超警告。CLANNADの隠しシナリオをクリアしていない人は
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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。

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「劇場版マクロスF観てきたんだけど、ほんとあの主人公、はっきりしないわよね」
「あ、わたしもそう思いました」
「そりゃ良いんだが、なんで俺をじっと見つめるんだ、杏、汐」




















































































  

  


「……平和だ」
 冬もらしくなった日曜日の午後、日の当たるちゃぶ台の傍であぐらをかいて、おとーさんがそう言った。
「平和だね」
 そのちゃぶ台の向かい側でお茶を飲んでいたわたしがそう答える。
「こう平和だと、その反動が怖いな」
 わたしが淹れたお茶に手を付けながら、そんなことを言うおとーさん。
「反動って……心配しすぎよ」
「そうだといいんだが――」
 経験上、こういう穏やかなときは決まって何かあるからなぁ、と物騒なことをいうおとーさんだったけど、結果としてその予測はすぐ当たることになった。何故なら、直後に玄関の戸を激しく叩く音が響いたからだ。
「汐ちゃん、汐ちゃん居る!?」
 続けて聞こえてきたその声に、おとーさんが眉を顰める。それほど、その声の主――藤林杏先生――の声は切羽詰まっていたのだ。
「今あけますっ」
 すぐさま立ち上がって、玄関の戸を開けるわたし。するとそこには、藤林先生が――藤林先生が、途方に暮れた貌をして立ち尽くしていた。
「良かった、あたしもう、どうしたらいいかわからなくて……」
 目が充血しているのは――泣いた後でないと信じたい。
 どちらにせよ、ここまで動揺した藤林先生をみるのは、初めてのことだった。
「落ち着いてください、藤林先生」
 自然と、わたしは藤林先生の肩を抱いていた。こんなこと、幼稚園にいたときには考えもしなかったことだ。
「あのね汐ちゃん、あのね、あのね……あたしね……」
「大丈夫です。此処にはわたしが居ますし、おとーさんも居ますから。だから教えてください。何があったんですか?」
 家に上がってもらいながら、出来るだけ先生を刺激しないよう、声を和らげてそう訊いてみる。すると藤林先生は、
「えっとね――」
 と、何度も言い澱んだ後小さく息を吸って、
「あ、あたし、結婚しちゃいそうなのっ!」
 ……は?



『ブーケの投擲には、まだ早い』



 ……えーと、その、なんだ。
「おめでとうございます、藤林先生」
「ちっがーう!」
 そう絶叫する藤林先生だけど、わたしとしては他に贈るべき言葉が見つからない。見れば、おとーさんだってちゃぶ台に突っ伏している。
「状況がよくわからないです。何で結婚するのにそんなに慌てなきゃいけないんですか?」
「そ、それはもちろん……」
 ちゃぶ台を挟んでおとーさんの真向かいに座った藤林先生は、視線を左右に泳がせながらぼそりと、
「……望まない、結婚だからよ」
「――うわぁ」
「なによ、その反応」
「いえ、まさかわたしの周りでそんな話が持ち上がるとは……」
 身分違いの恋とか政略結婚とか、そんな感じのものがごく近くにあるなんて思わなかった。あるとするなら、遠距離恋愛ぐらいだろうか。
 おとーさんもそう思ったのだろう。少しばかりげんなりしているのは、そう言う話が大抵面倒事に繋がるからだと思う。
「それで、お相手は誰なんです?」
 藤林先生の分のお茶を用意しながらわたしがそう催促すると、藤林先生はちょっと恥ずかしそうに、
「えっと、それはね……汐ちゃんは憶えてる? 幼稚園の、卒園式」
 あ、懐かしい。
「朧気ではありますけど」
「みんなとお別れしていたときのことよ」
「あぁはい、それなら憶えてます」
「その中にひとり、とんでもないことを言った子、居たでしょ」
「ええと……」
 たしか……。



■ ■ ■



「せんせい、いままでありがとう」
「あたしも、ありがとう」
「げんきでね、せんせい」
「うん、みんなもね」
「はやくけっこんしろよ?」
「あなたが大きくなってもあたしが独身だったらもらってね!」



■ ■ ■



「……あ〜あ」
「溜息ついてないで何とかしてっ!」
「何とかと言われても」
 もう、どうしようもない気がする。
「第一、とんでもないことを言ったのは、藤林先生の方じゃないですか」
「そ、そうだけど……っ」
 わたしの隣では、聞き耳を立てていたおとーさんが必死になって声を出さないように、笑いを堪えている。普段なら鉄拳制裁が決まるところだけど、藤林先生に余裕が無いためか、そのおとーさんの様子に気が付いていないようだった。
「まぁ、十八になったら男性女性問わず結婚できますからね」
「そうなのよ。それでまず園の方に来て、その後あたしの家に来たのよ。約束を守りに来ましたって」
「で、藤林先生の方はものの見事に忘れていたと」
「汐ちゃんだって忘れていたでしょ」
「わたしは当事者じゃないですもん。忘れていて当然です」
「う……そりゃ、そうだけど」
 罰が悪そうに、わたしの勧めたお茶を飲みながら藤林先生。
「杏」
 そこで、それまで黙っていたおとーさんが、ぽつりと言った。
「な、なに?」
 希望に満ちた貌で、おとーさんを見つめる藤林先生。只その視線には何というかその……警戒が必要であるような気がする。
「あのな、俺が思うにお前――」
 そんな藤林先生を見つめ直し、おとーさんははっきりと、
「――結婚、しちゃえ」
「あんたがそれを言うなぁ!」
「何で俺が怒られる!?」
 ……あー。
「藤林先生、別にわたしの教育環境は今のままでいいですから」
「べ、別に朋也に身を固めろって言っているわけじゃないのよ。ただあたしは汐ちゃんの教育環境を――って回り込まれてる!?」
「ものの見事に、な」
 深い溜息とともに、おとーさん。
「要はそれだけ、今の先生は追い込まれているってことです」
 と、続けてわたしが指摘した。
「それで、先生はその後どうしたんです?」
「その後って?」
「約束を守りに来たって言って、先生が求婚された後ですよ」
「――!」
 藤林先生が息を飲む。その一瞬の間だけ、時計の長針がかちりと動く音が確かに聞こえるほど空気は静まり返っていた。
「……逃げちゃった」
 ぼそっと、出来るだけわたし達以外に聞こえないよう声を絞って、藤林先生。
「――はい?」
「走って逃げちゃった!」
 ……あっちゃ〜。
 わたしは思わずおとーさんと顔を見合わせた。言うまでもなく、おとーさんの表情は『だめだこりゃ』。おそらくわたしも、似たような顔になっているのだろう。
「先生、それまずいですよ。原付使ったんならともかく、走っちゃったんですよね」
「うん、そうだけど……」
「それだったら、追いつけます」
 ぴんぽーん。
 まるで、その推理が当たりですと言わんばかりに玄関の呼び鈴が鳴る。
「……ほら」
「ほらじゃないでしょっ。こうなったら窓から――!」
「此処は二階です」
「なら押し入れに!」
「収納スペース的に無理です」
「ならお風呂場に飛び込んでシャワーを浴びてれば――」
「無理矢理開けてサービスサービスしますよ。おとーさんとふたりがかりで」
 呼び鈴は再び鳴る様子をみせない。どうも訪問者は我慢強い性格のようだった。
「まぁなんにせよ、逃げるな。そして諦めろ」
 と、湯呑みを置いておとーさんがそう言う。
「そうですよ。少しくらいお話したって罰当たりませんって」
「そうかもしれないけどっ」
「もう観念するんだな、杏。汐、済まないが応対に出てくれ。俺は此処でこいつを見張っているから」
「了解っ」
 藤林先生が何か言いたそうだったが、結局何も言わなかった。おそらく、もう逃げちゃいけないってわかっているのだろう。それでこそ、わたしの知っている藤林先生であるとも言える。
 さて、藤林先生に大胆な求婚を申し込んだのは、一体誰だろう。先ほどの回想でやりとりを思い出しはしたけれど、発言したのは誰だったか、わたしは憶えていない。藤林先生に訊けば一発だけど、それでまた動揺してしまったら大変だし、なによりこのドアを開ける一瞬がつまらなくなってしまう。
「どちら様ですか?」
 好奇心たっぷりの感情を極力表に出さないようにして、わたしは声をかけた。
「お休みのところ申し訳ない。俺は○○幼稚園の卒業生なんですが、こちらにその幼稚園に勤められている藤林先生はいらっしゃいませんか?」
 ふむ、声の主は随分と落ち着き払っていて、なおかつ良く通る声をしている。
「今、開けますね」
 奥のおとーさん、そして藤林先生とに目線で許可を貰い、わたしは玄関の戸を開ける。
「感謝します――ん?」
 ええと……ああ、うん。
 思い出した。見違えちゃったけど、どこか面影が残っている。
「お久しぶり、カイザハルト君」
「……ああ、岡崎汐か。表札の文字に見覚えがあると思ったが、久しぶりだな。俺の名前、憶えていてくれたのか」
「名前だけだけどね。どう書くのかは憶えていなくて」
「海に座ると書いて海座、天気の晴れに人で、晴人だ」
「OK、憶えた」
「感謝する……それにしても、よく俺のことを憶えていたな」
「そりゃ憶えているわよ。初対面のわたしに向かって『岡崎とは俗な名字だな。だが汐という名前は優雅で気に入った』って言われれば」
「そうだったな」
 どこか嬉しそうに、海座君。
「あれから十年以上か。懐かしい」
「それでどうしたの? 藤林先生に用があるみたいだけど」
 わざとすっとぼけて、わたし。
「ああ、そうなんだ。俺は約束を果たさなければならない

 ……約束? その単語にどこか引っかかりながら、わたしは海座君を奥に通す。
 身振りで座るように示すと、おとーさんが姿勢を正して、藤林先生から若干距離を置いた。そのまま隣に座っていたら海座君も藤林先生もお互い話しにくいと判断したのだろう。
「藤林先生、返事をいただけませんか?」
 わたし達が居るというのに、単刀直入な海座君。
「あ……う……」
 対して藤林先生はちゃんとした返事を返せず、そっと視線を外す。
「なにより、俺は本気です」
 言葉に力はこもっているけど、荒くはなっていない。おそらく、彼は感情を理性で抑えられる人なのだろう。
 本当に、変わったと思う。
 記憶の中の海座君は、言動がちょっと気障っぽい、わたしと同じくらいの背丈の普通の腕白少年だった。
 けれど、今此処に姿勢正しく座っているのはすらっとした長身の好青年だ。まぁ、おとーさんと並べても遜色の無い格好良さだとは思う。というか、若い頃の直幸さんともやりあえるんじゃないだろうか。
「なんか変わったね。背も高いし、顔立ちも整っているし、外国の人みたい」
 わたしはついつい、横からそう口を挟んでしまっていた。
「ああ、先祖の何処かでドイツの血が混じっているんだ」
 俺にドイツ語の名前はないが、遠い親戚にはドイツ人も居る。と、律儀に答えてくれる海座君。
「なるほどね。先生はどう思います?」
 思いっきりキラーパスを投げるわたし。
「う、うん……そうね」
 またもや先生は真っ当に言葉を返せなかった。
 けど彼を見るその目はまるで、ダイエット中にケーキを見るような――まさか。
 まさか……。
「海座君ごめんね。藤林先生、ちょっと――」
 半ば抱える形で、強引に部屋の隅に連れていく。
「もしかして、藤林先生の好みなんじゃ」
 ちゃぶ台にいるふたりには聞こえないように小さな声で、わたし。
「――好みなのよ」
 うわ、やっぱり。
「じゃあもう、結婚しちゃいましょうよ」
「それだけは駄目なのっ」
 小さい声のまま叫ぶという、器用なことをする藤林先生だった。
「いい、汐ちゃん。例えば陽平が汐ちゃんに求婚してきたらどうする?」
「叩き潰す」
「あんたは黙ってて!」
 乱入して即答するおとーさんの頭を鷲掴みにして押しやり、藤林先生がそう叫ぶ。
「どう、汐ちゃん。汐ちゃんなら、どうする?」
「……そうですね」
 どうにもこうにも、想像できない。春原のおじさまとはそれこそ子供の頃からのつきあいだし、それが今になって急に恋愛感情を抱かれるというのも――あ。
「そう、そういうことなのよ」
 その貌から読みとったのだろう、わたしが返事をする前に藤林先生はそう言った。
「倫理とか外聞とか、そう言う形のあるものじゃないの。もっと心の根元にある、何かなのよ」
 ……なるほど。
「それじゃ、成立させない方向でいいんですね?」
「うん、それでいいんだけど……なんか引っかかる言い方ね、それ」
 だって、それは、
「わたし、どっちかと言えば藤林先生に結婚してほしい派ですから」
「……ありがと。その気持ちだけ受け取っておくわ」
 その口調は言葉よりずっと嬉しそうな、藤林先生だった。
 とりあえず、平静を装ってちゃぶ台に戻ろうとするわたし達。もっとも、部屋の隅で肩を抱き合って内緒話をしていたんだから、相当変に見えていただろうけど。
「まぁそう言うわけでな、あいつは高校からの腐れ縁の春原陽平という奴が居てだな――」
「変なこと吹き込むなっ!」
 先生の蹴りがおとーさんに直撃する。おとーさんなりに諦めさせようとしていたんだからそこまでする必要はないと思うんだけど……照れなんだろうか。
「好かれているのですね、その春原陽平という人物は」
 対して、恋敵(?)の話を聞かされていたというの
平然としている海座君だった。そういうところは、おとーさんみたいに鈍いのかもしれない。
「あのね、海座君」
 そこで、藤林先生がおずおずと話しかける。
「はい、何でしょう」
「あたしはね……その……」
 そこで再び黙り込んでしまう藤林先生。
 ここはちょっと援護射撃をするべきかな、とわたしが思ったとき――、
「岡崎」
 わたしだけに聞こえよう小さな声で、海座君が訊いてきてくれた。
「俺には藤林先生の行動が理解できない。拒絶するならともかく何故保留する?」
 ……ふむ。わたしが何か言う必要は無くなったみたいだった。
「枷があるからじゃないかな?」
 同じく、小さな声でわたし。
「……枷?」
「うん。『大きくなったら』、『結婚しなければいけない』そういう枷」
「ふむ……?」
 顎に手を当てて考え込む、海座君。その所作ひとつひとつが様になるというのも、ある意味すごい。
「約束って大事だけど、それに縛られて本当にしたいことが出来なかったら、辛いことだよね」
「――そうだな」
「海座君もそうかもしれないんだよ? 大きくなったら藤林先生と結婚、ただそれだけを考えて他の人――女の人との出会いを見過ごしていたのかもしれないし」
「なるほど、道理だな……。ならば俺はどうしたらいい?」
 それは……。
「友達、からじゃない? わたし達は元教え子だけど、あれからもう十年近く経っているんだから」
 そう、あの幼稚園を卒業してから、十八になるこのときまで、わたしと藤林先生の間には色々なことがあった。その積み重ねは、けっして無視できるものじゃない。それらがあってから初めて、結婚という言葉が出てくるのではないか――そのことをわたしが話すと、海座君は真面目に頷いて、
「……そうだな。確かに今の俺は元教え子で、只の高校生でしかないな。藤林先生!」
「う……うん、何?」
 肩を小さく震わせて、俯いていた藤林先生が顔を上げる。
「どうも俺は急ぎすぎたようです。まずは教師と教え子というより、ひとりの友人としておつきあい頂けませんか?」
「そ、それなら――いいかな?」
 ほっと様子の藤林先生。その貌を見て、海座君がふっと小さく笑う。
「わかりました、それでは今日のところは――」
「うん、またね」
 最後まで礼儀正しく、海座君は帰っていった。
「ふぅ……」
 階段を降りる音が完全に消えてから、わたしはため息をつく。何というか……人の心の複雑さを垣間見たような気がする。
「汐ちゃん、ありがとう」
 ぼそっとそう言う、藤林先生。
「勿体無い話だったな。相手は超優良物件だったのに」
 おとーさんがそうぼやく。
「不動産みたいに言うんじゃないのっ!」
 藤林先生が即座にそう抗議する。その声は、先ほどまでに揺らいだものではなく、いつも通りのものに近かった。
「でも先生、彼と友人としてつき合っていって、仲が進行したらどうするんです?」
「それはもう大丈夫よ。あの子にはあの子の繋がりがあるんだから。それが見えるようになったら、あたしみたいな
おばさんとつき合ったりなんかしないわよ」
「それでも、好きになってくれたらどうします?」
 単純に好奇心から、そう訊いてみるわたし。すると藤林先生はちょっと考えてから、
「うん――それだったら、しちゃおうかな? 結婚」
 そう言って笑うその笑顔は、わたしくらいの年頃の女の子のようだった。



Fin.




あとがきはこちら









































「――杏が結婚? は、ハハハ……岡崎ハハハ、何言ってハハハ、るんだよ? ハハハ」
「春原、おまえ滅っ茶動揺しているからな」
「ハハハそんなわけ、ハハハ無いだろ? ハハハ……」









































あとがき



 ○十七歳外伝、杏(ピー)歳編でした。
当初は最初から最後まで杏が叫んでいるような話だったんですが、書き進めていくうちに、何故かちょっとシリアスになってしまいました。っていうか、結婚話を持ってくるとどうしてもちょっとばかり生々しくなりますね……。
 さて次回は……ちょっと未定です。

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