超警告。CLANNADの隠しシナリオをクリアしていない人は
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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。
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「くくくくく、今日の俺とオッサンは、ワルだぜぇ?」
「おうよ、バリバリバリバリ世露師区ってなぁ!」
「何やってるかな、ふたりとも」
「その23! 『魔砲少女リリカルゆかりん』のライバル、ナイトメア・ナナニーのスーパーソニックフォーム!」
握り拳と共に、俺、岡崎朋也は電話口に向かってそう叫んだ。
平日の夜、俺と渚が暮らすいつものアパート。いつも俺の側にいてくれる渚は、勤め先のファミレスでミーティングがあるとかで、まだ帰ってきていない。
そして電話の相手であるオッサンの方でも、早苗さんはママさんバレーの練習で外してるらしい。
だからこそ、こんな戦い――『第三次、俺の嫁に着せるコスチューム大戦』(余談だがオッサンが命名)――を繰り広げているわけだが。
さて、『魔砲少女リリカルゆかりん』とは最近流行の、そしてオッサンがはまっている魔女っ子アニメで、不覚というか何というか、巻き込まれるように俺も観て、はまってしまったという経緯があったりする。
いや、ストーリー的には王道的な勧善懲悪もので、主人公の魔法少女がそのずば抜けた能力で敵をなぎ倒していくという非常にわかりやすい話なのだが、ライバルキャラがどんなに過酷な境遇でも再び立ち上がるという健気な女の子で、つい渚とダブらせて感情移入してしまったのだ。
ちなみにスーパーソニックとは、前出のキャラがスピード最重要視の装備になったときのことを指す。その衣装はなんというかその……最近の魔法少女は大胆だなぁ、としか言いようがない。
閑話休題。
受話器から、オッサンの反応はまだ無い。
前回、前々回と俺は苦杯を舐め続けてきた。だから今回は増強に増強を重ねてきたのだが、それは今までの勝者であるオッサンの方も同様なわけで、今回の戦いは前回よりも1時間以上長引いていた。
受話器からのオッサンの反応は、なおも無い。
まだ、あるのか、それとも……!
手に汗握る俺の耳元で、微かに息を吸う音がし、
『――あ、ありません……っ!』
電話口から漏れていたのは、苦渋に満ちた声だった。
「勝った!」
ここに、『第三次、俺の嫁に着せるコスチューム大戦』は終結した。
『畜生、まさかコレクション数に負けるとは思わなかったぜ……』
電話口の向こうで、本当に悔しそうにオッサン。
『だが、良くやった。よくここまで集めたな、小僧』
「オッサン……」
『後はあれか。着てくれりゃ、な……』
「そうだな……」
ある意味、それが最難関であると言える。
『まぁ俺の方は早速今夜あたり、早苗にラヴ・アタックをしかけるとするか……あれ?』
小さな物音が、電話口から聞こえてきた。続いて、息をのむ音が続き、
『窓に、窓に!』
最後にそんなオッサンの声が響いて、電話はぷつっと切れた。
おそらく、早苗さんに見つかったのだろう。
「オッサン――無茶しやがって……」
ツー、ツーと鳴り続ける受話器に向かって、俺は溜息混じりにそう呟く。
「電話は終わりましたか? 朋也くん」
「ああ、今終わったぞ。渚――え?」
……あれ?
『岡崎家、史上最低の戦い』
「朋也くん、わたしが前に言ったこと、覚えていますか」
ちゃぶ台を挟んで俺は正座、渚も正座。
そして傍らには押入などに用いる不透明な収納ボックスがあり、その中にはさっきまでオッサンとのバトルに使っていたものが納められていた。
「そういうことがいけないとは、わたしも思わないです」
訥々と、渚。
「でも、朋也くんが他の人を見てそういう気分になってしまうのは、嬉しくありません」
確かにナイトメア・ナナニーのスーパーソニックフォームを見て、そう思わなかった訳ではない。だって衣装の九割九分九厘、黒のハイレグレオタードだし。
「はなしをきいていますか、ともやくん」
「ああ、聞いているが……お前、ものすごく怒ってる?」
なんか言っていることが全部ひらがなに聞こえるんですが。
「別に、怒っているわけじゃないです」
と言っている割りには、頬を膨らませて渚。
「ただ、前にもう持たないって約束したのに、また持っていることが少し嫌なだけです」
いや……?
確かにかつて、オッサンの勧めでそれ系の本を隠し持ち、速攻で渚に見つかって合意の上破棄した覚えがある。
だが、それ以降俺は一冊たりともその系統を保有していない。
何か、話が噛み合っていなかった。
もしや……。
「渚。それ、エロ本じゃないんだ」
「実物があるのに、そういうことを言っちゃ駄目ですっ」
収納ボックスに手を突っ込み、中にあったものを掴みとって俺の前に突き出す渚。
あぁ、やっぱり勘違いしていたか。俺は胸中でそう呟きながら軽く息をついて、
「だからそれ、エロ本じゃないだろ」
「え……? あれ?」
渚が掴み取ったのは、向こう側が見えるくらい布地が薄い、ネグリジェだった。
「これ、何ですか?」
ゆっくりと、ぎこちなく首を傾げて、渚。
「服」
「と、朋也くんが着るんですか」
「何でだよ」
渚、そんなに全身を震わせなくても俺は絶対に着はしない。
それともお前はそれを俺に着て欲しいのか。
「つ、つまりその……」
何故か少しだけ涙目で渚。
「これを誰かに――」
……あのなぁ。
「着てもらいたいのはな――」
昔の悪い癖を諭すように、できるだけ柔らかい声で俺は言う。
「――渚、お前だけだよ」
渚の顔が、たちまち真っ赤っかになった。
「む、無理ですっ!」
「どれも、お前に似合うと思って手に入れてきたんだ」
「こ、これもですかっ?」
あ。その青のスリング(別名、ブラジル水着)は単にオッサンとの勝負にで数合わせとして入手したものなんだが……。
「もちろん、そうだっ!」
ガッツポーズと共に、俺。
「今、すごい間がありましたっ」
「気のせいだ」
「でもっ、でもっ」
軽くパニックに陥って、新たに手にしたチアガールの衣装を胸に押しつけながら、首を横にぶんぶんと振る渚。
そんな渚の肩を軽く抱き、意図的に流し目になって俺は続ける。
「俺さ、こういうのを着た渚を見てそういう気分になるの、悪いことじゃないと思うんだ」
「ずるいです朋也くん、それわたしの台詞ですっ」
「でも、本心だぞ?」
「本心だぞって言われても……困りますっ」
多分渚の頭の中では、天使と悪魔が戦っているに違いない。その悪魔役は十中八九、俺だと思うが。
そして俺は今、そいつを後押しする側に回ることを選んだ。
「折角だからさ、今着てみないか?」
「い、今ですか……?」
不安げにこちらを見上げる渚が安心するよう、俺は渚の頭の上にぽんと手を置いた。
「大丈夫、絶対似合うって」
「……わかりました。でも、ひとつだけですっ」
「よっしゃあああっ!」
後ろを向いて、ガッツする俺。
だって今、俺は非常に邪悪な貌をしているに違いない。
「何か少し不安ですが……朋也くん、箱ごと貸してください。選んでから着ますので」
「ああ、わかった」
一度決めるとなると、渚の行動は早かった。
ずるずると収納ボックスを引きずって、脱衣所の向こうに消える。
さて、渚は何を着てくるのだろうか。
前に着ていたから抵抗のないメイド服か、学校の制服と思えば抵抗の少ないセーラー服か、あるいは頑張っちゃってさっきまで渚が持っていたもののどれかかっ!
考えるだけで俺の頭の中がヴォルケーノしそうになる中、待つこと数分。脱衣場の蛇腹がゆっくりと開いて――、
「と、朋也くん。これでどうでしょうか……」
ぬかった。
それは頭単体でも成り立つのだ。それを渚も理解した上で選んだのだろう。
そういう意味では、白い猫耳カチューシャを選んだ渚の戦略的勝利だった。
だがしかし、ここで膝を屈するわけにはいかない。
「……演技だ、渚」
「は、はい?」
いきなり俺に言われて、戸惑う渚。
「元演劇部員、しかも部長だろ。それを着けたのなら役になりきるんだ」
「役、ですか」
そう言われると、頑張らないといけないような気がします……と渚は猫耳を着けたまま、軽く握った両手で宙をひっかくポーズをとり、
「にゃ、にゃあにゃあにゃあ……」
はにゃーん。
あ、いや、一瞬理性が飛んで頭の中を得体の知れない言葉が飛び交ってしまった。
「ど、どうでしたか?」
どうもこうもない。
「よーし渚。今晩はずっと、それを着けたままでひとつ!」
「無理ですっ!」
あ、やっぱり。
Fin.
あとがきはこちら
「ソニックだろうがスーパーソニックだろうが、中身が見えなきゃ楽勝ですよね」
「そーよねぇ。何も恥ずかしがること無いと思うんだけど」
「そうですねっ!」
「しおちゃんも藤林さんもお母さんも少しは恥ずかしがってくださいっ! 伊吹先生、しおちゃん達に何か一言――」
「はい?」
「な、何でセーラーサターンの衣装を着ているんですかっ!?」
「……で、芽衣は何黄昏ているんだよ」
「折角のリリカルネタなのに出番が無かったの――げふん、無かったんだもん」
あとがき
久々に同棲編でした。
渚にあれを着けると宣言してから、どう着けようかあれこれ考えているうちにこうなりました。自分で書いてて何ですが、朋也がすげー羨ましいですね。
さて次回は、○十七歳に戻って、演劇部の話で。