超警告。CLANNADの隠しシナリオをクリアしていない人は
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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。

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「俺が卒業した後でブルマだとっ!? くそっ、なんてついていないんだ!!」
「でも朋也くん、テレビでは放送できないふたりきりの夜にわたし――もがもが」
「はーい、おとーさん? お母さんの口から手を放すか、きりきりお話しましょーねー!?」


























































  

  


 古河家に泊まってみないか?
 息子にそう言われて、岡崎直幸は困惑した。
 岡崎家のアパート、金曜夜のことである。
 確かに以前、向こうには挨拶したいと言ったことがある。けれどもずっと先のことだと楽観していたところをいきなりそう提案されて、直幸は少なからず動揺してしまった。
 賛成っ、良いと思いますよ。
 そこへさらに、孫にもそう言われてしまう。
 いや、しかし……と濁してみるが、彼より数倍しっかりしている息子と数十倍しっかりしている孫には通じなかった。
 気が付けば孫は受話器を取って連絡しはじめているし、息子の方は地図を描き始めている。
「いつでも良いそうです」
 受話器を置くと共に、Vサイン作り、孫――岡崎汐。
「んじゃ、明日の朝からな」
 息子――朋也――も親指を立てて、そう言う。
 もうこうなれば肚を括るしかない。直幸は渋々了承し……そういうことになった。



『親、三人』



 此処まで来る時に持って来たトランクひとつに必要最低限の荷物を詰め、朋也からもらった地図を頼りに、直幸は無事古河パンの前に立っていた。
 そのまま玄関から入ろうとして、ふと思い止どまる。
 朋也に、是非とも店先から入るようにと念を押されていたからだ。
 だがしかし、普通の客と勘違いされてしまうかもしれないな。
 以前汐の学校行事を見学に来て一度顔を合わせているのに、ついそんな心配をしてしまうが、ここは息子を信じることにする。
「ごめんください」
 意を決して、直幸は店内へと足を踏み入れた。
「こぉら、店内に入ってくるんじゃねぇっ!?」
 あんまりな話だった。
 もっとも、面と向かって言われた訳ではない。一言でいえば、店内は動き回る子供達でしっちゃかめっちゃかだったのだ。
 ただし、店内のトレイやトングなどは一切乱れていない。闖入者達は、その辺をわきまえているようである。
「でもあっきー、世界の危機なのですよ」
「そうなのですわっ、このままだとアルマゲドンですのよっ!」
 子供たちの齢はひとりひとりがばらばらのように見えた。
 そのうち、齢が近いと思われるふたり一組の女の子達が店主にそうまくし立てている。
「馬鹿野郎、世界の危機ってのはそう簡単に訪れやしないんだよ。いいか、世界の危機っていやぁ聞こえは良いが、そう言うのは大抵個人の危機だ。それをひとりで解決出来ない肝っ玉の小せぇ奴らが、勝手に世界の危機にするんだよ」
 含蓄のある言葉だと思う。子供には些か難しい内容のような気がしたが。
 何はともあれ、店主――古河秋生はまだ直幸に気付いていなかった。
 そこへ、店の奥からさらに子供たちが飛び出てくる。
「何やってるんだお前ら、早く隠れろ!」
「あっきーを味方につけようと思ったのです」
「無理だよ、あっきーが早苗さんに勝てる訳ないだろ」
「でも――」
「まずいっ、くる!」
 一番後に出て来た子が、その場で蹲った。それに習うように、店内にいた子供達が次々と丸くなる。
 それは所謂対爆、対ショック姿勢なのであったが、直幸にはわかろうはずもない。
 そこへ、妙齢の女性――子供達の言う早苗さん、すなわち古河早苗が現れた。
「皆さん此処にいたんですね」
 教室にひとりもいなかったので探してしまいました。と早苗は続けた後、とっておきのものを見せようとする少女のように持っていたバスケットを掲げて、
「新作パン、焼き上がりましたー!」
 場が一旦、完全に静まり返った。
「……やべぇ、世界の危機だ」
「だからそう言ったのです」
 ぽつりと呟いた秋生に、呆れ顔で片方の女の子がそう言う。
 繰り返すが、直幸には一連の展開がわからない。と言うかついていけていない。
 だから、古河パンの入り口に入った処で硬直しているしか無かったのだが、それに気付いてくれる者がいた。
 言うまでもなく、早苗である。
「あら岡崎さん、いらっしゃいませっ。古河パンにようこそです!」
「……どうも、お世話になります」
 早苗の雰囲気は、記憶に残る今は亡き直幸の妻、敦子のそれと変わらない若々しさだった。――直幸には、少々眩しかったが。
「お取り込み中の処、済みません」
「いいえっ、いいんですよ。いまちょうど古河塾の授業が一段落して、おやつにと焼き上がった新商品を持って来たところですから」
 と、バスケットを幼子のように抱えながら早苗。それから察するに、子供達はどうも早苗の個人授業を受けていたようであった。
「パン、ですか?」
「はい! 新作の『レインボーブシドーパン』ですっ」
 そう言って、早苗はバスケットの蓋を開けて、そのパンを取り出して見せた。
 ……なるほど、虹色というか極彩色に輝くパンの表面に、黄金色で『武』と書かれている。
 それはどうやら一個一個手書きで書かれているらしく、バスケットの中にある他のパンにもそれぞれ『士道』、『刀』、『幕末』、『魂』、『無双』、『乙女』等と書かれていた。
「おひとついかがですか?」
 場に、声にならない悲鳴が響き渡る。だが、直幸にはその意味がわからない。
「いいんですか? お店の品をいただいてしまって」
「いいんですよっ。生徒達のおやつ用にと、多めに焼きましたのでっ」
「そうですか……」
 早苗の背後で秋生が駄目だやめろと懸命にブロックサインを出しているのだが、直幸にはその意味もわからない。
「では、いただきます」
 古河パンが、再び静まり返った。
 二人組みの女の子の片方が、見るなとばかりにもうひとりの女の子を抱き寄せ、その目を手で覆う。
 そんな中、直幸はレインボーブシドーパンを一口大にちぎって口にすると、
「……うん、美味い」
 秋生がくわえていた煙草が落ちた。
 古河塾の生徒達がいっせいに驚愕の表情を浮かべる。
「マジですか」
 引きつった声で、秋生。
「え? ええ」
 確かに独特な味付けだが、直幸にとっては不味いとは思えなかったのである。
「ありがとうございますっ」
 ものすごく嬉しそうに、早苗。
 直後、店内に歓声の津波が押し寄せた。
「すげぇ! この人すげぇ!」
「驚いた……いるんだねぇ、食べられる人」
「たぶん歴史に残るんじゃないかな……かな?」
「わたくし吃驚仰天ですわっ!」
「並の神経の持ち主ではないのですよ」
 口々に直幸を褒める生徒達。
「はぁ、どうも……」
 戸惑うばかりの直幸であった。



■ ■ ■



「すみませんでした、今日はずっとばたばたしまって」
 炊飯器の電源を落としながら、早苗がそう言った。
「いえ、すごく新鮮でした」
 旅装を解き終えていた直幸がそう答える。
 夕食後、古河家居間。
 やることが無かったので、店を閉めるまで尊敬の眼差しで見る子供達と共に授業を受けていた直幸である。その風景は、それなりの長さになった直幸の生涯でも、文字通り初めて見るものであった。
 ちなみに直幸は子供達から愛称をひとつ戴いている。あっきーこと秋生に因んで『なっきー』であった。
「どうです、一杯」
 徳利と杯を掲げて、作務衣姿の秋生が酒を進める。
「……いえ、その前にしなければならないことがありますので」
 仲良く首を傾げる古河夫妻に、直幸は、
「遅くなりましたが――」
 佇まいを改めると、土下座せんばかりに頭を下げて、
「朋也を預かっていただき、ありがとうございました」
 はっきりと、そう言った。
「朋也の一番難しい時期に一緒に居てくださったお陰で、あの子は一人前になれました。本来なら俺――いや、私の役目でしたが」
「顔を上げてください。岡崎さん」
 早苗の声が優しく響き、直幸は上体を起こした。続いて、秋生が静かに手付かずの杯を置き、
「俺達じゃ、ないですよ」
 どこか遠くを見るように、そう言う。
「というと……?」
「小僧……いや、朋也はいずれひとりで立ち直れたでしょう。貴方の息子さんはそれだけの強さを持っている。確かに、支えて貰えたから立ち上がるのが早かったというのもあります。ただ、支えていたのは俺達じゃない。手伝いはしたかもしれませんが、本当に支えていたのは――」
 そこで秋生は徳利から杯へと酒を注ぎ、
「渚、ですよ」
 直幸の前に置いて、静かにそう言った。
「渚さん、ですか……」
 顔を合わせていない訳ではない。一度、彼女と朋也が今は無き借家を訪れたことがあるし、その後も何度か顔を合わせたこともある。
 だが、それらは遠い記憶の彼方に押し流されてしまっている。
 その不鮮明さは、後悔と混ざりあって随分と苦いものになっていた。
「一度、しっかりと話し合いたかったと思います……」
「話せば良いんですよ。渚からは無理ですが、聞いてはくれます」
 秋生がそう言う。
「明日は、そう言う日なんですから」
「そうです、ね……」
 そう、明日はそう言う日だ。そのために直幸は夜行列車を乗り継いで、この町に来たのである。
「たまげますよ。貴方の息子さんと俺達の娘、そしてそのふたりの子を繋ぐ人達の多さに」
「そうなんですか?」
 人付き合いがほとんど無かった直幸にとって、それは想像しづらいものであった。
「ええ、きっと吃驚仰天です」
 早苗がおどけた口調でそう言う。
「それに、朋也さんは優しい人です。それはきっと、岡崎さん――直幸さんが頑張ったからですよ」
「そう、でしょうか……」
「そうですよ」
 自信たっぷりといった様子で、早苗は頷く。
「だからこそ、あれだけの人の輪が、朋也さんの周りにあるんですから」
「そう言ってもらえると、助かります……」
 決して、人に褒められる事は無いと思った自分の人生である。けれども、その中でただひとつ守ろうと思ったものがしっかりと実を結んだという事実と、それを認めてくれる人達が居るということに、直幸は擦り切れていた嬉しいという感情を取り戻しつつあった。
「やはり、貴方達の娘さん――渚さんともっと話したかった……」
 残った悔恨は、それだけであった。朋也を支えてくれた、彼の妻と話せればどれだけ得られるものがあったことであろうか。そう思えてならない直幸である。
「渚に関わった人達は、皆そう言います」
 そこで秋生はにかっと笑い、
「それがまぁ、今の俺達の誇りですかね」
 若々しさだけではない、いくつもの壁を乗り越えた逞しさが、その笑顔にあった。
「なるほど……あの、ひとついいでしょうか?」
「なんです?」
 夫妻の声が、期せずして重なる。そんなふたりに、直幸は少し縮こまって、
「その、私に出来ることがあったら何でも言ってください。いつか必ず此の御恩に報いるようにします」
 ふたりが意外なものを見たというように、顔を合わせた。そして秋生が任せたとばかりに早苗の肩を叩く。
「……前に、朋也さんにもそう言われました。その時と同じことを言いますね」
 どこか懐かしそうな貌で、早苗。
「……はい」
「幸せに、なってください」
「――はい」
 再び、直幸は深く頭を下げた。
 ひれ伏した訳ではない。古河夫妻の心遣いに頬が紅潮するのを隠せなかったためである。
「さて、湿っぽい話はこのくらいにしましょう。俺達にはやらなければならないことがあります」
「……と、いうと?」
「明日のことですよ」
「明日のこと?」
 正直に言って、あまりこの話に関わっていない直幸である。此処に来たことだって、半ば流されるように決まったことなのだ。もっとも、最終的に行くと決めたのは直幸自身の意志であったが。
「渚の処に、何を持って行こうかまだ決めていないんです」
「いざとなると、何にしようか迷ってしまいまして……」
 ふたり仲良く腕を組み、悩んでいる。その様子は、直幸にとっては眩しい夫婦の団欒であった。
「早苗、だんご大家族のぬいぐるみはどうだ? 小僧んとこと被るような気がするけどよ」
「駄目ですよ、雨とかに濡れたら渚が可哀想だと思います」
「だよなぁ。鳥につつかれたらちょっとしたスプラッタになるしな」
「それこそ怒られてしまいますよ。泣かないとは思いますけど」
「だよなぁ」
 まるで、別離を何とも思っていないかのように言う。
 娘との別れを認めていないのではない。既に乗り越えているのだろうと、直幸は思った。
 でなければ、先ほど見たような笑顔になることなどできない。
「岡崎さん。何か良い案、ありませんか?」
「え? ああ……」
 話を振られるとは思っていなかったので、直幸は少々慌ててしまった。
「そうですね……」
 何か気の利いたことを考えようとするが、なかなか良い案が思い浮かばない。
「例えば、ですが――」
 なので、思うままを直幸は口に出すことにした。
「花なんて、どうですか?」
「花?」
 早苗が聞き返す。
「はい。例えばこう、車のトランクいっぱいに、花束を入れるんです。花屋のワゴンみたいで、綺麗だと思うんですが」
 駄目だろうか。と、直幸が思った次の瞬間である。
「それだっ!」
 自分の膝を力いっぱい引っぱたき、秋生がそう叫んだ。
「やべぇ、最高じゃねぇかそれ……!」
 しかも、直幸にに対して地が出てしまっている。
「早苗、すぐに花屋を手配だ! タクシー会社の運ちゃんには俺が話をつける!」
「はいっ」
「そいつが済んだからこぞ――朋也を通して全員に連絡だ。当日は手ぶらで来いってなっ」
「はいっ!」
 あれよあれよと決まってしまう。
 それは、昨晩見た父娘のやり取りを思い起こさせた。
 どうも、朋也はだいぶ感化されているようであった。
 悪いことではない。むしろ良いことのように直幸には思える。
「あのぅ、済みません」
 晩酌そっちのけでヒートアップを始めた古河夫妻に、直幸は控えめに声をかけた。
「出来ればその、朋也達には内緒で……」
 返事は無く、ふたりして不思議そうにこちらを見ている。
「やはり、恥ずかしいですから。……こういうのは」
 なおも不思議そうにこちらを見るふたり。だが、そのうち早苗の頬にぱっと朱が散って、素早く直幸の手を両手で握り、
「岡崎さんって、ロマンティストなんですねっ」
「いや、あの、その……」
 久々に、本当に久々に赤面してしまう直幸。
「俺の嫁ですからね、早苗は」
「い、いやもちろん……」
 そこだけは譲れない、そして大人気ない秋生であった。

 かくして、古河家の夜は更けていった。
 翌日、直幸の計画が功を奏したのかは――言うまでもないことであろう。



Fin.




あとがきはこちら












































「直幸さん、ロマンティック大統領……」
「それ、俺達の血にも流れているんだからな」




































あとがき



 ○十七歳外伝、直幸、秋生、早苗編でした。
 元々は以前全員集合したときの話でたまたま出たアイデアを膨らませたものですが、そこからさらにそれぞれの立場から、朋也を見た話へと繋がりました。今までこの切り口から話を作っていなかったので、私自身新鮮な気持ちで書けたのが、ちょっとした発見でしょうか。
 さて次回は、直幸で軽目にひとつ。

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