超警告。CLANNADの隠しシナリオをクリアしていない人は
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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。

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「なぁ渚、そのフリル付き巫女服、何だ?」
「ええと、これは……」
「おとーさんこそ、その羽織と仮面は一体何」





























































  

  






『Go my way』



 暖房がきつかった列車からプラットホームに降り立った途端、突き刺すような寒風が押し寄せてきた。
 冬、しかもその盛り。
 気温は彼がいた実家より幾分か温かいはずだが、それでも彼――岡崎直幸はコートの前をしっかりと閉じた。都会の方が、心なしか冷たく感じたのである。
 さて、此処から直幸の目的地である町へは、バスを使わなくてはならない。そのためには改札口を出て駅前にあるバスターミナルに移動する必要があるのだが、その改札口に見慣れた人影がいた。
 その人影は、見間違えようもない。
「お迎えにあがりました」
 アイボリーのコートに手編みとおぼしきマフラーを巻いた人影――岡崎汐が一礼した。
「わざわざ済まないね」
 被っていた帽子を脱いで、直幸。
「いえ、わたしが言い出したことですから」
「そうなのかい? それは――嬉しいね」
 町に着くまではひとりだと思っていたので、この出迎えは本当にありがたかった。直幸が感謝の意を示して笑顔を浮かべると、汐もまた照れ隠しの笑みを浮かべる。
 それにしても、また綺麗になった。
 彼女は朋也の娘であり、自分の孫でもあるのだが、日に日に若い頃先立たれた妻、敦子に似てくるように感じられるのである。それ故か、彼女の立ち振る舞いは冬の日の柔らかい光の中でも、眩しかった。いや、いつ見ても眩しかった。
 何はともあれ、バスに乗って移動を開始する。
「……この近くだったね」
 窓よりの座席から流れゆく景色を眺めながら、直幸はそう呟いた。
「何がです?」
 隣に座った汐が興味深げにそう訊く。
「俺と、朋也が暮らしていた家だよ」
「ああ――」
 直幸が郷里に戻る際処分された平屋が、かつて直幸と朋也が暮らしていた家だということを汐は知っていた。そもそも、汐自身が幼い頃、直幸の出立を見送りに来ているのである。
「今はどうなってるだろうねぇ」
「行ってみましょうか。わたしも気になってきました」
「そうだね、行ってみようか」
 そういう訳で、ふたりは本来の停留所ひとつ前で降りることとなった。此処から迷わず行けば、15分足らずで着ける距離の筈である。



 それから、30分以上が経った。
「……迷いましたね」
「……そうだね」
 ふたりで所在無く立ち尽くす。
 住宅地。それも新しく造られたものではなく、古くからある密集地帯。同じような造りの家と細い路地を通ってきた直幸と汐は、ものの見事道に迷っていた。
 直幸も汐も当時の道のりは比較はっきりと記憶していたつもりであったのだが、何故か辿り着けなかったのである。もっとも、辿り着けない時点で記憶がはっきりということそのものが怪しくなってくるのだが。
「もう大分昔になるからかな。曖昧曖昧になっているようだ」
「でもおかしいですよ。わたしも忘れているなんて……」
「そういうものだよ、汐さん」
 記憶というものは、随分と改竄されるものだ。ましてや幼いときではそうだろう。
「そうかもしれませんけど、途中からの道順はお互い一致していましたし。同じ形でぶれるなんて変ですよ」
「それは――そうだね」
 ふたり揃って、首を傾げる。
「とにかく、もうちょっと探してみましょう。この近くのはずなんですから」
「あぁ、そうだが……」
 なのに何故見つからないのだろう。直幸はそう思うのである。
 もしかしたら、見つけてはいけないのかもしれない。そんなことはない筈なのだが……。
「うん?」
 ふと、見覚えのある風景が目に入った。確かこれは、帰宅時に良く見た――、
「あ!」
 ほぼ同時に汐が手を打った。そしていきなり屈むと、やっぱりと頷いて、
「この路地、覚えてます。うっかりしてました。当時五歳だったから視線を下げないといけなかったんです」
「なるほどね」
 自分はたいして変わっていないが、汐にとっては激変と言える目線の変化だろう。ただちょっと視角が変わるだけで、ものの見え方は大きく変わる。子供から大人になったことに初めて気付く、変化のひとつである。
「此処辺り――でしたっけ?」
「そうだね。この路地を進んで――ああ、この電柱で間違いない。だからここを抜ければ、その前に――」
 ふたり同時に路地を出る。
 ……何もなかった。
 売地の看板が立った空き地が広がるばかりである。
「……そんな」
 虚を突かれたような声で、汐がそう呟いた。
「そんなっ――」
 次いで、敷地内の看板に駆け寄る。
「……そうか、無くなったか」
 続いて、直幸も看板の前にたどり着いた。
 たいして感慨は湧かないと思っていた。
 だが、寂寥の念は思った以上にあったのである。

 ふと、強く手を握られた。
 汐だった。

 その目は真っ直ぐ前を向き、口許はしっかりと噛みしめられている。
「汐さん?」
 けれども、微かな震えは隠しきれていなかった。
「行きましょう。いつまでも立ち止まってはいられませんから」
「ああ……」
 この少女の弱さと強さを、直幸は初めて知った。



「……でも、無くなってるとは、思いませんでした」
 朋也の待つアパートの道すが、汐はそう言った。
 先ほどと違って、今は汐が数歩前を進んでいる。
 それは、自分の貌を見られたくないからだと悟っていたので、直幸は何も言わなかった。
「仕方のないことだよ。でもね、汐さん。別に見つからなくても良かったんだよ。君も知っているだろうけど、あの家では――」
「それでも、楽しい思い出だってあったはずです」
 辛そうなままはっきりとそう言った汐の言葉が、直幸の身体を電気のように駆け抜ける。
「確かに辛い記憶ってそう簡単に消えないです。でも、直幸さんとおとーさんの間には、それしかなかったわけじゃないと思います」
 立ち止まって振り返り、無理矢理微笑む汐。その顔が一瞬、敦子と完全にだぶって見えた。
 そんな汐に肩に手を置いて、直幸は言う。
「……汐さん、俺は幸せ者だよ」
「え?」
「人に自慢できる人生じゃなかった。生涯愛した人は先立ってしまった。けれども、朋也という息子がいて、汐さんという立派な孫がいる。これを幸せ者と言わずして、何と言うんだろうね」
 汐は何も答えなかった。ただひたすら、照れ隠しのように頭を掻いている。今度は、その仕草が朋也のそれとだぶって見えた。どうも、年をとると何かに例えずにはいられなくらしい。
「でもね、汐さん。未来は君たち若者のものだ。だから、あの家が無くなったからといって、気に病んではいけないよ。何が起ころうとも、君は君の道を進めばいい。いいかい、俺達のことで、決して気に病んではいけないよ」
「でも……」
「俺達のことは俺達が。朋也でも、他の人でもそうなるんだ。それに君も言ったじゃないか。立ち止まらないとね」
 そう言って、直幸は微笑んでみせた。それに惹かれるように、汐も笑顔を浮かべる。
「わかりました。でもひとつだけ」
「なんだい?」
「お手伝いは、させてください。気には病まないようにしますけど、支えられることは出来ます。だって、家族なんですから」
「……ああ、頼むよ」
 一本とられた。
 汐の言うことに相違はない。
 ……やはり、俺は幸せ者だ。直幸はそう思うのである。
 汐が、元気いっぱいに前へと踏み出した。その後を、直幸が追う。
 そんなふたりの前にいつものアパートが見えはじめ、その前では朋也がふたりを出迎えつつあった。
 寒さがまだ厳しい、冬の日のことである。



Fin.





あとがきはこちら












































「……で、何でお前はゴマファアザラシの着ぐるみを着ているんだ、汐」
「いや、代表的なので行こうかなと」




































あとがき



○十七歳外伝、直幸編でした。
掲示板のリクエストに直幸とあの家のことでひとつとあったので書き始めましたが、思ったより難産でした。
原作では手放したという表記しかありませんでしたが、アニメではどのような表記になるのか少々気になるところですね。
さて、次回はもうひとついただいているリクエストで。

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