超警告。CLANNADの隠しシナリオをクリアしていない人は
ブラウザのバックボタンで戻ってください。

このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。

それでも読む方は方はここをクリックするか、
ガンガンスクロールさせてください。







































「病院でさ、つい看護婦さんって言っちゃうんだよねぇ」
「看護師な。まぁその気持ちわからないでもないが」







































































  

  


 何もすることがなかった。
 病院の長い長い廊下、その所々にある長椅子のひとつに座り、俺、岡崎朋也はただひたすら待っていた。
 是と出るかもしれない。
 非と出るかもしれない。
 その結果に介入できるなら、本気で殴り込んでやりたいところだが、非常に悔しいことに、俺には待つしかなかった。
 本当に、何もすることがなかった。
 おそらくはここで待つ人は皆同じ思いを味わっているのだろう。それが解消されるようにか、椅子の脇には小さな本棚が設えてあって、旅行雑誌などが収められていた。が、生憎読もうとする気力は無い。
 その代わりに、無意識に煙草が入っていた胸ポケットに手をやっていて――俺はつい苦笑してしまった。
 大分前から禁煙にしているのに、一度ついた癖はそうそう抜けないな。そう思っていると――、
「隣……いいですか?」
 横合いから、声をかけられる。
 顔を向けると、そこには藤林が居た。



『その声を待ちながら』



 藤林椋。俺と何かと縁があった杏の妹で、元クラス委員、そして今はこの病院の看護師をしている。
「ずっと付きっきりかと思った」
 嘆息と共に俺がそう言うと、
「私は放射線や超音波を扱えませんから。少し暇を潰してこいって、追い出されちゃったんです」
 そう言って、隣に座った藤林は少しだけ笑った。
「心配、なんですね」
「……あぁ」
 正面にある重厚な作りの扉を、ふたりで見る。
 その奥では、俺の娘の汐が今、検査を受けているはずだ。
 そう、俺達父娘は汐の検査の為にこの病院を訪れていた。
「それにしても、長いな」
「そうですね……。汐ちゃんのあの熱は、原因が分かりませんでしたから。その分精密な検査をいくつか受けてもらった方がいいんです」
 抱えていたクリップボードを軽く抱きしめて、藤林。
「いや、それはわかるんだ。わかってはいるんだが……」
「待つのが、辛いんですね」
「……あぁ」
 どちらかと言えば、もどかしいのだが、辛いという気持ちに嘘はなかった。
「でも私はその……変な言い方ですけど、嬉しいんです。約束を守ってもらって」
「俺だって、再発は御免なんだ。だから取れる手段は全部取る」
 そう、だから俺と汐は藤林や医師と相談して、一年毎にこうやって検査を受けることにした。今回が、その一回目となる。
 それに……。
「それに、あのとき藤林を泣かせてしまったから、な」
「そんなことも、ありましたね……」
 懐かしそうな様子で、藤林がそう言う。



■ ■ ■



 それは、わずか一年ほど前の話だ。
 昨日まで元気だった汐が熱を――俺から渚を奪ったあの熱を――出し、何をやっても下がらなかったときのこと。
 俺は会社を一度辞めて看護に専念し、それでも汐の熱は下がることはなく……ある日、とうとう限界を迎えることになる。
 哀しいことだが、それに気付いたのでは俺ではなく汐が先で、俺はその汐が言った願いを叶えるべく、雪の降る中ふたりで外に出たのだった。
 もちろん、当てなんて何処にも無い。
 そして汐が歩けなくなって、俺も膝を屈し――、
 その後、何かが起こった。
 何かってなんだと言われてしまいそうだが、何かとしか言いようがない。何故ならば、俺はそのときのことを全く覚えていないからだ。
 そう、その前後ははっきりと覚えているのに、肝心のところは靄がかかったかのようにはっきりとしていない。
 けれど――。
「パパ……」
 その声にふと目を開けると、汐がこっちを見つめていた。
 おそるおそる手を伸ばし、その額に触れる。
 ここのところずっとそれをする度に絶望に身をつまされていたあの熱い感触は、どこにもなかった。
 汐の熱は、下がっていたのだ。
『そう、それは良かったわ。うん、本当……』
 最初に連絡が繋がったのは杏だった。
『だけど、言わせてもらうわよ。よく聞いてね』
 だったのだが――、
『雪の降る日に、
 熱のある子供を連れ出して、
 あんたは一体何やってるのよ!』
 思いっきり、怒鳴られた。
『今すぐ病院に行きなさい! 椋の勤めている病院よ! あたしの方で椋に連絡しておくから、受付で椋の名前を出しなさい。いい!? ここから先「でも」とか「だが」とか言うの禁止よ。言ったら一回毎に一発、後でぶん殴るからね!? わかったらとっとと向かいなさい! 今、すぐ!!』
 学生時代、杏にひたすら迷惑をかけていたときでもここまですごい剣幕で怒られたことはなく、俺は慌てて汐を抱え、病院へと急いだ。
 杏は本当に、すぐに連絡を入れてくれたのだろう。病院にたどり着いて見ると、雪が降るほど寒いというのに、入り口のすぐ外で藤林が待っていた。
 そしてすぐさま数名のスタッフが汐を連れて診察室に入り……俺は力が抜けて床に座り込みそうになった。だが、その直前手首を掴まれてどうにか体勢を立て直す。
 手首を掴んでいたのは、ひとり残っていた藤林だった。
「……どうしてここまで放っておいたんですか」
 いつになく厳しい声で、藤林。
「済まない、汐の熱が――」
「汐ちゃんじゃありません。厳密には汐ちゃんもそうですけど、それ以上に岡崎さんが、です」
 そう言われるや否や、すぐさま俺も汐と別の診察室へとつれていかれた。
 そこでわかったのだが、俺も治療が必要なほど衰弱していたらしい。手早い治療と、注射一本と、そして点滴を繋がれて、俺は再び汐の居る診察室の前に、点滴のスタンドを杖のように持って立っていた。すぐ側には椅子があったが、とても座る気にはなれなかったのだ。
 やがて、診察室の扉が開き――出てきたのは、藤林だった。
「……汐は?」
「もう、大丈夫ですよ。検査の結果肺炎も風邪の兆候もありませんでした。若干衰弱していますから少し処置の必要がありますけど、もう大丈夫です」
「そうか、よかった……」
 口元を綻ばせる俺に、藤林も合わせるかのように笑おうとした。が、直前で真顔になると、
「それより岡崎さん、何でみんなに黙っていたんですか」
 先ほどより厳しくはなかったが、強張った声で、そう言った。
「いや、その……」
 視線が泳いでしまう俺に対し、揺らぎすらしない強い視線で藤林は言葉を続ける。
「渚さんはもういないから、悲しむ人なんていない。そう思いませんでしたか」
「それ、は……」
 それは思った。汐と家を出た一瞬、確かにそう思ったのだ。
「そんなわけないじゃないですか。そうです、そんなわけないんです」
 俺の思ったことを感じ取ったかのように、藤林はさらに続ける。
「私が、お姉ちゃんや春原さんが、そしてみんなが、岡崎さんに置いていかれたらどんな気持ちになると思っているんですか」
 言われて胸が痛んだ。ついさっきまでの俺は、そのことを完全に失念していたのだから。
「悲しまないと思うんですか。泣かないと思うんですか」
 一歩近寄って、藤林はそう言う。
「何度でも言います。岡崎さんがわかってくれるまで何度だって言います」
 弱々しく震えたその手が、俺の胸を叩く。
「そんなわけ、ないじゃないですかっ!」
 藤林は、泣いていた。
 必死にこらした嗚咽が、俺達以外誰も居ない待合室に静かに響く。



■ ■ ■



「正直、あの一言は効いたよ……」
 だからこそ、もう誰にもあんなことになってほしくないという気持ちが、俺にはあった。
「覚えていたんですね。少し、恥ずかしいです」
 本当に恥ずかしいのか、白いストッキングに包まれた両膝を軽く擦り合わせて、藤林。
「でも、おかげで俺は今もこうして元気でいる。ありがとうな、藤林」
 俺がそう言うと、
「……あれは、私のエゴですよ」
 目を細めて、藤林はそう答えた。
「みんなの気持ちなんて、本当は考えていなかったんです。ただ、私のことを言う前に、皆という言葉でオブラートに包んだだけなんですよ」
「そうだとしてもだ、俺はみんなに見守られているってことに忘れていたんだ。改めて言う、ありがとうな」
「そんな――もったいないです」
 視線を逸らして、藤林。
 そこへ、
「岡崎さん、岡崎朋也さん」
 別の看護師が声をかけてきた。
「お待たせしました。こちらへどうぞ」
 ずっと座っていて堅くなったしまった身体をほぐしつつ、心と共に重くなった腰を上げる。
「大丈夫ですよ」
 一緒に立ち上がりながら、まるで俺の気持ちを汲み取ったかのように藤林がそう言った。
「結果はきっと大丈夫です」
「わかるのか?」
 俺がそう訊くと、藤林は姉ほどではないにしても悪戯っぽい笑顔で、
「はい。白衣の天使の、インスピレーションです」
 学生時代のように、そう言った。
「自分で言うな」
 苦笑しながら、俺。
 でも、その大丈夫だという一言で、心は随分と軽くなった。
 そういう意味で、藤林は本当にプロなんだなと思う。
「それじゃ、行ってくる」
「はい、汐ちゃんによろしくです」
 そう挨拶を交わして、俺は汐と医師の待つ診察室へと足を踏み入れたのだった。



Fin.




あとがきはこちら











































「うーん、椋が最初から積極的だったら、朋也と結ばれていたかもね……」
「それは考えない方が良いぞ、藤林。私達は最初から積極的だったんだから」
「……そうね」




































あとがき



○十七歳外伝、椋編でした。
以前病院の話を書きましたが、前は○の気持ちを前面においたので、今回は椋の気持ちを真正面に据えてみました。その結果、まるで椋がヒロインのようになりましたが――これはこれで良かったのではないかと思います。
さて次回もリクエストで、勝平と椋で。

Back

Top