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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。

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「……あれは何だろう、アニメ版の最終回かな? いや、最終回って言うのはもっとブワーっと輝いているもんな。……ああもう暑っ苦しいなぁ、おおーい誰かー、此処から出して、僕に出番をくださいよーっ!」
「柊……」
「柊のおじさま……」


































































  

  


 空は良く晴れていた。
 桜はまだ咲いていなかったけれども、その蕾は薄紅色に染まっていて、今にも咲き出しそうな様相を呈している。
 ――うん、良い日和。
 そうひとりで頷いて、あたし藤林杏は幼稚園の講堂へひとり足を踏み出した。
 今日は、いつもより緊張してしまう。
 卒園式、しかも受け持ってきたクラスの子達が旅立つとなれば、なおさらだ。
 それに……と思いながら講堂に入る。
 その中には、今日だけ別の先生に引率して貰って先に入っていたクラスの子達が緊張した面持ちで式に臨もうとしていて――さらにその中に、汐ちゃんが居た。



『卒園してから、半年で』



「せんせい、いままでありがとう」
「あたしも、ありがとう」
「げんきでね、せんせい」
「うん、みんなもね」
「はやくけっこんしろよ?」
「あなたが大きくなってもあたしが独身だったらもらってね!」
 卒園式は滞り無く終わって、このクラスで最後の終礼も終わって、今は所謂お別れタイムだった。
 あたしの周りにはクラスの園児達がひとり残らず取り囲んでいて、その後方ではそれぞれの御両親――いや、親御さん方が見守っていた。
 大半の親御さんは何処か安心したような様子でそっと見守っており、そうでない場合は他の親御さんと談笑していたりしている。そして極一部、いやたったひとりだけ、
「くうぅぅぅっ――!」
 さめざめと泣いている人が居た。
 これで知り合い、それも学生時代からの縁なんだから、何というかもう――溜息しか出てこない。
「なーに泣いてんのよ、あんた。汐ちゃんに笑われるわよ?」
 クラスの子達が離れた後、他の親御さんからハンカチを借りていたり何か色々励ましの言葉を貰っていたその親御さん――朋也に、歩み寄りながらそう言ってみる。すると、さっきまでみんなと一緒に輪の中にいて、今はあたしの後についていた汐ちゃんがスカートの裾を引っ張って、
「……わらわない」
 困ったように、そう言った。
「うん、わかってるけどね。でも汐ちゃん、クラスの入ってからずっとこんなだと心配にならない?」
「ううん、あさもこうだったから」
「……そうなのね」
 卒園式の時は割ときりっとしていて格好良かったけど、どうやら短時間しか持たなかったらしい。
「ほーら、もうしゃんとしなさいって。っていうかこれからどうするのよ。汐ちゃんが小中高と卒業する度に泣きまくる気?」
「……汐が卒園するから泣いてる訳じゃないぞ」
 涙を拭き拭き口先を尖らせながら、朋也。
「ここまで乗り越えられたから、泣いてるんだ……」
「――そうね。本当よく此処まで頑張ったわ。あんたも、汐ちゃんも……」
 何をどうよく頑張ったのか把握しきれていないのだろう。急に自分の名前を出された汐ちゃんは、きょとんとした貌であたしを見上げていた。
 そんな教え子の頭を撫でながら、あたしは思う。……正直、汐ちゃんが熱で倒れてから何度駄目だと思ったことだろう、と。
 詳しく話を聞けば聞くほど、それは汐ちゃんのお母さん――古河部長と同じ道だった。
 だからある雪の日の夜、朋也から電話を貰ったときあたしは本当に驚いていた。
『下がった! 汐の熱が下がったんだ!』
 半ば泣き叫ぶようにそう言う朋也に対し、あたしはほとんど放心状態でその事実を把握していったのを、良く覚えている。
「……そうだわ。それで思い出した。いい? 今度汐ちゃんに何かあったときは、あたし達にちゃんと連絡するのよ。どんな些細なことだって、あたし達に出来ることは遠慮無く言いなさい。あたしに言いにくかったら陽平、陽平に言いにくかったら専門家の椋、誰か迷うならあたし。返事は?」
「わ、わかった。お前達姉妹に怒られるのは、もう真っ平だからな……」
 あたし達に怒られたというのは、先程言った電話の後のことだ。
 汐ちゃんの熱が下がった直前の話を聞いて、あたしは電話口にも構わず思いっきり怒鳴ってしまったのだった。
 幾ら汐ちゃんの頼みだったとはいえ、高熱で歩けない幼児を雪の中に連れ出したのだ。怒髪天を衝いてしまったあたしはすぐさま病院に行けと叫んでしまい、朋也は慌てて汐ちゃんを病院に運び、さらにその病院で事の顛末を聞いた椋にしこたま怒られたらしい。
「その後藤林――お前の妹を泣かせてしまったからな……ああいうことは本当、もうしないようにする」
「『ようにする』じゃなくって、『しない』にしなさい。今度そんなことしたら、たとえ汐ちゃんの目の前でもあんたの頭を辞書型にへこましてやるからね?」
「わ、わかった……『しない』。約束する」
「ん。約束よ?」
「ああ」
 そう言ってティッシュで鼻をかんでからは、目は赤かったもののいつもの朋也だった。
「さて汐、そろそろ行くか」
 その頃にはもう園児達は父母の方と一緒にひとり、またひとりと帰っており――残りはあたし達三人だけになっていて、四月からずっと賑やかだったクラスは、妙に静まり返っていた。
「ううん、まって」
 ふるふると首を横に振った汐ちゃんに、あたしは思わず朋也と顔を見合わせてしまう。
「いきたいところ、あるから」
 一体何処に行くのだろう。あたしはもう一度朋也と顔を見合わせてから、一緒に汐ちゃんについていくことにした。



 最後の最後で、汐ちゃんを誤解していたことがひとつある。
 卒園式の時、男の子でも半分が、女の子のほとんどが泣いているというのに、汐ちゃんは涙ひとつ見せなかった。
 そして先程のみんなとお別れの挨拶の時も、抱きつく訳でもなく、もう一度泣く訳でもなく、あっさりと挨拶を交わしただけだった。
 でも、それは今までの思い出に愛着がない訳では無く、汐ちゃんには、汐ちゃんなりのお別れの仕方があったのだ。
 結果的に言うと、汐ちゃんの行きたいところは園の全てだった。
 クラスに始まり、音楽室、図書室、先程まで居た講堂、その他本人が来たことのある部屋という部屋を、汐ちゃんは歩いてまわっていた。
 さらには園庭のあちこちを歩いて、お遊戯の器具を触ったりしている。
 まるで、幼稚園全体に別れを告げているようだった。
 そして最後に……。
 汐ちゃんは、ボタンに別れを告げに来ていた。
「ナ――ボタン、またね」
「ゴフ……」
 ぎゅっとボタンを抱きしめている汐ちゃん。
 対するボタンも何かを悟っているのか、大人しく抱かれるままになっていた。
 そう、汐ちゃんは此処に愛着が無い訳ではなかった。
 でなければ、熱が下がってからはじめて園に来たあのときのように、五歳だというのに少し痩せていたあのときのように、いつも以上の笑顔で「ただいま」と大きな声で言える訳がない。
 本当に,愛着がなければ出来るわけがないのだ。
 まったくもう、長いこと汐ちゃんと一緒にいたのに、気付かないなんて。
 ――少しばかり自分の未熟さに対して、そんな自己嫌悪を抱いてしまうあたしだった。
「もういいのか? 汐」
 移動する前に何度か発していた質問を、朋也がする。
「うん」
 そして汐ちゃんの返事はこれでもう行く処はないと言う、明確な意思表示だった。
「そうか……それじゃ、杏。世話になった」
「こちらこそ。……元気で、ね」
 頭を下げる朋也を追うように、汐ちゃんも大きく頭を下げた。
 ……これが、汐ちゃんと幼稚園の、最後のお別れになる。
「せんせい、いままでありがとう」
「いいのよ。これからも遊びにいらっしゃい、汐ちゃん」
「これからもって……幼稚園に入り浸りの小学生ってなんか変だろ」
「変じゃないわよっ」
 いらない混ぜっ返しをする朋也に、軽く噛みついてやる。
「あ、でも無理して遊びに来なくて良いからね、汐ちゃん。暇が出来たとき、あたしやボタンの顔を見たくなったときに、いつでもいらっしゃい」
「うん――はいっ!」
 姿勢良くはきはきと汐ちゃんはそう答えた。これなら小学校でも大丈夫。そう思う。
「それじゃあね、汐ちゃん」
「さようなら、せんせい」
 最後にその小さな手と握手をして、あたしと汐ちゃんは最後のお別れをした。
 ボタンは何も言わずにただ立ち尽くし――あたしも腕を組んで同じように棒立ちになる。
 そんなあたしの視線の向こう、朋也と汐ちゃんが、手を繋ぎ帰っていく。行き先は何処だろう。いつものアパートだろうか、それとも古河パンだろうか。
「此処にいたのね、藤林先生」
 突如背中からそう声をかけてきたのは、あたしにとって先輩にあたる先生だった。
「あ……すみません。片づけとか、まだで」
「いいのよ。それよりお疲れ様」
「いえ……」
 ふたりで、朋也と汐ちゃんの後ろ姿を眺める。
 その後姿はだいぶ小さくなっていていき、門の陰でついに見えなくなってしまった。
 ……ああ。本当に、
「良かった……」
 思わず、そう呟いてしまう。
「――はい」
 そこであたしは、先生からいきなり白いハンカチを手渡された。
「?」
 何だろう、思わず首を傾げて……。
「――え? あ、やだ……」
 そこで初めて、頬を涙が伝っていることに気付いた。
「やだやだやだ、また後になって……っ」
 知らないうちに涙が溢れて、止まらなくなっていく。
「また後って?」
 そんなあたしには動じず、いつもの様子でそう先生が訊いてくれた。
「またなんですよ、あのときも――あのときも……っ」
 どうしてだろう。汐ちゃんのお母さんが亡くなった時だって、ずっと後になってあたしは泣いた。
 今だって、そうだ。皆が駄目かもしれないとまで思ったあの高熱から汐ちゃんが帰ってきたときも、そして無事に卒園したつい先程のときも。
 いつだって、あたしは後になってから泣いてしまうのだ。
「良いのよ。遅いか早いか何て関係ないの。何かを想って涙を流すことに、時間なんて関係ないのよ」
 すごく柔らかい笑顔で、先生はそう言い、優しくあたしの肩を叩いてくれた。
「だから今泣いていいのよ。貴方の教え子の、岡崎汐ちゃんが無事卒園したことに」
「はい……良かった――本当に良かった……ですっ」
 先生の肩を借りて、あたしは声をこらしながら泣き続けた。



■ ■ ■



 それから半年後、朝の登校時間のこと。
「いつまで隠れているつもりなのかしら、藤林先生?」
 ……う。
 花壇をいじっていたスコップを持つ手が止まってしまう。
 卒園式のときのように、あたしは背後から先生にそう声をかけられていた。
「か、隠れるって何のことです?」
 無駄だと思いながらも、渋々顔を上げつつそう反抗してみる。
「あら、私の気のせいだったみたいね。藤林先生は近くの小学校の登校時間になると、奥に引っ込んでいるように見えたのよ」
 鋭い。本当に、そう思う。
「違ったかしら?」
 あたしの二倍近い年齢なのに、快活な少女のような瞳を向けて、先生はそう言った。
 此処は素直に言った方が良い。あたしは観念して視線を併せるべくスコップを置いて立ち上がる。
「その、どんな貌をすればいいのか、わからないんです」
「貌? 汐ちゃんにかしら?」
「はい。それに今会うと、今度こそ時間差無しで泣いてしまいそうで」
「あらあら、困ったわね」
 そう言う割には、あまり困っていない様子で先生は園庭を見回し……。
「あら、ボタンちゃんが――」
「ボタン!?」
 あたしは慌てて園庭をダッシュした。
 ボタンが気取った足付きで、園の門から出ようとしていたからだ。
 ウリ坊だった頃ならともかく、今のボタンが外に出ると問答無用で騒ぎになってしまう。実際に警察と隣県の狩猟会が出動する騒ぎを起こしたことがあったため、ボタンにはきつく勝手に外に出ないよう言いつけてあったのだ。
 だというのに、もう!
「こらボタン、止まりなさい!」
 ――そのとき振り向いたボタンの貌は間違いない。
 何かの企みが、成功したような顔をしていた。
 だけど、今のあたしにそんなことを詮索する余裕はない。門を飛び出して地面を引きずっていた極太のリードを全力で握り、腰を落としてボタンを引き留めるべく重心を思いっきり下げ――、
 そこでランドセルを背負った汐ちゃんと、まともに鉢合わせした。
「う、う、汐ちゃん!?」
 思わず声が裏返ってしまう。
 そんなあたしの突飛な格好と声に、汐ちゃんはしばし呆気に捕らわれていたものの、すぐにぴんと背筋を伸ばして、
「先生、おはようございます」
 元気にそう挨拶をした。
 なんだか、たった半年なのに随分大きくなったように感じてしまう。
「おはよう、汐ちゃん」
 ボタンが無抵抗になったので、体勢を戻しながら、あたし。
「しばらくぶりね。学校、楽しい?」
「うんっ」
 元気いっぱいに頷く汐ちゃんを見ていると、自然と肩の力が抜けていった。
「お勉強、頑張ってね」
「はいっ。先生も、がんばって」
「うん、任せなさい!」
 ぐっと、お互い拳を握って軽くぶつける。
「行ってきます、先生」
「行ってらっしゃい、汐ちゃん」
 お互い大きく手を振って、あたし達はお互い背を向けた。
「出来たじゃない。普通に」
 事の顛末を見守っていた先生が、心なしか嬉しそうにそう言う。
「そうですね……」
 そんな心遣いに対し、照れ隠しに笑ってしまう、あたし。
 見上げてみると、九月の空はあのときと同じように良く晴れていた。



Fin.




あとがきはこちら












































「で、わたしが十八になったわけですが」
「? どういうこと?」
「いえ、あのクラスの男の子が藤林先生をお嫁に貰いにきたら、どうするのかなと」
「なっ――!!(わ、忘れてたー!)」




































あとがき




 ○十七歳外伝、卒園編でした。
奇しくもアニメの最終回と重なったわけですが……はい済みません、意図的ですw。
それはまぁさておき、ちょうど卒業シーズンと言うことで、今回はこのような話になりました。CLANNADの世界の、可能性のひとつとして読んでいただければ幸いです。
さて次回は、○の日常編……の前に進路編で。

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