超警告。CLANNADの隠しシナリオをクリアしていない人は
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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。

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「最近風子の出番が少ないような気がするんですが」
「気のせいよ、たぶん」
「気のせいだろう、たぶん」



















































































  

  


「デキシーズとアーネストホスト、どっちがいいかなぁ」
「制服はどっちもかわいいかな」
「でもアーネストホストの方、ちょっと胸元が見え過ぎじゃない?」
「えー、あれくらいなら平気だよー」
 廊下の壁に寄り掛かり、手に持つアルバイトの雑誌を囲んでそんな話に花を咲かせているのは、入学して間もない女子の一年生達であった。
 まだかろうじて桜の花が残る四月の終わり、ある者は早々と部活に、またある者は彼女たちのようにアルバイトを、そして大抵の者は特に決めておらず、気ままに過ごしている、そんな季節である。――新一年生、二年生に関しては。
 私達三年生はそう言うわけにも行かない。進学するにしろ、(数は減ったとはいえ)就職するにしろ、泣いても笑っても後一年足らず、自然と引き締まらざるを得ない。もっとも私の場合、模試の成績は申し分なかったため些か気が楽ではあったが。
 そして私の先を三歩先に行くクラスメイトの岡崎汐はというと、周囲のものが一切目に入らない様子で真っ直ぐに歩いていた。
 受験生特有の余裕を無くした状態に陥ったわけではない。そもそも岡崎汐はそんなタマではない。
 では何故か。それは――恥ずかしながら、原因は私にある。
「失礼します!」
 今日で三日目。今日も岡崎汐はどこか鬼気迫った様子で資料室の扉を一気に開ける。




『我ら考古学発掘隊』



 ことは数日前の、昼休み時に遡る。
「旧々校舎に納められていた資料が、まとめて見つかったんですって」
 何気ない話題のつもりで教師陣からそう聞いた話を口にしたその時、岡崎汐はしばしその表情を固めたままとなった。
「ほ、本当?」
「嘘を言ってどうするの」
「旧々校舎で、間違いないのね?」
「そう聞いているけど」
 旧々校舎。今私達が居る教室が新校舎なのだが、その校舎が建つ前にあったのが旧々校舎になる。どうも我が校は、校舎をふたつ建てて古い方を部活用に、新しい方を勉学用に割り振るという伝統があるらしい。
「こうしちゃいられないわっ!」
「ちょっと汐!?」
「うっしー落ち着いて!」
 いきなり八割方残っていた焼きそばパン(購買で買ったものではなく、食べたいからと言って自分で作ったお弁当であったりする)を丸飲みしようとする彼女を、級友とふたり掛かりで押し止める。
「どうしたというのよ、急に」
「……あるはずなのよ」
「何が?」
 級友がそう質問する。
「――ビデオテープ」
「へ?」
「資料ってのは、紙とか以外にも色々あるでしょ?」
「そうね」
 いまひとつ理解できていない級友の代わりに、私が頷く。
「だとしたら、あるはずなのよ。ビデオが」
「ビデオ?」
 ディスクじゃなくて? と、やっと理解が追いついた級友が言う。
「昔はテープだったのよ。今となってはかなりかさばるけど」
「へぇ……」
 知らなかったよ。と、級友。
「でも、何のビデオを観たいというの?」
 私がそう訊くと、岡崎汐は珍しく言葉を濁して、
「ちょっと、ね……」
 そう答えたのだった。



「失礼します!」
 今日で三日目。今日も岡崎汐はどこか鬼気迫った様子で資料室の扉を一気に開ける。
「いらっしゃい……ああ、岡崎先輩と委員長先輩ですね」
「委員長先輩って称号的におかしくないかしら?」
「いやその……その名前の方が有名というかそれしか知らないもんで……」
 そう言って頭を掻くのは、資料室の番を任されている図書委員の二年男子だった。
 そして私に対するなんとも形容し難い呼び名は、おそらく岡崎汐と一緒に行動しているためであろう。
「と、とにかく俺はいつも通り受付の方に居ますんで、何かあったら声かけてください」
「ありがとう」
 これ以上の追求は可哀想なので、矛を収めることにする。
「どうしたの? 委員長」
 そして、今のやりとりを訊いていなかった岡崎汐が、振り向いてそう訊いてきた。
「有名すぎるのも困るって話よ」
「誰が?」
「貴方が」
「……そうかな?」
 小首を傾げる岡崎汐に、私は思わずため息を付いてしまった。この娘はなんというか、自分の影響力を把握し切れていないところがある。
「とにかく、そろそろ見つけましょう。というか……」
「う……」
 私の視線を察してか、岡崎汐はたじろいだ。
「いい加減、何のビデオテープを探しているのか教えてくれてもいいじゃないかしら?」
 珍しい。あの岡崎汐が焦っている。
「え、えっと……古い、ビデオテープかな?」
「それはそうでしょうね。この学校で古くないビデオテープなんて無いでしょうから。でも私が言いたいことはそうじゃないってことくらい、貴方は知っているでしょう?」
 岡崎汐がよくやるように両手を腰に当てて、私がそう詰め寄ると、彼女は観念したといった様子で両手を軽く上げ、
「……わかった、話すね。わたしが探しているのはね、大昔の創立者祭を撮影したビデオよ」
「創立者祭?」
 そう言えば、昔は秋の文化祭の代わりに、春に創立者祭を執り行っていたと聞く。
「とても大事なことが映っているはずなのよ」
「だから、部活を休んでまでこうやって探しているわけね」
「うん……」
 少しだけ罰が悪そうに、岡崎汐が俯く。もっとも、私から見れば二年以上真面目にやってきたのだから、少しぐらいの息抜きはしても良いと思っている。それは恐らく古参の部員たちも同じ想いなのではないだろうか。
「なにが映っているのか気になるところだけど……まぁ私が参加すれば、今日にも見つかるでしょう」
「でも委員長、結構数多いよ」
 自分がチェックしてきた数々の段ボールに目をやって、岡崎汐。
「あら、これから見るビデオテープなら、この段ボール毎にイベント別、年代順と纏めておいたわよ」
「え?」
 岡崎汐の目が丸くなる。大抵は自分以外の人間の目を丸くさせる方が多いから、この表情は貴重と言えば貴重であった。
「あのね汐。貴方が探す後で、私が何もしてなかったと思っていたの?」
「……あ、そうか」
 やっと合点が行ったかのように岡崎汐は頷き、次いで私に向かって頭を下げた。
「ごめんなさい、気付かなくて」
「良いのよ――でも端的に言うとね、水くさいのよ。貴方」
「本当に、ごめん……」
「お礼なら、級友殿にもね。彼女は今、演劇部副部長として部長代理の任に就いているのだから」
 そして、私は代わりにうっしーに付いていてあげてと言われている。ある意味私以上に岡崎汐を心配している級友殿であった。
「さぁ、今はとりあえず探しましょう」
「うん! 今日こそは!」
 最近大人びていた岡崎汐が、久々に歳相応の少女らしい顔付きになった。それだけで満足してしまう私も丸くなったと言われるのだろうか……。



「そっちの段ボール、回してくれる?」
「これで最後よ」
 だが、その最後の段ボールにも岡崎汐の探すテープは無かった。
「そんな……」
 額に浮いた汗を拭わないまま、資料室の床にぺたりと座り込む岡崎汐。
「記録されていないとか……」
「……そうなるよね」
「それはないはずですけどね」
 様子を見に来たのであろうか、受付にいた図書委員の男子が口を挟んだ。
「保管する側の俺達図書委員と管轄違いますけど、記録を取る側の生徒会は昔っから頭が固かったって聞きますから。その生徒会がその年だけ記録を取らないってことは無いはずですよ」
「でも、現にわたしが観たい年のテープは無いんだけど」
 と、少し余裕の無い様子で、岡崎汐。
「それに、五年から十年のスパンで記録の無いテープがあるわ。創立者祭じゃないけれど」
 後に続いて、私。
「……ん。それはもしかすると、先輩方の探しているテープが、トラブル付きなんじゃ――」
「トラブル――」
「――付き?」
 岡崎汐と私がほぼ同時にそう言う。
「ええ。撮影時になんかトラブルがあったテープは、別保管なんですよ」
「どうして?」
「なんでまた?」
 今度は私の方が一歩遅れていたが、それでもほぼ同時に私達。
「撮る側が滅茶苦茶頭堅いですからね。歴史的に都合の悪いこと、ものは隠しておくってところじゃないですか? ……まぁ、抹消しないところに良心のひとかけらがあるような気がしますけど」
「それは、今何処に? ねぇ、どこにあるの?」
 本当に焦った様子で、岡崎汐が訊く。
「そっちの棚の一番奥の無記名の段ボールです。ああ、ガムテープでがんじがらめになっていますけど、開けちゃっていいですよ」
「ありがとうっ!」
 図書委員の手を両手で握って上下に振る岡崎汐。そんな彼女に対し、当の図書委員はというと多少照れた様子で、
「……や。俺は資料室の担当として当然のことをしたまでですから。――それ以上喜ばれると惚れちゃうんで、勘弁してください」
 後半は、明らかにおどけた口調であった。
 それでも岡崎汐は礼を言い、いい加減業を煮やした私に引きはがされ、ふたりで該当の段ボールに向かう。
「……本当にがんじがらめね」
「委員長下がってっ」
 いつの間にかカッターナイフを握っていた岡崎汐が段ボールに挑みかかる。
「ちょっと、カッターの刃で中身が傷付いたら――」
 杞憂であった。岡崎汐は、刃を上に向けて梱包を解いていたのだ。所謂逆包丁の応用であろう。
 程なくして段ボールの封印は開け放たれ、私が何かする前に岡崎汐がかじり付くように中身を探り――。
「あ、あった! あったあったあったっ!」
 まるで子供が縁日の籤で一等を取ったかのように、彼女は高らかに叫んだ。
「それじゃ、次はデッキですね。こっちになりますんでついてきてください」
 すぐ後ろで見届けていた図書委員が、視聴用のモニターが繋げられたデッキへと私達を案内する。
「一応決まりなんで、記録の再生は俺がしますね。ん、なんだこれ。巻き戻ってないぞ……」
 そう言って、デッキに慣れた様子で再生ボタンを押す図書委員。続いて私達に向かって、
「それじゃ巻き戻しますね。いや、この手の古いテープは再生状態から巻き戻さないとテープが切れる恐れがあって――」
「「まって!」」
 呼吸も口調も完全に一致していた私達は、ただただそう叫んでいた。岡崎汐の方はおそらくいきなり目当てのシーンが見つかったため、そして私の方はというと、画面に映っていたの私のよく知る人物であったからだ。
「これは――」
 私達が生まれる前に撮影された映像、今しがた上がった幕の奥に、岡崎汐が映っている。
 ここで、すべてが氷解した。
 岡崎汐が探していたのは、彼女の母親が演劇部に居たときの映像だったのだ。なるほど、それならば自分ひとりで探してしまうだろう。それでも水臭いと思ってしまうのであるが。
 それにしても、岡崎汐と彼女の母親はそっくりであった。
 そのこと自体は依然彼女の父親から聞いてはいたのだが、そんな予備知識があっても驚くことだった。
 もちろんうりふたつという訳ではない。
 映像の中の彼女は、岡崎汐に比べ幾分背が低く、僅かに線が細く、なにより随分と髪が短かった。
「……妙だな」
 私達の後ろに回った図書委員がぽつりと呟く。
 そう、何か様子がおかしい。
 画面の中の人物は、涙を堪えているようであった。
 開幕して、すこし時間が経ったというのに、今にも泣き出しそうな貌をしたままでいる。
 演技――? いや、違う。演技にしては長すぎるし、それを感じ取った客席がざわめいている。
 けれど、岡崎汐だけが静かに画面を見つめていた。
 そのうち、画面の中の少女はとうとう泣き出してしまった。暗幕の奥が一瞬波打つ。裏方が慌てているのだろう。
 一体何があったのだろう、岡崎汐は黙して語らない。
 そこで、最後尾の扉が激しく開く音がした。同時にカメラが少しぶれる。恐らく、撮影主が動揺したのだろう。
 ――夢を叶えろ、渚。
 その悲痛な声は、古河パンの店主、古河秋生氏のものだった。
 画面に釘付けになっている岡崎汐の肩が、少しだけ動く。
 カメラの都合上その顔は映らないが、その絶叫は続いている。言っていることはわかるのだが、その意味、背景を知り得ない私にとっては何が起きているのかがよくわからない。
 けれど、その語りかけにより画面の中の少女は憑き物が落ちたかのように貌を綻ばせていた。そして、画面のこちら側では、その少女の娘が微かに肩を震わせていた。
 ようやくにして、劇が始まる。
 それはそれほど長くはない、たったひとりの演劇であった。……けれど何故だろう、そう長くない演劇のはずなのに、冒頭のトラブルを含めてものすごく長い物語を垣間見た気がするのは。
「……お母さん」
 岡崎汐がぽつりとそう呟いた。
 後をお願いしますとでも言うように、図書委員が私に頭を下げ、静かに受付へ戻る。
「お母さん。わたしも夢、叶えたよ」
 ぽつりと呟くその声は、微かに震えていた。



「あの演劇、クリスマスの時にした演目でしょう?」
「うん、そう。よく覚えていたね」
 資料室から下駄箱への廊下を歩きながら、私達はそんな言葉を交わしていた。
「折角だからあのビデオテープ、もらってしまえば良かったのよ。曰く付き扱いされていたんだから」
「うん、そうしたいのは山々だったんだけどね。でもコピーさせてくれるって言うし、あのテープそのものは破棄する訳じゃないし」
「それはそうだけど」
「いつかね、わたし達よりずっとずっと後の生徒が観るかもしれないでしょ?」
「……そのために?」
 思わず立ち止まって、私。
「そう、そのために」
 同じく立ち止まって、岡崎汐。その瞳には――今まで見たことのない、強い何かしらの光があった。
 つまり、あの映像を自分の所有物としてそこでその役目を終わらせるのではなく、此処の歴史として可能な限り遺していくことを、彼女は決意していたのであろう。それは、並大抵のことではないように思う。
「さ、て、と。これからはバリバリ部長のお仕事進めなきゃ」
 けれど、表面上はもう岡崎汐はいつもの彼女だった。
「そうね。でもその前にここまで手伝った誰かさんに何かしようと貴方は思わないのかしら?」
 だから、私もいつものように彼女と接することにする。
「っと、忘れるところだった。確かに、手伝ってくれた委員長にはお礼をしないとね」
「あら嬉しい。おごってくれるのはジェラートかしら、クレープかしら?」
 私が意地悪くそう訊くと、岡崎汐はさらに意地悪そうににまっと笑ってから、
「わたしも聞いただけだけど、昔の資料室がどうだったかよくわかるところに連れていってあげる。リクエストのどっちもありそうだしね」
「そう、それは楽しみだわ」
 昔の資料室とジェラートやクレープとにどんな関連性があるのかよくわからなかったが、岡崎汐の言うことだ。期待外れと言うことはないだろう。
「それでは演劇部部長殿、よろしくお頼み申す」
「委細承知にて候!」
 そんな時代がかったやりとりを経て、私達は放課後の街へと繰り出したのであった。
 心なしか、夕焼けがいつもより綺麗に見える。



Fin.




あとがきはこちら









































「録画していたテープ、みつかったんだって?」
「うん。ダビングして貰ったんだけど、観る?」
「そうだな……観てみるか」









































あとがき



 ○十七歳外伝、宝探し編でした。
 アニメの一期で、渚があるビデオを観ていた(観てしまった)のを思い出して、それならばと思い今回の話が生まれました。実際に記録に取られていたとしたら、作中のように○は観たがるのではないでしょうか。
 さて次回は杏でちょっとコメディ風にいこうかと。

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