超警告。CLANNADの隠しシナリオをクリアしていない人は
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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。

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「そういえば、朋也くんに渡し損ねてしまいました……」
「いいって。お前からは充分に気持ちを貰ったからさ、渚」
「朋也くん……」
「渚……」
「こ、この空間――娘のわたしでも割り込めないっ!」
「…………」
「…………」
































































  

  


 二月十四日、その夕方。
 世間で言うところの聖バレンタインデーに、我が家岡崎家へ一番乗りを果たしたのは、他ならぬ春原だった。
 ただ、いつものやつには珍しく妙に暗くて――、
「どうしたんですか? 春原のおじさま……」
 汐が気遣うほどだった。
 普段年頃の女の子に慰められれば即座に復活し(そして勘違いして惚れてしまう)春原であったが、今回はそんな様子もなく弱々しく手を振って、ちゃぶ台に大人しく座る。
「何があった、春原」
 流石に気になって俺がそう訊くと、春原は弱々しく笑って、
「岡崎……」
「な、なんだ?」
 珍しくしおらしいので、微妙にやりにくい。
「僕にさ、チョコをくれええええええっ!」
 心配しながらもお茶を入れようと流しに居た汐が、どんがらがっしゃーんとこけた。



『仁義無き岡崎家のバレンタイン』



「いやちゃんと説明しなかった僕も悪いんだけどさ」
 顔の一部分を凹ませたまま、春原が呟く。
「なにもスパナで殴ること無いよね」
「いきなり気色悪いことを言うからだ」
 と、俺。
「でも僕、岡崎からチョコを貰いたいんだよ……っ」
 おたまを引き抜いた汐がやっちゃっていいかとGOサインを求めているが、俺は手を振ってNOの意志を伝える。そこへそれを自分へのサインと受け取った春原がちゃぶ台に両手をついて、
「でももう……僕には、岡崎しかいないんだっ!」
「……悪い、春原。俺確かに仕事でツナギを着ることあるし、公園のベンチに座って休憩することもあるけれど、ウホッと言われるほどイイオトコじゃないんだ……」
「……何の話だよ」
「お前の求愛は受け取れないと言うことだ」
「するかっ! どうせするなら汐ちゃんにするるしゅっ!」
 本日のスパナ、二発目が発動した。
「それ、僕以外にやったら洒落になりませんよねぇ!?」
 意外と自分の頑丈さを把握している春原だった。
「……悪い、汐につこうとする虫には反射で手が動くんだ」
「アンタ親馬鹿にも程があるよっ!」
「褒め言葉として、受け取っておこう」
「褒めてない褒めてない」
 お茶の入った湯呑みをを持ってきた汐が、即座にそう突っ込む。
「つまり春原のおじさまは、その……おとーさんラブではなくて」
「うん、単純にチョコレートが欲しいだけ」
「お前なぁ……」
 思わずこめかみに手をやってしまう俺。
「チョコが欲しければ、甲斐性見せろよ。俺のところは職種上女性はいないけど、お前のところはいるだろ?」
 実際には職業上居るらしいが、少なくとも俺達の事務所にはいない。
「いや、居るには居るけどさ……年齢が、僕より汐ちゃんに近いんだよね……」
「「……あー」」
 俺たち父娘の声が、計らず重なった。
「きついよな、それ」
「うん。話が合わない合わない……」
「年齢差はわかるけど、そういうものなんですか?」
 さっぱりわからんといった様子で、汐が首を傾げる中、
「「そういうもんなんだよ」」
 今度は俺と春原が声が期せずして重なった。
「だからさ、どうせ岡崎モテモテだろうからそのお相伴に預かろうと思ってさぁ……」
「お前な……俺がそんなに貰えるような男に見えるのか?」
「見えるっ!」
 即座にそう答える汐。
「娘の意見は、ノーカウントな」
 むぅ、と唸る汐を余所に、春原はため息ひとつついて、
「まぁそうじゃなくても、この山見ると説得力無いけどね……」
 と、ちゃぶ台に脇に山と積まれたきらびやかな包みを見ながら、そう言った。
「そうは言うがな、春原。こっちのは全部、汐がもらったものだ」
「へ?」
「だから汐がもらったもの」
「――へ?」
「汐がもらったもの」
「……へ?」
「汐のものだっての」
 春原は答えない。なにやら、魂が抜けかけている。
「おーい、春原?」
「……しくない?」
「何?」
「おかしくない? なんであげる側の汐ちゃんが僕らより多くもらってるんだよっ!?」
 それは俺もおかしいと思っている。
 けれども汐が同性に人気なのは確かであった。
「これ読んでみろ、汐の学校の新聞部が書いた記事だが」
「どれどれ……『お姉さまになって欲しい先輩堂々一位は岡崎汐! 下級生の女子に大人気』!? 僕だってなって欲しいわー!」
 俺だって、なって欲しいわい。
「ってことは何? 汐ちゃん下級生のタイ直し放題?」
「夏服ならともかく冬服にはタイもリボンも無いですよ」
 呆れ顔で、汐。
「でも妹選びたい放題でしょ?」
「あー、妹は確かに欲しいですけど、そう言う意味のはちょっと……」
 今のさりげない汐の希望に、思わず箪笥の上にある渚の写真を見る。そのフレームの中で笑う渚は、俺にはちょっと困っているように見えた。
「もうこうなりゃ何でも良いや。汐ちゃんが貰ったチョコを、僕に頂戴いいいいい!」
「えーと……」
「プライドがないのか、お前……」
 俺達父娘が揃って頭を抱えた直後、
「こんばんはー。玄関開いてたから勝手に入らせてもらったわよ。……あら陽平、来てたの?」
「何だ、都合が良いな」
「良かったの」
 去年はバラバラに来ていた杏と智代とことみが、今年は三人一緒になって来ていた。
「一体どうしたんだ、こんな時間に」
「どうしたも何も、今日はバレンタインでしょ。他にどんな用事で来るっていうのよ」
 三人を代表するように、暢気な顔で杏がそう言う。しかし、その目はすぐに鋭くなって、
「でもまぁ、その前に……」
「障害を、克服せねばな……!」
 智代が後を引き継いだ直後、どこぞの戦闘民族よろしく杏と智代から殺気が立ち上った。
 ――障害というのは、その、つまり、
「くくくくく、あははははは……! 受けてたちましょうっ!」
 思いっきり悪役な笑い声をたてて、汐は元気いっぱいにそう言った。そして先のふたりと同じように、スーパー何とかっぽい何かを放出し始める。
「うふふふふふふふ……!」
「ふははははははは……!」
「あははははははは……!」
 そのとき俺には確かに見えた。三人の背後にそれぞれ立ち上る、イノシシと、クマと、だんごが。
「……?」
 その雰囲気に気付かないことみを余所に、
「――きゅう」
 プレッシャーに耐えかねたか、春原が失神する。
 しかしこの勝負、どう考えても俺が巻き添えを喰らいかねない。
「お前等、戦うなら外でやってくれ。っていうか現時点でもものすごく近所迷惑な」
 現に今、付近の犬が殺気を感じ取ったらしく次々と吠え始めていた。
「ふふふ、汐ちゃん、降伏するなら今のうちよ……」
「そうだ、悪いが今回は私達の側に利がありすぎるからな」
 と自信たっぷりな様子で、杏と智代。
「……たとえふたり同時でも、そこまで不利じゃないと思いますけど?」
 少しずつ身体の重心を下にさげながら、汐が不敵にそう返す。
「そうね、普通にぶつかり合ったらそうなるでしょうね」
 と、そこはあっさりと認める杏。
「でもね……あたし達には、新戦力のことみがいるのよっ!」
「私も混ざってるの!?」
 思いっきり狼狽することみだった。
「……あの、すみません藤林先生。ことみちゃんが加わったら圧倒的有利って、いまいち想像できないんですけど」
 と、一度崩れた体勢を立て直しつつ、汐。
「想像も何も至って簡単な話よ。ことみを盾にして智代が前衛、あたしが後衛で」
「盾って?」
 思わず俺が口を挟む。
「ことみのボリュームのあるバストを汐ちゃんに押しつけて動けなくし、その隙にあたしと智代でフルボッコ。完璧でしょ?」
「勝手に人の娘をフルボッコにするな」
「勝手に押しつけられたくないのっ」
 良いコンビネーションを発揮する、俺とことみだった。
「じゃあ、智代が汐ちゃんを押さえているうちに、あたしの投擲でジ・エンドなんてどう?」
「辞書で?」
 それなら汐の身体能力を考慮すると避ける確率が高いような気がするが。
「辞書じゃ弾が小さいでしょ。ことみよ」
「また私なの!?」
 すでに涙目のことみ。
「大丈夫。ボリュームのあることみのバストなら良い具合に汐ちゃんを制圧できる上に衝撃を吸収できるから」
「できないのっ! そもそも乳房は女性の身体の中でも敏感な方なのっ」
 学術的に言っているんだろうが、ピンクな内容に聞こえてしまうことみの抗議を、俺は咳払いひとつで聞かなかったことにした。
「それじゃことみを――」
「どっちにしても私が弾丸なの……っ!?」
 もうことみのは涙目というより半泣きに近い。
「三人がかりなら勝てると思ったまでよ」
「単体で勝てる努力をしろよ」
 汐をそこまで評価してくれるのは嬉しいが。
「……一対一なら、もう五分五分だろうな」
 ぽつりと智代が、そう言う。
「叶うことなら、今の汐と同じ年齢のときに、手合わせしたかった……」
 それはつまり、汐がそこまで強くなったということなのだろう。渚とはまた違った意味だが、杏や智代が認めるほどなら、充分に誇れるような気がする。事実、汐の頬に赤みが差していた。単純に、嬉しがっているのだ。
「計画第三弾! ことみがお色気ポーズで汐ちゃんの気を引いているうちに――」
「私は汐ちゃんの味方になるの」
 完全に拗ねてしまったことみだった。
 何はともあれ、これで一対二。
「どうする? 智代」
「――お前に任せよう」
 じりじりと距離を計りながら、杏と智代がそんなことを言う。対して汐は、鋭くしていた目をさらに研ぎ澄ませ――、
「……ふぅ」
 一度目を閉じた後、静かに構えを解いた。
「……?」
「どうした、汐」
 杏と智代が続けて戦意を納める。
「いや、何というか――もういいかなって」
「何がだ?」
 不思議そうに、智代が訊く。
「んー、おとーさんへの気持ちをこうやって阻止するのって、悪いことじゃないかなって最近思ってて……藤林先生も、師匠もわたしと本気でぶつかってでもおとーさんに気持ちを伝えたいのに、それを邪魔していいのかなって……」
 その場が、戸惑う雰囲気に包まれた。
 困惑する杏と智代、その空気そのものに困惑することみを余所に、その――変な言い方だが、内心で満面の笑顔を浮かべてしまう、俺。
 何故なら、汐が恋愛感情というものを察してくれたことが嬉しいのだ。もちろん、今までの汐にだって何かを思いやったり、好いたりする感情を持ち合わせてはいた。けれども、恋をしたり、愛したりする感情は――少なくとも俺の学生時代を振り返って――少しばかり、鈍い方だと思っていたのだ。
 しかし、今の汐はその恋愛感情を尊重しようとしている。そんな娘の成長を目の当たりにして、嬉しくない訳がない。
「だから、今後はそういうのやめようかな――って、何言ってるんだろう、わたし……」
 自分の言ったことに照れている汐だった。
「汐ちゃん……」
「汐……」
 完全に戦意を解いた杏と智代。そこに、
「かっこいいの」
 小さく手を叩いて、ことみがにっこりと笑う。
「あ、ありがとう、ことみちゃん……」
 さらに赤くなる我が娘であった。
「まぁそういうわけで、藤林先生、師匠、ことみちゃん、早くおとーさんに……」
「え? あ、うん」
「改めて言われると、照れるな」
「本当に、そうなの……」
 汐の照れが伝染したのか、三人とも赤くなっている。
 と、そこへ、
「どうでもいいけどさー」
 そのふてくされた声は、いつの間にか復活していて、すっかり元の調子に戻った春原だった。
「お前等毎年、こんなことやってんの?」
「えーと、まぁ、まぁ大体去年辺りから?」
 あっけらかんと、杏。
「あーあー、そうですかー。いいよなー岡崎、美人三人にチョコ貰えてさっ」
「なーに、拗ねてんのよ、陽平」
「拗ねてないやいっ」
 思いっきり拗ねている。
 その証拠に、ちゃぶ台に猛烈な早さで八の字を描く指先から、煙が立ち上っていた。
 その様子に、杏は嘆息して腰に手を当てると、
「本当にもう、しょうがないわねぇ。本当は朋也に送って貰おうと思ったんだけど、まぁいいか。はい陽平、チョコレート。義理だけど」
「え゛」
 いじけていた春原の指が、嫌な角度で曲がったまま止まった。
「私もだ。義理だが」
「お゛」
「私もなの」
「あ゛」
「おめでとうございます、春原のおじさま」
 と、汐が小さく拍手する。
「杏、智代、ことみちゃん……」
 指の痛みとは明らかに違う涙を目尻に浮かべて、春原。
「ありがとうっ! 今日がっ、僕のっ、記念日だっ!」
「あ、もちろん朋也にも。はい、本命よ」
「私も、本命だぞ、朋也」
「去年もそうだけど、今年も本命なの。朋也くん」
「お、おう……ありがとう」
 チョコレートの包みを貰う俺の傍らで、春原は完全に凍り付いていた。ややあって、ぷるぷると震えはじめて、
「何だろう……チョコレート貰って嬉しいはずなのに、この敗北感っ!」
「……流石に同情します、心から」
 汐が優しくその背中を叩いていた。
「いーのよ汐ちゃん、放っておいてもそのうち復活するんだから」
 明らかに煽っている口調で、杏がそう言う。その意地悪っぷりは、尻から悪魔のしっぽが生えているように見えるくらいだったが、よく見れば俺と春原のチョコレートの包みは全く一緒だった。それは、智代とことみも一緒だったりする。
 つまりはまぁ……そういうことなのだろう。
「それじゃ朋也、ホワイトデー期待して待ってるからね」
「そうだな……私も期待して居るぞ。ホワイトデー」
「……ずっと、待っているの。ホワイトデー」
 ――何故か急に、室温が下がったような気がした。ええと……ホワイトデーには何かお返しをしないといけないわけだが、本命を渡されたからにはそのお返しの意味は……、
 あ。
「こっちは、同情しないからね」
 急に額に浮いた冷や汗を見ながら、ぺろりと舌を出して汐がそう言った。
 同時に、杏と智代と……ことみまでもが、にやりと笑う。
 どうもホワイトデーには娘の助けは得られないらしい。
 俺は嘆息してタンスの上の渚の写真に助けを求めるが、写真盾の中の渚は、さらに困った貌をして、謝っているようにしか見えなかった。



Fin.




あとがきはこちら












































「あ、朋也。これ直幸さんに、本命で」
「私もだ」
「私もなの」
「おまえらな……汐、お前もなんか言ってやれ」
「あ、わたしの分もお願いね。もちろん本命で」
「おいぃ!?」




































あとがき



 ○十七歳外伝、バレンタイン編2009年版でした。
 もうまもなく二月も終わりだというのに、(私が)何をしていたって感じですが、最初は春原が○に慰めされて終わりだったところにどんどんと話が広がってきてしまい、遅れに遅れてしまいました;
 その結果、ことみと春原がちょっと可哀想なことになってしまいましたが、まぁ今回は勘弁と言うことで。
 さて次回は……早苗さんを撤回して(早苗さんファンごめんなさい;)○の日常編で?


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