超警告。CLANNADの隠しシナリオをクリアしていない人は
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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。

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「夏と言えば」
「水着だな」
「……おとーさん。ちょっと、頭を冷やそうか?」
























































  

  


「暑いな……」
「暑いね……」
 蝉の声が賑やかな、夏真っ盛り。俺と汐は家の中で互い違いに寝そべっていた。室内に入ってくる日差しは可能な限りシャットアウトし、すぐ側では扇風機が全力で稼働中と可能な限り体感温度低下に勤しんでいるのだが、それでも暑いものは暑い。
「どうにかならんもんかな、この暑さ……」
「ね……」
 ちゃぶ台の上に鎮座する麦茶の瓶は既に底をついている。無論すぐさま補充したいところなのだが、台所では現在鍋いっぱいの麦茶が、冷蔵庫の前でただひたすら粗熱が取れるのを待っていた。――需要と供給のバランスを、見誤ったのだ。
 それにしても、冷たい水がただひたすら恋しい。
「交替で、水風呂にでも入るか?」
「あー、いいね。でもそれなら思いっきり泳ぎたいな……ん?」
 そこで何か思い当たるものがあったらしく。汐はがばりと起き上がった。
「あ、そうだ。ねぇおとーさん、プール行こうよプール」
「プール?」
 なるほど、あそこなら幾分かは涼めるだろう。だが――、
「却下。今から行っても混んでいるだけだぞ?」
 俺は寝転んだまま、そう言った。
「混んで無い処があったら?」
 自信たっぷりといった様子の汐に、俺は上体を起こす。
「何処にあるんだ、そんなとこ」
「すぐ近くよ。坂の上の、ね」



『岡崎家の、涼み方』



「なるほどな……」
 プール前に設えられた仮設受付窓口を見て、俺は感心した。
 俺達の家からすぐ近くにある坂の上のプールとは、かつて俺が通い、今は汐が通っている、あの学校のプールのことだった。いつの間にやら、夏休みの一定期間を生徒とその家族に限り解放することにしたらしい。
 汐曰く、これがなかなか全校生徒の情報として浸透していないとのことで、結果として此処から見えるプールサイドの人影はまばらだった。
「ね、言ったでしょ」
 着替えの入ったスポーツバックを揺らしながら、汐が得意げにそう言う。
「あぁ、お前の言う通りだったな」
 そう言いながら、俺は汐の頭をくしゃくしゃと撫でた。
 早速、受付の女生徒が提示する名簿に名前を書いて、普段は渡り廊下からになる入り口付近に設えられた臨時の下駄箱で靴を脱ぐ。
「じゃ、後でね」
「ああ」
 更衣室前で汐と別れ(まぁ当たり前の話だが)、手早く着替えてプールサイド側のドアを開ける。
 何とも懐かしい、塩素独特の香りが身を包んだ。昨今の上水道がそのほとんどをオゾン式に切り替えているせいか、久しく嗅がなかったあの独特の匂いが余計懐かしく思えてならない。
 シャワーと殺菌槽を通ってから、プールサイドに出てみると、外から見た其処と同じように、プール内も閑散としていた。
 そのほとんどは、いつの世もこういったイベントに聡い女子で、男は俺を含めても数人しか居ない。さらには生徒の家族となると――俺しか居なかった。これじゃ目立つかなと思ったが、特に気にされていないところをみると、汐達の世代は大らかなのか、俺が――前に汐に指摘された通り――若く見え過ぎて生徒だと思われているのかも知れなかった。
 現に今も、近くを通った女子数人に軽く会釈されている。その様子は明らかに同世代に対する気軽な挨拶に感じられたが、俺は軽く片手を上げてそれに応えておいた。何も、わざわざ説明することはないだろう。
 それにしても、その何人かの女子生徒の水着姿が眩しく思えてしまうのは――その何だ、俺が年を食ったせいだろうか。
 プールの縁に座り、水面に足首を浸してみる。
 その冷たさだけで、俺はあの学生時代の、気怠い水泳の授業を思い出すことが出来た。
 ……そう言えば、授業でもプライベートでも、渚と一緒に泳がなかったっけ。しみじみと、そう思ってしまう。
 見上げれば、じりじりと暑い日差しを送ってくる太陽が、どでかい入道雲と共にあった。
「一緒に泳ぎたかったな、渚」
 プールに足首を浸しながら、思わずそっと呟いてしまう。
「お、おとーさん……」
 そこで汐の声がかかって、俺は思わずプールの水を蹴り上げてしまった。
「ず、随分と遅かったな――ってどうした、お前」
 慌てて隣を見てみれば、どんなきわどい格好でも(そんな格好には滅多にならないが)常に堂々としている汐が、肩からすっぽりとバスタオルにくるまって俺の側にしゃがんでいた。
「どうしよう、水着間違えて持ってきちゃった……」
「なぬ?」
 意味がわからない。
「俺のと間違えたって言うのか? お前、うっかりにも程があるぞ」
「おとーさんのと間違うわけないでしょっ!」
 いくら何でもそれはしないと、汐に一喝される。けれども一瞬吊り上がった眉は、すぐさま困り切ったように八の字になって、
「お母さんのと、間違えちゃったみたいなの」
「……は?」
 渚の、だと?
「何処にあったんだそんなもの」
「普通に箪笥の中にあったの。何でわたしのと一緒になっていたのかよくわからないけど」
 それ以前に、俺達の家に渚の水着があることそのものが意外だった。てっきり、古河家の渚の部屋にあるものだと思っていたのだが。
「それにしても良くわかったな。渚のだって」
「着てみなきゃ、さすがにわからないわよ。デザインはほぼ一緒だし、並べてみないとサイズの差把握できないもん」
 と、口先を尖らせて汐。
「で、着てみたらね……その、すごいことになっちゃって」
「着られたのか」
「うん、まぁ、着ることは出来たんだけど……やっぱりきつくって」
 そりゃそうだろうな。俺もそうだろうと思う。渚には悪いが、汐のプロポーションは既に母親を凌駕している。出ているところは出て、引っ込んでいるところは引っ込んでいるのだ。
「見た目がちょっとすごいことになっているけど、プールに入っちゃえば平気かなって思ったんだけど……やっぱり駄目。あちこち食い込んじゃって動きづらいし」
 それは確かに不味い。周囲の視覚的にも、俺の視覚的にも。
「というか、何がちょっとすごいのか気になるところだな」
「見たいの?」
「ちょっとだけ、な」
 すると、汐は少し余裕が出て来たのか悪戯っぽい微笑みを浮かべて、
「駄ー目ー。大体、娘の艶姿なんて見て嬉しい?」
「ああ」
「言い切らないでっ」
 いや、単純に成長の一環としては非常に嬉しい。この年になって気付いたことだが、親は子が成熟して行く様子を見るのも非常に楽しい、あるいは誇らしいものなのだ。
「やっぱり、一回戻って着替えてくる」
「そうだな、早く着替えてこい」
 いつまでも即席てるてる坊主でいると流石に目立つ。だから俺は急かすつもりで汐の背中を軽く叩いたのだが――その拍子にはらりと、バスタオルが落ちてしまった。
 ……うわ、すっげ。
「うおおおおおお!」
「うわあああああ!」
 父娘して絶叫してしまう俺達。
 結論から言おう。汐と渚とのプロポーション差は、ワンサイズだけだったのだ。だからこそ無理やり着ることができた訳だが、そうした汐は何というか――ひと昔前に流行った密着(いや圧着?)した競泳水着を着込んだようになっていた。
 わかりやすくいうと、身体の線がこれでもかと言わんばかりにみっちりと――その、想像以上だった。
「お、おまっ、おまえっ」
「ぃ、やあああああーっ!」
 嗚呼、初めて汐の可愛い悲鳴を聞いた気がする。
 当然、他の生徒の視線が汐に集中――する前に俺はバスタオルを拾ってその肩にかけようとし、その時にはもう汐はプールサイドを蹴って派手に飛び込んでいた。
「ううっ、おとーさんに生まれたままの姿を見られたような気がするっ」
 いや、それはもう何度も見ている。見ているが、ここは父としてしっかりと言っておかなければならない。
 俺は汐が飛び込んだ際に浴びた水滴を払いながら、はっきりと言ってやった。
「汐、よくぞここまで成長してくれたっ!」
「そーいう問題じゃなぁい!」
 両手で思いっきり水面を叩きながら、汐。
「まぁ冗談はともかく、上がって来い。んでさっさと着替えて一度家に戻ろう」
「……うん、それしかないよね」
 無論着替えを含め大幅なタイムロスが発生する。だからこそ汐も無理やり着てみようと思い立ったのだと思うのが、今回はそれが完全に裏目となっていた。
「とりあえず、上がってくれ」
 バスタオルを広げながら俺がそう言うと、汐は黙って頷いてからプールの端にある梯子をつかって上がろうとし――、
「お困りですね、岡崎先輩!」
 その声に敏感に反応して、再び水中に身を沈めた。
 後を振り返ってみると、いつの間にか俺達を競泳水着姿の女子生徒たちが半円状に取り囲んでいる。
「あー、一体どちらさまで」
「私達は、このプールの管理を学校より任されております女子水泳部ですっ」
 汐くらいの長い髪を一本のお下げにまとめた女子が、深くお辞儀をする。多分彼女が、この場の責任者なのだろう。
「失礼ながら、お話は大体聞かせていただきました。こんなこともあろうかと、利用者の水着が水中で破損するという事態に備えてスペアの水着を用意してあります。もしよろしければ、受け取っていただけますでしょうか?」
 ――おそらく、プールの中で何かに引っ掛かって破けたとか、そういう事態に備えているのだろう。今汐が今着ている水着は破損していないけれど、この申し出は非常に助かる。
「どうする?」
 と、頭だけ水上に出している汐に俺は訊く。
「…………」
 当の本人は顔の下半分を水に沈めて、思いっきり悩んでいた。きっと、同じ事態に陥る生徒の可能性とかを一生懸命計算しているのだろう。
「いいから受け取っとけって」
「でも――」
「そう簡単に無いからな。水着が駄目になるなんて事故は」
 競泳用ならともかく、普通のものや学校指定のでそう言った事態はまず起こらないだろう。
 俺の説得は功を奏し、今度こそ汐は水から上がった。すぐさま俺が渡したバスタオルに身を包む。
「ど、どどどどうぞっ!」
 すぐさま水泳部部員によるバケツリレーで水着が手配され、お下げの部員から汐へと差し出された。
 それにしても、先程までは冷静かつ事務的な印象を受けたが、今は目茶苦茶手と声が震えている。それは汐も疑問に思っているようで小首を傾げて立ち尽くしていたが、すぐにそのままでは悪いと気付いたのか、ポンチョ状態のバスタオルから両手を突き出して、
「ありがとう」
 と、丁重に受け取った。
 その瞬間、押し殺した歓声が上がる。何か知らんが、喜ばれているような気がする。
「なぁ、お前もしかして――」
「はい、実は私達、岡崎先輩のファンなんですっ!」
 あっさり暴露するお下げの部員。……って、私達?
「――全員?」
「はいっ」
 お下げの部員だけではない、その場にいた女子部員全員が頷いていた。
「岡崎先輩。私達皆、二学期の公演楽しみに待ってますので――頑張ってください! 応援してますっ」
「え、あ、うん……ありがとう?」
 複雑な貌で礼を言う。そんな汐の肩を俺はぽんと叩き、
「お前、同性にも好かれているのな」
「うん、そう……みたい?」
 複雑な貌のままの汐だった。
「とりあえず、着替えて来い」
「うん、そうする」
 てるてる坊主フォームのまま、更衣室に駆け込む汐。程無くして出て来たのだが――、
「むー……」
「どうした」
「誂えたみたいにサイズぴったり」
「……良かったな」
「……うん」
「おおお、お似合いですっ!」
 黄色い声援を送る女子水泳部一同。学校指定のスクール水着ではなく彼女らと同じ競泳水着姿であることが余計にヒートアップさせているのだろう。それはそうと一体何処で汐のサイズを知ったのか、激しく謎ではあったが、とりあえず感謝しなくてはならない。
「似合ってるぞ、それ」
「ありがとう、おとーさん」
 気持ちを切り替えたらしい。汐はいつもの調子に戻ると、軽く体をほぐしてプールに入る。
「何か色々理不尽な目に遭ったような気がするから、思いっきり泳いでくるね」
「おう、行ってこい」
 俺のサムズアップに同じポーズで応えると、汐は一回だけ水煙を立てて、一気に泳いで行った。再び女子水泳部が黄色い歓声を上げるが、あれは単純にその速さを称賛しているのだろう。
 俺もプールに入り、背を下にしてぷかりと浮かび上がる。相変わらず陽光が厳しいが、全身を包む涼やかさには敵わない。
 ……それにしても。
「残念だったな渚、汐を一緒に泳げなくて」
 まだ渚の水着が着られていられる年齢であったならば、あるいは。
 そこまで考えて、俺は苦笑する。それは既に通り過ぎた分岐点だ。振り返るよりは、前を見た方が良い。
 両耳に入った水を通して、汐の力強く水を蹴る音が遠くから聞こえて来た。



Fin.




あとがきはこちら













































「良く考えたら、おとーさんがお母さんのと間違えなくて良かったかも」
「なるかっ!」
「まって朋也。それ――ありじゃない?」
「……ああ、ありだな。藤林」
「ありなの」
「ありだと思います、岡崎さんっ」
「(ヒトデ……)」
「冗談でもやめてくれっ! 渚、お前も何か言ってやれ!」
「……です」
「え?」
「朋也くんなら、大丈夫ですっ!」
「な、なにぃーっ!?」






































あとがき



 ○十七歳外伝、プール編でした。
 昔は近所の学校がプールを一般解放していたものですが、今は治安上の都合などで中々解放できないようです。ただまぁ、私の方も忙しくて泳ぎに行こうにも行けないんですが;

 さて次回は、渚が水着を着ます。

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