超警告。CLANNADの隠しシナリオをクリアしていない人は
ブラウザのバックボタンで戻ってください。
このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。
それでも読む方は方はここをクリックするか、
ガンガンスクロールさせてください。
「むぅ、OPでもEDでもわたしの顔が映らないとは……」
「そのうち差し代わると思うぞ? 多分……」
「なんだ、これ」
仕事からの帰り、夕陽が差す部屋の様子を眺めて、俺は思わずそう呟いた。
クッション、枕、そして布団が堆く積まれて即席の要塞となっており、その中心から、汐の脚が伸びていたのだ。
布団を片付けようとして自分が埋まった――ようには見えない。どちらかというと自分で進んで埋まったように見える。そもそも、布団は日曜日に俺がしまったのだから、汐がやる必要は無いのだ。
だとすれば、それは汐が自分の意志でやった訳だが……その理由が、さっぱり思いつかない。
『天の岩戸のお姫様』
「……西遊記ごっこか?」
その様子は、五行山に閉じ込められた孫悟空に見えなくも無かった。もっとも、上半身と下半身が逆転していたが。
あとクッション系のものを総動員した結果、要塞を取り囲むようにだんご大家族の縫いぐるみもあって、それはまるで汐を守る騎士のように見えた。
ちなみに、寝てはいない。今の声に反応してピクリと脚を震わせたのを、俺は見逃していなかった。
「汐、帰ったぞ」
そしてそれを伝えるために、あえて何も聞かずいつも通りの口調で、俺はそう言ってやる。
それなりの効果があったのだろう。ややあって、
「……おかえりなさい」
くぐもってはいたが、そんな返事が要塞の奥から帰ってきた。
「あぁ、ただいま」
俺はそう返し、とりあえず汐をそっとしておいたまま部屋着に着替えることにする。その間に考えをまとめておいた方が、この要塞を無血開城させる早道になると思ったからだ。
さて。
汐のスケジュールを追ってみる。今日は汐が幼稚園からの帰りそのまま友達の家に遊びに行ったはずだ。(だから今日は俺が迎えに行っていない。朝送りに行った際、先方――友達の保護者――が汐と一緒に迎えにきているはずだ)
その後はひとりで帰宅しているわけだが、それまでに何かあったのだろうか。
「とりあえず、顔を出したらどうだ? 息苦しいだろ」
いつも通りのポジションである、ちゃぶ台の側に腰を下ろして、俺。返事はすぐに帰って来ず、やっぱりやや間を置いて、
「でたくない」
その声には、年の割には似合わない断固とした響きがあった。
どうも、ものすごい不機嫌であるらしい。
「ふむ……」
俺は胸中でそう呟き、同時にちょっと新鮮な気分を味わっていた。変な言い方だが、汐もこうやってふてくされる時があるのだと、初めて実感したからだ。
それは所謂抑圧という奴だろう。俺達大人になると色々な方法でそれを発散させられるが、汐にはまだその発散の場が定まらなくて、結果このような有り様になったようである。
とりあえず、方針を転換する。
「おーい、パンツ見えちゃうぞ」
「パパなら、いい……」
もぞもぞと動きながら、両足を動かす汐。
「その返事は、想定外だな……」
頬を人差し指で掻きながら、俺。
「何があった汐、友達と喧嘩か?」
やむを得ず、正攻法で攻めてみる
「ちがう」
きっぱりと、汐。同時に両足がばたばたと動く。
「でも、なにかあったんだろ?」
「……うん」
「じゃあ汐、それは俺に関係があるものなのか?」
途端、汐のばた足が止まった。
「……うん、すこしだけ」
「俺にも関係あるんだな。何があったんだ?」
「パパには、はなしくたくない」
つま先で畳をいじりながら、答える汐。
「何でまた。俺にも関係あるんだろ?」
「でもパパもきっと、やなきもちになるから」
お前なぁ……。
胸中で嘆息する。こんな状態になっても、汐は俺を気遣っているのだ。
こういうところはとことんまで渚の血を引いている、我が愛娘だった。
「いいんだよ、遠慮しなくて。俺はお前のパパなんだからな」
「……でも」
「大丈夫。パパは強いんだ。それはお前も知ってるだろ?」
「――うん」
ここで、やっと汐は動機を話してくれた。
汐は今日、スケジュール通り友達の家に遊びに行ったらしい。そこまでは良かったのだが、その友達の家で(俺が聞いた限りでは、些細な事で)その友達と、友達の母親が口喧嘩をしてしまったらしい。
まぁ確かに友達がいるのに口喧嘩はどうかと思うが、起きてしまったことだし、それは置いておく。
何はともあれ、それは汐には信じられない光景だったというわけだ。
「……なるほどな」
それから汐は予定より早めに、友達の家を出たらしい。
そしてそのまま、急ぎ足で帰宅し――要塞の落成と相成ったのであった。
「でも俺とお前とだって、うまく行かないことあったろ」
「だってパパ、そのときはママのことでいっぱいだったから……」
足の甲をぺたんと畳に密着させて、汐。
それは、その通りだ。
「ママが、いるのに……」
そこが、汐には理解しがたいのだろう。
「じゃあ……」
悪い、渚。
俺は心中で謝ってから、あえて意地悪な質問を口にした。
「汐は、ママが欲しいのか?」
効果は劇的だった。
「ちがうっ!」
あれだけ堅固だった要塞が一瞬にして崩れ、中から汐が飛び出てきたのだ。
「ママは、ママだけだからっ。だからパパ、そんなこといわないでっ!」
その必死な貌に、俺の胸は随分と痛んだ。今の汐が最も恐れているのは、自分の母親が風化することだったのだ。
「……だよな。悪かった」
そのまま俺の胸の中に飛び込み、肩を震わせる汐の背中を俺はそっと叩いてやる。
「あのな、汐。無いから大切だって気付けるものがあるんだ。ママのように、な」
「……ない、から?」
「そう。持っていないから」
「よく、わからない」
だよな。ちょっとばかり汐には早い話のような気がする。だから俺は、例え話を用いることにした。
「汐、風子を思い出せ」
「風子おねえちゃん?」
意外な名前だったのだろう、汐が俺の胸から顔を上げる。
「そうだ。あいつが家に遊びに来てお前と一緒にプリンを食うとする」
「プリン?」
「そう、プリンだ。全く一緒のプリンだ」
うんうんと、頷く汐。良くある光景だから、簡単に想像できるのだろう。
「なのに風子は必ず言うだろ、『汐ちゃんの方が美味しそうですっ。一口だけ交換しませんかっ!』って」
あえて身振りと口調まで似せて、俺。本人に見られればただでは済むまいが、今はそんなことを言ってられない。
「うん」
これも日常茶飯事なのだ。汐は良くわかるとばかりに頷いた。
「今の汐が、その状態な」
「……え?」
「味は全く一緒。汐はそう思うだろ。でも風子は美味いと言う」
「――うん」
「風子には、汐のが特別な物に見えているんだよ。同じように、汐には友達のお母さんが特別に見えているんだ。だからちょっとしたことでもお前には信じられないことに映る。言い方は変だが、そう言うことなんだ」
「……へんなの」
「ああ。変だって言ったろ?」
片目を瞑って、俺。
「それとな、親子だって喧嘩することがあるんだ。俺と俺の親父は、随分と長いこと喧嘩ばっかしていた……」
「なかなおりした?」
「もちろん」
汐、お前のお陰でな。
「それにパパとママだって、喧嘩したこともある」
「パパとママも、けんか?」
全く想像出来ないのだろう。目を丸くして汐が訊く。
「ああ。すごかったぞ」
「なかなおりした?」
「もちろん」
齢を取れば、本当にそうなってしまうこともあるかもしれない。それは悲しいことだが稀に起こることなのだ。
けれども、よほどのことでない限り仲直り出来るものでもある。少なくとも俺はそう信じているし、汐にもそう思っていて欲しいと思う。
「だからな汐、お前が何か耐えられないような気持ちになったら、まずは落ち着いてみるんだ。そして気持ちだけ一歩下がって周りを良く見る。そうすれば大体のことは受け止められるようになるよ」
「……むずかしそう」
本当に難しそうな貌で、汐。それはそうだろうと思う。大人の俺達だって、それは得てして難しいことなのだから。
「うん、難しい。だからな、こういう時は俺に話してくれ。どんなことでも聞いてやるからさ」
「いいの?」
「ああ。何たって、俺はお前のパパなんだからな」
そう言って、俺は汐の頭を撫でてやった。
「ありがとう、パパ」
家に帰ってから見ていなかった笑顔を浮かべて、汐が抱き着く。おれも汐の背中に片手を回し、もう片方で再度頭を撫でてやった。
「さてと、そろそろ腹が減ったろ。飯にしよう」
「うん」
俺から離れて、頷く汐。
「その前に――」
両手を腰に当てて、俺。
「まずはお片付けな」
「おー!」
その頼もしい返事に、俺は口元を緩めたのだった。
Fin.
あとがきはこちら
「岡崎さん失礼です。そもそも風子の物真似がてんでなってません」
「そいつは悪かったな」
「岡崎さんに足りなかったもの……それはヒトデです!」
「ヒトデだけかよっ!?」
「それ以外は……そっくりでした」
「怖いこと言うなっ!」
あとがき
○十七歳外伝、家庭の事情編でした。
子供の時に何度か無い物ねだりをした覚えがありますが、大人になって見ると随分と些細なものであったような気がします。逆に言うと、子供にとってはとても重要な物に見える訳ですから、ここいらの匙加減は本当に難しいですね。
さて次回は……杏か、早苗さんで。(バレーの続きは無理そうです;)