超警告。CLANNADの隠しシナリオをクリアしていない人は
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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。

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「折角の連休だけど、何処か行かないの?」
「まぁ、行きたいところはあるんだけどなぁ……(作者が)」














































































  

  


「無いなぁ……」
 汐が押し入れの中身をひっくり返して一所懸命何かを探してしている。
 それは夕飯前に始まって半時間後に中止、食後に再開してまた半時間と、結構な手間暇が掛かっていた。
「う〜ん……」
 作業が捗っていないのか、そんな唸り声をあげる娘に、
「どうかしたのか?」
 俺はそう声をかけていた。すると汐は律儀にもこちらに向き直ってから、
「んー、衣替えよ。衣替え」
 ……なるほど。



『大きくなって、君は』



「おっかしいなぁ、確かにここ辺りに仕舞ったはずなのに……」
 要約――する必要もない。汐が探していたのは学校の冬服だった。
 こちらは一年中ほぼ同じ格好なのですっかり忘れていたが、もう秋の半ば。夏服では肌寒いだろう。
 それにしても――。
 俺は、押入の前に広げられた衣類を見渡しながら、思う。
 着るものにはあまり執着がないのは俺も汐も一緒だと思っていたが、流石女の子というか何というか、動きやすそうなもの、逆にふわふわしていそうなもの、ちょっと派手目なもの、橙色やセピア色をあしらった季節に合ったものなど、服は汐の方が圧倒的に多かった。
「あ……」
 そこで、ほぼ全身を押し入れの中に突っ込んでいた汐が、そんな声を上げる。
「見つかったか?」
「う、ううん――」
「なんだ、歯切れ悪いな」
「冬服が出て来はしたんだけど……」
 そう言いながら汐は押し入れからこちらに身を乗り出すと、手にしたものを見せてくれた。
「……お母さんの、なのよね」
「……そうか」
 その制服を、久々に見る。
 それは、ずっとずっと大切に仕舞って来たせいか、日に焼けることなく当時の色彩をそのままに保っていた。
 記憶の中の、渚と同じように。
「懐かしいな」
「それはいいんだけど、どうしてこっちが先に出てきたんだろう……一番奥に仕舞っていたはずなのに」
「そうだとしたら、もう少し探せば出てくるだろう。頑張れ」
「――うん、そうだね」
 気を持ち直したのだろう。渚の制服を丁寧に置いてから、汐は再び押し入れの奥に消えた。
「しかしどんだけ深いんだ、うちの押し入れは……」
 いつからかクローゼット兼用となった押し入れの管理を汐に任せっきりしているので、その奥がどうなっているのか、よくわからない俺だった。
 程なくして――、
「あったあった!」
 そんな声とともに、汐が戻ってくる。その手にはもちろん、汐の制服があった。
「おとーさんの言う通り、すぐ側だったよ」
「お疲れさん」
 お茶を二人分淹れながら、俺。
「疲れたろ。他のを仕舞う前に休憩した方が良いぞ」
「うん、そうだね」
 自分の制服を渚の制服の隣に置いてから、汐はちゃぶ台を挟んだ俺の真向かいに腰を下ろした。
「…………」
「…………」
 自然と、お互いの視線がふたつの制服へと向いてしまう。
「こうして並べると、あまり違いに気付かないな」
「スカートとか少し長くなっているんだけどね。それに襟の形とか」
 なるほど、確かに少しだけ丸くなっている。
「後、微妙に白いんだよな」
「そうだね。私から見ると古いのは微妙に黄色味が強いというか」
 なるほど、汐の見方ではそうなるか。
「でもわたしは、どっちのデザインも好きだよ」
「そうか、それは嬉しいぞ」
「そう?」
「ああ」
 ――そろそろ、いいだろうか。
 俺は内心で、覚悟を決める。
「……なぁ、汐」
「うん、何?」
「ちょっと、それを着てみないか?」
 途端、お茶を飲んでいた汐の目がまん丸になった。
「それって、お母さんの方?」
「そうだ」
「え、でもこれお母さんのだよ?」
 汐の言葉の端々には、遠慮の色が見える。
「いいから着てみろって」
 それでも俺が強く勧めるのは、その苦手意識を克服して欲しいという思いがあるためであった。
 もっとも、その苦手意識の原因は、この俺にあるのだが。
「うー……」
 案の定というか何というか、渚の制服を持って逡巡する汐。
 ……それはまぁ、仕方のないことかもしれない。
 数年前、まだ中学生だった汐が好奇心に駆られて渚の制服を着たことがあった。
 俺はそれを全くの予兆なしに見て――、不覚にも渚と見間違え、その名前を呼んでしまった。
 それは、絶対に汐の前では言ってはいけない言葉だったのだ。事実、渚の名前を叫んでしまったときの汐の貌には、驚きと、後悔と――そして純粋な哀しみがあった。
 逢いたくて仕方がないのに逢えない人と似ていると言われて、辛くない訳が無い。辛くない訳がないのに、俺は汐にそんな気持ちを抱かせてしまったのだ。
 けれどその記憶は、もう消すことができない。
 だから俺は、それを乗り越えてもらいたかったのだ。
 もちろん、勝算はある。
 ただ、そのためには先に着てもらわなわなければならなかった。そこは本当に、汐の気持ち次第なのだが――。
「……うん、わかった」
 ややあって、汐はそう言ってくれた。
「ありがとな、汐」
「まぁ、おとーさんが良いって言うなら着るけど……ここで?」
「いやいやいやいや」
 いくらなんでも娘の着替えを観賞する趣味はない。
「それじゃあ、ちょっと待っててね」
 そう言って汐は、渚の制服とともに風呂場の脱衣場兼更衣室の奥に消えた。
 俺は汐の制服を見る。
 次いで、写真立ての中で笑う渚を見上げた。
「……お前が一緒に汐の制服を着てくれれば、一目瞭然だったかもな、渚」
 そんな、詮無きことを言ってみる。
「でも恥ずかしいから着ないって言いそうだな、お前の場合」
 それでも無理を言えば最終的には着てくれるだろう。そんな気がする。
「おとーさん」
 そこへ、汐がひょっこりと顔を出した。
「どうかしたのか?」
「お母さんの制服着てみたけど……」
「ううん、どこも問題はないんだけど、ちょっと恥ずかしくて――」
 ……ふむ。
「大丈夫。男は度胸、何でも試してみるもんさ」
「わたしは女の子でしょっ」
 でもそれでだいぶ気は和らいだらしい。汐は滑り出るようにちゃぶ台の側に戻ってきた。そして、くるりと一回りすると、
「ど、どうかな?」
 髪をかき上げながら、少し緊張した様子でそう訊いてくる。
 俺はそれをじっくりと見て……。
「うん、渚っぽくなくなった」
 ぽんと手を叩きながら、そう言った。すると汐は一瞬ぽかんとした様子でこっちを見てから、
「なにそれ」
 そう言って、小さく笑う。
「お前が大きくなったってことだよ」
「それじゃ、小さかった頃の私はお母さんみたいだったってこと?」
「そう言うわけでもないんだけどな。ただ、何処かに渚の面影を感じることはあったんだよ。でも今は違う。お前は一人前になったんだよ、汐」
「じゃあ、今のわたしはお母さんと似てないってこと?」
 そう言って両手を腰に当てる汐に、俺は手を横に振って、
「似てる似てないで言えば、似てるとしか言いようがないな。いろんな奴が言っているが、お前は母親似だよ。でもその立ち振る舞いはもう、お前自身のものだ。誰も渚と見間違えたりしないってことさ」
 そう、渚の格好をしていてももう間違えることはない。
 汐は汐。俺の、そして渚の自慢の娘だ。
 ――本気で演技をされたら、見間違えてしまうかもしれないが。
「……そっか」
 汐は、納得してくれたようだった。
「要するに、一足先にオンナになったってことね」
 いやちょっとまて。
「その表現はやめてくれ」
「んー、じゃあ一足先に大人?」
「まぁそんなところだな」
 先の例えは心臓に悪すぎる。
 だがどうも、汐はそれを意図的にやったらしい。しかも、照れ隠しに。その証拠に汐は悪戯っぽい貌から一転すると、
「ありがと、おとーさん」
 汐らしく大輪の花のように、笑ったのだった。



Fin.




あとがきはこちら









































「そういや、前に着たときぴったりだったってことは、今だと胸辺りがきついんじゃなかったのか?」
「うん、きついよ」
「その割には普通に着られていたように見えたが」
「そりゃ、上の下着外したからね」
「ブ――ッ!!」





































あとがき



○十七歳編外伝、衣替え編でした。
前回の予告と変わってしまいましたが、丁度良い季節になってきましたのでご容赦戴けると幸いです。
にしても本当、女性の服ってのは量が多いですねぇ……(家族分の洗濯物を干しながら嘆息)。
あ、次回は予定通りなら部活の話で。




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