超警告。CLANNADの隠しシナリオをクリアしていない人は
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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。

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「バレンタインですか……藤林さん、風子にチョコ、くれませんか」
「なんでよ」


























































































  

  


 2月14日。聖バレンタインデーである。
 その日、藤林椋が姉の教室に踏み入れると、杏は机の上にあぐらをかいて座っていた。
 放課後、それも随分時間が経っている時間帯である。
 故に、教室には夕陽が差し込んでおり、開け放たれた窓のおかげで中のもの全てが橙色に染まっていた。




『渡せなかった、バレンタインの日』



「お姉ちゃん、だめだよ。そんな格好で座っていちゃ」
 椋達の通う学校の制服は、スカートが短い。
 故に、あぐらなどかこうものなら色々な角度からその中身が見えてしまう。現に、今椋の視点からでもミルキーブルーの布地が微かに見えていた。
「平気よ。この時間に此処に居るのは、あたしか椋ぐらいなんだから」
 椋には視線を向けず、ずっと沈みゆく夕陽を見つめて、杏はそう言う。
 事実、既に受験シーズン――というよりもうその終盤である。
 故に授業は随分前から午前のみとなっており、大半の進学希望者と数少ない就職希望者は皆帰宅していた。
 杏と椋の姉妹も、所謂普通の進学希望者であった。
 だが、ふたりとも第一志望の大学に無事合格を果たし――急激に、時間を持て余すようになったのはごく最近のことである。
 そして今日この日、2月14日の聖バレンタインデー。
 放課後早々に姿を消した姉を捜して居た椋は、やっとのことでスタート地点に戻ってきたところ、ようやくにしてターゲットを発見したのであった。
 姉は自分を置いて何処に行ったのだろう。何をしようとしているのだろう。大体は想像がついていたが、椋はそう思っていた。
 そして彼女の推論は今、姉の横にある可愛らしい包装紙に瀟洒なリボンでラッピングされた、小さな包みのおかげで確信に変わった。
 姉は……。
「その包み、もしかして――」
「義理チョコよ、もちろん」
 夕陽を見つめたままで、杏はそう妹に言う。
「そうじゃなくて、その……」
 渡さなくてよいのかと、椋は言いたかったのだ。だが杏にはそれがわかっていたらしい。
「渡せるわけ、ないじゃない……」
「……そうだね、ごめん」
 その表情は、前髪に隠れてよく見えなかった。だが、椋にはわかる。痛いほどわかる。杏は――姉は寸前までその包みを渡そうとし、結局渡さなかったのだ。
 椋のクラスの元問題児、岡崎朋也に。
「……ただね、心配なのよ」
 夕陽を見つめながら、杏はそんなことを言う。
「なにが?」
 答えがでるのに、しばしの間があった。
「――取り残されないかって」
「……え?」
「朋也達ふたりが、取り残されやしないかって」
「それは……」
 それは、椋も案じていたことだった。
「今までだって、そうつきあっていたわけじゃないけど、このままだとあのふたりだけになっちゃう。それが悪いことかどうかわからないけど、心配なのよ」
 去年の春、朋也の彼女である古河渚が高熱によって倒れた。
 それは今も続いており、彼女は二度目の留年が決定している。
 そして朋也は、献身的な看病を続けていた。就職も、進学も選ばずに。
「でも、それは――ふたりは、恋人同士なんだから……」
 無意識に胸を軽く押さえながら椋はそう言う。
 姉妹共にその言葉は、苦かった。
 何故ならば彼女らがふたりとも、朋也に恋慕の情を胸に抱いていたことがあったからである。結局、その想いは互いに吐露することがなかったのであったが、それはある意味正解であった。
 何故なら彼女らが自らの気持ちに気付いたとき、既に朋也と渚との間の絆は、他の誰よりも強固なものになっていたからである。
 それは哀しい現実であった。
 だが、喜ばしいことでもあったのだ。
「だからね、お姉ちゃん――」
「うん、それはわかっているわ。多少、部長に嫉妬しているのかもしれないって常に頭の隅にあることもね。でもね、椋。あのふたりがあのままふたりだけの繋がりだけにしか目を向けなかったら、いつしかどこにも行けなくなってしまう。そんな気が、するのよ」
「……うん。そうだね」
 椋も杏と同じく朋也と渚を心配していた。だが椋のそれは、社会的意味である。故に、姉とはいささかその捉え方が異なっていた。
 同時に、姉があのふたりを本当に親身になって考えているのだと気付き、誇らしい気持ちになる。このまま行けば、姉は彼女の夢である佳い教育者になれるだろう。
「でもねお姉ちゃん、私達は岡崎さん達を応援することが出来るよ。道が間違っていたらそれを正すことも、見えなかったら導くことも。離れたところにいても、きっと出来ると思うよ。だって私達は、この学校で同じ時間を過ごしてきたんだから」
 杏は、すぐに返事をしなかった。
 ただただ、紅く染まってきた夕陽を眺め続けている。
 ただ、姉のその背中が静かに泣いているように椋には思えた。思い出しているのだろうか、此処で過ごしてきた日々を。
「……そうね、椋。その通りだわ」
 たっぷり十分程経ってから、杏はそう言った。そしてすとんと机から降りて上履きを履く。
「暗くなってきたわ。帰りましょ」
「うん。でも、それはどうするの?」
 椋の指さす先には、机の上に置かれたままのチョコレートの包みがある。
 二月にしては暖かい風が、教室の中に吹き込んできた。
「どうしようかしら、これ」
 肩をすくめて、杏が訊く。
「ふたりで、食べようよ」
「作った本人が食べちゃうの?」
「味見して、次の参考にしようよ。来年の――ううん、もっとずっと後になるかもしれないけど、今よりずっとずっと美味しいチョコレートが作れるようになるから」
「そうね」
 そう言って、杏は椋の肩を抱いた。
「ありがとうね、椋」
 返事は、する必要がなかった。



■ ■ ■



「ハァーイ、朋也。ハッピーバレンタインっ」
 手渡す包みは、あのときより一回りも二回りも大きかった。
 あれから、随分と時が経ってしまった。
 自分は、姉を差し置いて夫婦になってしまったが、姉にはまだそれらしい兆候が見られない。
 そろそろ、良い人が見つかると良いのにと思う椋であった。
「随分と気合い入っているな、これ」
 包みの重さを実感したのだろう、朋也がそんなことを言う。
「そりゃまぁ、三十代最後のバレンタインだからね」
 来年からあたしもアラフォーよ、アラフォー。と、杏。
「微妙に古い流行語だからな、それ……」
 多少呆れながらも、そういや俺も来年四十か……と、どこか陰がある様子で、朋也。
「ほらっ、さっさと開けてみるっ」
「わかったわかったって――っていうかお前、当たってるぞ」
「当ててるのよ」
 今となってはもはや死語であるが、アラサーの言うことではなかった。
「ま、俺も年を食ったおかげでこれくらいじゃ惑わされないが……」
 朋也がそうぼやく。
「ぐるるるるるるる……」
 そしてその隣では、朋也の娘である汐が唸っていた。去年は自分の父親の恋路を許容すると言っていたらしいが、それでも譲れないところがあるのだろう。例えば、今椋の目の前で繰り広げられているように、かつての恩師が自分の父親の肩に胸を押しつけているような光景とかが、だ。
「あ、そうだ。今なら胸の谷間に挟んでプレゼントしても、いいわよ?」
「きしゃーっ!」
 ついに耐えきれなくなったのだろう、汐が思い切り威嚇する。
「チョコは受け取るがそのプレゼント方法は全力でお断りする!」
「あら残念。ついでにあたしもあげようかと思ったのに。準備は万端なのよ?」
「うにょらーっ!」
 再び、汐が思い切り威嚇した。
「あああ、最近やっと汐がお淑やかになってきたというのに……」
 その父親が、そう嘆く。
「でも、ふたりともあれくらい元気な方が良いですよ」
 そんな三者三様がおかしくて、軽く笑いながら椋はそう言っていた。
「そうか?」
 ちゃぶ台に肩肘を突いてそう訊く朋也に、椋は断言する。
「はい、もちろんです」
 姉の懸念は、別の意味で当たり、さらに別の意味で外れた。朋也は渚を亡くして一切の繋がりを失い、一時期完全に孤立してしまったが、その後それ以上の絆を取り戻したのである。
 彼と渚の娘である、汐と共に。
 もう、何処にも行けなくなるということはないだろう。そう思う椋である。
「随分とはっきり言うが……その根拠は?」
 もちろんある。自分は姉とずっと共に歩んできたのだからそれくらいわかるのだ。けれど、それは口外したくない椋であった。だから彼女はにっこり笑ってこう宣言する。
「もちろん、白衣の天使のインスピレーションです」
 来年からは流石に使用を控えよう。そう思う椋であった。



Fin.




あとがきはこちら









































「……なんか今回、わたしの台詞がひどいことになってません?」
「普段主人公なんだから、いいでしょ」









































あとがき



 ○十七歳外伝? 藤林姉妹のバレンタインでした。
 満員電車の中でアイデア――冒頭の情景――がふと浮かんだので、即興でやってみました。大急ぎで仕上げた割には、上手く行ったんじゃないかなと思います。
 さて次回は……未定なんだってばよ。


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