超警告。CLANNADの隠しシナリオをクリアしていない人は
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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。
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「新年あけましておめでとうございます。今年も大暴れっ!」
「大暴れかいっ!」
新年。あけて三が日。
親父がわざわざこの町に挨拶にやってきた。
「あ、あの……」
ちゃぶ台の側でくつろぐ親父に、汐がおののいている。
「うん?」
古河パンに寄った後こっちに来たらしい。自分のお土産の他に、親父は籠いっぱいのあるものを持ってきていた。そして、あろうことかそれを普通に食べているのだ。
古河パンに寄って、貰ったもの。それが何なのかは言うまでもないだろう。
「な、何ともないんですか、それ……」
「うん、美味いよ」
馬鹿なっ!?
同じことを思っているらしく、驚いている汐もなんか顔が濃かった。
「いや、おすそ分けにどうぞって、先方がね」
先方とは、早苗さんのことだ。
そして親父が食べているのはシルバースターパン(早苗さん命名)だった。具体的に言うと、パンがクロムメッキを施したかのように輝いている。俺も休みの時に店番を手伝ったため見たことがあったが、客は皆何かの飾り付けだろうとしか思わなかった。
ちなみに購入者はたったひとり。『ぎ、銀色のヒトデですかっ。格好良いです!』と言って買っていったきりだったりする。多分食べていない。いや、絶対に食べていない。
そのパンが今、ちゃぶ台の上にてんこ盛りとなっていた。
「う、美味いのか?」
手の震えが隠せないまま、お茶を飲みつつ俺。
「ああ、美味いが――何を心配している?」
「いやまぁ……」
親父の味覚を心配しているとは、まず言えない。だが、親父は俺の様子に何か思い当たることがあったらしい。パンを食べる手をふと止めると、
「そうか、食べ過ぎに気を付けないといけないな」
「ああ、そうだな……食あたりにでもなったら大変だもんな……」
もうそうとしか言い様がない。
「もしかしたら……」
そこで汐が何やら決意を固めていた。
「もしかしたら、食べられるのかも」
美味しいかも。ではないところが我が娘らしいが、しかし。
「いや、やめておいた方が……」
「直幸さんが普通に食べているんだから、多分大丈夫――」
慎重に、本当に慎重に汐はパンを小さくちぎると、それをそっと口に入れ……、
親娘そろって自慢の長い髪がすべて逆立った。
「クリリ――お母さんのことかー!!」
「何がだっ!」
そんなんでスーパー化されても困るぞ、俺は。
そんな何だか大変なことになっている我が娘を眺めながら、親父は嬉しそうに、
「面白い子に育ったな、朋也」
ああ、それは間違いないが……。
『その男の、帰還』
翌朝。
「髪の具合はどうだ?」
そのまま寝るまで頭が箒みたいになっていた汐だったが、今朝方は起きてからずっとブラシをかけていた。
「うん、まぁ大体は」
ブラッシングのおかげだろうか、汐の言う通り今はちょっとひどめの寝癖と言った状態にまで落ち着いている。
「それより直幸さん、いつ頃まで此処にいるの?」
「家庭菜園はもう収穫を済ませているから、しばらくはいるそうだ」
「ん、おーけい」
「嬉しそうだな。お前」
「うん、まぁね」
ブラシを動かす手を止めて、汐。
「わたし達がいつもいるように、おとーさん達も一緒にいられる時間が多いと良いよねって思って」
「……そうか、ありがとうな」
いつものようにくしゃくしゃと頭を撫でるとまた髪が乱れそうなので、俺は汐の肩をそっと抱いてやった。
そこへ、寝室の襖が開く。おそらく親父が起きたのだろう。
「ふたりとも、おはよう」
「ああ、おはよ――!?」
俺は飲んでいた茶を噴いた。
「どうしたの、おとーさ!?」
鏡に向かっていた汐が振り向き――、
俺と同じように、その貌を硬直させる。
「こういう落ちがくると思ってたんだ……」
町を歩きながら、俺。
「すまないな、朋也」
と、隣を歩く親父がそう言う。
そして汐はというと、例のぎんぎらぎんにさりげなく輝くパンの籠を手に提げていた。
俺達三人は高級住宅地を進んでいる。事態の打開に、ある人物を頼ろうと父娘二人で意見の一致を見たためだ。
呼び鈴を押す。表札に書いている名字は、言うまでもなく『一ノ瀬』。
「はーい」
だが玄関のドアが開くと共に、予想外の声がそれに応えた。
「どちらさま――って朋也!?」
杏だった。
「珍しいな、こんなところで」
「ことみの家で新年の挨拶を兼ねてお茶会していたの」
「なるほどな」
「智代も来ているわよ」
「智代もか。お前ら最近よく仲良いな」
「ありがと。それより……」
そこで杏は俺から視線を外すと、隣の人物にその瞳を向け、
「朋也、あんたお兄さんか弟さん居たの!?」
「いやいや」
「じゃあ、その人誰……」
多少不安気な様子で杏が訊く。おれより幾分か線の細い眼鏡をかけた青年に。
まぁその気持ち、わからなくもない。俺は重たい口をゆっくりと開け、
「うちの親父だが」
「嘘!?」
悲鳴を上げる杏。
繰り返すが、その気持ち、わからなくもない。
うちの親父が、俺かそれ以上に若返っているのだから。
「多分、パンに含まれている成分のどれかが新陳代謝を促したんだと思うの」
リビングにある大きなテーブルの一角に乗っていた顕微鏡のような機械から顔を上げて、ことみはそう言った。
「だから多分摂取を控えれば比較的早めに元に戻ると思うの。でもそれ以前に、検出された成分――材料でどうやって銀色にしたのか、ものすごく興味をそそられるの」
「だよな」
前々から疑問に思っていたのだ、それは。何せ、最近の早苗さんはパンを焼くたびに天然素材100%だと言うのだから。
「このクロムメッキのような光沢が金属を介せずの構成されているのなら、それだけで学会に発表出来ると思うけど……」
「多分明確なレシピはないと思うぞ」
大抵その場のノリで作っていると思われるし。
「残念……なの」
実にことみらしい感想だった。
そんなことみはさておき、テーブルの別の一角では自己紹介タイムが始まっている。
「初めまして、朋也の父です。朋也がいつもお世話になっています」
背筋を伸ばして、親父。若返ったせいか、多少声が高くなっていた。
「あ、いえ、こちらこそっ! 岡崎君には、その……」
どうでもいいが、杏に『岡崎君』と言われると妙に背中が痒くなる。
「ふ、藤林杏です。岡崎君とは学生時代の友人で――今は幼稚園の保母をしています」
「汐さんから話を伺ってます。汐さんの担任をされていたようで」
「あ、はい、その、み、短い間でしたが」
何故だかわからないが、物凄くあがっている杏だった。
「いえ、その間朋也も汐さんも難しい時期がありました。その時間を見守って戴けて、すごく感謝しています――」
と、頭を下げる親父。
「朋也……」
頬を赤らめて、杏がこっそりと俺に言う。
「な、なんだ?」
「あたしがお母さんでも良い?」
「アホなこと言うなっ!」
汐の祖母になる気か、お前は。
「でもなんて言うか、朋也を細くしたような――ううん、筋肉を落として理知的にした感じ? それが……」
それがどうも、杏にとってジャストミートだったようだ。
「私は勉強出来ませんでしたよ、お嬢さん」
と、眼鏡を直しながら親父。どうも聞こえていたらしい。
「正直もっと勉強していれば、朋也にかける苦労をいくらか減らせたと思ってます」
憂い顔で、そう言う。
誰も返事をしなかった。
ややあって杏が額に手を当て、俺にだけ聞こえるよう声を落として、
「やば……ちょっとクラっと来ちゃった」
「お前の方がやばいからな」
……あれなんだろうか、早苗さんの仕草にクラっと来たときの渚の心境がこうだったのだろうか。いや、早苗さんにクラっと来た来ないは置いておいて。
「あれよね、汐ちゃんが男の子ならっお婿さんに――て思ったことあったけど、その逆もありなのよね」
「お前は何を言っているんだ!?」
「法律的には全然おっけー大丈夫なの」
と、不穏なことを言うことみ。
「ことみ、一ノ瀬ことみです。今は大学で客員講師をしています。――流行りの研究は、お嫌いですか?」
……さりげなく、ナンパしてる? 何か少し頬が赤いような気もするし。
「岡崎直幸です。時々新聞などでお名前を見ましたが、実際にお目にかかれて光栄です。博士」
「こ、こちらこそなの……」
あのことみが、赤面していた。なんというか、ことみ的に言うとコペルニクス的転回とでも例えたくなる。
「坂上智代です。教育関係の仕事に就いています」
最後に智代がそう言った。妙に浮ついている杏やことみと違って、こちらは非常に落ち着いている。
「坂上さんですか。お噂はかねがね……」
「私を、知っているのですか?」
意外そうに、智代。
「はい、私の数少ない会社時代の同僚が少し前に事件に巻き込まれまして、その際貴方に助けて貰ったそうです。すごく感謝しておりました」
「……それほどでもありません」
「いえ、同僚はどうかわかりませんが、私自身は貴方のような強い女性を尊敬します。恥ずかしながら、護り護られる関係というものに少し憧れておりまして」
「――ありがとうございます」
特に動じた様子なく、頷く智代。そして静かに息をつくと
「まずい……今まで接して来なかったタイプだ……」
声を潜めて、そう仰った。
「お前もかよっ!」
「何というか、抱き締めると折れてしまいそうな儚さが、な……」
腕を組みながら、身体を捩って智代。
普通それは男性が女性に使うたとえだと思う。っていうか智代が全力で抱き締めて、耐えられる男がいるのだろうか。
「春原も折れそうだが」
「あいつに儚さがあるか?」
「……無い、な」
「だろう?」
■ ■ ■
「ぶえっくっしょおーん!」
同時刻、社員寮にて。
春原陽平は派手にくしゃみをしていた。
「何だろ、女の子が僕の噂をしたのかな?」
鼻をすすりその下を人差し指で擦りながらそう言うが、あながち間違ってはいない。
■ ■ ■
「しかし息子……か」
「まて。俺を見ながらそう言うな、智代」
結局この場にいる女性三人が三人とも、親父にホの字となっている。
なんというか、母さんが生きていたら親父の学生時代を根ほり葉ほり聞きたいところだった。
「お前はああなるなよ、汐」
「あ、うん。そうだね……」
「――汐?」
何かいつもと声の調子が違う。
そういえば、家を出てから妙に無口だったような……。
そんな汐の様子をよく見ると、両手を組み合わせて親指をくるくる回していた。視線はと言うと、あさっての方向を向いている。
……っておい。
まさか。
ちょ、
ちょ、
ちょ、
ちょっと待ってくれ?
「汐ーっ! 我が娘よーっ!」
はじめて、自分の娘が異性を意識している貌を見てしまった。よりによって、俺の親父に。
「え、だって……意外っていうかその――ね?」
「ね? じゃないっ!」
顔が赤い! 顔が赤いぞマイドーター!
「なんか保護欲をかき立てられちゃうのよ。何でか知らないけど……」
「おまえなぁ……」
確かに杏、智代、それにことみなら合法だ。だが、お前だけは違法だからな、汐。
「……朋也、少しいいか?」
そこへ、困った様子で親父。
「何故此処にいるお嬢さん方は、顔が赤いんだ?」
どうも事態が上手く飲み込めていないようだった。
何だろう、普段朴念仁だの鈍いだの女性陣によく言われる理由が、ほんの少しわかったような気がする。
俺は、この場にいる女性が浮ついている事を良いことに、包み隠さず簡単に今の状況を説明してやった。
「なるほどな。誤解されてしまったか」
「親父のせいじゃないからな」
「そうかもしれないが、誤解は解かなくてはな。あの、お嬢さん方」
「「「「はいっ!」」」」
俺以外の人間が、元気良く返事をした。っていうか汐が混じっている時点でなんだかすげー敗北感を感じてしまう。そんな俺を余所に、親父は誠意を込めた眼と声で、
「お嬢さん方の気持ちは大変嬉しいです。ですが、私――いや、俺の生涯の伴侶は、敦子……朋也の母ですので、どうかそれ以上はご遠慮して戴けませんか?」
あぁ――と、女性陣から一斉にため息が漏れた。
「その一途さ、親子なのね」
と、杏。
「まったく、妬けてしまうな」
と、智代。
「でも、とても素敵なの」
と、ことみ。
「おとーさんの、お父さんだもんね」
締めくくるように、汐がそう言う。
そんな女性陣の反応を見て、満足したらしい。親父はひとり頷くと、
「なぁ朋也、今度敦子の――母さんの、墓参りに行かないか?」
柔らかい笑みを浮かべて、そう言った。
「あぁ、喜んで」
無論、それを否定する理由は俺には無い。
それからしばらくは、穏やかなお茶会となった。
――蛇足ながら、翌朝。
「良かった、元に戻っている……」
洗面所の鏡を観てきたらしい。ちゃぶ台の側に座ってほっとため息をつく親父だった。
「モテモテだったじゃん」
多少おどけて、そう言ってやる。すると親父は、
「朋也より若く見えると、流石にね」
と言って、照れ笑いを浮かべたのであった。
Fin.
あとがきはこちら
「朋也くん、朋也くんのお母さんに当時のこと聞いてきましょうか?」
「いや、いい――っていうか、便利だな。お前」
「そうですか……ところでお母さんの仕草にクラッときた件について、詳しくお話しして戴けますか?」
「え……」
あとがき
新春○十七歳外伝、直幸リターンズ編でした。
元はといえば、アニメ第二期冒頭において朋也の回想シーンの中の直幸が結構美形っぽかったこと、そして朋也自身がイケメン扱いされているので遺伝的にその父も若い頃は美形だったのでは……と思いこんな話が生まれました。
さて次回は……なんにしよ?