう。
 どうにかならないのだろうか。注射が効率の良いものだと知ってはいるが、そんな詮無きことを考えてしまう。
 そんな俺に対し、流石に医師は動揺しなかった。ひたすら冷静に、そして的確にワクチンの接種を進めていく。
「はい、もう良いですよ」
 針が潜り込んだところに脱脂綿を押し当ててから注射針を引き抜き、医師がそう言った。汐はまだ強く目を瞑ったままだったが、泣いてはいない。
「少し強めで構いません。三分ほど、押さえてあげて下さい」
「わかりました」
 小さな汐の腕は、まだ頼りないと言っていいほど柔らかい。その手に合うよう加減しながら、俺はしっかりと脱脂綿を圧迫させた。
 そこでようやく、汐が目を開く。その目に涙はなかったが、口は真一文字に結ばれてた。おそらく、泣きそうになっているのを堪えているのだろう。
「よく泣かなかったな」
「うん……」
「泣いても良かったんだぞ?」
「だめ」
 ぐっと堪えながら、汐。
「――どうして?」
「泣いてもいいのは、トイレかパパのおむねだけだから」
「……ああ、そうだな」
 だが、汐の声は所々が調子外れになっている。おそらく、俺が抱き上げたら泣いてしまうだろう。そんな脆さだった。
「でも、我慢しきれなかったら泣いてもいいんだぞ?」
「果たして、そうでしょうか」
 汐が答える前に、医師が再び俺たちの会話に割り込んだ。
「え?」
「後ろを見て下さい。汐さんのお陰で、泣く子がずっと減ったんです」 言われて俺は後ろを振り返った。
 なるほど、確かに減っている。中には、真っ赤に目を腫らしながらもまじまじと汐を見つめている子も居た。
「汐さん、ありがとうございました。貴方が、泣かなかったからですよ。お陰で僕らは助かりました。だからもう一度、お礼させてくださいね、汐さん。よく頑張りました。偉かったですよ」
 自ら身を屈み視線を汐に合わせて、医師は汐にそう言う。
「杉下先生、そろそろよろしいですか?」
 苦笑混じりと言った様子で看護師がそう言った。俺たちの診療時間が、他の子に比べて明らかに長いことを指摘しているのだろう。
「ああ、僕としたことがうっかりしていました。それでは汐さん、お大事になさってください」
「ありがとうございました」
 汐がぺこりと頭を下げた。
「失礼します」
 俺も頭を下げる。



「よく頑張ったな、汐」
「うん」
「ご褒美になんか買ってやろうか?」
「ううん、いい」
 父娘で手を繋ぎながら、そんな風に言葉を交わす。
 三分経ってからおそるおそる脱脂綿を取り除いてみたところ、出血はあっけなく止まっていた。昔取った杵柄で、止血の原理と方法は頭に叩き込まれていたが、自分の娘となるとどうしても心配してしまう。もっとも、育ち盛りの汐の方が、傷の塞がりは早いはずなのだが。
「なぁ」
「うん?」
「どうしてお前、頑張れたんだ?」
 俺に褒められたいから? それともあの医師に褒められたいから? いや、どれも違う気がする。
「えっとね」
 汐はちらっと、こちらを見上げた後、照れたように視線を逸らして、
「おねえさんだから」
 ぽつりと、そう呟いた。
「なるほど、な」
 ようやく合点がいった。
 汐は年上である自分を意識したのだ。おそらく、医師に言われる前から自分の周りにいる小さい子供達を意識したのだろう。
「汐もお姉さんか」
「うんっ!」
 力強く、汐が頷く。
 その小さいながらも強いまなざしに、俺はふと渚のそれを思い出して、頬を緩めたのだった。
 これからも渚の強さを受け継いでいって欲しい。そう思う。



Fin.




あとがきはこちら









































「というわけでナースコスチュームに着替えてみたんだけど、どう?」
「もうちょっと、スカートの丈がミニの方が……」
「朋也くん、もう一度こっちに来て下さい。少し、頭を冷やしましょう」











































あとがき



 ○十七歳外伝、予防接種編でした。
 昔に比べて、最近の子供は注射に弱いようです。もっとも、注射に強い子というのもあまり想像できませんが、泣いちゃう子供が増えているということなんでしょうね。
 さて次回は……たぶん、回想編です。

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