超警告。CLANNADの隠しシナリオをクリアしていない人は
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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。

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「今日のわたしは一味違う!」
「どう違うんですか? しおちゃん」
「ん、おとなしく脇役を、ね」
「そうですか……出番がある分、羨ましいです……っ」
「わーっ、落ちこまないでお母さんっ」





















































  

  






『踊る球技大会』



「じゃ、今日も走って帰りますんで。お先に失礼します」
「お疲れさん。無理するなよ」
 仕事に使うバンに乗ったままの芳野さんの声には、多少の呆れが含まれていた。
 まぁしょうがないよな。と俺、岡崎朋也は思う。
 何故ならここ数日、俺は事務所現場を問わず、仕事の帰りにはこうやって帰っているからだ。時にはかなりの距離になって後悔することもあったが、一応ギブアップはしていない。
 もちろん、そんなことをするのには理由がある。近く、汐の幼稚園で保護者参加の球技大会が開かれるのだ。
 運動会は汐が熱を出していたので無理だったが、今回は――そう、今回こそはふたりで頑張れる。熱が入るのも、当然のことだった。少なくとも、俺にとっては。
 そう言う訳で、俺は今日も走っている。
 こういう帰り方を続けていると、バスケをやっていた中学時代の勘が戻って、走るペースが掴めてくるようになる。今は速くもなく遅くも無い、丁度良いペースだった。
 そのまま、汐が通う幼稚園を通る。グラウンドが園児に合わせて小さいから、コーナリング時の加減速が勝利の分かれ目だな――そう思っていると、そのグラウンドにふたり分の人影を見つけた。
 もちろん時刻は夕刻だから、とっくに昔に帰った園児達では無い。若い男女の二人組だった。
 女の方は良く知っている。俺達と同じ学校に通い、今は汐の担任である藤林杏だ。もうひとりの男の方は……初めて見る顔だ。年齢は俺達と同じくらいだろうか。
 足を止めてよくよく見てみれば、男はグラウンドを短距離で何度か走っており、杏の方はストップウォッチらしきものを操作している。どうも、タイムを計っているようだった。今も、一本走り終わった男が、杏の方へ歩み寄りながら声をかけている。
「どう? タイム」
「結構良いペースね。これなら行けるんじゃない?」
「よぅ」
 そこへ割り込むように声をかけてやる。すると――、
「あ。あら、朋也」
 何故か気不味そうな貌で、杏はそんな返事を返した。ほぼ同時に、男の方が俺を見る。続けて俺が、
「彼氏か? 杏」
「ば、馬鹿言うんじゃ無いわよっ」
 年齢が近いように見えるからありかと思っていたが、違うらしい。
「彼はね……彼は……そう、あたしん家の執事よ」
「ええっ!?」
 当の執事が驚いていた。っていうか……。
「つまんなかったぞ、今の冗談」
「悪かったわね。彼は、」
「僕は柊勝平。椋さんの――」
 今度は俺ではなく男の方が割り込んでいた。
「椋さんの、フィアンセさっ」
「……はい?」
 つい、間抜けな声を出してしまう俺。椋さんというからには、杏の双子の妹の藤林椋――今は、病院で看護師をやっている――なのだろう。しかしまた……。
「フィアンセ?」
 隣の杏にそう訊くと、憮然とした様子で首を縦に振る。今時聞き馴れない単語になっているが、どうやら事実らしい。
「つまりお前は、妹に追い越されたって事――」
 その先は、言えなかった。
 杏に下顎を、軽く掴まれたからだ。
「今夜は汐ちゃん、不思議に思うでしょうね。あんたが急に、固形物を食べられなくなるんだから……」
「す、すみません……」
 きりきりと下顎にかかる力が増す中、喋られ無くなる前に謝る、俺。
「いやぁ、噂通りの人だねぇ」
 そんな俺を全く蚊帳の外な様子で眺めながら、柊がそう言う。
「初めまして、か?」
「うん、そう。それで良いと思うよ。実際には、病院で娘さんと一緒のところを、何度か見ているけど」
「そうなのか?」
「椋さんと一緒に居たんだけど……」
「悪ぃ、気付かなかった」
 そう言えば、汐の診察に藤林が付き添ってくれた時、その側にはいつも男性のスタッフがいたような気がする。
「まぁ、普段は椋さんの手伝いって感じかな」
「ふぅん……で、そんな藤林のフィアンセが、何でまたこんなところで走っているんだ?」
「今度の競技大会の先生代表なのよ。本当はあたしが出たいんだけど、今回は司会進行兼実況中継役になっちゃったから、急遽白羽の矢を立てたの」
「本当は、あまり乗り気じゃなかったんだけどね」
 と、柊。
「でも、椋さんが『頑張って!』って言ってくれたからさ、ここはもう男を見せるしかないかなーって思ってねっ」
「ふぅん……」
 俺は柊の頭の天辺からつま先までをさっと眺めてみた。さっきの走りと言い、その体格と言い、運動をしている――もしくは、過去にしていた――のが良くわかる。
 どうやら、今回の球技大会は俺の圧勝という訳には行かないらしい。
「まぁ、一位はいただきだねっ」
 ……む。
「それは困るな、俺も一位を取る予定なんだ」
「へぇ――」
 すぅと、柊の目付きが変わった。それまではどちらかというと線が細く弱々しかった印象が、冷徹な狩人を思わせる鋭いものに変わっていく。
「それは、負けられないなぁ。僕には、待ってくれている人がいるからね」
「俺だってそうだ。娘が応援しているから、負けられない」
 自然と、俺も声が低くなっていた。ずっと昔から――そう、高校を卒業してからこの方――なりを潜めていた闘争心が、静かに身を起こしつつあったのだ。
「残念だね。娘さんには悪いけど、勝利と共に椋さんのキスをもらうのはこの僕さ」
 顔を手の平で隠しながら、柊。
「そいつはどうかな。一位のフラッグと、汐の跳び付き抱っこを貰うのは……この俺だ」
 俺は顎に手をやって、そう答える。
「なんの、勝利と椋さんのキスと、さらにはむふふ――」
「悪いな、フラッグと跳び付き抱っこの後は娘と肩車でふはは――」
「あんたらね……」
 杏が呆れた口調で言う。
「どシリアスな貌と口調で、言ってることが目茶苦茶間抜けよ?」
 ……言葉もなかった。



 そして、当日。
 天気は快晴で暑くもなく寒くもなく、絶好のコンディションだった。プログラムを阻害するものは一切なく、年少組は大玉転がし、年中は玉入れと続いて、汐達年長組は、シンプルかつ定番なドッヂボールだった。汐本人曰く野球の方が良かったらしいのだが、保護者の俺としてはバッターボックスで駒田とか王貞春とかやられても困るので、それで良かったと思う。
 で、俺達の方はというと、400メートル徒競走。
 保護者同士でいきなりチームを作っても大変ということから非常にわかりやすい競技になった訳だが、『球技』大会とはだいぶ趣が違うような気がしないでもない。
 さて。
 サイズ直しが不要だった高校時代のジャージ姿でスタートラインに立ち、俺は軽く伸びをした。
 目につく範囲では、俺と同世代、もしくは年下はいなかった。たったひとりを除いて。
 そして上の世代には、芳野さんやオッサンのように運動が得意といった様相の人も見受けられない。たったひとりを除いて。
「やぁ」
 俺の隣で、アスリートファッションに身を包み、柊は俺に手を振った。
「気合が入っているな、その格好」
 俺がそう言うと、柊は肩をすくめて、
「この前は言いそびれていたんだけど、僕、元スプリンターでね」
「そんなこったろうと思ってたよ」
「気付いてたの?」
「走りを見ていれば大体わかる。俺も昔バスケをやっていたからな。少なくとも、運動の基礎は体に叩き込んだつもりだ」
「なるほど、若いだけってことじゃないんだ。これは圧勝という訳にはいかないねぇ」
 そう言いながらも、なおも微笑を湛えて、柊。
「負けないよ、絶対に」
「ああ、お互いな」
「ふふっ」
「へへっ」
 どちらからともなく、笑い声が漏れる。と、そこへ――、
「勝平さん、ファイトですっ」
「パパー、がんばってー」
 俺達の確執などまるで知らないかのように(当たり前の話なのだが)、藤林の膝に座る形で汐が精一杯手を振っていた。
「がんばるよー! 僕頑張るよ椋さーんっ」
「汐ーっ! パパ頑張るからなー! 本気で頑張るからなーっ!」
『つきあってらんないわ、ほんと……こほん!』
 意図的にマイクをオンにしたと思われる進行役の杏が、ぼそっと突っ込む。
『……えーそれでは、選手の皆さん、用意はよろしいでしょうか?』
 ジャージの襟元にクリップ式のマイクを仕込んでいる杏がスタートライン脇に立ち、ピストルを空へと構える。本人も走りだそうとしているのは、そのままグラウンドを横断してゴール際に移動するためらしい。
 俺は――俺達は、静かに横並びになって駆け出す準備をする。クラウチングスタートは使えないから、上半身を下げるだけ下げるしかない。
『位置について、よーい……どん!』
 その時起きたことをそのまま説明すると、それはとても間抜けな話になる。けれどもまぁ、言わざるを得ない。それは、紛うことなき事実なのだから。
 俺と柊は、スタートダッシュに失敗してふたり同時にこけていた。もちろん、その間を他の保護者の方が駆け抜けて行く。
 なんて言うか、すごく情けない。これじゃ汐も藤林もさぞかしがっかりしているだろうと思った刹那――、
「パパ、まけないで!」
「まだ行けます、勝平さんっ!」
 俺達はこけた時と同じように、同時に跳ね起きた。
 地についてからのその時間、わずか数秒。
 100メートルだったら危なかったが、これは400。まだ間に合う。
 何とは無しに、顔を見合う。
 お互い、マジギレな貌になっていた。
 ……そう。久々に、マジになった。
「うおおおおおおおっ!」
 昔のフォームもへったくれもない。俺は全身の筋肉をフル動員し、とにかく地を蹴るのに使う。
 隣の柊はというと、俺の力任せの走りとは違った、スプリンター独特の無駄の無いダッシュを魅せていた。
 その速さは、同格。
 俺と柊は次々と保護者の皆さんをぶち抜いて行く。
『ああっと、スタート地点でこけた愉快な選手二名、次々と他の選手を追い抜いて行きますっ! 速い速い速いっ』
 こういうドラマを待っていたとばかりに、盛り上がる杏。
 程なくして、俺達ふたりは残りの保護者をすべてぶっちぎっていた。
 距離はあと20近くある。そして、お互いペースを全くと言っていいほど崩していなかった。
 どうする?
 同じこと考えていたらしい。一瞬だけ、柊と目が合う。
 遠くの応援席には、精一杯の姿勢で応援する汐と、藤林。
 もっと無茶をすれば、この均衡は崩せるかもしれない。あるいは、妨害をかければ。けれども――、

 どちらからというものでもなしに、俺達は肩を組んでゴールした。

 わあっと、歓声が上がる。
「次は、負けないよ?」
 息を整えながら、柊がそう言った。
「ああ、全力で来い」
 同じように肩で息をしながら、俺。
 応援席では、汐と藤林が抱き合って喜んでいた。傍らでは、ノリにノった杏がマイクを持って、
『すばらしい走りを見せてくれました! 審議の結果、岡崎、柊両選手は、同着一位としまーす!』
 わあっと、園児たちと観客の歓声がもう一度上がる。
 それを背中に受けながら、杏から貰った一位のフラッグを柊と一緒に掲げ、俺は久しぶりにかいた全力疾走の汗を空いた手の甲で拭った。
 本当に良い汗をかいた。そう思う。



Fin.




あとがきはこちら













































「ふ、ふふふ。で、出番……久しぶりに出番がっ」
「良かったな――本当に」
「リクエストありがとおおおおおぉっ!」
「落ち着け。マジで」





































あとがき



 ○十七歳外伝、○完全に脇役な勝平編でした。
 BBSにて勝平のSSのリクエストをいただいて、あーでもないこーでもないと話をこねくり回していたら、いつの間にか朋也との対決っぽい話になってしまいました。まぁ、これはこれで良かったと思います。結果も含めて^^。
 さて次回は、久々に同棲編で。

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