超警告。CLANNADの隠しシナリオをクリアしていない人は
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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。
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「実はわたし、あの霊園の古株なんです」
「へぇ……それは、ちょっと意外かな」
「それじゃあ、今夜はそのお話をしましょう」
昔、両面印刷がそれほど普及していなかったとき、新聞と一緒に入っていたチラシの類は格好の折り紙であり画用紙で、幼い頃の俺はよくそれで遊んでいた憶えがある。
今ではどっちが表でどっちが裏かわからないほど広告でびっしり埋まってしまったが、それでもごく希に裏が真っ白なものがあり、それは俺が目を通したあと、幼い汐に渡して好きにさせていた。
汐も裏が白いものは貴重と判断したのだろう。それを上手にまとめていて、そこに色々な絵――主に、だんご大家族――を描いていた。
そして、今日も俺は新聞を読み終えた後、チラシの斜め読みを始めて――ある広告に、目を留めた。
それは、この街に始めて出来る霊園の広告だった。
『小さくなった君を抱いて』
「頼みがあるんだ」
数日後、古河家。
久々に一緒に食事がしたいと俺が持ちかけ、オッサンも早苗さんも喜んで了承してくれた夕食の後、酒の準備をしていたオッサンに、俺はそう話しかけていた。
「どうした小僧。エロ本の催促か? そういうことは早苗や汐の居ない深夜にこっそり訊くもんだぜ?」
「いや、違うから……」
幸い、早苗さんは夕食の後片付け、汐はその手伝いで台所にいる。
「んじゃなんだ? 新しいアニメのDVDか? そういうのはまず汐の希望を聞きやがれ手前ぇ」
六歳の汐に『魔砲少女リリカルゆかりん』観せて、この世は力のごり押しでOKなんて覚えさせたら教育上悪いだろうがと、オッサン。それは確かにそう思うが、今話すべき話題ではない。
「あー後よ、ガンダム系はターンエーあたりからな。いきなりVとか見せてみろ、トラウマ負って他のガンダム観なくなっちまうからよ」
「初代だってまだ見せていないんだからいきなりVはないだろ。どうせ見せるならダブルオー……って、そういう話じゃないんだ」
俺は、あの後取り寄せた霊園のパンフレットをオッサンに見せた。オッサンは手に持っていた酒瓶をちゃぶ台に置いてから、しげしげとそれを眺め……。
「――気持ちはわかるがな、小僧。俺も早苗もその心配はまだまだ早え気がするんだが」
「いや、それも違う」
そこで、汐と一緒に早苗さんが戻ってきた。ちょうど良いタイミングだったので、俺は背筋を伸ばす。
たったそれだけで、早苗さんは俺が大事な話を切り出すと察してくれたようだ。いつもは円を描くように座るのだが、オッサンの横に座り、俺と向かい合うようになってくれる。
その場の空気を汐も察したのだろうか。俺の横にぴったりと座ってくれた。
それは、俺がこの家族の一員であることを認識できる瞬間だった。
「渚は今、古河家の墓地に居るんだよな」
「……ああ、そうだ」
先ほどと打って変わって静かな口調で、オッサン。
「その、こっちの霊園に移したいんだ。……遺骨を」
オッサンは、すぐには答えなかった。それは早苗さんも同様。
そして、その言葉の意味がよくわからなかったのだろう、汐が交互に俺達を見ている。
「なんでまた、そんなことを考えた?」
ややあって無意識的に胸ポケットの煙草に手をやる仕草を見せながら、オッサンがそう言った。今は汐が居るので煙草そのものを片づけているのだが、それを失念していたようだ。
「ずっと前から気になっていたんだ。古河家のお墓は、ここから随分離れたところにあるから、渚が寂しがらないかなって。もちろんこれは俺の我が侭なんだけど、渚はこの街が好きだったから、この街の見えるところならそういう風にはならないと……思うんだ」
「――そう、だな」
ぽつりと、オッサンが呟いた。
「下見はしたんですか?」
続いて、早苗さんがそう訊く。
「ええ。大体の位置も見当をつけておきました」
正確には、今なら希望通りの位置を選べるらしい。願ったり叶ったりといったところだった。
「パンフレットにあるように、丘の斜面を使っているんです。そこからだと、街が一望できるんですよ」
「なるほどな……」
パンフレットのページをめくりながら、オッサンがそう答える。
オッサンか早苗さんの返事を、ただ待つ俺。
けれど、オッサンは何一つ言うことなくパンフレットを読み終えた。そして、黙ったままの俺を見て、
「……あのな、朋也」
俺の、名前を呼んだ。
「渚は俺達の娘だけどよ。お前の妻だろ? 一緒に居たいから夫婦になったんだろ?」
「あ、ああ……」
突然の問答に驚きながらも、俺はそう答える。するとオッサンは大きく息を吐いて、
「だったら、俺と早苗に言うこたぁねぇよ。お前が、渚の旦那なんだからな。っていうか、俺達だって渚がこの街を好いていたことは知ってんだ。その案に、乗らねぇわけねぇだろうが?」
「……オッサン」
思わず言葉に詰まる俺。そんな俺に対し、オッサンは早苗さんと顔を見合わせてお互い頷くと、
「移してやってくれ、渚を。そうすりゃお前の言う通り喜ぶだろうからな」
「ありがとう」
俺は、深く頭を下げた。
意味が良くわからないのだろう。汐が不思議そうな顔で、俺を見上げている。
それから少し経った後の、ある晴れた日。
お寺に隣接する墓地から、住職さんの立ち会いの許、渚の骨壺が引き上げられることになった。
……恥ずかしい話だが、俺は渚の葬式にも埋葬にも立ち会わなかった。だからなのだろうか、こうして引き上げられていく様子を見ていると、なんとももどかしいような、どこか目を背けたくような気に駆られてしまう。
もちろん、そんなことは俺自身が許さない。俺は、俺の都合で葬儀にも埋葬にも立ち会わなかったのだから。
墓石の少しだけ持ち上げられ、ゆっくりと横にずれていく。やがて、その中から、小さな白い箱が引き上げられた。その中には、さらに小さな壺が納められているのだという。
「どうぞ」
短い読経の後、住職さんにそれを手渡される俺。
かくして、数年ぶりに俺は渚に触れることになった。
思わず、躊躇してしまう。
こんなに小さくなるとは、思わなかった。それに、別れの時――渚の葬儀に立ち会わなかった俺が手にしていいのだろうか……。
「だから、お前が渚の夫だろ」
それを見抜いてたかのようにオッサン。隣では早苗さんが静かに頷いている。
それで、俺はそっと渚を抱いたのだった。
――軽い。
人が骨だけになるとこうなるのだと、今更ながら実感する。
「待たせたな、渚」
その白い箱を胸に抱いて、俺は胸中でそう呟く。
「一緒に行こう。俺達の街が、見えるところに」
汐が、まるで俺の心を読んだかのように小さく頷く。
「せわしなくて申し訳ありません。短い間でしたが、お世話になりました」
「いえいえ。貴方の奥さんが、暖かいところで穏やかに眠られますよう、お祈り申し上げます」
年輩の住職さんの見送りを受けて、霊園へとタクシーで向かう。
「ママ?」
タクシーの中で、俺が抱えているものを見つめつつ、汐が始めて口を利いた。どうも、今まで周囲の雰囲気に押されていたらしい。
「ああ、そうだ……持ってみるか?」
「うん」
万一取り落とさないよう、慎重に支えつつ汐に渚を手渡す。すると、汐は全身を使って抱きかかえるように受け取り、
「おもい……」
少し困った様子で、そう呟いた。
「そうか……」
俺にとっては軽くても、汐にとってはまだまだ重いものだったようだ。それはそれで、良いことだと思う。
「汐よ」
そのとき、タクシーの助手席に座っていたオッサンが、俺と早苗さんに挟まれる形で後部座席に座っている汐にそう話しかけた。
「うん?」
「今の重さ、忘れるなよ?」
「――うん」
その意味を、汐はわかっているだろうか。
……いや。
いや、オッサンは無茶を言うこともあるが、決してわからないことをわからないままにしたりはしない。それはもう、今まで一緒に歩んできた俺がよくわかっている。
つまりオッサンは、汐が持っているもののことや、それを持つ意味ではなく、ただ純粋に、今持っているものの重さを忘れないようにしてもらいたいということなのだろう。
何故なら、汐が大きくなればそれが何なのか、それを持つことがどういうことなのかを知ることが出来るようになる。
けれど、その重さを忘れてしまうと、大きくなったときに実感を失ってしまう。自分が持っていたという実感、自分の母を持っていたという、実感。
それらを説明せずに、オッサンはただ事実だけを汐に教えた。それは俺にはとても出来ないことであり、同じ父親としてまだまだ追いつけないところでもあった。
「オッサン」
「あん?」
「ありがとう」
だから、俺は汐の父親としてオッサンに礼を言う。
「……よくわからんが、どういたしましてと言っといてやらあな」
わかっていてそう誤魔化しているのか、或いは本当にわかっていないのか、それは俺にはわからない。
けれど、それでいいと思う。
そして、それを証明するかのように早苗さんは笑顔のままでいた。
だから、それでいいのだと思う。
貸し切りにしなければ、タクシーのメーターが怖い額になっていたであろう距離を走り通して、俺たち四人は霊園の丘に着いた。
事前に連絡していたおかげで、現場(我ながら堅苦しい言葉になってしまったと思う)にはスタッフと一緒に僧侶の方が待機していてくれた。
「山肌切り拓くって聞いたときは、あまり良い気持ちにならなかったもんだが――」
我慢できなくなったのか、可能な限り汐から距離を置いて煙草を吸っていたオッサンが、そう呟く。
「良いところじゃねぇか」
「……そうですね」
風に梳られる髪を押さえて、早苗さん。
渚の、渚だけの墓標は記念碑のように地面に埋まった型のものだった。
少し離れた場所には、小さな樹が植わっている。霊園の人曰く、共用の樹木葬に用いられる樹になるらしい。
「ママ、よかったね」
頭に被った帽子が風に飛ばないよう手で押さえたままの汐が、そう言う。
「そうだな……」
ここならば、渚も街を眺めることが出来るだろう。目を凝らさなければならないが、俺と渚が出会ったあの坂も微かに見ることが出来る。
「それでは、改葬の方を始めさせていただきます」
そのスタッフの言葉と共に、先程のお寺でもそうだったのだが、こちらでも小さな重機を用いて静かに墓碑の蓋が開かれていく。
完全に開いた後、持っていた箱を設えられた台に乗せて、再度読経をしてもらう。その意味は分からなかったが、渚が安心して移れるようにしてもらえる手続きなのであろうから、疎かにする気は毛頭無かった
「岡崎さん、どうぞ」
読経を終えた、まだ若い体格のがっしりとした僧侶が俺に納骨を促す。
そう、こちらのお墓は底がそれほど深くなく、俺達の側で納骨することが出来るようになっている。
「汐」
俺がそう声をかけると、汐は了解したとばかりに頷き――まず帽子を脱いで早苗さんに渡してから――白い箱に手を触れる。
俺も続いてその白い箱に手を触れようとして……直前で後ろを振り返った。
「オッサン、早苗さん」
立ち会うままで居るつもりだったのだろう。オッサンも早苗さんも少し驚いた貌で俺を見ている。そんなふたりに――渚と同じように遠慮するふたりに、俺は諭すように言う。
「確かに俺は渚の夫だけどさ。オッサンは渚の父親で早苗さんは母親だろ? 家族なんだからさ、一緒にやろう」
「……こいつめ」
オッサンがぼそっとそう言った。
早苗さんは何も言わなかったが、小さく頷いた後、目尻に少しだけ涙が浮かんでいた。
そんなふたりは、やっぱり渚の、そして俺と汐の家族なんだと思う。
こうして、渚の納骨は俺と汐とオッサンと早苗さんの四人で行われた。渚の骨が納められたその小さな箱は本当に小さくて、四人で持つにはちょっと手が余り気味だったが、それでもどうにかして無事に納めることが出来た。そして墓碑は閉じられ、俺達は僧侶の方と一緒に墓前へ手を合わせる。
その日は風が強かったけど良く晴れていて、景色が遠くまで見渡せる、そんな一日だった。
Fin.
あとがきはこちら
「おかしいですよ、岡崎さん! Vは名作だって誰もが認めてますよねぇ!?」
「だからって幼稚園児に『……母さんです』は見せられないだろうがっ」
「…………」
「…………」
「「うわぁぁぁぁぁっ!」」(お互いトラウマらしい)
(註:わからないひとは決して検索してはいけません。ほんまもんのトラウマを負うので)
■ ■ ■
「――そっか。あのとき持っていたものがお母さんだったのね」
「……そうです」
「今度、肩揉んであげようかな? あっきーの」
「――お父さん、きっと喜ぶと思います」
あとがき
○十七歳外伝、……編でした。
我ながらシリアスに過ぎるのではないかと思いはしたのですが、今までのこと、そしてこれからのことを考えると、避けては通れないような気がして筆を進めたのですが……結果は、受け取られた方それぞれのような気がします。
さて、次回なんですが……うーん、どうしたもんかな。