超警告。CLANNADの隠しシナリオをクリアしていない人は
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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。

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「さてと、アニメまで後一週間とちょっと。今回から本格的に出演するから、準備しなくちゃ、ね」


























































  

  


 また、あの坂の下にいた。
 忘れもしない学校へと至る長い長い坂。
 決して色褪せない桜の花びらが舞う季節。
 そんな場所で、あいつはそっと坂の上を伺っている。
 何かを恐れているように、或いは待っているように。
 その背中はあまりにも儚げで無防備だったので、俺はそっと後ろから近寄り、いきなり手を頭の上に置いて言ってやった。
「何をやっているんだ渚、こんなところで」
「と、朋也くん――」
 手を置いた瞬間に全身がびくりとした震えが伝わり、数秒後に裏返った声がそう答える。
 そんな渚を俺はゆっくりと後ろから抱き締め、そのままそっと囁いてやった。
「今日、お前に逢いに行くぞ。ちゃんと用意して待っていろよ」
 あいつの返事を訊く直前、すぐそばでカーテンを引く音が響き、真っ白な光が瞼を染める。

 俺は、目をゆっくりと開けた。
 いつものアパート。
 いつもの、俺達父娘の家。
 カーテンが開かれた窓からは朝特有の涼しくて眩しい陽光が降り注いでいる。
 そして、その窓から汐が身を乗り出して外を眺めていた。
「おはよう」
 ゆっくりと起き上がって体を伸ばしながら、俺。
「おはよう、おとーさん。ねぇ見て、すごい晴れてる」
「あぁ――本当だ」
 汐の後ろから、空を眺める。
 雲ひとつ無いどこまでも続く蒼が、何処までも、どこまでも広がっていた。
「良い日和だな」
「うん、本当に……まるで、お母さんが晴れにしてくれたみたい」



『貴方に逢いに行こう』



 顔を洗って、朝食の用意を始める。
 今日は休日だが、平日よりも早く起きたせいもあって、窓から吹き込んでくる風は随分と冷たかった。
 さて、目玉焼きにしようか卵焼きにしようか、そう考えたとき――、
「おはよー岡崎! 汐ちゃんも!」
 そんな声が階下から響き、俺はさっき汐がやったように窓を開けて外――但し今度は視界を下にして――を見た。
 まぁ、確認するまでも無い。学校からの腐れ縁、春原だった。
「こんな朝も早くから、わざわざ歩いて来たのか」
「ああ! なんていうかもう、居ても立ってもいられなくてさ!」
「まだ朝飯も済ませていないぞ、こっちは」
「ああ、じゃあ辺りを歩いて時間潰しているよ」
「そういう訳にも行かないだろ。上がってこい」
「悪い! 助かるっ!」
 大仰な敬礼をして、春原は俺の視界から消えた。
「しょうがない奴だな……」
 ため息をつく横で、妙ににやにやしている汐を目が合う。
「どうした」
「おとーさん、嬉しそう」
「そうか?」
「うん、そう。ね、朝御飯作るのわたしが代わるから、おとーさんはお茶でも入れて春原のおじさまとお話でもしてて」
「いいのか? 今日の当番俺なのに」
「いいのいいの」
 半ば汐に押し切られる形で、俺はいつものポジションであるちゃぶ台の一角に腰を下ろし、勝手知ったる様子で家に入ってきた春原と相対することになった。
「ほれ、お茶」
「お、サンキュー。いやー、もう冷え込んじゃっててさ。参ったよ」
「こんな早くから来るからだ」
「しょうがないじゃん。さっきも言ったけど、居ても立ってもいられなかったんだ」
「ほんとにしょうがないやつだな、お前」
 思わず、苦笑してしまう。
 そこへ、エプロン姿の汐が顔を出した。
「春原のおじさまも何か軽く食べます?」
「うーん、そうだね。じゃあお言葉に甘えて」
「はーい」
 にっこり笑って、汐が台所に引っ込む。
「……まさかお前、汐の手料理目当てじゃないだろうな?」
「ち、違うって」



 外出の用意が終わる頃、外で控えめなクラクションの音が響いた。
 元からそれを合図にと決めていたので、俺達はドヤドヤと外に出る。
 アパートの前には、俺が仕事の時にも乗る事務所のライトバンが停まっていた。
「待ったか、岡崎」
 運転席から、芳野さんがそう言う。
「いえ、完全に時間通りです」
 時計を確認しながら、俺。続いて、助手席に座っている公子さんと後ろで丸くなっていた風子に挨拶をする。
「それじゃ行くぞ。皆、シートベルトは締めたな?」
 俺達が答え終わる前に、バンは急発進していた。
「久々に、全員集合だな」
 慣れた動作でハンドルを操りながら、芳野さん。
「去年の、夏以来ですね」
 と、公子さんが後に続く。
「……んー、汐ちゃん胸がますますふかふかですっ」
 最後に汐に抱き着いた風子が、何の脈絡もなくそう言った。



 現場に到着する。
 駐車場のすぐ側にある公園風のエントランスには既に杏と智代、それにことみが待っていた。
「珍しい組み合わせだな」
 杏と智代の方は、最近よく見かける組み合わせだが、それにことみが加わるのは初めてじゃないだろうか。
「そう? ま、確かにあんたから見ればそうかもしれないけど、あんたを通して見ている人からは別に珍しくもなんともないと思うわよ?」
 と、杏がいつも通りの悪戯っぽい笑みを浮かべて、そんなことを言う。
「何だそりゃ」
 首を傾げる俺に対して、
「此処まで鈍いとなると、もはや犯罪的だな……」
 と、何故か嘆息する智代。
「でも、だからこその朋也くんなの」
 笑顔のままで、ことみ。
「……あぁ、なるほど」
 そこへ納得したかのように、汐が頷く。
「岡崎さんは、そういうところがイソギンチャク並に鈍いです」
 さらには何故か風子が、そうまぜっ返した。
 ……なにやら、女性陣にとっては俺に対する共通の認識事項があるらしい。
 そこへ、ひとり駐車場側で誘導を買って出た春原により、一台の車がこちらに近付いてきた。
「あれ、あたしらが最後?」
 そう言いながら、レンタカーとおぼしき4WDの運転席から降り立ったのは、俺達が世話になった寮母、相良美佐枝さんだった。
「いや、まだだけど――」
 なんでわざわざレンタカーなんて……と続けようとした俺を遮るように、後部座席から四人降りてくる。その面子に、俺は息を飲んだ。
「藤林に柊、それに仁科と杉坂じゃないか」
「遠距離から来る子がいるって聞いてね。たまには運転してみようかって思ったのよ」
 と、美佐枝さん。
「なるほど……悪いな仁科、急な話で」
 そう。特に仁科は、連絡を受けた際海外にいたはずだ。
「気にしないでください、岡崎さん。岡崎さん達には――そして渚さんには、本当にお世話になりましたから」
 と、被っていたベレー帽を取って、仁科。
「結構時間ぎりぎりだったから殿かと思っていたけど、他にも誰か来るの? 岡崎二世」
「はい、例えば……あれ?」
 美佐枝さんに問われた汐が駐車場の入り口を見て首を傾げるので、俺達もつられて視線をそちらに向けた。
 見れば、一切の丸みを許さない黒塗りのセダンが数台、これも黒塗りのリッターバイクを護衛のように前後に配置して、粛々と近付いて来る。
「何あれ、殴り込み?」
 杏が誰ともなしにそう呟くが、
「春原のおじさまが顔引きつらせていますけど、ちゃんと誘導しているので今回の参加者だと思います。あの人達は多分――」
 汐の推理が始まる前に、先頭の車が静かに停車した。すぐさま助手席のドアが弾けるように開き、中から出てきた黒服の男が後部座席のドアを丁寧に開ける。
 中から出てきたのは、喫茶店『ゆきね』の店長、宮沢有紀寧だった。
「やっぱり」
 と常連客の汐。隣では同じく常連客らしい風子が黙って頷いている。
「わざわざありがとうな、宮沢」
 と、俺。
「いえ、今日はお招き戴き、ありがとう御座います。それよりあの、良かったんでしょうか。これだけの大人数で」
「良いんだよ。気にするなって」
 済まなそうな宮沢に、俺。ことみが思いっきり怯えていたが、しばらくすれば慣れるだろう。
「っていうか、普段着で良いのに」
 助手席に座っていた男もそうだったが、『ゆきね』常連客は皆、黒のスーツにネクタイ、磨き上げられた革靴にサングラスと、一部の緩みも無い格好だった。
「私もそう言ったんですが、あの人達が筋を通したいと……」
「なるほどな」
 それならむしろ、その格好の方が良いだろう。
「それよりも、少し遅れて申し訳ありませんでした。途中で警察の方にご厄介になってしまいまして……」
「あぁ、それはまた――なんというか、大変だったな」
 ただの喫茶店の店長とその常連客だと説得するのに、思い切り時間をかけてしまったらしい。それはまぁ、警察の方的に仕方のないことだと思う。
「汐、後の参加者は誰だ?」
「訊かなくてもわかるでしょ。後は三人だけ」
 そう、訊かなくてもわかる。後は三人だけ。
 まるでそう言われるのを待っていたかのように、一台のタクシーが物凄い勢いで春原を刎ね飛ばしそうになりつつ駐車場に突っ込んできた。恐らく、中に座っている人物が超特急でとか言ったに違いない。
「いよぅ、待たせたなっ!」
 此処まで来たらもう言うまでもないが、タクシーから降りてきたのはオッサンだった。続いて運転手に料金を払っていた早苗さんが降りて来て、最後に急な運転に参ったように降りてきたのは――昨日から俺の薦めで古河家に厄介になっていた俺の親父だった。
 本来は一緒に行く予定だったのだが、昨日の夜いきなり電話で準備があるから先に行けと連絡があったのだ。さらには、全員手ぶらでこいと追加のお達しもあり、俺は慌てて参加者全員にその旨を伝えなければならなかった。
「済みません、此処まで来るのに予想以上に時間がかかってしまって――」
「いや、いいんですよ。でも一体何で遅れたんです?」
「それはですね、」
「おっと早苗、そっからは俺に任せろ。運ちゃん、頼むわ」
「あいよっ!」
 やたら気さくな運転手さんが運転席からレバーを引き、トランクを開ける。すると――、
「わっ」
 汐が小さく、歓声を上げた。トランクの中には色とりどりの花束がたくさん収まっていたのだ。
「全員分あるはずだ。余ったら俺が持つから、一人一束好きなのを選びやがれっ」
 と、オッサン。それに合わせて、皆がひとつずつ花束を持つ。
「なるほど、それで手ぶらね」
 綺麗なクリーム色の花束を手に持ち、嘆息しながら俺。
「なかなか面白い趣向を考えたな、オッサン」
「あ? 発案者は俺じゃねぇぞ」
「え? じゃあ早苗さん?」
「いえ、わたしでもありませんよ」
 にこやかに否定する、早苗さん。
「え、それじゃあ」
 残りのひとりに視線を向ける。その、最後のひとりは……黙ったまま照れていた。
「まぁそう言う訳だ、それ以上は何も言うな。な?」
「あぁ」
 俺もそこまで無粋ではない。只ひたすら、親父の心遣いに感謝するのみだった。
「さてと……おい汐、俺達がラストだろうな?」
「うん、全員揃ってる」
 と、汐。
「よっしゃ。小僧。後はお前がしきんな」
「元からそのつもりだ。って言うか、今までがそうだったんだっつうの」
 意図的に少し眉を吊り上げて――そして口の端も吊り上げて、俺。
「はん、そんじゃ……任せたぜ、朋也」
「ああ。皆、準備は良いか?」
 出来るだけ声が通るように、努力する。そのかいはあったようで、その場にいた全員が俺に頷いてくれた。
「それじゃ、行くぞ」
「うんっ」
 真っ白い花束を手に、汐がすぐ後をついてくる。

 かつて、渚は俺と一緒に坂を上った。
 そして俺に汐を残し、ひとりで坂を上っていった。

 今度は俺が、
 俺達が、坂を上る番だ。

 渚へ、逢いに。



Fin.




あとがきはこちら













































「どうしましょう。これだけの花束、全部持ち切れないです。でも、でもっ……とても嬉しいですっ」





































あとがき



 ○十七歳外伝、アニメ第二期開始記念編でした。
 あまり開始記念って感じではありませんが、そこはまぁひとつ。
 さて次回は……思いっきり趣味に走るか杏のシリアス目でひとつ。

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