超警告。CLANNADの隠しシナリオをクリアしていない人は
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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。
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「ええと、今回出てくる番組名、人物名、アニメのタイトル等々は架空のものです。現実のものとは一切関わりませんのでご了承ください――っと」
「なんでまたそんなことを今更」
「うーん、今回はちょっとぎりぎりなんだって」
「……ぎりぎり?」
『岡崎、ラジオっ! レィディオウを今すぐ!』
夜更け、それも夕食後のまったりとした時間を突如そんな電話をかけてきたのは、迷惑という言葉がいまいちわかっていない男代表、春原だった。
「とりあえず落ち着け」
と言っても困ったことにうちにはラジオがない。困ったそぶりを汐に見せたが、その汐はというと、学校から支給されているノートパソコンをいじっている。
「おとーさん、おじさまから周波数訊いて」
画面から目を離さずに、汐。
「あ、ああ。――春原、聞こえるか。ラジオの周波数をこっちに教えてくれ」
『オーケイ、FMの――』
「――だそうだ」
「了解っ」
パソコンのキーボードをパチパチと打ち込みながら、汐。
「なにをやっているんだ?」
思わず受話器を離してそう訊くと、汐はパソコンの画面を見たまま、
「インターネットからラジオのソフトウェアの登録と周波数のチューニング」
そう答えた。
「……なんだって?」
「今はパソコンでラジオも聞こえるのよ。ラジオ局によって対応が違うんだけど、放送と同時にそのデータをインターネットのサーバからストリーミングで配信しているところもあるしね。で、わたしのPCにはそれを受信するソフト――というかサービスがなかったから、まずはそれを登録して、今は周波数を合わせているわけ」
昔はパソコンにインストール出来たんだけどね、今はほとんどサーバ上にあるから、と汐。正直。何を言っているのかよくわからなかったのは黙っておく。
「で、なんでニシンの缶詰が出てくるんだ?」
「それシュールストレミング。わたしが言ったのはストリーミング」
冷たく返されてしまって、ちょっと哀しい。
「うん、電波の状況は良いみたいね。繋げるよ」
「おう」
汐がパソコンのキーボードを(もしかするとマウスのボタンかもしれない。汐はマウスを使わずノートパソコンについているものを使うので)ぱちりと叩いた。次の瞬間、スピーカーに音が入る時特有のぷつっとした音が響き、
『そんなこと言われちゃうと、困っちゃうにゃり〜』
俺は噴いた。
汐も噴いた。
『夜を引っ張りまくれ』
『新人声優のにゃか原みゃ衣ちゃんっていうんだけど、声がそっくりだろ渚ちゃんに!』
繋ぎっぱなしの電話口から聞こえてくる春原の声は、興奮しっぱなしだった。
「ああ、ある意味そっくりだが」
討ち死にした落ち武者のごとくちゃぶ台に肩肘をつきながら、俺。
確かにそのDJの声は渚そっくりだ。渚そっくりだが、なんというかその、精神衛生上非常によろしくない。
「って、なんで汐まで噴いたんだ?」
「……いやまぁ、お母さんと同じ声だなんて言われて、こんな台詞言われたら――きついよ」
こちらは床に突っ伏して両手足をじたばたさせていた汐が顔を上げてそう言う。
「……それもそうだな」
『普段はこんな感じなんだけど、演技力は抜群なんだよ。あの有名なゲーム『ふなむしの鳴く頃に』のアニメ化でメインヒロインの竜宮レニャちゃん役にも抜擢されたくらいだからね。今度見てみなよ』
何故か自分のことのように誇らしげに語る、春原だった。
と、そこでリスナーのリクエストで流れていた曲が止まる。
『それじゃ次のコーナー、みゃ衣のメッセージフォーユー! にゃり〜』
「なんだそりゃ」
思わずラジオにつっこんでしまう俺。
『このコーナーはリスナーの皆様から預かったお葉書からいただいたメッセージを、みゃ衣が代わりに読み上げるコーナーにゃりよ』
まるで俺の疑問に答えてくれるかのように説明してくれる、親切なDJだった。
『一通目、ラジオネーム、蒼天曹操さんからにゃり。《みゃいみゃい、今晩は》 はい今晩はにゃりー。《実は俺の部下に仕事を任せたのだが、結果が俺の思い通りであったのにも関わらず、失敗したと思っているらしい》 なるほど、それは辛い誤解にゃりね。《それ故、みゃいみゃいには俺の代わりに彼らに伝えて欲しいのだ》 ほいきた、任せて欲しいにゃり。ほんじゃいくにゃりよー。せーの、
ならばよし!
んー、これで蒼天曹操さんの部下が聴いてくれると良いにゃりね。まさにならばよしにゃり』
……何というか、覇気溢るる濃ゆいお便りだった。
『続いてのお便りはラジオネーム、へうげ織部さんからにゃり。《にゃか原殿、今晩はでござる》 お、武士道っぽいにゃりね。今晩はー。《それがし手元が器用故、ガレージキットの作成代行を頼まれたのでござる》 あー、そういえばみゃ衣が以前出演した《My−姫》のガレージキット贈ってもらったときは嬉しかったにゃりよ。すっごく出来が良かったにゃり。《そして先日、頼まれ申したガレージキットが完成したのでござるが――どうしても、依頼をされた方に伝えておきたいことがあるのでござる》 ふむふむ、こっからが本番にゃりね。んではいくにゃり。せーの、
如何ともしがたい違いがぁっ……!
……なんのこっちゃなり。完成図と違っていたにゃりか? それって問題じゃないにゃりか? へうげ織部さんはその依頼した人に謝った方がいいにゃりよー』
っていうか、なんで口調が戦国武将なんだろうか。あと、
「汐、ガレージキットってなんだ?」
「一言で言うと、組むのが難しいプラモデルかなぁ……」
オッサンの手伝いでそういうのにそこそこ詳しい我が娘だった。
『それでは最後のお便りは、ラジオネーム、ナイスデイ春原さんからのお便りにゃり』
「お前かっ!」
『な、なんのことだよ?』
未だ繋がっていた電話口の向こうでとぼける春原だが、その声は思いっきり裏返っている。
「なんかおかしいと思ったんだ。初めて訊いた割には番組が始まった直後だったしな」
『いや、それはね――』
「それはもどれはもない。いいか、」
「おとーさん喧嘩ストップ。お便り読むみたいだから」
意外と真剣な貌で、汐が割り込んだ。
その理由がいまいちわからなかったが、俺は矛を収めることにする
『えーと《にゃか原さんこんばんはー。》 はい、こんばんはにゃり。《知り合いににゃか原さんそっくりな声の人がいたのでついお葉書を出してしまいました》 あー、それは吃驚にゃりね。みゃ衣はまだそう言う事態に遭遇したことないにゃりよ。《それで、同じことを思っているであろう僕の友人に、是非とも伝えて欲しいことがあります。代役になってしまって申し訳ないですけど、よろしくお願いします》 ふむふむ、ここまで真剣なお願いは久しぶりにゃり。なんか気合い入ってきたにゃりよ』
「一体何を考えている?」
受話器に向かって、俺。
『だからこのリスナーは僕じゃないって』
相変わらず声がひっくり返っている春原だった。
『よっしゃ読むにゃりよー!――って結構長めにゃりね。気合い入れていくにゃり』
「本当に、何をするつもりだ?」
『だから僕じゃないって』
それでも相変わらず声がひっくり返ったままの春原。
『でも、絶対にラジオを切るなよ。岡崎』
「? お前、何言って――」
次の瞬間、俺は息を止めることになる。
《お久しぶりです》
それは、ラジオから発せられる声だった。
《そちらはお元気ですか?
わたしも、元気です》
隣に居る汐が、凍り付いた。
受話器越しの春原は、何も言わない。
それでもその話し方は、渚のものと変わらなかった。
《あれからだいぶ長い時間が経ちましたが、みなさんはどうお過ごしでしょうか?
わたしの方は、変わらない時を過ごしています。
皆さんの方からはわたしのことがわからなくて気になっていると思います。
でも、心配しないで下さい。
わたしは元気です。
いつもいつも元気です。
だから、心配しないで下さい。
わたしは待っています。
いつまでもいつまでも待っています。
そして、いつの日か皆さんがわたしのところに来た時は、
久しぶり。
そう、声をかけて下さい。
わたしはきっと、笑って皆さんを迎えられると思います。
だから、皆さんも笑顔を忘れないようにして下さい。
悲しいことや辛いことがあっても、笑顔を無くさないようにして下さい。
寒い日が続きます。風邪を引かないように気をつけて下さい。
わたしはいつでも、皆さんを見守っています》
……何か言おうと思った。けれど、何も言えなかった。
『にゃはは……ちょっとシリアスモード過ぎたにゃりか?』
スピーカーの向こう側では、少し照れた様子でDJがそう笑う。
「春原、てめぇ――」
『あー、先に言っておくけど、メッセージを受け取った人は怒っちゃ駄目にゃりよ』
DJからまさかの牽制が入った。同時に、汐が手を俺を止める。
『きっと、このメッセージを書いたナイスデイ春原さんは受け取る友人のことを本気で考えていたにゃり。だからこそ、みゃ衣は代理で読んだんにゃりよ。それにこの文章、何度も何度も書き直した後があるにゃり。悪戯とかからかいじゃ、そこまでしないにゃりよ。それをわかってほしいにゃり』
――それは、わかっている。
わかっているからこそ、俺は感情の行き場を失ってしまい、つい声を荒らげてしまったのだ。
「おとーさん」
そっと俺の肩に手を乗せて、汐が諭すように言う。
「……わかっている。春原、」
『あ、うん。何?』
「あのな――」
『えっと、《最後に、僕の本名が春原陽平だっていうのは秘密にしておいて下さい》 って、言っちゃったにゃりよ! おせーにゃり!』
俺は噴いた。
汐も噴いた。
電話口で、春原も噴いた。
『もー、ここで書かにゃきゃ誰も気付かなかったのに、ナイスディさんは結構ドジッ子にゃりね』
まさかDJも、そのドジッ子が四十近いとは思うまい。
『あ、あんたってひとはあああああ!』
春原がそう叫ぶが、そんな魂のこもったシャウトが電波に乗って届くはずもなく、
『おおっと、ここで今日もお別れの時間がやってきたにゃりよ。それじゃ皆様おやすみにゃさい、お相手はにゃか原みゃ衣でした。シーユーアゲインにゃりっ』
恙無く、ラジオの放送は終わった。
エンディングとおぼしき曲が流れ、それが急にフェードアウトしたかと思うと、CMに入る。
「……声優さんって、すごいね」
ぽつりと汐が、そう言った。
「……あぁ、そうだな」
どっと押し寄せてきた疲れを両肩で受け流しつつ、俺。
「春原」
『な、なんだよ』
肩でしているかのように荒い息で、春原が訊き返す。そこで俺は、ゆっくりと、落ち着いて、
「お前、文才あるのな」
『うわああああああ! やああああめええええてええええくううううれええええ!』
電話越しに、どたんばたんと何かが動きまくる音が聞こえてくる。
「お礼を言えばいいのに」
汐が再び、ぽつりとそう言った。俺が貌を向けると、
「わざと、でしょ?」
パソコンを片づけながら、片目を瞑ってそう言う。
「お前の想像に任せる」
同じように片目を瞑って、俺はそう答えた。
『うわあああああああ、おかしいですよ、にゃか原さああああん! やり直しを要求しますうううう!』
照れ隠しなのか、春原がそう叫んでいた。
俺と汐は、ふたりして肩をすくめる。
何はともあれ、こうして岡崎家総出で見る――いや、聴く番組がひとつ増えた。
そしてその後しばらく、父娘揃って春原の奴をぎゃふんと言わせる投書を必死になって捻り出そうとすることになるのだが……それはまた、別の話。
Fin.
あとがきはこちら
「二重に吃驚しました……わたしの声にそっくりな人が居ることと、春原さんがわたしの思っていたことを代弁してくれたことに――」
「ははっ、渚ちゃんにそこまで言われると照れちゃうね」
「……あれ? オチなしか?」
「たまにはビシッと決めさせてくれませんかねぇ!」
「うん、今のはおとーさんが悪い」
「はい、しおちゃんの言う通り朋也くんが悪いです」
「えー……」
あとがき
○十七歳外伝、中の人ネタ応用編でした。
先に言っておきますが、今回のお話と渚の中の人とは一切関係はありませんのでご了承くださいw。
それはさておき、世の中には似たような声の人が希にいるそうです。その似ている人がナレーターやラジオのDJをしていると、その声に似ている人はとても不思議な気分になるのだとか……。今回の朋也達もそんな気分になったのでしょうね。
さて次回は……クリスマスか、あまり書く機会のない○中学生編で。