超警告。CLANNADの隠しシナリオをクリアしていない人は
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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。

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「うぅ、せっかくアニメでやってくれたのに俺と渚の結婚シーン見逃した……」
「おとーさんごめん、かけるべき言葉が見つからない……」




























































  

  


「んじゃ行ってくる」
「行ってらっしゃいです」
 大分寒くなってきた朝。俺、岡崎朋也はいつものように仕事の準備を終え、渚と出かけるときの挨拶を交わしていた。
「あ、朋也くん待って下さい」
「ん?」
「その、お願いします」
「……ああ、悪りぃ」
 うっかりしていた。俺は履いたばっかりの靴を脱ぎ、ちゃぶ台のそばに座る渚の許に戻り、その真ん前で、ひざまずくように屈みこむ。
 すると渚は少し顔を赤らめて、スカートの裾を胸の辺りまでそっと捲り上げた。
 誤解しないで欲しい。朝もはよからお盛んな訳では決して無い。
 渚はマタニティドレスを身に包んでいて、そのお腹は結構大きくなっていて、そして最近は良く動くようになっていたのだ。
「行ってくるな、汐」
 もちろん答えは返ってこない。けれど渚は、とても嬉しそうに頷いていた。



『君に届く、声』



 発端は、こんな渚の一言だった。
「しおちゃんに、朋也くんの声を聞かせてあげたいんです」
 とある休日の午後。いつも通りの、俺たちのアパートで渚はそう言った。その手には一冊の本があり、傍らのちゃぶ台には出産・育児関係の本が山と積まれている。
「声って、どうやって?」
 一度手にとって読んでみたが、体験談がちょっと生々しかったため以降は一切手を付けていないままそう訊く俺。
「お腹に手を当てると、そこから声が伝わるみたいなんです」
 ふむ――む?
「……でもお前それ、いいのか?」
 絵的なものを想像してから、俺。
「ちょっと恥ずかしいです。でもしおちゃんに聞こえ易い方が良いですから」
 同じように想像できたのだろう。持っていた本で口許を隠し、ちょっと顔を赤らめて、渚。
「まぁ、お前が良いなら俺に反対する理由は無いだろ」
 そういう訳で、俺は『ふたりに』挨拶するようになった。
「行ってくるな、汐」
 渚の温かいお腹の向こうに、確かにもうひとつの命がある。
 それは、いつもではないが動くことによって反応っぽいものを返してくれることもあった。
 聞こえているのだろうか。
 届いているのだろうか。
「なぁ、これ本当に効果あるのか?」
 その日もお腹の中の子に声をかけた後、俺はついついそう訊いてしまった。
「あると、思います」
 捲り上げていた服が皺にならないよう丁寧に戻しながら、時々出てくる頑固さを滲ませて、渚。
「でも俺達はそうされた覚え、無いだろ」
「確かにそうです」
 少し困った様子で、渚はそう言う。でもすぐに顔を上げて、
「でもきっと、伝わると思います」
「……ま、いいけどな」
 多分伝わらないだろう。この時はそう思っていた。
 でも俺は渚のお腹に手を当て、声を伝え続けた。
 それはまぁ多少下心もあったが、それ以上に渚が喜ぶのならそれで良いのではないかとも思ったのだ。
 渚も、時間があれば色々なことを話し続けていた。そして、その頃から体調を崩しがちになっていた。
 今になってみれば、あれは渚が万一のことを考えてのささやかな抵抗だったのではないかと思う。



■ ■ ■



 それから少し、そして決定的に時が過ぎた後。
 ある冬の日、会社からの急な連絡で俺は早番となった。
 幼稚園へ預けるのには早すぎるため、早苗さんに代理を頼むことにする。
 交代する形で家を出る予定だったが、時間になっても早苗さんが来なかったのでやむなく出掛けることとなる。何かしらの事情があるなら連絡をくれるはずだから、それほど心配することはないだろう。
 そんなことを考えながら出勤の準備を進めていると、ごそりと側の布団が動いた。
「ふぁ……」
 続いてあがる小さな欠伸に、俺は一旦手を止める。
「悪い、起こしたか」
「うぅん……」
 目を擦り擦り、今年五歳になる俺の娘、汐は夢うつつと言った感じでそう答えた。
 まぁ無理もない。時刻は午前五時。この季節だと日はまだ昇らず、星すら見える状態なのだ。まだまだ汐には、眠くて仕方のない時間だろう。
 なのに汐は静かに上半身を起こして、
「パパ――おしごと?」
 はっきりとした口調で、そう訊いてくれる。
「あぁ。悪いがちょっと早めに会社に行かなくちゃならなくなった。幼稚園へは早苗さんが連れていってくれるからな」
 汐に背を向け、準備を再開する俺。
「うん……」
「汐?」
 いつもと違うその返事に振り向いてみると、何やら不思議そうな顔をしている。
「どうした?」
「……ゆめ、みた」
「ゆめ? 夢を見たのか?」
「うん」
「どんな?」
 準備をしながら訊く俺。
「あたたかい、うみにいるようなかんじ」
「海?」
「うん」
 汐は海を見たことがある。あるけれど泳いだことはまだ無かったはずだ。
 だが、汐の話しぶりから察するに泳いでいるわけではなく水の中にいるような様子だった。
「それで?」
「うん、それでね、だれかがよんでくれるの。しおちゃんって」
「――え?」
 思わず、手が止まってしまった。
「……しおちゃん、って?」
「うん」
 もう、そう呼ぶ人は何処にも居ないはずなのに。
「汐、それはきっとママの声だ」
 支度を再開しながら、俺。
「……ママ?」
「あぁ、ママの声だ」
「そうなんだ……」
 哀しい話だが、汐は自分が生まれる際に母親を喪ったことを理解している。そのおかげでこの歳にしてかなりの現実主義者となってしまった我が娘は、不思議そうな顔をしたままだった。おそらく、自分が渚の声を聞いたはずが無いと思っているのだろう。
「それとね」
「うん?」
「こえがきこえた。いってくるぞ、とか、ただいま、とか」
「……そうか」
 渚は最後まで、汐とずっと一緒にいた。だから行ってきますもただいまも言う必要がない。
 つまり、それは、
 無駄じゃなかった。
 渚のしたことは、無駄じゃなかったのだ。
「あれは――パパのこえ?」
「そうかもな」
 言葉が詰まらないように、声に動揺が出ないように苦労しながら、俺。
「なぁ、汐」
「うん?」
「生まれる前でもな、母親のお腹に手を当てて声をかけると、その声は届くんだそうだ」
「……そうなの?」
 よくわからないと言った感じで、汐。
「じゃああのこえは、パパと、ママの?」
「少なくとも、俺はそう思う」
「――そうなんだ」
 枕を抱き寄せて、汐は少し嬉しそうにそう言った。
「じゃあ、行ってくるな」
「うん」
 枕を抱きしめたまま、汐は頷いて言う。
「いってらしゃい、パパ」
 もう何度も聞いたはずなのに、その日に限ってはとても新鮮な響きをもって俺の耳に届いた。
 そう、今はこうして返事が返ってくる。
 渚が、きっとそう望んだように。



Fin.




あとがきはこちら












































「折角大人っぽい髪型にしたのに、残念です……」(※筆者伝聞)
「「ぐあああああああ〜」」(ごろごろごろごろ……×2)




































あとがき



 ○十七歳外伝、胎教編でした。
 私には全く記憶がありませんが、胎教の成果はけっこう顕著に出るらしく、幼児にアンケートを採ると、高確率でそのときのことを覚えているようです。無論、大きくなると忘れてしまうようですが……。
 さて次回は――未定です^^;

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