超警告。CLANNADの隠しシナリオをクリアしていない人は
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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。

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「先生、出番です」
「それじゃ用心棒か何かみたいだからやめてくれ……」















































































  

  


「汐じゃないか」
 わたし、岡崎汐が坂上智代師匠にそう声をかけられたのは、土曜の午前、商店街の一角にある銀行でのことだった。
「こんなところで会うとは、奇遇だな」
 そういう師匠の格好は、普段のぴしっとした上下のスーツではなく、女性らしい格好だった。おそらく、今日はオフなのだろう。
「今日は休みだろう、どうして制服なんだ?」
「ちょっと学校から今度着る演劇の衣装を取ってきたんです。師匠こそ、今日はどうしたんです?」
 そうわたしが訊くと、師匠は小さく肩をすくめて、
「今度の出張は少し遠いところだからな。先立つ物を用意しに来た」
 さらっとそう言う。
「いつからです?」
「うん? 三日後からだが」
「それは……運が良いというか何というか」
 今日この場で会えたことはラッキーだと言える。
「何の運が良いんだ?」
 師匠が聞き返す。
「いえ、その――」
 私が説明しようとしたとき、急に外が騒がしくなった。
 なんというか、大きな車がこっちに向かってくるような……。
「――! 伏せろっ」
 師匠の注意が飛ぶ一瞬前に、わたしは反射的に床に身を投げ出していた。



『坂上智代とクマの騎士団、それと謎のくノ一』



「おとなしくしていれば命は取らないクマー」
 二十年足らずのわたしの人生、将来色々なことがあるだろうと思ってはいたけど、まさか銀行強盗に巻き込まれるとは思わなかった。
 銀行の入り口に後ろ向きで突っ込んできた大型トレーラーのコンンテナから、大挙として押し寄せてきた強盗達はあっさりと銀行全体を掌握。わたし達利用客は銀行員とは別に集められ、それぞれ座らされている。
 それにしても……。
「それじゃ、金庫に案内してもらうクマー」
 支店長と覚しき人をつれて、奥に消えていく数人の強盗達、そして今もわたし達を見張っている強盗達も何故か皆クマの着ぐるみを身につけていた。その様子はなんというかその……シュールで仕方ない。
 ――さて。
 わたしのすぐ近くで、同じように座らされている師匠と目を合わせる。
 今金庫へと向かったのが三人、銀行員の見張りに二人、わたし達一般客の見張りにも二人、つまり現状四人。ただし、突入時にそのまま奥に向かった人数と、突っ込んだままのトレーラーに残っている人数がわからない。
 だから、この場の四人を片づけるのは簡単だ。どういうわけか強盗達は棍棒の類を持ってはいるけど銃などの飛び道具を所持していない。けど、まだ全体の人数がわからない以上動くのは危険だし、なにより他の人を危険に晒す事となる。
 師匠もそう思っているのだろう。とりあえず今は動くなと、その目はそう言っていた。
 ならば取るべき戦法は――相手の戦力分断と、各個撃破に限る。
「す、すみません……」
 できるだけしおらしくかつ困った声で、わたしは見張りの強盗にそう声をかけた。
「ん? どうしたクマー?」
「その、お手洗いに行きたいんですけど……駄目ですか?」
「トイレクマー? おーい、ここのじょしこおせいがおトイレに行きたいそうクマー」
「なんだってクマー? 野郎なら我慢しろと言いたいが女の子じゃしょうがないクマー」
「そうだなクマー。お漏らしされてもごく一部しか喜ばないクマー。というわけでそこのお前、腰に縄を結んだ上でトイレの外まで同行するクマー」
「了解クマー! 個室の外までとは言えドキドキするクマー!」
 ……うわー、なんだろうこの神経を逆撫でされるような会話っ。おもわず暴れたくなってしまう衝動に駆られてしまったが、ここは我慢するしかない。
「済まないが、私も一緒に行って良いだろうか」
 そこで、横からそう言ってきたのは師匠だった。
「クマー! 妙齢の女性も一緒かクマー! こりゃ両手に花クマー!」
「いいからさっさと行ってこいクマー」
 こうしてわたしと師匠は、腰に縄を結ばれてトイレに行くことになった。
「何かあったらすぐ呼ぶクマー。っていうか是非とも呼ぶクマー」
 浮かれきった見張りのクマにお辞儀をして、個室のドアを閉める。後から師匠が隣に入ったのだろう、鍵の留め金が落ちる音がした。
 わたしはすぐに腰の縄を確認する。……うん、結ぶときに変な機械を使っていたけど、それのおかげでそう簡単には解けそうにない。ならば――ひと芝居打ちますか。
「あっ……」
 経験が全くないけれど、出来るだけ艶っぽくして、わたしはそんな声を上げた。
「ど、どうしたクマー?」
 案の定、浮かれきっていた見張りが、浮き足だった声をかけてくる。
「その……スカートを降ろそうとしたら腰の縄が変な風に絡まっちゃって――んんっ」
「そ、そそそ、それは大変クマー! 手伝うクマー?」
「……んうっ、恥ずかしいけど、お願いしますっ」
 過剰になっていないかな。そう思いながら、わたしは個室の留め金を外す。
「それじゃ開けるクマ? 開けるクマ? 開けちゃうクマー!」
 いらっしゃいませっ。
 扉を開けた瞬間、情け容赦ないわたしの蹴りが見張りに突き刺さった。
 って、思いっきり股間の急所を蹴り上げてしまったけど――まぁ、いいか。
「……済んだか?」
 隣から、声を落として師匠がそう言う。
「はい、万事片付きました」
 声を上げずに失神(の為に全力を出したのだけれど)した見張りを個室の外に引きずり出しながら、わたし。
「よし。本来なら私がやるべきことだったが……任せてしまって済まなかった」
 そう言って個室から出てくる師匠。まずはお互いの腰に巻かれた縄を外す。
「それで、どうします?」
「私は主犯を叩く。汐は脱出して警察に助けを求めるんだ」
 そう言いながら、見張りの着ぐるみを剥ぐ師匠。おそらく、それを着て相手を攪乱する肚積もりなのだろう。
「警察なら、突入時に通報されているでしょう。わたしも手伝います」
 私がそういうと、師匠は着ぐるみを剥ぐ手を止め、
「駄目だ汐。お前はここを離れるんだ」
 わたしの目をしっかりと見て、そう言う。
「何故です?」
 わたしが食い下がると、師匠は昔を思い出すように、
「昔もな、こういう事があったんだ」
 淡々と、そう言った。
「そのとき岡崎にも渚にも迷惑をかけたことがある。この上お前まで巻き込んだら、私は……合わせる顔がない」
 それは、おとーさんのことだろうか。それとも、お母さんだろうか。でも、わたしの覚悟はとうに決まっている。
「巻き込むんじゃなくて、手伝うんですよ」
 制服の上着を脱ぎながら、わたしはそう言った。
「何をする気だ?」
「変装ですよ。着ぐるみひとつしかないし、そもそもわたしは着ぐるみじゃ上手く動けませんから」
 スカートのホックをはずし、不作法ながらもすとんと落としつつ、わたし。そして、トイレに行く際に持ち込んだボストンバックを開ける。ちょうど良い具合に、良い衣装が入っているのだ。
「それに、弟子は師匠を助けるものじゃないですか」
「……普通は逆だぞ」
「そんなことないですよ。何があったか知りませんけど、おとーさんとお母さんが似たようなことに巻き込まれたとき、師匠が助けてくれたんですよね。もしそのとき師匠がいなかったら、わたしは居なかったかもしれないんですよ?」
 む……と、師匠の息が詰まった。
「それは、そうだが」
「だから、手伝わせてください。おとーさんとお母さんのお礼、娘のわたしが今お返しします」
 下着姿になって、衣装の下地になるタイツを履きながら、わたし。
「……わかった」
 同じく着ぐるみを着ていた師匠が、重々しく頷く。
「なら汐、実戦に当たりお前に言うことはひとつだ」
 そう言って、着ぐるみの頭部分を脇に抱えて、師匠が続けた。
「憎しみや、怒りで相手を攻撃するな。一度どちらかに囚われるとそう簡単に抜け出せなくなる。お前は――お前だけは、そうなって欲しくない。昔の私のように、なって欲しくないんだ」
「――了解!」
 ぴっと敬礼するわたし。
「ところでこれ、似合います?」
 気付けが終わって、わたしは師匠の前でくるりと回って見せた。
「似合うことには似合うが……顔が隠れていないぞ」
 それでは変装にならないがと言う師匠に、わたしはボストンバッグからクッション代わりに使っているそれを取り出した。
「これなら、大丈夫ですよね?」



「あいつ遅いクマー。まさかと思うけど、間違いがあっちゃいけないクマー」
「というかお楽しみは皆で楽しむものクマー」
「うは、漲ってきたクマー!」
 トイレに時間がかかっているのを気にしたのだろう、三人ほどの声がこちらに近づいて来ていた。
 わたし達が仕掛けた、罠のある廊下に。
「ん? 何か落ちてるクマー?」
 先頭の強盗が、それを見つける。
「制服の上着? クマー」
「こっちにはセーターだクマー」
「す、すすすスカートも落ちてるクマー!」
 かかった。強盗のクマ達は我先へと曲がり角へと急ぐ。
「この先にはどんな秘宝がクマー!」
 でっかい釣り針に引っかかっていただき、どうもありがとうございました。
 ひとりをわたしが倒し、ひとりを師匠が倒して素早く姿を消す。まだ、味方の中に敵が居ることを知らせるわけには行かないからだ。そして最後のひとりをわたしが――。



 警備室。
 銀行中にある監視カメラの情報を一カ所に集めてるここは、当然ながら強盗達に占拠されていた。
 現に今も、二人のクマがモニターの監視を行っている。
「ん? 廊下側の監視カメラが一個死んだクマー」
「故障か? クマー」
「警察か何かにしちゃ建物の内側すぎるクマー。おそらく故障クマー。念のため、そっち方面の見張りを増やすクマ――」
「大変クマー!」
 そこへ、わたし達があえて見逃したクマがひとり(一匹?)、慌てて駆け込んできた。
「どうしたクマ?」
「か、かくかくしかじかクマー!」
「……頭に被りもののだんごを被った網タイツ姿のくノ一に襲われたクマー!? ……お前、この仕事終わったら病院行ってこいクマー」
「ほ、本当なんだクマー! 信じてほしいクマー! しかも滅茶苦茶強いクマー! 応援寄越して一気に叩かないと危険クマー!」
「はいはいクマークマー」
 案の定というか何というか、まともに答えない監視役のクマ。そこへ、もうひとりのクマが駆け込んでくる。
「申し上げます。頭にだんごを被ったくノ一が出現。裏口の見張りと戦闘中です」
「語尾のクマーを、忘れているクマー。そんなんじゃ、首領に怒られるクマー」
「はっ、失礼致しましたくまー」
 この時点で、監視役のクマはふたりともモニターの確認を怠っていた。裏口のカメラでは、戦闘なんて起きていないのに。
「それにしてもまたくノ一クマー……ってお前も見たのか? クマー」
「ええ」
 こっくりと頷く報告してきたクマ。
「ほら、あなた方の、後ろに」
「く、クマー!?」
 天井の通気坑からこんにちは。話題のくノ一です。



「クマー!」
「クマー!」
「クマー!」
 警備室を陥としたら、後は楽勝だった。
 こちらは警備室を中心に各所を陥落。ひとり残さず倒して相手には状況が伝わせ無いようにしていた。こうしてフロント以外を制圧したわたし達は、先ほどと同じように天井の通気坑からタイミングを見計らってフロントに居る見張りの背後に着地、それぞれを撃破したのだ。
 師匠曰く、突入してきたトレーラーの規模と倒してきたクマの数から、コンテナに残っている人数はひとりかふたりとのこと。ということは、それを撃破すればわたし達の勝ちと言うことになる。
「ふん、周囲が妙に騒がしいと思ったら、反撃を食らっていたか。ここまでやるとは見事だと言っておこう……クマー」
 果たして、コンテナのドアを(師匠が)破壊すると、残っていたのはひとりだけだった。
「俺が武闘派窃盗団『クマの騎士団』首領、ビッグ・クマーだクマー! ただのクマーとは違うのだよ、クマーとは! クマー」
 なるほど、首領と言うだけあって着ぐるみの色が違う。周りが茶色のヒグマだとしたら、それは黒のツキノワグマだった。
 確かヒグマの方がツキノワグマより大きかった気がするけど――。
「クマークマーうるさい!」
 先手必勝、わたしは跳躍ついでに蹴りを繰り出す。
「……フッ。クマー」
 え。
 一瞬、思考が止まる。
 わたしの蹴りを、片手で止めた!? ってまずい!
 相手に捕まれる前にわたしは一気に後退。続いて師匠が突撃し、蹴りを放つ。こちらはわたしより緻密で手でカードできない角度から腹部に一撃を――、
「無駄だ。クマー」
 受け止めた!? 手も使わずに?
 異変を察したのだろう。わたしと同じく、後退する師匠。
「気をつけろくノ一だんご、これは……」
「ただの着ぐるみと思ったクマー? ククク……違うなぁクマー!」
 本物のクマ独特の、威嚇姿勢をとりながら首領とやらは言う。
「そう。これはスットン共和国製歩兵強化アーマーを改造したものクマー! もちろんこの私、ビック・クマー専用クマー!」
 なんでそんなものを着ぐるみに改造したんだろう。ってそんなことにツッコミを入れている場合じゃない。
「今度はこっちの番だクマー。クマクマクマクマクマクマクマクマクマクマクマクマクマー!」
 師匠と同様――いや、それ以上の早さと重さで、首領が迫った。
 くっ、思ったいたより強い!
「思考が漏れているぞ、武人としては未熟だな。クマー!」
 ――っ!
 しまったと思う間も無く、わたしは一発貰ってしまった。とっさにガードできたが、衝撃で飛ばされ、フロントの柱に背中を強打する。
 背中と、ガードした腕が痛かった。
「くノ一だんご!」
「はーはっはっは! 相方の心配をしている暇はあるのかな? クマー」
 首領が今度は師匠に迫る。
 しかし流石は師匠、首領の攻撃を全て防ぎきっていた。
「ほう、そっちは少しはやるようだな。クマー」
 余裕満々で、そんなことを言う首領。
 そしてわたしは、少しずつ引いていく痛みのほかに、ある違和感を覚えていた。
 相手は師匠より早かったのに、どうやって全ての攻撃を防ぎきったのだろう。
「――よくも」
 そんなわたしの思考を余所に、抑揚が無くなった声で師匠が言う。
「ふむ? クマー」
「よくも弟子を傷つけようとしたな?」
 瞬間、着ぐるみの毛がすべて逆立った――様に見えた。
「喜べ。久々に、本当に久々に全力で相手してやる」
 静かに、それでいて重々しく床を踏みしめる師匠。
「フン、来るが良い。クマー」
 余裕綽々の首領が、再度打ちかかってきた。今度は師匠も受けて立ち、拳と蹴りが交差する。
「ホウ、なかなかやるじゃないか。クマー」
 ここで、首領は気づくべきだった。師匠が、強化アーマーとやらと互角にやりあっていることに。そして、少しずつペースが上がっていることに。
「な、なんだ? クマー」
 今気づいたみたいだけど、打ち合いが激化した以上もう遅い。
「こ、ここからさらに加速だとぉ! クマー!」
 拳と蹴りの応酬の中で、徐々に師匠のヒット数が上がっていく。そう、師匠の加速は止まっていなかった。
「本当は、足技だけの方が得意なんだがな」
 猛烈な打ち合いの中で、ぼそっとそんなことを言う師匠。
「ば、バカな。生身の身体、それも着ぐるみを着た状態でこのカスタムパワードスーツが負けるわけが、負けるわけがぁぁぁぁぁっ! クマー」
 そこで、勝敗は決した。正確には、師匠の攻撃が全て命中し始めたのだ。
「ク、クママママママママママァ!?」
 うわぁ……。
 以前春原のおじさまから聞いたものより遙かに凄まじい勢いで、首領がコンテナの奥に吹き飛ばされた。それは、跳弾の様にあちこちを跳ね、コンテナに不気味なへこみを作り出す。
 だんごを被っている都合上、額の冷や汗を拭えないのが辛かった。
「ふたつほど、伝えておくことがある」
 沈黙したコンテナに向かって、着ぐるみのまま腕を組み、師匠はそう言った。
「ひとつ。武人を標榜するなら窃盗団などというものに身を窶すな。そしてもうひとつ! もう二度と、可愛いクマをモチーフにするな!」
 ……返事はない。
「――聞こえなかったのか?」
「師匠。首領とか言う人、気絶してます」
「む、そうか……」
 なんか黒い着ぐるみから煙とか火花がでているけど、中の人は無事であると信じたい。
「それより無事か? うし――くノ一だんご」
「そこで切らないでください。牛に聞こえますから。後ダメージだけど大丈夫です。ちゃんとガードできましたし」
「そうか。良かった……」
 安心したかのように、師匠が脱力する。
「あ、あのぅ……」
 と、そこへわたし達に声をかける人がいた。
「警察が突入するみたいですけど……」
 振り返ると、銀行員の方だった。
「まずいな。私はともかく、くノ一だんごの正体は知られない方がいいだろう」
「そうですけど……どうするんです?」
 まさか、助けようとしている警察を蹴散らす訳にもいかないだろう。
「トレーラーを乗っ取って脱出するか……」
「いやそれはちょっと――」
 わたし達が犯人扱いされそうです。
 その言おうとしたとき、不意に銀行の床が揺れた。
 みれば、床のタイルがひとつ外れ、中からコンクリートの煙と共に――、
「銀行に行くっていたが、案の定巻き込まれたか。無事が汐!? っていうかなんだその格好は!?」
 サングラスをかけた、おとーさんだった。
「ど、どうやって来たの、ふたりとも」
 おとーさんと言いそうになった言葉を飲み込んでそう訊くと、おとーさんは何でもないように、
「オッサンがたまたまプラスチック爆弾の在庫を抱えていてな」
 商店街の地図を頼りに玩具屋の地下から穴掘ってドカン! だ。と、続けてくれた。続いて、同じくサングラスをかけたあっきーが顔を出して、
「急げ、警察が突入する前にずらかずぞ!」
 それって、証拠隠滅じゃ……。ってそんなことを言っている場合じゃないか。
 わたしは師匠と一緒に発破された穴に飛び込もうとして――、
「いけない! 着替え!」
 慌ててトイレにとって返す。着替えるのは無理だけど、せめて制服と『あれ』は持って帰らないと!



■ ■ ■



「お疲れさまです」
 玩具屋さんから来たというのに、帰りはなぜかカフェ『ゆきね』で、さらには店長の出迎えがついていた。
「なんでここに?」
 やっぱり着替える時間がなかったためくノ一衣装のままのわたしがおとーさんにそう訊くと、
「あー。オッサン曰く、往路と退路は別にするのが必定なんだと」
「でもこの穴どうするの?」
「それはだな――」
 と、おとーさんが説明しようとした瞬間、ボフッと鈍い音がした。
「塞いできたぜ」
 最後に穴から出てきたあっきーがそう言う。
「お疲れさまです」
 と、店長。
「おう。有紀寧ちゃん、後で商店街の左官屋手配するから、正式に埋めるのはそれまで待ってくれな?」
「わかりました」
 端から聞いていると、凄まじい話だった。
「銀行の方は、大丈夫だろうか」
 と、師匠。
「ああ。それなら撤退する時支店長に俺から話しておいた。口裏合わせて警察に話してくれるそうだ」
 しれっとそんなことを言うあっきー。
「そうか。それは良かった……にしても、とんだ一日になってしまったな」
 着ぐるみの頭部分を脱いで、師匠がそう言った。
「終わりよければ、全て良しって言うじゃないですか」
 同じくだんご――『なりきりだんご』という頭に被ることもできる優れもの。お母さんのコレクションのひとつ――を脱ぎながら、わたし。
「そうは言うがな、汐」
「それにもうひとつ、いいことです」
 そう言って、わたしはボストンバックの片隅に大事にしまっていた物を取り出した。
「それは?」
「誕生日のプレゼントですよ。もちろん、師匠のです」
「――覚えていて、くれたのか」
「もちろんですよ。最近ご無沙汰でしたけど、出張前に渡せて良かったです」
 本当は数日後だけど、そういうことなら今渡しても良いだろう。特に、あんなことが終わった後なのだから。
「ありがとう、汐」
 嬉しそうに師匠がプレゼントの包みを開ける。その中身は――、
「うん、やはりクマはこうでなくてはなっ」
 そう言って、師匠は年頃の女の子のようにクマのぬいぐるみを抱き締めたのだった。



Fin.




あとがきはこちら









































「あー、疲れたクマー」
「なんだそのおかしな語尾は」
「あ、口癖移っちゃった。クマー」








































あとがき



○十七歳外伝、智代の誕生日編でした。
リクエストを戴いて慌てて取りかかったんですが、なんだかすごい物になっちゃいました。
どうしてか知りませんが、智代の話メインになるとバトル物になってしまうようです。

さて次回は――予告通り部活物になると……いいなぁ;

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