超警告。CLANNADの隠しシナリオをクリアしていない人は
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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。

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「……アニメの16話は見ない方がいいって汐に言ったんだが、どうしても見たいって言うんで一緒に観たんだ。――そうしたら、観終わった途端トイレに飛び込んだまま戻ってこないんだが、どうしたもんかな、渚」






























































  

  


「……本当だ。無くなってる、な」
 その空き地の前に立って、俺、岡崎朋也はそう呟いた。
「うん……」
 俺の隣で、娘の汐が力無く頷く。
 それからきっかり五分間、俺達父娘はその空き地の前を動かなかった。
 ……かつて俺と親父が住んでいた家の跡から、動かなかった。



『君に贈る、言葉』



 ことは数日前、親父が家に来たときから始まる。
 その際最寄り駅まで汐が迎えに出たのだが、その帰りにふたりは懐かしさからあの平屋を見に行こうとしたらしい。そして、あの家が取り壊され、今は空き地になっていることを知ったのだった。
 今、俺達父娘はその空き地の前に立っている。もちろんその理由は俺がかつての家の跡を見たかったからだ。
 さらに言えば、本当なら汐は置いて行きたかった。けれども、汐は一緒に行くと言ってきかず、こうして連れて来ているのだった。
 その、汐を連れていきたくなかったことにも理由はある。
 別に俺がひとりになりたかったからではない。家が無くなっていたことを教えてくれたとき、親父は普段と変わらなかったが、汐は様子が少し変だった。
 あいつにとって、見慣れた景色が無くなってしまったのはこれが初めてだろうからショックが強かったのではないか――と思ったが、現時点では参っていそうではあるものの、その強弱がはっきりしていない。
 故に、俺は迷っている。そろそろ伝えるべきかどうか……あの、話を。



 たっぷり1時間は居たような気がした。けれども実際そこに突っ立っていた時間は20分とちょっとで、俺達は何も言わずアパートに引き上げることになった。
「……おとーさんも、知らなかったんだね」
 コートのポケットに両手を突っ込んだまま、汐がぽつりとそう言った。
「あぁ。お前の生まれる前の話だが、親父絡みで仕事のトラブルがあってな。以降あそこら辺の仕事は外されるようになったんだ」
 無論それは、俺にいらない不安を与えないよう、会社の上司――所長の計らいによるものだった。ものの見方によっては冷たい仕打ちに見えるかもしれないが、少なくとも当時の俺にとってはありがたいことだったし、それが今も続いていることに対して、別に不満などはない。
「それより、辛くないか? お前」
「……ううん、おとーさんこそ」
「俺は――それほどでもなかったな。確かにあの家には嬉しいこと悲しいこと、楽しいこと辛いこと全部があったが、今の家――俺達の家での思い出の方が、ずっとずっと多いからな」
「そうなんだ……」
「ああ、それに俺は俺自身の言葉に責任を持たなきゃならないしさ」
「……どういうこと?」
「昔の話さ。いずれ話すこともあるだろう」
 そんな話を交わしている間に、俺達はアパートの前にまで辿り着いていた。
 俺がひとりで住み始めたときから古かったこのアパートは今、さらに古さを増しここのところでは風格さえ漂わせ始めている。
 と、アパートの前を掃除している人がいた。その人は俺達の足音に気付いたのか、ふと顔を上げ、
「あら岡崎さん」
「大家さん……」
 そう、その人はこのアパートの大家さんだった。微笑を浮かべて一礼する大家さんに対し、俺に続いて汐が黙礼する。
「汐さんとお出かけでしたか?」
「ええ、ちょっとそこまで」
「そうですか。今日はちょっと寒いですけれど天気はいいですものね」
「ええ、俺もそう思います」
「良いことだと思いますよ。そうそう、この前お伝えした此処の耐久性調査、来週になりそうですので」
「そうですか――わざわざありがとうございます」
「前日にまた、ご連絡差し上げますね」
「助かります。……その、よろしくお願いいたします」
「いえいえ、少し騒がしくなりそうですけど、こちらこそよろしくお願いしますね」
 こうして大家さんと別れ、俺はアパートの階段を上がり、玄関を開けようとしたその瞬間――、
「……耐久性調査って?」
 感情が全くこもっていない声で、汐がそう訊いた。
 やはり聞き逃していなかった。俺は腹を据えて、言葉を絞り出す。
「文字通り、俺達の住むアパートの耐久性調査だ。後何年住めるかの、な」
「……もし、もしそれで結果が悪かったらどうなるの?」
「建て直しになる。なぁ汐、とりあえず中に入ろう。続きは中で話すから」
 弱々しく頷く汐は、顔面蒼白だった。寒さのせいもあるだろうが、その貌は痛々しくて見ていられなかった。



「それで――」
 いつもの部屋の、いつものちゃぶ台。
 でもその間を挟んだ俺と汐の間には、いつもはない温度差があった。
「――それで、もし建て直しになったら、おとーさんはどうするの?」
「引っ越しを、考えている」
 ここで下手な誤魔化しや言い訳をするつもりは毛頭無い。だから、俺はそう言い切った。
「なんで、そんな大事なこと――」
 予想通り、汐の声が強ばる。
「済まない。早いうちにお前に話すつもりだったんだが、親父の家の件でショックを受けていたから、言い出せなかったんだ……」
 親父が来たのは、俺が大家さんから調査の話を聞いた二日後のことだった。その間に汐に話さなかったのは、幸か不幸なのか――今となっては、よくわからない。
「別に此処でも良いじゃない。何で引っ越そうなんて……」
「確かにこの家はふたりで暮らすには充分だ。だけどな、お前の今後を考えるともっと広い家の方が良いような気がするんだ」
 そう、本当はもっと広い家に引っ越して、汐に自分の部屋をあげたいとすら思う。それだけの稼ぎも蓄えも、今の俺にはあるのだから。
 それに俺もそうだったし、渚もそうだったが、汐の年齢時にはすでに個室を持っていた。汐のことだから、比較する意味がないと突っぱねそうな話だったが、それでも親としては当時の俺より不自由な目に遭わせたくないと思ってしまうのだ。
「そうかも、しれないけど」
「汐はどうしたい?」
「……調査も、建て直しも、いや。引っ越しなんてもちろん反対」
 膝を抱えて顔を埋め、それでも汐ははっきりとそう言った。
「それは……無理だろ。どう考えても」
「うん、わかってる。わかってるけど……駄目」
 今度は、声が細くなって途切れてしまった。そして汐はそれきり顔を上げなくなる。
「……あのな汐。親父な、すごく感心していたぞ。あの空き地を目の前にしたときは落ち込んでいたように見えたけど、すぐに前を向けたからって」
「そうだけどっ」
 跳ね上がるように頭を上げた汐の貌は、苦痛に苛まれるように歪んでいた。
 その辛そうな表情に驚くと同時に、俺は親父の慧眼に舌を巻くことになる。汐には言わなかったが、親父はこうも言ったのだ。
『だがね、汐さん自身がそれに直面したとき、あの子は耐えきれず膝を屈してしまうだろう。だから朋也、その時はお前が支えてやりなさい』
 汐に限ってそんなことはないと思っていた。だが、実際には親父の言う通りだったのだ。
 どうも俺は、汐ならこうだろうとか、汐はこんなことしないだろうとか、過剰な期待をかけていたのかもしれない。
 まだ十八歳になったばかりの、女の子なのに。
「理解したく、ないよ……」
 そう言って再び膝を抱える汐は、あの日花畑で俺に抱きついて泣いた時と同じ、弱々しいものだった。
 俺はそんな娘の様子に成す術もなく――ふと、あの頃を思い出した。
 今となってはすべての始まりだとしか思えない、あのときのこと。
 俺と渚が出会った、あの坂の下での出来事を。
 あのときの渚も、今の汐のようにひどく弱々しいものだった。
 けれども、俺の何気ない一言が渚のその後を変え、気が付けば俺が助けられ、お互い支えあえる程に強くなっていったのだ。
 ならば。
「――でもな、汐」
 届くだろうか、俺の言葉が――渚の言葉が。
「何もかも、変わらずにはいられないんだ」
 汐の肩がぴくりと動いた。
「どんなものにだって、必ず終わりが来る。どんなに楽しい物語だって、いつかは終わりを迎える。たとえ終わらなかったとしても、それは変わっていくものなんだ」
 汐は何も答えない。
「だから、これからもお前にはいくつもの選択を突きつけられながら生きていくことになる。それをずっと持てるならいいが、そうでないものは……手放すなり、なんなりしなければならない。もし、手放すのなら――無くしたのなら……」
 汐は何も答えない。動く様子も全くない。
 けれども、俺は言う。
「……そうしたらさ、新しいものを見つければいい」
 この瞬間。渚への言葉が、汐への言葉に生まれ変わった。
「どんなものだって、最初からあるものじゃない。どんなものにだって出会いがある。だから、もし自分の持っているもの、見ているものが変わったり、終わったりしたのなら……新しいものを探せばいい。出会えばいい。だから――」
「――それが、おとーさんの口説き文句?」
 汐が俺の言葉を遮って、そう言った。
 その声はまだ弱々しいものだったが、口調だけはいつものものに戻っている。
「ああ、そうだ。今にして思えばあの一言で俺と渚は一緒にいるようになったんだよ。そして汐、お前がその『新しいもの』の証拠だ。渚との出会いがあったから、俺達はこうして親子でいられるんだから」
 表情を変えないよう努力しつつ、胸中でほっとため息をつきながら、俺。
「だから、自分の言葉に責任を持っているって言う訳ね」
「そうなるな」
「なるほどね……親子だね、わたし達」
「え?」
「同じような言葉を使っていたの。馬鹿だなぁ、わたし。口に出すからにはその意味をわかっていなきゃいけないのに」
「汐……」
 その言葉を言われた人は幸せだと思う。汐の想い人になったとしたらちょっと嫉妬してしまうかもしれないが、友人としてあるいはそれに近い絆で、支えあえる中になれるのなら、これほど嬉しいことはない。
「うん、わかった。もし引っ越しすることになっても、わたしは反対しない。でも、検査の結果が良かったら、引っ越さないからね」
「ああ、それでいい」
 そう、それでいい。此処には色々な思い出がある。それを無理に捨て去るのは、いくら何でも忍びない。
 ただ、此処を発つその日まで。
 その日まで思い出を作り、そして新たな場所で新たな思い出を作ればいい。そしてそれぞれを胸に抱きつつ、前を向ければそれでいいのだ。
「お茶、淹れるね」
 いつも通りの笑顔を浮かべて、汐が立ち上がった。
「ああ、頼む」
 俺も同じように笑顔を浮かべ、それに応える。
 外は寒く、部屋はまだ暖房もつけていなかったが、何故だかほんのりと暖かかった。



Fin.





あとがきはこちら












































「……さて、トイレの前に来たわけだが――おーい、汐――おわっ、何だ、急に出てくるなり抱きついて……」
「……トイレより、今はおとーさんの胸がいいから。だからお願い、もうちょっと、このままで居させて」
「――ああ、わかった」




































あとがき



 ○十七歳外伝、引っ越し編でした。
 このお話は引っ越しをテーマにしたものというリクエストから生まれたものですが、前回戴いたリクエストに通じるものがあったため、話に繋がりを持たせつつ別の方向に持っていくようにしてみました。その結果がうまく出ていれば幸いです。
 さて次回は……受験シーズン向けのものをひとつ。

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