超警告。CLANNADの隠しシナリオをクリアしていない人は
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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。

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「今年はわたしの出番無しかぁ……来年はがんばろ」
「だな」


























































  

  


「あーあ、今年は駄目だったかぁ」
 と、炬燵の中で春原陽平はぼやいた。
 12月24日クリスマスイブの昼前、社員寮は彼の自室のことである。
「仕方が無いじゃない。お仕事なんだから」
 彼の向かい側で炬燵に入っている、わざわざ寮にまで様子を見に来ていた妹の芽衣がそう窘めた。陽平の仕事は今日こそ休みであったものの、明日は早番であった。そのため、あの学生時代を過ごした町に行くことはどうあっても不可能になってしまっていたのである。
「観たかったんだよ、演劇部のクリスマス公演」
「岡崎さんか藤林さんに録画を頼んだんでしょ? なら良いじゃない」
「今年は杏に頼んだけどさ……僕は生で観たかったんだよ、生で」
「その気持ちは、わかるけど……」
 こちらも残念そうに、芽衣。
「それに今日はあれだろ。あれ――」
 陽平が意図的にそのことをぼやかしたのを、芽衣は見逃していなかった。
「そうだね……じゃあ、せめて此処からでも祝ってあげようよ」
「ああ……。っていうか、お前だけでも行ってよかったんだぞ?」
「ううん、私も明日お仕事だから」
「仕事、ね。まったく、お前と仕事の話ができるなんて、お互い年をとったもんだよ」
「まぁね……」
 兄妹揃って、ため息をつく。
「……メリークリスマス」
 ややあって、陽平がぽつりとそう言った。
「メリークリスマス。そして、ハッピーバースディ」
 目を細めて、芽衣もそう呟く。



『さよならを抱き締めて、愛しさを抱き締めて』



■ ■ ■



「せんせー、そのひとだれ?」
 今日だけ自宅から持ってきた写真立てに、園児達は敏感に反応していた。
 幼稚園の職員室、クリスマスイブ兼学校で言うところの終業式後のこと。職員室の自分の机の上置いたその写真立ては決して大きなものではなかったが、大事なものであると見抜かれてしまったらしい。たまたま遊びに来ていたクラスの園児達は、物珍しそうに写真に収まっているひとりの少女を、穴があかんばかりに見つめていた。
「あたしのね、友達よ」
 書類を書いていた手を止めて、園児達の保母である藤林杏はその疑問に答えてあげた。
「せんせいのともだち?」
「ええ、そうよ」
「つよいの?」
 これは男子。
「やさしいの?」
 これは女子。
 それぞれのわかりやすい、そして正鵠を射ていた質問に、杏は思わず苦笑してしまった後、当時を振り返るように目を細め、
「ええそうよ。強くて優しいあたしの友達。今日が誕生日なの」
 その事実はちょっとした驚きをもたらしたらしい。園児達はさっと顔を見合わせると、ぱっと思い思いのタイミングで職員室を飛び出ていった。
 杏が訝りながらも様子を見ていると、十分もしないうちに全員戻ってきて、
「えんていでひろってきた、どんぐり」
「わたしはおりがみ。おひなさまにおったの」
「おれはいし。うすいからいけとかでよくはねるとおもう」
「あたしは、リボン」
 一斉にそれらを杏に向かって差し出した。
「もしかして、これって……」
 その予想外の行動に少し上擦った声で杏が訊くと、園児達は、声を揃えてこう答えた。
「おたんじょうびの、プレゼント」
 久々に、目の奥が痛くなった。
「……ありがと。今度あったときに渡しておくわね」
 それぞれのプレゼントを写真立ての前に丁寧に置きながら、声がひっくり返らないよう、詰まらないよう努力しながら杏はそう言った。
「それじゃあせんせい、メリークリスマス!」
「うん、メリー・クリスマス」



■ ■ ■



「その人が、渚さんですか」
 午後、リビングのソファの上でご丁寧に正座をしながら、妹の風子がそう言った。
「うん、そう」
 と、アルバムをめくる手を止めて伊吹公子は答える。
「おねぇちゃんの、教え子だったの」
「何度も聞いています。ですが、何度でも聞きたい話です」
 うんうんと頷きながら、風子はそう言う。
「要約すれば、風子にとっての汐ちゃんですね。わかります」
「そういえば、そうね」
 妹が自分と同じ職に就いたときも驚いたが、生徒の中にかつての教え子の娘が居ると聞いて、公子はもう一度驚いていた。
「そして、汐ちゃんのお母さんですね」
「……うん、そうね。今でも思い出せるけど、はじめて会ったときは本当に渚ちゃんそっくりで、おねぇちゃん少し泣いちゃったな……」
「風子にその感慨はありませんが、想像することはできます。つまり汐ちゃんに女の子が生まれれば風子もそう思う日が来ると言うことですね」
「うん、そうなると――思う」
「風子は思います。機会があれば渚さんとお話したかったと」
「そうなんだ。渚ちゃんならきっと……」
 きっと、風子はすぐに懐いたに違いない。公子はそう思うのである。
「でも今は汐ちゃんです。過去を振り返るのも大事ですが、風子にとってはそれ以上に今が大事ですので」
「……うん、そうだね。ところでふぅちゃん知ってる? 渚ちゃんはね、今日がお誕生日なの」
「そうなんですかっ! 風子全然知りませんでしたっ!」
 自分だけが世界の常識を知らなかったような感じで、風子は思いっきり慌てていた。
「今からお祝いしようか。ずっと前におめでとうって言われた時みたいに」
「賛成です。風子、いつかリベンジしようと思っていましたので」
「リベンジは……しちゃ駄目かな……」
 時折、この子の旦那様は苦労するだろうなぁ、と思ってしまう公子である。
「メリークリスマス」
 アルバムを閉じて、公子。
「そしてハッピーバースディです!」
 木彫りのヒトデを掲げて、風子がそう言う。



■ ■ ■



「何で汐は出れねぇんだよ」
 と、古河秋生がひとりごちた。すでに酒が入っているので、一種の絡みである。
「仕方ないだろ、演劇部の打ち上げに出ているんだから」
 と、岡崎朋也がそれに答える。こちらも少し酒が入っているせいで、頬が少し赤かった。
 古河パン、夜。炬燵の上にはガスコンロ、さらにその上には水炊きの鍋が鎮座している。
「んだよ、抜け出してこっちに来りゃ良いだろうがよ!?」
「そうもいくか。あいつはもう部長なんだからな」
「逆だろ。部長だぞ? 女王様じゃねぇか。びしっとおふれを一発かましてさっさと抜けりゃいいんだよ」
「無理を言ってはいけませんよ、秋生さん」
 古河早苗が、燗にしたお銚子を二本持って、秋生と朋也が入っていた炬燵に座る。
「今年のクリスマス公演もすごかったじゃないですか。あれは演劇部のみなさんが一致団結していないと出来ないことですよ。そしてそれが出来たのも……」
「汐が皆と頑張ったからだ」
 と、朋也が後を続ける。
「……へっ、確かにそうだな。昔の俺を思い出すぜ。ほんじゃまぁ、俺達は俺達でやるとするかい」
 そう言って秋生は補充されたお銚子を指で摘んで朋也、自分、早苗の分と酒を――、
「お前も飲むのか?」
「はい、たまには良いかと思いまして」
 にっこり笑って、そう答える早苗。
「よっしゃ。それじゃまぁ、メリークリスマス、アーンドハッピーバースデーだっ!」
 秋生の号令の元、みっつのお猪口が小さな音を立てる。



■ ■ ■



「……ごめんね、来ちゃった」
 雪の降る中、岡崎汐はそう言った。
 時刻は真夜中に近い。
 演劇部の打ち上げが済んだ後、汐は真っ直ぐ岡崎家にも古河家にも帰らず……此処、霊園に足を伸ばしていた。
 夕方から降り始めた雪は既に積もりはじめており、汐が歩いてきた足跡も、既に新雪によって埋もれようとしている。
「――本当はみんなと行くべきなんだろうけど、なんでかひとりで来たくなっちゃった。でもね……」
 そこで、近くの木の枝から、雪の塊が落ちた。
「ひあっ」
 場違いな悲鳴がその真下で上がり、汐の目が急に緊張を帯びたそれに変わる。
「誰?」
「わ、私です……」
 声は汐が良く知る女生徒、演劇部後輩のものであった。
「追っかけてきたの?」
「はい、お帰りがいつもと違う方向でしたし、どこか思い詰めているようでしたので気になって……」
 出過ぎた真似を致しまして、申し訳ありません。そう言って後輩は謝った。
「ううん、いいのよ。むしろ来てくれて嬉しいと思ってる」
「そんな、勿体無いです。でも岡崎部長、こんなところでどうしたんですか?」
「うん? そうね……」
 そう言って、汐は視線を下に向けた。後輩も、つられるように視線を下げ……。モニュメントのように設置されたその墓碑に目を向ける。
「Okazaki Nagisa……ってもしかして」
「うん、そう。わたしのお母さん。ついでに言うと今日が誕生日なの」
 コートのポケットに両手を突っ込んで、汐がそう言う。
「だから、ちょっと挨拶しようと思ってね」
「そうだったのですか……」
「祝って……くれる?」
「もちろんです」
 と、後輩。
「先輩の御母堂様ではありませんか」
「……ありがと」
 同じ学校指定のコートを着ているその後輩を、汐はそっと抱き締めていた。
「メリー・クリスマス」
 と、汐。
「お誕生日、おめでとう御座います」
 と、後輩。
「うん、ありがとう。お母さんもきっと喜んでくれると思う」
 そう言って、汐はぱっと後輩から離れた。
 後輩はというと、照れくさそうに頭を下げていたが、やがて顔を上げるとちょっと不審そうな表情を浮かべて、
「……あれ?」
「どうしたの?」
「今、向こうの木の陰に女性が居たような――でも見間違いですよね。こんな夜に」
「わからないわよ。これかもしれない」
 そう言って、汐は両手の首を合わせると、だらりと下に垂らした。所謂うらめしやのポーズである。
「今は真冬ですよ。岡崎部長」
「うん、そうね。でも私は幽霊が出ても良いかなって思う」
「こんなに寒いのですから、幽霊と出会ったら背筋が凍傷にかかってしまうかもしれません」
「あはは、そうかもね」
 汐はひとしきり笑うと、
「でも、お母さんなら嬉しいなって、思っちゃった」
 笑顔のまま、そう言った。
「そうですね。それなら私も会ってみたいと思います」
 と、受け取ったかのように同じ笑顔を浮かべて後輩。
「さ、そろそろ行こうか。遅くまでいると家の人が心配するかもしれないし」
「そうですね。……もう、そんな時間ですけど」
 ふたり分のコートが、さっと翻る。



□ □ □



 そして、誰もいなくなった墓碑の前に、少女の姿があった。
「ありがとうございます。しおちゃん、皆さん」
 人気の全くない霊園の入り口、そして墓碑のある斜面から見渡せる町に向かって、少女はコートの裾をちょこんと摘み、丁寧に礼をする。
 その姿を見ているのは、森々と降り積もり続ける新雪だけであった。



Fin.




あとがきはこちら












































「誕生日のプレゼントって事で手縫いのだんご大家族でも作るか」
「賛成っ!」




































あとがき



 ○十七歳外伝、クリスマスイブ編でした。
 今回はちょっと趣向を変えまして、それぞれの視点からある人の誕生日を祝ってみました。もうちょっと時間があればもっとたくさんの人の事も書けたと思うんですが、何分突貫でしたのでご勘弁を。
 さて次回は予定通り直幸で。

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