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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。

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「探偵というとあれか、美女に囲まれたりスクーターで走ったり……」
「どんな探偵よ、それ」














































  

  





『探偵アリスと引き籠もる魔女』



「はい?」
 ある夏の日、いつものように家庭菜園のハーブと干し魚などを交換しながらの立ち話の途中で、アリス・マーガトロイドはそんな疑問符つきの声を上げた。
 昼過ぎのマーガトロイド邸。客間は形式張っているからという取り引き相手の提案により、勝手口で物々交換中をしていたときの話である。
「だから、調査をお願いしたいのよ」
 と、その取引相手――紅魔館のメイド長である十六夜咲夜――はそう言った。
「調査って……一体何を調べるのよ」
「パチュリー様がね、最近図書館奥の空き部屋に籠って何かをしているのよ。それが何なのかわかればOK」
「……プライバシーの侵害じゃない? それ」
「それはわかっているんだけどねぇ、ここ数日籠りきりだとさすがに気になって」
 困った様子で、咲夜はそう言う。
「別に大丈夫なんじゃないの? 私達魔法にかかわる人種っていうのは、籠もりがちな処あるし。大方最近流行りの漫才の研究とかじゃない?」
「そうだと良いんだけどねぇ」
 肩をすくめる咲夜。
「なによ、含み持たせるじゃない」
 アリスがそう追求すると、咲夜はもう一度肩を動かして、
「知っていると思うけど、パチュリー様が本気になったらこの幻想郷に異変を起こすことなんて造作も無いのよ?」
「そして、霊夢にのされて解決されるのよね。もしくは魔理沙かしら」
「……たまには、私自身異変を解決してみたいわね」
「あーはいはい、面白い面白い」
「冗談よ」
「わかってるわ」
 呆れたようにアリス。続けて腕を組みむすっとした貌で、
「どっちにしても、そういうのは貴方達でしなさいよ」
「身内で調査って何か嫌でしょ」
「今貴方がしてることって何なのよ」
「依頼よ。調査じゃないわ」
「詭弁だわ」
「ええ、その通り」
 無駄に胸を張り、咲夜はそう言う。
「それじゃあ、よろしくね」
「ちょっと! 私はまだ何とも言ってな――」
「報酬は紅魔館に貯蔵してある岩塩10キログラム。どう?」
「う……」
 その言葉と同時に、まるで魔法のように傍らのテーブルの上に現れた薄桃色の鉱物――岩塩に、アリスは二の句が告げない。
 それは、極めて魅力的である。幻想郷で塩は、人妖問わず貴重品なのだ。ましてやアリスは魔法使い。塩はありとあらゆる魔術的な実験において有用であり、比例して需要の高いものでもある。
 沈黙を守ると同時に岩塩に視線を釘付けにしているアリスを、了と取ったのだろう。
「じゃ、そういうことで」
 そう言って、咲夜はマーガトロイド邸を後にした。



「本当にもう……」
 そんな訳で、潜入である。
 といっても深夜ではない。真逆と言っても良い次の日の昼間のことである。潜入先の屋敷――紅魔館――では、館内において昼夜がほぼ逆転している。故に真夜中に忍び込めば、その館の主と御対面という危険性が非常に高いのだ。
 尤も、使用人達はそうでも無いようで、門番は気合十分といった様子で門前に睨みを効かせていたし、館内地上一階ではメイド達が所狭しと働いているようであった。メイド長としてそれを統括する咲夜曰く、これらは二十四時間そんな感じらしい。
 ただ、咲夜の手引きもあってか、紅魔館の警備は手薄だった。尤も、全く無い訳ではない。そこは調査対象であるパチュリー・ノーレッジに悟られたくないためであろう。
 アリスはそれらを静かにかい潜り、地下の図書館へ足を踏み入れた。
「にしたって、やりにくいったらありゃしないわ」
 ぶつぶつと続けながら、静かに館内を進む。
 潜入に特化した格好である。
 というより、マジックアイテムだらけの格好と言った方が良いかもしれない。
 身に着けているものそれぞれに何等かの魔法が仕込まれており、常にその効果を発揮できるようになっているのである。
 例えば、頭に被ったベレー帽には相手の微弱な気配を読み、脳裏に大体の位置を知らせる効果が、
 パンプスには消音と同時に緊急時には出鱈目な足音――馬の蹄や重装備の歩兵のような足音を鳴らし、相手の判断を狂わせる――を発することができる効果が、
 羽織ったマントには任意の相手にその存在を感知させない効果が、
 そして全身に着込んだタイツ状のぴったりとした服には、自分の魔力や生体反応を一切感知されない効果が、それぞれ発動するようになっていた。
 ちなみに、服にはフードもついており、それを頭に被れば効果はさらに上昇するのだがアリスはそうしていなかった。アリス自身の、美意識の問題である。
 さらに本当のことを言えば、この服は身体の線が出るのであまり着たくなかったのだ。けれども、普段着で堂々と侵入してくる何処かの誰かさんと違って、アリスはこの手の調査に慣れていない。だからこその、重装備である。服自体に仕込まれた魔法陣――布地に織り込まれた銀糸で編まれている――にて発動する数々の効果は、あまり高位の妖怪には効かないが、紅魔館の門番や、その地下の図書館に住む小悪魔にはその効果を存分に発揮した。
「問題は、その先よね」
 何処にパチュリーがいるのかわからない。
 彼女は図書館奥の空き部屋に居る。咲夜はそう言った。だが、図書館の奥には空き部屋が数多くあるのである。他の誰でも無い、パチュリー自身からアリスはそう聞いたことがあった。そして、その空き部屋のいくつか――というか殆どは、禁書の類いを封印する部屋だというのである。
 うっかり禁書を封印する部屋だと言ってご覧なさい、どっかの白黒が片っ端から明けて回るに決まってるわ。
 以上が、パチュリーの弁であった。
 アリスはマントの内ポケットにあるポケットから、小さな人形達をつかみ出した。一見すると手の平に収まるほどの小さな藁人形に見えるそれは、所謂使い捨ての斥候である。
 それら3ダースほどを、図書館の奥へと放つ。
 まず、何も備えの無い文字通りの空き部屋を確認し、これを確認対象から外す。あの紅魔館の魔女が、引き籠る部屋に魔法の仕掛けを施さない訳が無い。
 その結果、都合27の部屋が候補から外れた。
 続いてアリスは戻ってきた斥候をすべて引き連れて、一体ずつなんらかの仕掛けのある部屋に順次忍び込ませる。
 一体目は侵入した途端焼き尽くされ、二体目は氷漬けにされた。
 三体目は強烈な重力に押し潰され、四体目は……文字通り、喰われた。
 無論、禁書の類いがひとつでも反応すれば主がそれに気付く。故にアリスは残りの斥候と自分自身で、罠や禁書の反応を魔法的に遮断した。当然これは一気にやれる作業ではないで地道にひとつずつ潰して行く必要がある。かつてここで弾幕ごっこを展開した博麗霊夢や霧雨魔理沙ならば途中で投げ出すこと必定だが、生憎アリスはこういったものに対して苦痛を感じたことが無い。
 こうして半分と少しの部屋を調査し終えた時である。
「此処ね」
 アリスは、パチュリーがいる部屋を特定した。
 部屋に仕掛けられた罠は簡素だが派手に侵入者を知らせるもの。おそらく、本人がうっかり引っ掛かったときの為だろう。残りの藁人形達総出でそれを無効化しつつ、アリスは部屋の中に忍び込む。
 その部屋は侵入者検知用の罠がある以外、普通の空き部屋であった。
 ただし入り口と正反対の場所に扉がもうひとつあり、しかもそれにはこれ見よがしに魔法封印が施してある。
「これはまた……考えたわね」
 単純な分、解くのも簡単である。けれども単純なだけあって、解いた途端検知されるのは間違いない。
 とすれば、解除する側はどうすればよいのか。それはもう、維持しているように見せかけながら、解くよりほかに無いであろう。
 アリスは、腰のポシェットにしまっておいた文庫サイズの魔道書を開くと解除作業に入った。骨の折れる作業だけれども、出来ない訳ではない。そんな彼女の思惑通り、封印はその状態を維持しているように見せかけながら解除されていき、その解除が十分に進んだ処でアリスはそっと扉に耳を押し付けた。今まで封印で隠されていたパチュリーの気配を明確に感じ取れたからである。
 しゃりしゃりしゃり。
 奥から、そんな音がした。
 それは、刃物を研いでいるかのような響きであった。
 それが間近ではなくそれなりに距離が置かれていることを感じ取って、アリスはそっと扉を開けて中を覗き込む。
 結構広い部屋であった。それでいて室温が些か低い。いくつかのテーブルといくつかの椅子、数多くの器具が整然と並べられ、そしてその中央には透明な直方体が、天井と床の魔方陣から発動している魔力によって宙に鎮座していた。最初は巨大な水晶にかと思ったが、良く見れば氷である。
 その氷に向けて、パチュリーが何かをしていた。具体的には、鉋で氷を削っていた。削れた先の受け皿は、どうみてもアイスクリーム用のグラスである。
 要するに、パチュリーはかき氷を作っていたのだ。そしてそれをひと匙口に運ぶと、
「んぁ〜……」
 興味本位に手を出して痛い目にあった猫のように身を反り返らせて、訳の分からない声を出す。
「……失敗ね」
「何がよ!?」
「ひゃう!? し、白黒!?」
 思わず口に出してしまった突っ込みに、図書館の蔵書窃盗犯(常習気味)の認識名を口に出しながら、パチュリーが振り向いた。
「な、なんで七色!? というか、み、み、みみみ見たわね!?」
「見たくなかったわよ、皆に隠れてかき氷って貴方ね――」
「待ちなさい。事情も知らずに物事を判断するなんて私達魔女、魔法使いにとっては愚の骨頂よ」
 早くも冷静になってパチュリーがそう指摘する。それも道理なのでアリスも沈黙すると、パチュリーは深く息を吸って、
「ここのところ暑い日が続くでしょ。だから魔法によりをかけて美味しいかき氷を作ろうとしていたのよ。それより七色、何よその格好。海水浴にでも行くの?」
 慌てて、マントの前を合わせるアリス。
「こ、こここ、これはね――」
 今度はアリスが焦る番である。
「言わなくても大体読み取れるわ。白黒には絶対に手渡さないでよ、その服」
「わかってるわよっ!」
 出来るだけ身体の線が見えないよう、マントの中で服を引っ張って調整しながら、アリス。
「それにしても……ああんもう、問題解決するまで誰にも知られたく無かったのにっ」
 珍しく感情丸出しで悔しがるパチュリーに、アリスは思わず首を傾げ、
「問題?」
「そうよ」
 そう言ってパチュリーは鉋を手に取ると、その細腕からは想像できない素早さで氷を削った。
「はい、どうぞ」
 そう言って手渡したのは、パチュリーのと同じアイスクリーム用のグラスに盛り付けられたかき氷である。
「見た感じ、綺麗に削れてるじゃない」
 まるで新雪のように、ふわふわの氷を観ながらアリス。
「とりあえず食べてみなさい。そうすればわかるわ」
 アリスが首を傾げて、添えられた銀のスプーンでひと匙食べた直後である。
 かき氷を大量に食べた時特有の、きんと冷えた頭痛がアリスを襲った。
「……ちょっと、これ」
「鉋の刃の部分に使用している魔剣のかけらが変な作用を催しているようね。これをキャンセルさせたいのよ」
「また厄介なものを……」
「元氷結系の魔剣だから、氷を削った際にそれを再冷却させて溶けにくくなるのよ。おまけに切れ味が異様に良いからふんわりとしたかき氷ができるわけ」
 但し氷が呪われるんだけど。と、パチュリー。
「ちょうど良いわ、手伝ってくれる?」
「別に良いけど……鉋の設計図とかあるの?」
「もちろんあるわよ」
 と、服の下から設計図を取り出すパチュリー。同時に鉋を部屋に設えてあるテーブルの上に置く。
「どう?」
「台座部分は御神木で中和か……考えたわね」
「でしょ。レミィが触ったら火傷するけど」
 それでも本人がやりたいって言ったら、手袋を着けるか、咲夜がすれば良いのよ。と、パチュリー。
「材料比は間違っていないはずなのだけど」
「組み方の問題じゃない?」
「やっぱり、そうなるわよね」
 鉋本体とパチュリーが提示した設計図を見比べながら、アリスはあっさりと鉋を分解していく。
「やっぱり組木細工か。この組み方で御神木の使用比率を抑えたのね」
「流石ね」
 満足そうに頷くパチュリー。鉋の土台となる部分に御神木を使用しているのだが、それはムクの木材ひとつという訳ではなく、細かい部品をある一定の法則で丁寧に組み上げ土台の形としているのである。この方法でやれば鉋の基部の剛性は若干落ちるが、アリスの言う通り魔剣の悪影響を単体のそれよりも効果的に中和することが出来る訳だ。
「ここを、こうしたら?」
「嘘でしょ。こんなになっちゃう」
「違うわよ。ここを……こうね」
「いやっ、そんな……」
「それでここを……こう」
「ああっ駄目ぇ――」
 パチュリーが、身を捩った。
「……ねぇ、さっきから何色気付いた声出してるのよ?」
「……気分よ。気分」
 全くの素に戻り、パチュリー。
「とりあえず、これでどう?」
 そう言って手を広げるアリスの前には、先ほどと寸分変わっていないように見える鉋があった。
「試してみるわ」
 組み直した鉋を手に取り、パチュリーが答える。思えば、あっさりと彼女がそれを使えるのも鉋の刃となった魔剣の切れ味によるものなのであろう。砕けて鋭さを増す魔剣というものはまず無い故、元の剣としては相当の業物であったことは想像に難くない。
 そんなことをアリスが考えているうちに、パチュリーは必要分の氷を削るとすぐさまひと匙分口の中に放り込んだ。
「――ん〜」
「……失敗しちゃった?」
「んーん、成功よ!」
 ものすごく嬉しそうに、パチュリーがそう言うので、アリスもひと匙お相伴に預かってみた。なるほど、きんと冷えていながらも爽やかな涼味が口の中に広がっていく。
「感謝するわ。私ひとりでもいずれ辿り着けたでしょうけど、そうしていたら秋になっていたわ」
「そう?」
「で、依頼主は誰?」
 急にトーンダウンしたパチュリーの口調に、ぎくりと肩を震わせるアリス。
「な、何の話よ」
「とぼけない方が良いわ。今館内に居る貴方のお人形は一体一体捕捉済みよ」
 そうパチュリーが言うからには、そうなのだろう。アリスは肩をすくめて、
「……守秘義務よ。たとえここでどんぱちして負けたとしても言えないわ」
 と、体面を守った。
「そう。まぁ、消去法で潰して行けばあらかた想像は付くけどね」
 そもそも依頼者は館内の誰かさんな訳だし。と言って、魔女は北叟笑む。
 ……あ。
 ここにきて、アリスは自分が犯した最大のミスに気が付いた。パチュリーに気付かれる事なく帰還しなければならなかったのである。
「み、見られなかったことにしない?」
「見なかったことにするならね」
 それは出来ない。
「でもでも、貴方だって今自分がしていることを一から十まで言われたら嫌でしょ?」
「それは、そうだけど」
「じゃあ、報告内容を抽象化する。それでどう?」
「どう報告する気?」
 両腕を組んで、パチュリーが訊く。
「そうね……」
 アリスは頤に指を当ててから、こう言った。
「この暑さをしのぐ、画期的な方法を考案中の模様……でどうかしら?」
「そんなところかしらね。でもそれじゃ割に合わないわ」
 そう言ってパチュリーはアリスの回りを歩くと、人差し指を立てて、
「だから、かき氷のシロップを作りなさい。材料はいくらでも渡すから、この氷に見合う最高のを作るのよ」
 願っても無く、そして造作も無いことである。アリスは一二も無く頷いた。



■ ■ ■



 こうして、アリスの調査行動は無事終了した。
 調査したのに抽象的という結果に咲夜は内心首を傾げたが、やがて紅魔館の地下でかき氷屋が開業(したのである。本当に)し、主のレミリア・スカーレットが大層喜んだので、この件は不問とした。その結果妙な評判が幻想郷中に広がり、アリスの許に様々な厄介事が転がり込むことになるのだが……。

 それはまた、別の話。



Fin.




あとがきはこちら













































「どうでもいいけど、燃やすなり凍らすなり押し潰すなり食べ散らかすなり、何に使う禁書なのよあれ」
「え? それぞれ燻製用、冷凍用、漬物用、生ゴミ処理用よ。威力が強すぎるから封印しているのだけど」
「……あっそ」




































あとがき



 お久しぶりの東方SSはアリスとパチュリーでした。
 書き始めた時は目茶苦茶暑かったので、こんな話になったんですが、今はなんか涼しいですね……っていうかもう9月ですね……。
 さて次回は幽々子様か、霊夢とアリスで。

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