超警告。CLANNADの隠しシナリオをクリアしていない人は
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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。
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「なぁ岡崎……」
「なんだ春原、アニメ美佐枝さん回観てから不気味なまでに大人しいが腹でも壊したか?」
「いやさ、僕にも……女の子の猫が現れないかなって」
「晩ご飯にされてお終いだと思うが」
「食べられちゃうのかよ!?」
俺達父娘の住む岡崎家の呼び鈴がなったのは、土曜の昼過ぎ、ちょうど昼飯をとり終わったときのことだった。
「杏か、春原か?」
ちゃぶ台で一服していた俺が新聞から顔を上げる。
「あっきーか早苗さんじゃない?」
と、昼食分の洗い物を終えた汐がエプロンを畳みながらそう言った。
でもその四人なら呼び鈴と同時、もしくはその前(さらには呼び鈴を使わず)に声をかけてくることがある。
「新聞の勧誘か? ここんとこなかったが」
「一々詮索する前に出ようよ」
そう言い終わる前に汐は玄関の前に移動しきっていた。その行動力はさすが……いや、今のは確かに俺の出無精が悪いのだが。
「どちら様ですか?」
演劇部で鍛えた賜物か、口調は丁寧だが極自然な声音で汐。
「相良ですけど……その声は岡崎二世?」
電気が走ったかのように、汐の身体がぴくりと動いた。その声に驚いたのだろう。もっとも、俺も驚いたのだが。
「今開けますね」
珍しく少し焦った様子で汐が玄関を開ける。はたして玄関から顔を覗かせたのは、俺にとっては昔世話になり、汐にとっては今世話になっている学生寮の管理人、相良美佐枝さんだった。
――しかも。
「にゃー」
肩に乗せるように猫を抱いていた。
『岡崎家の午後と、猫のいる風景』
「悪いわね、休日に午後にお邪魔しちゃって」
ちゃぶ台を挟んで俺の真向かいに座った美佐枝さんは、そう言った。
「岡崎二世のとこの顧問に頼まれちゃったのよ。週末に渡すのを忘れていたからって」
そう言って美佐枝さんは書類をちゃぶ台の上に置いた。
「――って聞いていないわね」
「にゃにゃにゃにゃにゃ」
美佐枝さんの猫がゴロンと横になって懸命に両前足を動かしている。
「うにゃにゃにゃにゃ」
同じくゴロンと横になって汐が両手を猫の手状にして懸命に動かしていた。
っていうか、猫と会話している……。
猫を床に降ろしてから、ひとりと一匹はずっとこんな感じだった。
「意外だわ。岡崎二世ったら学校じゃ結構クールだから」
「逆に俺はそのクールな汐を知らないんだけどな」
「なるほど、ね」
あんたとあたしが知らない情報を交換ってことね。そう言って、美佐枝さんは面白そうに笑った。
「それにしてもあれよね。考えてみたら、相談とかで訪問されることはあったけど、訪問することは無かったのよね」
と、美佐枝さん。
「そういえばそうだよな」
「そういえばそうですね」
「あんた達、父娘ねぇ……っていうか、やっと帰ってきた?」
「最初から聞いてますって」
横になった姿勢から、猫を丁寧に抱きつつ起き上がってあぐらをかく汐。
「はいこれ、演劇部の予算見積もり」
「ありがとうございます」
両脚の上に丸くなったままの猫を乗せたまま、汐は丁寧に書類を受け取り、中身を確認し始めた。なるほど、ざっとチェックするその表情は、家では滅多に見られない鋭いもので、学校と家では印象が違うというのはあながち間違いではないらしい。
「……ん?」
書類をの文字を左から右へと追っていた汐の眼の動きが止まった。
「どうした?」
「どうしたの?」
「美佐枝さん、この書類無効です」
「え?」
急にそう言われて、美佐枝さんの素っ頓狂な声を上げた。
「ほら此処。生徒会長印だけじゃ無くて校長印も無いと」
「ありゃ、ほんとだわ」
俺も一緒になって書類を覗き込むが、確かに捺印欄がひとつ空になっている。ただ枠がある訳でなく、小さく『印』の字があるだけなので、その書類のフォーマットに詳しくないと見落としそうになるのは仕方がない。
「どうしたもんかしらね」
「月曜にわたしから顧問の先生に伝えておきますよ」
「悪いわね、なんか二度手間みたいになっちゃって。……それにしても駄目ねぇ、昔取った杵柄と思っていたけど、すっかり忘れちゃってるわ」
「へ?」
今度は汐が怪訝な声を上げる。
そんな我が娘に、美佐枝さんは何でもないようにぽつりと、
「あぁ、あたし元生徒会長。あの学校のね」
「ええっ!」
さすがに驚いたらしい。汐はその姿勢のままたっぷり5センチは飛び上がった。同時に猫が頭を上げたが、大物なのか眠いだけなのかそのまま汐の脚から動かなかった。
「なんだ、知らなかったのか」
と俺。
「あれ、あたし岡崎に話したっけ?」
美佐枝さんが記憶を追うように首を傾げながらそう訊いてくる。
「いや、芳野さんから聞いたんですよ。後輩にすごいのが居たって。名前聞いたら美佐枝さんだったんで驚きましたけど」
「すごいって何言ってんだか……在学中やりたい放題だったのあっちじゃない」
当時を克明に思い出したらしい。美佐枝さんは少し膨れてそう言った。
「その、すごいっていうのは?」
汐が挙手しながらそう質問する。
「体育祭の時に、お前こう紹介されたろ。『伝説の女生徒の再来のそのまた再来』って。再来ってのが智代、最初のが――」
「あたしなんだってさ」
「随分と軽いですね、美佐枝さん……」
「だって、たいしたことして無いもの。噂に段々尾鰭が付いていっただけよ」
坂上さんの方がよっぽどすごいって、と美佐枝さん。
「桜植えまくったんだっけ」
「そ。二世の入学式の時びっくりしたでしょ」
「ああ、あちこち桜だらけだったもんなぁ」
渚と出会ったあの長い坂だけじゃない。今はいたるところに色々な種類の桜が植えられていた。聞けば三月辺りから寒桜に始まって五月頃の八重桜と桜のフルコースが楽しめるようになっていた。
それらはすべて、智代が植えていったらしい。
「あたしは精々、全生徒を無遅刻にしたくらいよ」
「それもすごいと思いますけど」
「そうかしら?」
「そうだぞ美佐枝さん。俺と春原が現役の時はまず無理だったはずだ」
「あんたね……自分で言うんじゃないわよ自分で」
呆れたかのように、こめかみを指でつつきつつ美佐枝さん。
「そう言えば、生徒会残念がってたわよ? こっちに入ってくれればって。岡崎二世なら、生徒会長にもなれたって」
「美佐枝さん、智代に次いで三人目の女子生徒会長か」
俺は想像してみる。智代の行動力に匹敵し、美佐枝さんの面倒見のよさに伍する汐なら……案外様になっているんじゃないだろうか。
「そんな器じゃないですよ、わたしは」
だが、当の本人は謙遜していた。
「そうかしら? これは真面目な話なんだけどね、岡崎二世。あなた生徒会に入ってみない?」
汐がフリーズした。あまりにも想定外な提案だったんだろう。
「何でまた美佐枝さんがそんなこと……」
驚いた表情のまま固まった汐に代わり、俺が横に割って入る。
「あぁ、坂上さん以降ね、歴代の生徒会長が相談に来るっていう変わった習慣出来ちゃってねぇ。おまけに年々頼りにされちゃってるのよ。最初はただのアドバイス程度だったんだけどね」
と、溜息を吐きながら美佐枝さん。その様子だと随分長く続けているようだった。
「で、今の生徒会長の依頼がこれ。岡崎二世が欲しいんだって」
「ほほぅ」
工具箱を取り寄せながら、俺。汐が欲しいだと? 良く言った生徒会長。まずはこの――、
「おとーさんおとーさん、美佐枝さんの猫が怖がっているからスパナしまってスパナ」
「それと岡崎、それ多分恋愛感情ゼロだから。今の生徒会長はかなり公私混同しないタイプだから。っていうかあんた親馬鹿過ぎよ」
心底呆れたかのように、美佐枝さん。
「で、どうかしら岡崎二世。もちろんあなたは今演劇部部長。でもそれを引退したら手伝いみたいな形で生徒会をやってみない?」
汐はすぐに答えなかった。
先に言っておくと、美佐枝さんの声に強制力は全くなかった。断られればそれはそれで良いと思っているのだろう。
だが、むしろそれが汐を悩ませているのかもしれない。
「今の話をしますけど……」
1分ほど経ってから、汐はそう言った。
「今のわたしは演劇部部長で、演劇部を全力で動かしています。もちろんいつかは引退して、だれかに部長になってもらわないといけないし、さらに卒業してしまえば、演劇部部員ですらなくなります……でも」
それまで考え込むように俯きがちだった汐が真っすぐに美佐枝さんを見た。
「でも、部長を引退してもわたしは演劇部を助けたいと思います。そんなわたしが生徒会の仕事を手伝ったら多分――演劇部の良いように動いてしますと思います……」
「――権力の集中か。そうね、確かに良くはないか」
一瞬だけ美佐枝さんの貌が鋭くなった。汐も俺も現役時代の美佐枝さんを知らないが、その眼は当時の様子を知るには十分過ぎるものがある。
「わかったわ岡崎二世。生徒会長にはこの話断っておく」
「ありがとう、ございます」
「悪いわね、緊張させちゃったみたいで」
「いえ、どっちかというとこの子を起こさないようにするのに苦労しました」
そう言って、汐は依然脚の上で丸くなっている美佐枝さんの猫をそっと指さした。
「あははっ、なるほどね」
生徒会よりあたしの猫なのね、と美佐枝さんは面白そうに笑った。
「でもすごいですね、美佐枝さんの子。普通なら跳び起きてもおかしくないのに、すごくおとなしいし」
その猫の頭を優しく撫でながら、汐。猫は丸くなったままだったが、その耳が気持ち良さそうにくりくりと動いている。
「あまり無理させるなよ、その猫俺が学生時代から美佐枝さんの側にいたんだからな」
「よく覚えていたわね」
「そりゃ結構印象に残っていたからな」
そう、割と強く印象に残っている。俺と春原が馬鹿やっていた頃、美佐枝さんの側にはいつもこの猫がいたのだ。
「そうなんだ……いいなぁ」
目を覚ました猫の顎の下を撫でながら、汐。
「何が?」
「ずっと一緒に、いられてて」
俺も美佐枝さんも、すぐには言葉を返せなかった。
ただただ、汐は猫の喉をなで続け、猫は喉をごろごろと鳴らし続けていた。
■ ■ ■
「何か長居しちゃったわねぇ」
とっぷりと暮れた夜空を見上げて、美佐枝さんはそう言った。
「家に来るやつは大抵そう言うな」
俺はそう答えた。実際、よく訪れる春原や杏達は、皆口を揃えてそう言うのだ。
「居心地がいいのよ、あんたんとこ」
「「はぁ……」」
期せずして、俺と汐の声が重なる。
俺は今一イメージが湧かなかったからだが、それは汐も同じようであった。
「なるほどね、当の住人は気付かないか。あるいはそれが故ってものなのかもね」
納得したようにそう言う美佐枝さんと、同意するように鳴く美佐枝さんの猫だが、俺達は首を傾げることしかできなかった。
「いいのよ、あんた達はそれを考えなくても」
「いや、そうは言うけど……」
「気になって……」
ほぼ同時に頭を掻く俺と汐。それがツボにはまったらしく美佐枝さんはひとしきり笑うと、
「やっぱあんた達父娘だわ。それじゃお休みなさい」
「ああ。お休みなさい」
同時に美佐枝さんの胸の中にいた猫が頭を上げる。
「にゃ」
「にゃにゃー」
それに応える汐は猫語をマスターしたようだった。
「……いいなぁ」
学生寮(今は女子寮を管理しているらしい)に帰って行く美佐枝さん達を見送りながら、汐がぽつりとそう言う。
「ずっと一緒に居ることがか?」
「うん」
俺は、そっと汐の手を握ってやる。
「俺だって、ずっと側に居るんだぞ」
「うん、ありがとう……あとーさん」
にっと笑って、汐。
「ごめん、ちょっと我儘言ったみたい」
「いいんだよ。誰だって時々は思うことだ」
汐の想いは、俺にも良くわかる。それ故にお互い口には出さないでいるのだ。具体的に、何が、誰がと。
「どうでもいいが、おまえのセーターとスパッツ……」
そこであることに気付き、俺は指摘してやった。
「うん?」
「猫の毛だらけな」
「えええええ!?」
猫と一緒に遊びまくっていたのだ。当然、そうなる。
汐は慌てて体中をはたきだしたが、スパッツはともかくセーターはそれぐらいではどうしようもない。
「うわぁ……どうしよ」
「地道に抜くしか、ないな」
「あああああ……」
頭を抱える我が娘であった。
Fin.
あとがきはこちら
「ねぇおとーさん、うちもペット飼ってみない?」
「残念ながらこのアパートはペット禁止な」
「にゃんにゃんにゃんっ」
「う……ね、猫被っても駄目だぞっ」
あとがき
○十七歳外伝、岡崎家と美佐枝さん編でした。
アニメに合わせて美佐枝さんで何か一本と書いてみたのですが、なんかえらい地味な話になってしまいました。まぁこれはこれで……いいのかなぁ?
次回ですが、ちょっと未定です。なんか最近忙しくて……。