超警告。CLANNADの隠しシナリオをクリアしていない人は
ブラウザのバックボタンで戻ってください。
このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。
それでも読む方は方はここをクリックするか、
ガンガンスクロールさせてください。
「し・い・たーけーを〜しい〜たーけを〜すーきーで〜いーたーよ〜」
「なんだその歌は」
「いや、秋っぽくて良いかなと」
「わざわざ隠れる意味あるんですかね」
と、演劇部前副部長は前部長に言った。
体育館の裏手。勝手知ったる裏口へと致る道を、人目を避けつつ突き進みながらのことである。
「目立つのは嫌なんだ。OBみたいでな」
その巨体から想像できない俊敏さで先を急ぎながら、前部長がそう答えた。
「みたいじゃなくてそれそのものですよ」
「それはそうだが……」
公演後ならともかく、その前からちょっかいを出して、余計な緊張を強いるのは良くないだろう、と前部長は言う。
「まぁ、そうかもしれませんけどね」
本当は照れくさいのだろう。長いつきあいでそう察している前副部長は、ため息混じりに答えた。
程なくして、ふたりは裏口に到着する。
「鍵はどうです?」
「案の定、かかっている」
良かったな、出番だぞ。そう前部長に言われて、前副部長は再びため息をついた。
同時に、懐から二本一組の針金を取り出す。
そして待つこと、僅か十二秒。
扉の錠前が独特の小さな音と共に解錠され、ふたりは顔を見合わせて頷き、
「こらっ」
突如背後からそう声をかけられ、揃って直立不動の体勢をとってしまったのであった。
「勝手に忍び込んじゃ駄目って、前に言ったでしょ? まったくもう……一年生の頃から変わってないわね」
その声の主に思い当たった前部長が、弾けるように振り向く。
「部長!」
『演劇部の奇妙な面々』
「久しぶりね、ふたりとも。元気そうで安心した」
そう言って手を振る女性は、前部長からみて一代前の部長であった。
「部長も、お元気そうでなによりであります」
大きな体を屈めて、前部長がそう言う。すると、前々部長は小さく笑って、
「名字だけでいいわよ山寺君。君も部長だったんでしょ?」
「では、日高先輩で」
割って入って、前副部長がそう言う。
「うん、それでいいわ。それにしても変わらないわね、福山君」
「お褒めいただき、光栄です。それで、日高先輩はどうしてこちらに?」
丁寧に礼をしながらも、必要な情報を聞き出そうとする前副部長に、前々部長は本当に変わっていないのねと苦笑しながらも、
「小耳に挟んだのよ。貴方達の跡を継いだのが、あの汐ちゃんだってね」
まるで、自分の姪か何かのようにそう言う。
岡崎汐。前々部長のときは新入部員のひとりであり、前部長、前副部長のときは演劇部のエースであった彼女は今、演劇部の現部長であり、ここにいる彼らがかつてそうであったように、演劇部を率いていく立場にあった。
「なるほど。確かに岡崎のことを気に入っていましたね」
「それで挨拶でもしようとちょっと早めに来てみたら、現役時代と同じように何処かで見た二人組がこっそり裏手に回ろうとしているんだもの。ほんと、懐かしいやら呆れるやら」
「申し訳ありませんでした」
背筋を伸ばしてから、前部長が頭を下げる。
「頭を下げる前に理由でしょ。とりあえず謝られても謝られ方が困るじゃない。前のようにさぼりが目的じゃないでしょ?」
「……仰る通りですな」
多少の冷や汗と共に、前部長は経緯を説明した。ただ相手はかつて『演劇部の女帝』と恐れられたほどの人物である。しかも権力や実力による畏怖から付いたふたつ名ではなく、その正々堂々たる姿勢を貫き通した結果、ごく自然にそう呼ばれるようになったという逸話付きなのだ。
果たして、話を全て聞き終えた前々部長はその柳眉をつり上げて、
「私はOBが来たくらいで緊張するような演劇部にした覚えはないの。それは君達も一緒でしょ? それに汐ちゃん達の今の演劇部がそんなことで驚くと思う? 思わないなら、堂々と入りなさい」
「はっ、そういうことでしたら……」
前々部長より縦も横も二回りは大きい威容を誇る前部長が、借りてきた猫のように大人しく従っている。
――敵わないな、この人には。
胸中で苦笑しながら、前副部長は後に続いたのだった。
会場である体育館は、既に薄暗くなっていた。
舞台からはみ出している蔦が、正面はおろか横にあるキャットウォークにも絡み付いている。また、暗幕もよく見てみれば定番である黒ではなく、深い緑であった。
「会場全体を舞台にしたのね」
「この方法はセットが大変ですが、臨場感が増します。巧い手ですね」
前副部長が続けてそう言う。
「熱帯の密林――ではないか、温帯の樹海と言った方が良いようね。でも照明係が居ない。舞台のだけを利用するのかしら」
「居りますよ。ギリースーツを着ているのです」
そう言って前部長が人差し指をある一定の角度で止めて自分を指さす。
前々部長はコンパクトを取り出して覗き込んだ。直接振り返って相手に気づかれないよう、鏡の面を前部長が指定した角度に合わせて、間接的に見ているのである。
「確かに、人間大の草むらみたいのがあるけど、大道具ではないの?」
「それがギリースーツです。主に狙撃手が潜伏するときに使う、文字通りの隠れ蓑ですよ。おそらくサバイバルゲーム研あたりから借りてきたんでしょうな」
と、前部長が解説する。
「なかなか面白い工夫ね」
満足そうにそう笑う前々部長。だが、すぐに眉をひそめると、
「折角こんな趣向を凝らしてくれているのに、裏から観るつもりだったのね、君達。昔言ったと思うけど、裏から観たって面白くないでしょう? 演劇は真正面から観るのが一番なんだから」
「お言葉ですが、開演したら闇に乗じて、梁から観るつもりだったのです」
と、前部長が釈明する。
「駄目よ。あそこは特等席なんだから」
「日高先輩の、ですか?」
前副部長が、そう訊く。
「まさか。私は君達みたいに運動神経に自信は無いの」
「では誰のです?」
前部長が訊く。
「幽霊よ。演劇部を見守ってくれる、ね」
「……は?」
「今――なんと?」
「見ちゃったものは仕方ないでしょ。ほら、お喋りはそこまで。そろそろ開演よ」
信じられないものと見たといった様相のふたりが、一気に暗くなった照明により闇に溶ける。
そして舞台の幕が上がる直前に鳴る、懐かしい小さなブザー音。
舞台は、彼らの予想通り樹海であった。そして左右の『人間大の草むらのようなもの』が僅かに動き、スポットライトを照射する。
照らし出された先は舞台の中央、そこに居たのはたったひとりの役者であり、つい先程まで話題になっていた岡崎汐であった。
「『当たり前のことを申し上げるのも恐縮なのですが、人類は衰退しました』」
滑らかに、それでいてはっきりと聞こえる良く通る声で台詞を話す汐に、前々部長は目を細める。
上達した汐の演技力だけではない。
汐が、あのときと同じ北欧系の衣装を身に着けていたためでもあった。
■ ■ ■
「うん、似合うわね」
『前々部長』が『部長』であった頃。
まだまだ場に慣れていない新入部員であった岡崎汐は、演劇部に入って初めて衣装を袖に通して落ち着かない様子であった。
「そうでしょうか……」
「サイズが合っていない?」
気付けが終わった後妙に落ち着かない様子の汐にそう訊くと、
「いえ、そういうわけではないです。ただ――あまり薔薇という感じがしないような」
長い重みのあるスカートを摘んで、そんなことを言う。
「王子様の薔薇という役で、薔薇として振る舞う以上、貴方は薔薇なのよ」
自身は性別も年齢もわからなくなるゆったりとした衣装を身に着けて、『部長』はそう言った。
「はぁ……」
「何だったら、もっと薔薇っぽく派手なのいってみる? リオのカーニバルのような」
「こ、これでいいですっ」
「これ『で』?」
「これ『が』いいですっ!」
「うん、よろしい」
入部してからここまでにおける彼女達のやりとりは、おおよそ今の通りであった。
「初の立ち稽古で衣装も着用ですか」
と、脚本担当の男子生徒――後の『前副部長』がそう言う。
「時間がないのよ。演目を決めるのに時間がかかり過ぎてしまったんだもの」
「それはまぁ、そうですが。しかしなにも立ち稽古をいきなり本番と同じ舞台にしなくても良かったのでは?」
「今年の一年生はみんな筋がいいから行けると判断したの」
「その分我々が苦労しますが――」
ぼそっと、古めかしいパイロットの格好をした男子――こちらは、後の『前部長』――が、そう呟く。
「喰われないように頑張りなさい。私が言えるのは、それだけ」
「難儀ですな。ですがまぁ、やりましょう」
彼の言葉に、付近にいた数人の部員が皆頷いていた。次の部長は彼に任せようか。『部長』はそう思う。
「それじゃシーン3の2、薔薇の独白」
と、脚本担当の男子生徒――の言葉により、汐を除く他の部員が、ぞろぞろと舞台を降りる。
「え、え、わたしひとりですか?」
ひとり狼狽するのは、汐であった。
「そうよ。台本をよく見て。台詞だけじゃなくて舞台の状況もちゃんと書いてあるでしょ」
そう言われて、汐は慌てて今回だけ所持を許されていた台本に目を通す。
「……あ。確かに――」
「先に言っておくと他の役の台詞にも目を通しておくこと。でないと自分の台詞が、どんな状況で出るのか把握できないから」
「なるほど」
素直に頷く汐。よく見れば、既に客席側に移った他の一年生も皆頷いている。
「それじゃ岡崎さん――」
舞台と客席を繋ぐ取り外し可能な小さな階段の上で、『部長』はそう言った。
「立ち稽古とはいえ初舞台。頑張りなさい」
「……はいっ」
意識的にか、あるいは無意識にか。両手を強く握って汐がそう答える。
『部長』が、静かに用意されたパイプ椅子に座った。
「照明を落とします」
「うん、お願い」
途端、辺りが闇に落ちた。おそらく照明係がこちらを直接見ていたのだろう。
「スポット用意――シーン3の2、はじめ!」
スポットライト独特の金属製シャッターの開く音が響き、強い光が舞台の一点を照らす。
「――?」
『部長』が小さく眉根を寄せた。
照明が彼女を照らした瞬間、汐は目を見開いていたのだ。
たった一瞬、いや半瞬のことであったが、しかしそれでも『台本には書かれていない』。
アドリブにしても意味がない。それよりも彼女は何かを見たのだろう。
まさか私のように、見えた?
ふと、練習の時に極まれに梁に座っている居るはずのない女生徒を思い出したが、それならもっと驚いた貌をするだろうし、そもそも演技を放棄して誰かに報告するだろう。器械選手でもない限り、あの梁へは上れないし、その高さは危険すぎるのだから。
だが、『部長』の懸念はすぐに消えた。
初舞台を踏んだ汐の演技が、満足のいくものであったためである。
「……巧いわね」
「でしょう」
と、脚本担当。
「一年生にソロを任せるのは少し難しいと思ったんだけど」
「俺は行けると思ったから彼女を押したまでです」
「うん、良い判断だった」
「ありがとうございます」
そんな会話を小声で交わしているが、彼女達を含めて全員が舞台を凝視している。
ただ立ったままで独白するシーンである。大きな動きも感動的な台詞もあるわけではない。
だがそれでも丁寧に、はっきりとした良く通る声で演技をする汐に、誰もが視線を逸らさなかった。
やがてスポットライトが消え、照明が元に戻る。
「お疲れさま。とてもよかっ――」
そう言って立ち上がる部長であったが、
「すいません、ちょっとトイレにっ」
汐は舞台を飛び降りて、舞台と反対側にあるトイレにすぐさま駆けていってしまう。
「どうしたんだ? 岡崎の奴」
「さぁ……」
辺りがそうざわめく中、消えていった汐の背中を目で追っていった『部長』は静かに、
「――桜井君、福山君。後お願い」
「……? 了解いたしましたが――」
「どちらへ?」
「ちょっとトイレに、ね」
席を立ち、足早にトイレに向かう。
女子トイレに入ってみると、幸いにして個室はひとつしか閉まっていなかった。
足音を立てずに『部長』はそっと扉の前に歩み寄ようとして、ふと立ち止まる。
扉によって姿を隠しても、小さな嗚咽は隠せなかったためであった。
今度は、あえて足音を立てて寄ってみる。
それでも、嗚咽はまだ止んでいない。
「岡崎さん?」
その声で気づいたのだろう。大きく息を飲む音が聞こえてきた。
「部長――ですか?」
無理に泣くのを我慢しているようなひっくり返りそうな声で、汐。
「ええ、そうよ」
「すみません、取り乱してしまって」
「いいのよ、それは。でも一体どうしたの?」
扉の前で『部長』がそう訊くと、汐は少し間をおいて、
「初めて、同じものを見ることが出来たんです」
ぽつりと、そう言った。
「何をかな?」
「初めてあの人と同じものを見ることができたんです――それで、取り乱してしまって」
「あの人?」
「……母です」
「――そうだったのね」
汐の家庭環境、そして彼女が演劇部に入るまでの葛藤を、『部長』は知っていた。
「母の顔を見ることはありませんでしたが、母と同じものを見ることが出来ました。演劇部の部員として、舞台からの景色を。だから……だから……」
「貴方、良い役者になるわよ」
「え?」
扉越しに、動揺が伝わってきた。
「役者に必要なのは演技力だけじゃないの。何かに感じ入ることができるのも大事なことなのよ。だからもう一回だけ言うわね。岡崎さん――いいえ、汐ちゃん。貴方は良い役者になる。この私が保証するわ。だから――」
扉に背を預けて、『部長』は続けた。
「だから今のうちに泣いちゃいなさい。もう泣いたりしないように、ね」
「……ありがとう、ございますっ」
汐の語尾が、涙に湿る。
■ ■ ■
それは、前々部長と汐だけの秘密であった。
「……懐かしいわね」
劇が終わり、観客席が拍手に沸く中、それを思い出していた全然部長の口の端が、笑みの形に変わる。
その間にも舞台の幕が再び上がり、部員一同が礼をし、生徒や関係者がどっと集まっていた。
「ふたりとも、ついてきなさい」
そのふたりの返事を待たずに、前々部長は立ち上がってその舞台へと歩み始める。
「……どうすればいいんだ、俺は」
「付いていくしかないでしょう」
そんなやりとりの後、前部長と前副部長が慌てて後に続いた。
そんな三人に――、
「あの美人は?」
「……『女帝』だ。演劇部の前々部長だよ」
「後ろにいるゴリラみたいなのとルパンかCLAMPのキャラみたいなのは?」
「演劇部の……前部長と前副部長だったかな」
客席の生徒達からそんなひそひそ声が上がり、前部長はげっそりした声で、
「なんか滅茶苦茶恥ずかしいんだが」
「昔散々付き合ったじゃないですか。諦めましょう」
肩をすくめて、前副部長がそう答える。
そして前々部長は部隊にたどり着くと、何処からともなく花束を取り出して、
「お久しぶり、汐ちゃん」
その声に、美術講師から巨大な木彫りのヒトデをもらっていた汐が、ぱっと顔を上げる。
「――部長!」
「名字だけでいいわよ。汐ちゃん」
花束を手渡しながら、まるで妹の結婚を祝祝する姉のように、前々部長。
「貴方も、部長でしょ?」
Fin.
あとがきはこちら
「なんかお前の部活、どっかで聞いたような名字の部員が多いな」
「気にしない気にしない」
あとがき
○十七歳外伝、部活動編でした。
○の入部当時の話をまだ書いていないなぁと思い当たって、今回はこんな話になりました。その際、○の前の前の部長はどんな人なのか考えていたら、○が後に影響を受けるであろう性格になり、結構いい感じになったような気がします。
さて次回は――ちょっとはずれ気味ですが、ハロウィンで。