超警告。CLANNADの隠しシナリオをクリアしていない人は
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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。

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「『拝啓京都アニメーション様、そろそろ出番が欲しいです』っと」
「あのな……もうすぐだろ、お前」

























































  

  


 幼稚園という職場は概ね女性が多い。これは藤林杏の勤め先でも同じことである。
 だが、少ないと言えども男性――保父もいる。これも、杏の勤務先に当てはまることであった。
 そして、仕事が終わればこういうこともある。
「藤林先生、今日飲みに行かないっすか?」
「あ、いいわねそれ」
 この日の定時後、杏は同僚に誘われていた。正確には後輩の保父に、である。これもまた、職場での連帯感が強い幼稚園ではよくあることであった。
「他には何方が参加されるの? たしか園長先生は今夜碁の会に出るって仰っていたけど」
 ただ、この日はいつもと違い――。
「いえ、あの……その……たまには、俺とふたりでなんてどうっすか?」
 その言葉の瞬間、杏の頭の中は真っ白になっていた。



『恋愛忌避症候群』



「……で、私か」
 と、坂上智代は呟いた。
 同日、夜。
 杏は商店街の外れにある喫茶店『ゆきね』に、ひとつ年下の旧友である智代を呼び出していたのである。
「悪いと思ってるわ。急に呼び出したんだから」
 テーブル席に突っ伏す姿勢のまま、顔を上げずにそう答える杏。
「気にするな。そういうのはまぁ……あまり助けにならないと思うが」
 手早く注文を済ませて、智代がそう答える。
 彼女が到着するまでずっと『ゆきね』に居たらしい。杏の席には注文に来たウェイトレス(普段は店長ひとりなのだが、繁忙期には雇うことがあるのだ)でも回収しきれなかったコーヒーカップがいくつか残り、まだ中身のある容器は特大ジョッキと大差ない大きさのマグカップになっていた。恐らく、店長の配慮であろう。
 杏は依然、突っ伏す姿勢のままである。智代から見るとその様子は飲んだくれてしまった妙齢の女性にしか見えない。いささか、変わった組み合わせであったが。
「ありがたいとは思ってるの。こんな時間になっても来てくれたんだし」
「いや、それを言うならここまで待ってくれたお前の方がすごいと思う」
「そう?」
 店内の客はまばらである。夜とは言ったが夕飯時からはだいぶ遠のいていて、普通の喫茶店であればとうに閉店時間を迎えている。そう、ここの喫茶店は個人経営のはずだが、営業時間は大手チェーン店のそれ並に長かった。
 今も店内には有線放送と思われるピアノのBGMが静かに流れており、閉店間際独特の気配もない。杏も智代も遅くまでやっているとしか知らなかったのだが、この喫茶店の閉店時間は深夜に及ぶのである。
「相談相手、汐の方が良かったんじゃないか? 私よりずっと経験がありそうだろう?」
 自分の体術の弟子であり、杏の教え子でもある岡崎汐の名前を出して、智代はそう言う。
「駄目よ。汐ちゃんは、その気まるでなしで我が道を征く状態だし、そもそもあたしが常々恋をしなさいって言っているのに、当の本人がこの体たらくじゃ説得力無いじゃない」
「……御説御尤、だな」
 半分だけ呆れたように頷く、智代。
「じゃあお前の双子の妹には聞かなかったのか? 確か彼氏か夫が――」
 居ただろうと、智代は最後まで言えなかった。
 怒りとも嫉妬とも違う、行き場を失ったエネルギーの塊が杏を核として急速に充満してきたのである。
 それは、いくつもの修羅場をかいくぐって来た智代にも解析不能な感情の渦であった。
「椋には訊けないのよ……椋にはっ!」
「――そうか」
 色々と大変なんだな、お前も。と智代。
「それなら、話は私が聞こう。まず、返事はどうした?」
 席に深く腰をかけて、智代は単刀直入にそう訊く。
「う……」
 ぴくりと、杏の肩が動いた。マグカップを持っているのとは反対の手が所在無げに左右へ動く。
「そこを聞かないと、何も言えないぞ、私は」
「か、家族と予定があるからって断っちゃった」
 途端、智代の身体がゆっくりと傾いた。
「あのなぁ……そんな嘘ばればれな断り方はないだろう……」
「な、何言ってるのよ!? ……本当に、ばれてる?」
 おそるおそる顔を上げて訊く杏に、
「多分、な」
 呆れたかのように座り直し、智代は断言する。
「最初OKを出したのだろう? それからいきなりふたりきりでどうかと言われて予定があるといったら、誤魔化したに等しい」
「あ……そうか」
 しまった――といった貌で、杏は自分の顔を片手で覆った。
「お前は嫌いなのか? その後輩が」
「そんなことはないわ」
「では好きなのか?」
「わかんない……」
 再びテーブルに突っ伏す杏。
「今までそういうふうに意識したこと、なかったわ……」
「なんでまた」
「だって、10歳も年下なのよ!?」
「10……か。それはまた――」
 視線を逸らす、智代。
「まぁ、年齢なんて関係ないんじゃないか?」
「こっち見て言いなさいよ」
 上半身は突っ伏したまま――つまり頭だけ上げて、杏がそう突っ込む。
「すまん……」
「言いたいことはわかるけどね。そういう意味で、あたしみたいなおばさんの何処がいいのかしら」
「本音で言うが、本当に年齢なんて関係ないと思うぞ。それに私達はどうも年齢通りに見られていないようだしな」
「……知ってるわよ」
 かつては、古河夫妻や芳野夫人を見る度にため息をついていたふたりであった――いや、今もため息をついているのだが、気が付いたら自分達もため息をつかれる側に回っていたのである。
 それは、指摘されて初めて気付いた驚愕の事実であった。
「春にとある大学へ用事があって行ったんだが、そこでサークルに誘われたからな。どうやら学生だと思われたらしい……」
「あたしなんて学校帰りの汐ちゃんと一緒に歩いていたら友達だと思われたわよ」
 それは強引なナンパであったが、智代が不快になるだろうと考えそこは伏せる杏。ちなみにそのナンパは師弟のツープラトンアタックにより見事なまでに粉砕されているのだが、それはまた別の話である。
「で、年下は嫌なのか」
「相手が可哀想よ」
 身体を起こしてきちんと座り直し、コーヒーに手をつけながら、杏はそう言う。
「何でまた。どういう理由か知らないが、『姉さん女房は金の草鞋を履いてでも探せ』と言われているじゃないか」
 同じく運ばれて来たコーヒーを一口飲み、智代。
 なるほど、確かに世間一般ではそう言われているし、智代もそう思ってはいるらしい。杏は一度頷き、静かにマグカップを傾けてから、
「だって、先に逝っちゃうじゃない。あたしが」
 ぽつりと、そう言った。
 ――店内のBGMが、弦楽器のそれに切り替わる。
「……そう、だな」
 静かにコーヒーカップを置いて、智代が頷く。
「だがな藤林、それは誰かを意識していないか?」
「――してる。しているわ。せざるをえないのよ」
「……そうだな。それもそうだ」
 天井を見上げる智代。ただし、その目は天井ではなく過ぎ去ったあの頃を見ているように、杏には思えた。
「失ってしまった代償と、遺してくれたもの、か。ある意味この齢でそれに気付かされるのは、幸運かもしれないな」
「やめて。あれはどうあっても不幸な出来事なのよ。それに、あんたはそう思わなければいけないほど弱い人間じゃないでしょ」
「……済まない、その通りだ。だがせめて、古河――いや、渚が居ればな。もう少し違っていたんだと思う」
「それも言わない、約束よ」
 智代から目を逸らし、窓の外を見る杏。外を行き交う人は、確実に減ってきていた。
「そうだな、それについては謝ろう。だが、色々アドバイスをしてくれたとは思うんだ。一生懸命にな」
 容易に想像出来る光景であった。彼女なら本当に親身になって聞いてくれただろう。杏は、ゆっくりと視線を智代に戻すと、
「……そうね、それはあたしもそう思う。でも参考にはならないと思うわよ?」
 片目を瞑って、そう言った。
「どうして?」
「だって、あのカップルは恋愛に関してはほぼ一直線だったもの」
「――ははっ、確かにそうだった」
「そういうあんたはどうなのよ。こういう経験、無いの?」
「出来れば、したい」
 真顔で、智代は言う。
「ただ、私はその、何だ……噂が広まり過ぎた」
「何それ」
 首を傾げる杏に対し、智代は少し気不味そうに、
「この前の銀行強盗籠城事件、覚えているか?」
「ああ、あったわね。確かたまたま居合わせた女性が……あれ?」
 隙を突き犯人を取り押さえて解決したと、新聞やテレビでは放映されていた。
「もしかして、あんた?」
「……あぁ」
「じゃあその前の、無人ブルドーザーの暴走を止めたってのも」
「それも私だ」
 あくまで気恥ずかしそうに、智代。
「気が付いたら、身体が勝手に動いてしまってな」
「いや、そんなレベルじゃないと思うけど」
「……まぁ、そう言う訳で多少は私がやっている物があるが、世の中の難事件はあれもこれも、全部私がひとりで解決したことになっているらしい」
「あらま」
「全く、実際に解決したのは2割ほどだというのに、困った話だ」
「……2割は解決しているのね」
 呆れたように、杏。
「だが米軍艦乗っ取り事件や、特急乗っ取り事件を解決したのは私だけではない。両方とも、たまたま居合わせたコックと一緒にやったんだ。……なのに、私がひとりで解決したことになっている。正直、困るんだ」
「どうして」
「職場の誰もが、声がかけづらいと言う……」
 本当に困った様子で、智代。
「上司や同僚でさえそれなんだ。見ず知らずの人では――だろう」
「……あんたも色々大変なのねぇ」
 その部分には同情するわ、と杏。友人として見れば、これほど頼もしく、誇らしい相手はそうそう居ないだろうが、距離を置いてひとりの女性として見れば、確かに近寄り難く思えてしまうだろう。
「とりあえず私のことはいい。それより藤林、お前はどうするんだ?」
 杏はすぐには答えなかった。
 店内のBGMが弦楽器から最近のポップスに変わる。
「まずは、彼に謝らなくちゃ駄目よね」
 たっぷりと間を置いて、杏。
「そうだろうな。それから?」
「今の自分の気持ちを素直に話す? でもまとまっていないけど」
「いいんじゃないか? まとまっていなくても、それがお前の気持ちなのだから」
「そっか――うん、そうよね」
 自分に言い聞かせるように、杏は頷いてそう答える。
「なぁ、藤林」
 そんな杏に、智代はややおずおずと声をかけた。
「なに?」
「まとまっていない想いというのは、その、なんだ、朋也への想いもあるということなのか?」
 その、久々に見る智代の女性らしい表情に杏は少し驚いた後、昔を懐かしむような目を細めて、
「……それはもう無いと思うの。でなきゃあんたに声かけないわよ」
 そう言われた智代はというと、少し憮然として、
「安心しろ、私だってもう気持ちはふっ切れてる」
「本当に?」
 少し意地悪気に杏がそう訊くと、智代はしばし沈黙した。そして小さく息を吸うと、
「……実を言えば、少し未練はあるがな。でも、そう言うものなんだろう。この気持ちは」
「そうね。あたしもそう思う」
 そこで両者の口の端に微笑みが浮かんだ。
 想えば、随分と奇妙な縁である。当初は朋也を巡る恋の鞘当てで対立し、その後渚を中心に一致団結したこともあった。そして今は、そのふたりの子である汐の師であり、友でもある。
 親子ぐるみの付き合いというのはよく聞くが、親と親、子と子ではなく一人ひとりとこんな風に付き合えているのは、杏も智代も岡崎家の面々だけであった。
 そう言う意味で、本当に不思議で、貴重な縁であると彼女達は思うのである。
「出来れば、汐には体験して欲しくないものだな。こういうものは」
「大丈夫でしょ。両親がああだし、その両親の古河夫妻もそうだし、朋也のご両親だってそれらしいから」
「……羨ましい話だ」
「そうよね、本当に。ねぇ、それじゃ今度それを肴にして飲みにでも行く?」
「しばらくは止めておけ」
 と、智代。
「かの後輩と鉢合わせしたら、相手はともかくお前が保たないだろう?」
 御説尤である。杏は、ひどく赤面してしまったのであった。



Fin.




あとがきはこちら












































「……あれ、臨時のウェイトレスがわたしっていうオチは? っていうか出番は?」
「たまには休みなさい、汐ちゃん」




































あとがき



 ○十七歳外伝、って言うより杏(ピー)歳編でした。
 実は○の年齢で杏の齢は大体逆算可能なんですが、あえて伏せ字と致しました。ご了承ください。っていうか、逆算しちゃ駄目、絶対w。
 次回は未定です。渚の誕生日ネタは……難しいだろうなぁ。

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