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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。
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「ねぇ魔理沙、前に私達の話が掲載されたのっていつだったかしら」
「死んだ子の年は数えない方がいいぞ、アリス」
「死んでいないし、そもそも子供がいないわよ」
「それにしても、此処に来ると季節感狂うな」
長い階段を眼下に眺めながら、箒に跨がった霧雨魔理沙はそう言った。
「いいじゃない。暑くないんだし」
彼女と平行して飛んでいる博麗霊夢がそう返す。
冥界、白玉楼へと至る階段上空のこと。ここら辺に来ると周囲の気温はいつも一定になる。暑くも無く寒くも無い、いわゆる穏やかな春の日……というより春そのものになる。対して、幻想郷はというと――氷の妖精が恋しくなるほどの猛暑であった。
事実、紅魔館近くの湖ではその近くに生息している氷の妖精を求めて人妖を問わない壮絶な争奪戦が繰り広げられているとのことで、それが記された号外片手に博麗神社に飛び込んで来たいつもより薄着の烏天狗は、すぐさますっ飛んで帰ってしまった。何でも、山の妖怪達に加勢しなければならないらしい。
その時点でジャーナリスト失格だろうと思う、霊夢と魔理沙である。
閑話休題。
そんなこんなで、避暑であった。
「あの深い竹林でも良かったけどな。ただ湿気はどうにもならんだろうし」
階段の終わりで着地して、箒を肩に担ぎながら歩きだしながら、魔理沙。
「そうね。後日当たりが悪いのもちょっと……ん?」
同じように着地して歩き始めた霊夢の足が、何かに気付いたかのように止まった。
「どうした?」
つられて魔理沙の足も止まる。
「んー、なんか雰囲気が違う」
と、顎に手をやり、霊夢。目の前には白玉楼の屋敷。後数歩で開かれている門、十数歩で玄関と言ったところであろうか。
その白玉楼の気配が、いつもと違うと霊夢は言うのである。
「どんな雰囲気なんだ?」
「難しいけど、一言で云うなら極彩色?」
「何だそれは」
呆れたように、歩みを再開する魔理沙。
「ま、なんかあっても私とお前がいれば大丈夫だ」
「それはまぁ、そう思うけどね」
ふたりで白玉楼の玄関を叩く。程無くして玄関の戸は開き、いつもの通り庭師の魂魄妖夢が――、
「あ、あろ〜は〜」
魔理沙はおろか、霊夢までもが目を点にした。
『アロハ白玉楼』
「なんだなんだ何が起こった!?」
白玉楼の客間で、畳に座り帽子を胸に当てて辺りを見回しながら魔理沙はそう言った。ちなみに首にはアロハシャツ姿の妖夢によってかけられたレイ――プルメニアの花の首飾り――がかけられている。
「異変、じゃなさそうね」
っていうか冥界は管轄範囲外よね、と同じくかけられたレイをいじりながら、自分に言い聞かせるように霊夢。
「当たり前だ。こんな異変があってたまるか」
床の間に飾られているいつもの一輪挿しが今日に限って極彩色の花籠になっているのを、睨むように見つめながら魔理沙。ついでに言うと、掛け軸の水墨画は鮮やかな青を背景にした椰子の木の絵に掛けかえられている。
「アロ〜ハ〜」
そこで上座側の障子ががらりと開き、先ほどと同じ格好の妖夢を伴って、白玉楼の主である西行寺幽々子が姿を現した。
こちらもいつもの和装ではない。生地の配色はいつもと同じ空色に桜色の刺繍であったが、ずいぶんゆったりとしたワンピースのような服を身に纏っていた。
いわゆるムームーである。
「……頭打ったか。お前」
無意識的に胸の中の帽子を抱きしめながら、魔理沙。
「失礼ね。打ってもどうにもならないわよ」
だってもう死んでいるもの、と対して表情を変えずに幽々子が返す。
「どうかしら、家の模様替え」
「模様替えかよ!?」
っていうか家丸ごとかよ!? と、魔理沙。
「そうよ。たまにはいいかと思って」
「だからってお前……」
絶句する魔理沙に、
「ま、たまになら良いんじゃない?」
と、澄まし顔で霊夢。
「で、何処に影響されたのよ」
「ハワイ」
「……何処そこ」
「知らないの? ハワイは本邦よりずっと東にある南国の島国なの。そして異国のはずなのに、何故か日本語も使えるのよ」
「誰が言ったのよ。そんなこと」
「紫」
「あぁ……」
霊夢は納得したかのように膝を叩いた。
「時々うちにも持ってくるからわかるわ。外の本でしょ」
「はい、正解」
そう言って幽々子は、どこからか扇子を持ち出して、賞賛するように開いてみせた。
「でも変ね。私が聞いた時は、この国の東には南鳥島って島がひとつだけあって、毎日毎日白い気球を上げているって言ってたけど」
「なんだそりゃ」
呆れ顔で魔理沙が訊く。
「知らないわよ。外の世界は管轄外だもん」
と、あくまで澄まし顔のまま、霊夢。
「……だからね」
そんな霊夢の言葉を引き継ぐように、幽々子は言う。
「たまには外の世界を楽しむのもいいかと思ったのよ。……妖夢?」
「はい、ただいま」
ずっと控えていた妖夢が一度退出した。ややあって、
「おまたせしました」
その言葉とともに、盆の上によっつのコーヒーカップを載せて戻ってくる。妖夢の分もあるのは、おそらく主の気質によるものであろう。
「珈琲淹れられたのか、お前」
「前に紅魔館に見習いメイドとして入って、練習したんです」
魔理沙の質問にそう答える妖夢。無論自主的にではない。主である幽々子の命による、ほぼ強制である。だがそこらへんを、妖夢は敢えて伏せていた。
「なんで珈琲なんだ?」
「ただのコーヒーではありません。コナコーヒーというハワイ独自のものです」
「粉コーヒー?」
「あれよ。霖之助さんが言ってたでしょ、幻想郷の外じゃお湯をかけると溶けちゃう珈琲豆があるって」
「そうだっけか?」
「粉末じゃ無くて、コナという地名だそうです」
と、妖夢。
「ほほう。では早速――」
何だかんだで珍しいものが好きな魔理沙である。興味津々といった体でそっとコーヒーカップを傾け……、
「ふむ、紅の館で飲んだものとはなんか違うな。何というか、瑞々しい。それに苦味も酸味も丸っこいのに、香りは強い……まるで特上のポプリみたいだ」
と、あまり魔法使いっぽくない(が、魔理沙らしい)詩的な感想を述べた。
「紅魔館? あそこは気分で変えるらしいけど基本的に南米産を使うそうね」
と美味しそうにコーヒーを飲みながら、幽々子。
「……どっから持ってきているんだ、そんなもん」
「さぁ、そこまではわからないわ」
企業秘密である。
「あまり追求しても無駄よ。あそこのメイドにかかれば、どんなことだって出来ちゃうんだから」
なおも澄まし顔でそう言いつつコーヒーカップを傾けた霊夢だが、すぐさま眉根が寄って、
「苦い……」
と呟く。
「苦いって……お前どの銘柄飲んでもそれだなぁ。普段入れるお茶と似たようなものだろう」
「何言ってるのよ。此処まで苦くないでしょ」
「そうか? そう変わらんような気がするが」
「お茶と珈琲じゃ苦みが違うのよ」
くつくつ笑いながら、幽々子。
「その苦味に慣れていないと、わずかでも苦く感じてしまうのよね」
「そういうもんかね」
気が付いたら両方とも愛飲していたからよくわからん、と魔理沙。
「そう言うものなのよ。お砂糖と牛乳、足す?」
「お願い」
眉値を寄せたまま、それでいて少し恥ずかしそうに、コーヒーカップを差し出す霊夢。すぐさま妖夢が角砂糖と小さなミルクピッチャーを差し出したので、角砂糖をふたつ、ミルクをスプーン三杯ほど足し、良くかき混ぜる。
「それで、どうかしら?」
と、幽々子。
「そうね、まだ苦いけどどうにか飲めるかしら」
「珈琲じゃないわ。此処の模様替えよ」
夏っぽくなったでしょ? と言う幽々子に対し、
「ちょっとちぐはぐかしら。外は春のままだし」
「それにこの建物の造りで南国はないだろう」
と、霊夢と魔理沙は正直に感想を述べた。
「ふむ……それもそうね」
そしてそれをあっさりと認めた幽々子はというと、扇子の先をこめかみに当てて、
「でも建物や外の植生を代えるわけにはいかないわ。なら視覚、嗅覚、味覚に加えて聴覚も代えてしまえばいいのよ」
「一理あるけど、どうするの?」
と霊夢が訊くと、幽々子はにっこり笑って、
「妖夢、ウクレレを持って来て」
「う、うく!?」
あ。と幽々子が扇子で口元を隠す。
「そうね、名前を聞いても形状は想像できないわね。いいわ、私が持ってくる」
そういうと幽々子は音もなく立ち上がり、障子を開けて退出していった。
擦り抜けられるのに、それをしない。幽々子らしいといえば、幽々子らしい行動である。
……ややあって。
「本当にどうしちゃったんだ、お前の主は」
妖夢に向けて、魔理沙がぽつりとそう言った。
「時々ああなるんですよ……」
ほとほと困ったかのように、妖夢が返す。
「紫様が持ち込みになる本は色々あるし、幽々子様も多少興味を持っても此処までのことはしたことがないんです」
「そりゃ毎回毎回こんなことをやっていたら、今頃幻想郷中に知られているだろうな」
と、コーヒーカップを傾けながら、魔理沙。
「本当、此処まで大規模なのは初めてなんで、困っているんですよ。それに何で夏にこだわるようになったのかがわからなくて……」
「あれよ」
飲み慣れないせいか、妙な貌でコーヒーを口に運びながら霊夢が指摘する。
「頭が春だったのが、夏になったんじゃない?」
「あー……」
即座に魔理沙が頷いた。
「納得するなっ」
しかし否定出来ない妖夢である。
「今までだって、そのうち元に戻ったんでしょ。それなら今回もそうよ」
「……でも此処まで大がかりだったことはないんですよ?」
「だから、戻るのにも時間はかかるかもね」
「――そうですか」
そう言ってため息をついた妖夢の背後から、気配を全く見せずに、
「何々? 私抜きで内緒話?」
幽々子が唐突にそう言った。
「そんな、滅相もない!」
全身の毛を逆立てた猫のように慌ててそう答える妖夢に、
「あのな――」
頭を抱える魔理沙。それでは、誰の内緒話をしていたのかが丸わかりである。
「まぁ、いいけれど」
けれども、幽々子はさしたる興味を持たなかったらしい。音も立てずに座ると、小脇に抱えていた革張りの細長い箱を開け、そこから小さな弦楽器――霊夢や魔理沙の知る弦楽器である、琴や三味線よりも小さい――を取り出した。
「変わった楽器ね」
と、霊夢。
「ええ、そうね」
軽く爪弾いて調弦をしつつ、幽々子が答える。
「向こうの曲を知っているの?」
「いいえ、残念だけど知らないわ。けどね、楽器を爪弾いていれば、自然と曲が出てくるものなのよ。その楽器でしかなし得ない音色があるのだから」
そう言って、幽々子は演奏を始めた。
時々、宴で興が乗ったときに幽々子は舞か楽器の演奏をすることがある。その際用いられる笛も琴も、専門家であるプリズムリバー姉妹にも負けず劣らずの音色であった。
今、幽々子の弾くウクレレも然りである。
それは彼女の言う通り、その楽器特有の、今まで訊いたことのない穏やかな旋律であった。
その音色に誰も物音を立てず、只静かに聞き入っている。
そして、幽かな余韻を引きつつ、幽々子の演奏が終わった。
霊夢が拍手をし、やや遅れて妖夢と魔理沙がそれに続く。
「驚いた。南国の楽器も上手に弾けるのね」
霊夢がぽつりとそう言った。
「弾けないわよ」
その幽々子の返事に、意味がわからないと言いたげな様子で魔理沙が首を傾げる。
「でもこの楽器、月琴に似ているの。同じように弾いてみたら、良い音を出したのよ」
と、ウクレレを丁寧にしまいつつ幽々子。
「後は簡単。さっき言ったように、その楽器の良い音色を連ねればいいの。そうすれば自然と曲になるのだから、ね」
「いや、簡単にはできないだろう」
「そうです。差し出がましいようですが、幽々子様だからこそ、出来るのだと思います」
「まぁ、ありがとう」
そう言って微笑む幽々子に、霊夢、魔理沙、妖夢の三人は再び拍手を送ったのであった。
「にしても、桜観ながらコーヒー飲みつつ南国の演奏か……」
外の景色を見ながら、霊夢。
「ま、たまには佳いわね」
ややあって、やっぱり苦い……と、呟く。
ちなみにこの南国風な白玉楼は夏の終わりまで続き、霊夢や魔理沙以外の幻想郷の住人も押し寄せ、大層繁盛(?)したそうである。
冥界が繁盛して良いのでしょうか……とは、紫宛の妖夢の弁であったが、それは軽やかに無視されたのであった。
Fin.
あとがきはこちら
「そういえば魔理沙、貴方霊夢と一緒に他のアニメに出演したんですって?」
「ああ、首だけな」
「……はい?」
「いけない。肝心要のフラダンスを忘れていたわ。妖夢、練習よ」
「えええええぇ……」
あとがき
久々の東方ssでした。
元はメモ帳に残した――そして私自身もなんでそう書いたのかすっかり忘れた――『アロハ白玉楼』という言葉から書いてみたのですが無事形になって良かったです。……無事形になっていないような気もするんですが。
さて次回の東方は……未定でー。