超警告。リトルバスターズをクリアしていない人は
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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。
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「わふーっ! わ、私が主役ですかーっ!」
「おはよう」
「おっす」
「うむ、おはよう」
そんな感じで始まった、週明けの朝。そろそろ蒸し暑くなり出した初夏の食堂――なのに、
「…………」
僕らが座るテーブルの一角が、妙に暗かった。
「いやぁ悪ぃ悪ぃ、いい陽気だったから筋トレに熱が入っちまってな理樹――ってあれ? どうしたクド公」
遅れて入ってきた真人が気付く。妙に暗い、その一角に。
能美クドリャフカ。通称クド。普段は快活な彼女が今日は何故か沈み込んでいた。
「おーい、クド。一体どうした。筋肉が足りないのか?」
クドの真正面に回って、もう一度真人が声をかけると、クドはそこで初めて気付いたようで、
「あ、井ノ原さん。おはようございます……」
それきり、黙り込んでしまう。
どうも、心此処に在らずといった感じだった。
「理樹、クドのやつどうしちまったんだ?」
「さぁ――」
僕は返答に困って、同じテーブルに座るバスターズのメンバー全員に視線を向ける。けれども、みんな皆目検討も着かない様子で、僕に困惑の視線を返してきた。
「僕にも、わからないよ」
そう、真人に回答する。
その時だった。
「ちょっといい?」
鋭い声が飛び、誰かが僕の側に立つ。
「話があるの。朝食後つきあってもらえるかしら、直枝理樹」
声の主は、風紀委員長の二木佳奈多さんだった。
『クーニャの空』
「最近クドリャフカ、元気が無いでしょ」
学校の裏庭に僕を連れ出して開口一発、二木さんは正鵠を射てきた。
「原因、知っているの?」
そういえば、二木さんはクドのルームメイトだ。何か僕らの知らない事情を、察知しているのかもしれない。
「ええ。たまたま同じものを読んでいることに気付いて、ね」
果たして、二木さんは僕に新聞を放ってよこした。
「ええと、これ?」
「そう。これよ」
……英字新聞らしい。それも専門紙のようで、僕にはわからない単語が立ち並んでいた。そこから無理やりざっと読める単語を拾って行くと――。
「ミッション再開……ミッションって、もしかして」
「そ。要は打ち上げよ」
僕から視線を逸らして、二木さん。
「そうか、再開するんだ……」
テヴア――打ち上げ事故を起こしたクドの故郷――じゃない。各国が、だ。
「アメリカ、ロシア、EU、中国、そして日本。何処もしばらく止まっていたから打ち上げラッシュね」
と、二木さん。
そう、テヴアの事故で何処の宇宙開発機構も、安全の再確認に時間を費やしていた。それが終わり、遅延していた宇宙開発事業が再開した訳だ。
……繰り返すけど、テヴアを除いて。
「どうすれば、いいのかな……」
「それを考えるのも、あなたのやることだと思うけど。直枝理樹」
と、にべもなく二木さん。
「……うん、そうだね」
「まぁ、頑張りなさい。それとその新聞、あげるから」
そう言って、二木さんは先に校舎へ戻って行った。
その後の午前の授業は完全に上の空だった。
理由はもちろん、クドを元気付けるにはどうすればいいのかをずっと考えていたからだ。僕は必死になって考え続け――そして昼休み、クドに声をかけて家庭科部の部室でふたり、お昼を取ることにした。
そう、直接話を聞くことにしたのだ。
「流石二木さんですね……何もかもお見通しでしたか」
柔らかい表情で、クド。
「実は最近、宇宙飛行士の勉強を進めていたんです」
なるほど、そこへ各国が打ち上げを再開し――、
「そうです。その報道を観て、置いていかれるように感じてしまいまして……」
そう言って、クドは少し項垂れた。
「でも、わかっているんです。急いだって、どうにもならないことに。私がどんなに急いでも、こればかりはなるようにしかなりません」
そう言って、クドは少しだけ笑った。
「ですから心配しないでください、リキ。私は少し落ち込む日々が続くかもしれませんが、その後には必ず元気になりますから」
「クド……」
「リキ。びりーぶみー、ぷりーず」
「……OK、信じるよ」
「ありがとうございます」
そう言って、クドはもういちど笑顔を浮かべたが、それは弱々しいものだった。
まるで触れたら壊れてしまいそうな、そんな。
「そうか……能美も大変だな」
夜、僕と真人の部屋。
僕の話を聞いて、恭介はそう呟いた。
僕は再び迷い……恭介――いや、皆に相談することにしていた。
最初は、恭介達に頼ってしまう自分が、ちょっと情けないと思っていたけれど、クドのことを考えたら、僕に出来ることは全部やるべきだと思ったのだ。たとえそれが、誰かを頼ることだとしても。
そして今、僕はその選択が間違っていなかったと知る。
恭介も謙吾も真人も、そして鈴も真摯に話を聞いてくれたからだ。
「僕らで、何か出来ないかな。例えば――」
「テブアで打ち上げが再開出来るように、現地で復興支援か? 出来なくは無いが……」
何年もかかるだろう、と恭介は続ける。
「ロケットの燃料ってのは有毒――それも半端じゃなくてな。ちょっと触れただけ、近寄っただけで呼吸困難になって……ってのがザラなんだ。さらに、積み荷として乗せた人工衛星に原子力電池でも積んでいた日には――」
放射能汚染。それもかなり質の悪い――ということなんだろう。
「そう、だよね……」
「つまりあれか。恭介の言うことはさっぱりわからんが……」
と、真人が言う。
「クドんちで、ロケット打ち上げるのは当分無理って事か?」
「そういうことだ」
と、謙吾。傍らでは、鈴が理解したとばかりに黙って頷いている。
「ふむ……置いていかれる、宇宙飛行士の勉強、相次ぐ打ち上げ――か」
あぐらをかきながら天井を見上げて、事態を整理するようにそう呟く恭介。そのままぶつぶつ続けていたけれど、しばらくするとその動きをはたと止めて、
「なぁ、理樹。能美は宇宙飛行士の勉強を進めていると言ったな」
僕に、そう訊いてきた。
「あ、うん。そうだけど」
「進行度はどれくらいなんだ?」
「うん? それは――わからないよ」
「そうか……」
不確定事項は多いが、懸けてみるか……そう呟きながら、恭介は静かに立ち上がる。
「策があるのか?」
と謙吾が問うと、恭介は軽く頷いて、
「理樹、俺はしばらく此処を留守にする。悪いがリトルバスターズの練習はお前と鈴で執り仕切ってくれ」
「いいけど、一体どこに行くのさ?」
僕がそう訊くと恭介は、いいことを思いついた時特有の、強い光を湛えた眼を細め、
「ちょっとそこまで、な」
そう言って、ニヤリと笑った。
それから二週間、恭介は本当に学校を留守にした。
心配したのは僕や小毬さんくらいで、残りのメンバーはそのうち帰ってくるだろうと、楽観していたりする。
そしてクドはというと、依然心此処に在らずといった様子で、窓から空を眺める日々が続いていた。
「理樹君理樹君、提案があります」
鈴から事情を聞いた小毬さんが、屋上でもらったドーナツを何気なしに食べていた僕の袖を引く。
「いつかのホットケーキパーティのように、何かお茶会みたいなものをしてみたら、どうかな?」
「そうだね……それはいいかも」
恭介が帰ってくる前に、一度やってしまおうか……とそう思った瞬間、まるでそれを狙っていたかのように、恭介からメールが飛んできた。それも、僕宛ではなく、バスターズ全員に。件名は『注目!』とあり、その本文は――、
『リトルバスターズ全員、校門前に集合』
そう書いてあった。
「なんだろうね? 理樹君」
「とりあえず、行ってみよう」
慌ててふたりで後片付け――小毬さんが広げたお菓子の類――をして、校門へと向かう。
見れば僕達が最後のようで、校門には全員が集まりつつあった。もちろん、事情を良く知らないクドも、だ。
「待たせたな、理樹」
「恭介――」
久々に見る恭介は、毎度ながらこの学校を離れる時と寸分変わっていなかった。ただ、首から何故かスキーに使うような大きなゴーグルを下げている。
そして傍らには、恭介の白いバンが停めてあった。どうやら、これに乗って戻って来たようだ。
「行くぞ、全員移動だ。乗ってくれ」
鈴を通して事情を察しているためか、小毬さんをはじめ、葉留佳さんも来ヶ谷さんも西園さんも、何も質問せずにバンに乗り込む。助手席には鈴が座り、ルーフには既に真人と謙吾がスタンバっていた。
そして、ただひとりクドがきょとんとしている。
「さぁ、クド」
「は、はぁ――」
今一事態を飲み込めていない様子で、クドがバンに乗り込み、最後に僕が乗ろうとした時、
「待ちなさい」
背後から、そんな声がかかった。
「げ、風紀委員長っ」
葉留佳さんが息を飲む。
「二木さん……」
そう、二木さんに間違いなかった。ただ、いつもの取り締まりのように、風紀委員を従えてはいない。
「直枝理樹、貴方に聴きたいことがあります」
そう言って二木さんは一気に間合いを詰めると、僕の耳に口を近づけて、
「これは、クドリャフカのため?」
他の人には聞こえないようにそっと、そう訊く。
「……もちろん」
同じく声を落として、僕。
「そう」
そこで二木さんは頷き、声をいつもの調子に戻すと、
「じゃあ、許可するわ」
「なんとぉ!?」
葉留佳さんが仰天した。その気持ち、わからなくもない。
「い、いいの?」
と、些か裏返った声で僕も訊いてしまう。
「いいわよ。でも条件がひとつ」
そこで二木さんは口許だけで少し笑うと、
「私も連れていきなさい、直枝理樹」
はっきりと、そう言った。
普段より密集状態のバンに揺られること小一時間、
「着いたぞ」
降りてみれば、目の前にだだっ広い空間が広がっていた。
足元には、普通のアスファルトより遥かにきめ細かい舗装道路。
それもまるでアメリカのロードムービーのように、とっても広くて、長い。
「ここ、何処?」
「来ればわかる」
思わず漏れ出た僕の呟きに、バンから降りた恭介がさらりと言う。
「みんな来てくれ。こっちだ」
停めたバンの側にはカマボコをひたすら大きくしたような建物がふたつと、塔のような建物がひとつ建っていて、そのカマボコのひとつに僕らはぞろぞろと続いていく。
「ちぃーす」
そんな風変わりな処だというのに、普段と全く同じな気軽さで、入り口をくぐる恭介。
「お、お邪魔します」
そのすぐ後ろにいた僕が、おずおずと続き――その中の風景に、ただただ圧倒された。
そこには、古今東西の飛行機が、ずらりと並んでいたからだ。
「ほぅ」
後から入って来た来ヶ谷さんの目付きが、すっと変わる。
「セスナにテキサン――までなら普通だが、赤トンボにT−4、それに退役したマスタングにイントルーダーと来たか……実に興味深い」
そう言って満足そうに頷く来ヶ谷さんだが、僕にとっては訳が分からない。
「きょ、恭介、本当にここ何処!?」
「個人経営の、飛行場さ」
ニヤリと笑いながら、恭介がさらりと答える。
つまりここは、飛行機の格納庫――ということになるのだろうか。
「待っとったよ」
そこへ奥からそんな声が上がった。
見れば、年配のおじいさんが、恭介に手を振りつつこちらに向かってくる。
「お世話になります」
珍しいことに、恭介が頭を下げた。
「いいんだよ、若いもんがそう安々と頭を下げなさんな」
小毬さんのところの小次郎さんとはまた違った、線の細い好々爺といった感じのおじいさんだった。ただ、その眼光だけは小次郎さんに負けるとも劣らない、強い意志の光が見える。
「準備はもう出来ている。整備も済んだし、ウィンチとワイヤーの取り付けも終わった。後は燃料を入れてエンジンを回せば、すぐにでも飛べるよ」
「助かります」
今度はおじいさんの先導で、広い格納庫の中を進む。
「ほれ、これだ」
そう言って指し示されたのは、濃い緑色の複葉機だった。
「……随分、古そうな飛行機だね」
「ああ。免許取りたての俺に飛ばせるの、これしかなくてな」
「取ったんだ!」
ようやく、首にかけたゴーグルの意味に気付く。
飛ぶ気なのだ、恭介は。……でも、
それがクドを元気付けるのと、どう関係があるのだろう?
「恭介さん、これはなに?」
小毬さんが、興味深げに複葉機の後ろを指さす。
見れば、複葉機の後ろからワイヤーが伸びていて、それは銀色の小さな飛行機に繋がっていた。いや、これは飛行機というより……。
「これはな小毬、グライダーさ」
「グライダー?」
「エンジンのない飛行機のことです。訳するとしたら、滑空機でしょうか」
と、西園さん。
「これにも、誰かが乗るの?」
再び、小毬さんがそう訊く。
「あぁ、もちろん」
そう言って、恭介はポンと複葉機の翼を叩いた。
「……なぁ能美?」
「え――あ、はい?」
行きなり声をかけられて、いままで上の空だったクドが慌てて答える。
「宇宙飛行士の訓練のひとつに、グライダーの操縦があったよな」
「あ、はい。あります。ありますが……まさか」
「そのまさか、さ」
今度はグライダーをポンと叩き、恭介はニヤリと笑って言った。
「このグライダーには、能美に乗ってもらう」
「えええーっ!」
その元気な悲鳴は、今まで通りのクドそのものだった。
「わ、私が乗るんですかーっ!」
「ああ。他に誰がいる?」
「で、でもでも、でも」
「今までの勉強の成果、試してみろよ」
と、柔らかな笑みを浮かべながら、恭介。
「せっかく今飛べるんだ。どうせなら、飛ぼうぜ? な?」
「え、ええと――」
リキ……とクドの目が僕に問う。
だから、僕は頷いて答えた。
「飛んでみよう、クド。恭介がチャンスをくれたんだからさ」
「そう、ですね……そうですよね――わかりました」
被っていた帽子を脱いで胸に抱き、クドは真っすぐ恭介を見る。
「恭介さん、私飛びます」
「よし、そうこなくちゃな!」
その言葉を待っていたと叫びそうな様子で、恭介は次々と指示を飛ばす。
「謙吾、来ヶ谷、燃料タンクをもって来てくれ。小毬と西園と二木は給油作業。理樹と鈴はこれを持て!」
そう言って、恭介は僕と鈴にマイク付のヘッドホンのようなものを渡す。
「これは?」
「無線機だ。鈴は俺と来い。理樹は能美とだ」
「え、僕が? クドと?」
「ああ」
「でも、グライダーでしょ?」
「大丈夫だ。能美も理樹も軽いからな」
「う……そうだけどさ」
男子に軽いというのは――あまり褒め言葉じゃないような気がする。
「燃料の注入、終わったわ」
いつの間にか給油作業を指揮していた二木さんが、そう報告した。
「よし。真人、これ」
「まってました! って、なんだこりゃ。ゼンマイか?」
「それに近いな。スターターのクランクだ。こいつをエンジンに繋げて思いっきり回してくれ」
「よっしゃ、任せな!」
意気揚々としてクランクを回す真人。けれどその動きは結構ゆっくりとしている。
「うお、結構重ぇ……」
「まぁ、普通は始動車が必要だからな。お前の筋肉なら伍すると思ったんだが」
何気にすごいことをぼそっと恭介。
「うおおおお、こいつはきっついぜ……だがよぉ、なめてもらっちゃ困るんだぜ……」
真人の上腕が一気に膨らむ。
「目覚めろ、鋼の筋肉っ!」
エンジンに向かって、そう叫ぶ真人。
「そして吼えろ、俺の筋肉ぅ!」
回転数が一気にあがった。
そしてエンジンに、火が灯る。
「よし回った! 理樹、鈴、そして能美、乗れっ!」
そう言いつつ、恭介も複葉機の操縦席に飛び乗る。そのすぐ後ろの席に、鈴が。そして僕もグライダーに滑り込んだクドの後ろに座り、風防を閉じる。
「ガレージを開けるぞー!」
おじいさんがそう叫び、その扉を謙吾、真人、来ヶ谷さん、二木さん、西園さん、そして小毬さんとおじいさんが開ける。
その先には滑走路。そして……進行方向ど真ん中に、仁王立ちになっている葉留佳さんが居た。
『そういえば、今まで姿が見えなかったな。オーバー』
早速無線機から、鈴がそう呟く。
「っていうか、何やってるんだろう葉留佳さん……」
無線機のスイッチを入れて、僕も呟いた。
と、葉留佳さんが後ろ手にしていた両手をばっと広げる。手に持っているのは、ふたつ一組の小さな旗だった。
『どうやら、空母の誘導員の真似らしいな――』
と、恭介。それを証明するかのように片方の旗をぐるぐると出鱈目に回す葉留佳さん。どうも、そのまま前に出て来いと言いたいらしい。
『よし、行くか』
「ちょっと待って恭介、今行ったら――」
『三枝が行けと言っているんだ。行くしかないだろ?』
「そ、それはそうだけど……」
びしっと、両方の旗を進行方向に向ける葉留佳さん。それに応じて、恭介が機体を一気に進ませる。
――ああ。やっぱり。
退避しないでそのままのポーズでいるから、遥さんはプロペラのよる風圧で吹っ飛んでしまった。すごく嬉しそうな、笑顔のままで。
『――よし。間もなくメイン滑走路だ。そこに出たら一気に離陸するからな』
無線越しに聞こえる恭介の声が、珍しく緊張している。本当に、免許取り立てなのだろう。
『いいか能美、このグライダーは推力こそ牽引する俺達の複葉機から得ているが、操舵はお前の腕が頼りだ。へたすると機体の制御を失って、墜落することは無いものの絶叫マシーンの三倍は怖い目に遭うからな。気をつけろよ』
「わ、わかりましたっ」
そう言って、操縦桿をしっかりと握るクド。
『あーあー、テステス。聞こえるかね、諸君』
そこへ、僕ら四人とは全く違う声が割り込んで来た。
「来ヶ谷さん?」
『うむ、その通り』
「っていうか何やっているのさ?」
『わからんか? 管制だよ。……今、飛行場の管制席をお借りしていてな』
「そうじゃなくてどうやってそんな設備を」
『なに、これくらいなら放送部の器材とたいして変わらぬよ』
絶対に、違うと思う。
『さて、原地の気温は暑くもなく寒くもなく、湿度も高くもなければ低くもない。風はまぁ南向きに良い感じで吹いている』
目茶苦茶適当な管制だった!
『周囲には君達以外の航空機は存在しない。また、この飛行場に降りてくる機体は二時間後だ。それまで好きに飛びたまえ』
『いやっほーぅ!』
『うっさいわぼけー! おーばー』
『それじゃ離陸だ、行くぞ、理樹、鈴、能美!』
「うん!」
『わかった。オーバー』
「はい!」
クドがペダルに乗せた両足を踏ん張り、操縦桿を握り直す。
同時に、今までゆっくりと進んでいた複葉機――とグライダーはにわかにスピードを上げて滑走し――あっけなく、離陸した。
『うむ。お見事だ、恭介氏』
『サンキュー、来ヶ谷。鈴、ケーブルを延ばせ。青いスイッチだ』
『わかった、青いスイッチだな。クド、理樹、ケーブルを延ばす。オーバー』
途端、グライダーと複葉機の距離が空く。
『能美、フラップを使って風をつかんでみろ。そうすれば俺達より高く飛べるはずだ』
「あ、はい!」
始めてのはずなのに、クドの手つきは鮮やかだった。操縦桿とペダルを軽く動かしただけで、グライダーは風に乗り、恭介達の複葉機より高度を上げる。
「……リキ」
「うん?」
「見てください。空が、陸が、とっても綺麗です……」
「うん、そうだね」
遥か遠くに、海が見えた。今は日光を反射して、きらきらと輝いている。
『……能美、ここらは重要な話だ。よく聞いてくれ』
「あ、は、はい!」
『ケーブルを切り離そうと思う。もちろん最終的な決断は能美自身だ。ただ、自信が無かったらやめてくれ。冒険心も駄目だ。自力で確実に着陸できる。そう言い切れるなら……ケーブルを外す』
クドが大きく息を吸った。僕は僕で、自然と息が止まる。
「お願いします。恭介さん」
『――わかった。鈴、赤いレバーだ』
『赤いのだな。ケーブルを切り離す。オーバー。それとクド、ハバナイスフライトだ。オーバー』
『さ、さんくすおーる。おーばー』
オーバーと二回言う鈴に苦笑してしまう僕。
ぴんと小さな音を立てて、ケーブルが外れた。同時に複葉機が高度を下げて行く。
対して、僕らはゆっくりと旋回運動に入った。クド曰く、この態勢を維持して、飛行場から距離を取らずにゆっくりと下降して行くらしい。
「……リキ、ありがとう」
「え?」
「リキが頑張ってくれたから、皆さんと一緒に頑張ってくれたから、私は空を飛べました」
「クド……」
「そして、改めて決めました。私はもっともっと、空の高みを目指します。今はこの高度が精一杯ですけど。いつかは――宇宙へ」
「うん。頑張って、クド」
もしかしたらそう遠くない未来、僕らの中から宇宙飛行士が生まれるかもしれない。
能美クドリャフカ。もしくは、クドリャフカ・アナトリエヴナ・ストルガツカヤという名前の宇宙飛行士が。
それはとても眩しくて、待ち遠しい未来予想図だった。
空の景色が、ゆっくり、ゆっくりと回って行く。
■ ■ ■
「結構高く上がったねー」
米粒のようになったグライダーを見上げて、小毬がそう呟いた。
「うむ、骨董品とは言え、複葉機でも高度は十分に取れるからな」
と、唯湖。
「うーん、はるちんもやってみたかったなー、運転」
腕を組んで葉留佳がそう言い、
「操縦、です」
すぐさま美魚に訂正される。
「へへっ、クド公のやつ、楽しそうだな」
クランクをダンベルのように上げ下げしながら、真人がそう言った。
「……ああ。観ていてこちらも心が晴れ晴れとしてくるようだ」
静かに頷いてから、謙吾が答える。
そんな皆から少しだけ距離を取り、佳奈多は空を見上げていた。
その目は超低空から着陸を敢行する複葉機から離れ、旋回の続けるグライダーへと固定されている。
――彼女はそっと、その小さな機影に手を伸ばした。
すると、それに返事をするように、グライダーが翼を振る。
遥か彼方からグライダーの翼が反射する陽の光に、佳奈多は目を細めた。
「良かったわね、クドリャフカ……」
初夏を彩る空の蒼が、目に眩しい。
Fin.
あとがきはこちら
「皆さんこんにちは。来ヶ谷アワーのお時間です」
「待て美魚君。それを固定化させる気かね?」
「固定も何も、最初のお話から端書きにありましたので」
「清書した際に消えるんだから君が言わなければだれも気付かなかったんだが――」
「まぁ、それはそれ、これはこれ。……ということで」
「勘弁してくれ……」
「それより、前ふりはこれくらいでいいのではないでしょうか」
「ああ、そうだな。というか、君は時々ひどくシビアだな。さて、今回のお題は、今回の話の序盤、中盤、終盤でさりげなく目立った二木女史のシナリオについてだ。いったいどのようになるのか、皆で考えてみたまえ」
「はーい姉御、私パス」
「……うん、葉留佳君に限ってはそれを認めよう」
「はいっ!」
「よし、小毬君」
「理樹君と、二木さんが、ラブラブになって――」
「待て、それは前回の笹瀬川女史の時にやっただろう……」
「最後にはお互いの道を歩き始めます!」
「……意外とシビアな展開で締めたな」
「はい」
「うん、美魚君」
「三枝さんのシナリオでは、血液検査を行いませんでしたがそれを行ってしまった結果、二木さんの立場が逆転してしまいます」
「――それはまたヘヴィな」
「最終的には、実家に幽閉されてしまった二木さんを直枝さんをはじめバスターズのメンバーで救出しに行くというのはどうでしょう?」
「王道だな。熱血要素も入りそうだ。他には?」
「はいっ!」
「どうぞ、クドリャフカ君」
「二木さんが、私達に挑戦状を送るのです。野球で自分が勝ったら、リキを風紀委員に入れると」
「ほほー」
「それで、手違いがあってリキが風紀委員になってしまうのですが、そこからリキは風紀委員を変えていって、最後には二木さんと結ばれるのです!」
「これはまた、美魚君とは別の意味で王道だな。さて二木女史、この中でお気に入りのものは」
「どれだっていいわよ。もう」
「これはまた投げ遣りな」
「なんだっていいの。私だって気楽にやりたいときがあるわ」
「その気持ち、わからんでもないがね。さて、今日はお開き。食堂にでも寄って帰ろうとしよう」
「……ねぇ、葉留佳」
「なに?」
「貴方なら、どのシナリオを選んでいた?」
「……どれだっていいよ」
「――あら、私と一緒なのね」
「…………最後に佳奈多が、幸せになれれば、どれだって」
「――ふふ、素直じゃないのねぇ」
あとがき
クドでした。
すいません、趣味に走って色々詰め込んだらなんか駆け足風味になってしまったんですが、偶にはこういうのもありってことでw。
あ、あと今回姉御の言っていることはかなり偏っていますのでスルーしても平気です。多分;
次回は……二木女史かもです?