超警告。CLANNADの隠しシナリオをクリアしていない人は
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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。

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「前に、修学旅行の荷物の中にお父さんが紛れていたときには心底驚きました」
「ある意味すげえな、オッサン……」




















































  

  


「向こうじゃ先生の言うことを良く聞くんだぞ」
「うん」
「生水は飲むなよ」
「うん」
「辛くなったら、いつでも帰って来いよ」
「うん」
 心配性の父親が、娘に一生懸命話を聞かせている。
 それは見ていて微笑ましい。けれども、二回目となると流石に鬱陶しくなる。
「あのね、嫁入りじゃないんだからそれくらいにしておきなさいよ」
 だからあたし藤林杏は、心配性の父親である岡崎朋也に向かって、そう言ってやった。
「そうは言うがな、杏」
 と、話を聞かせていた娘――汐ちゃんと視線を合わせるために屈んでいた朋也が、ゆっくりと立ち上がりながら言う。
「汐が、ひとりで、お泊まりなんだぞ? ひとりで! ひとりでっ!」
「それじゃ独り旅じゃないのよ。世界一周でもしちゃうんならともかく、今回は幼稚園のキャンプでしょ、キャンプ。園の子達も一緒だし、なによりあたし達がついているんだから。それとも信用出来ない?」
「それは信じているがな……いいか、汐。向こうじゃ――」
 そしてまた最初から話し始める朋也に、あたしは大きく肩をすくめた。全く、やってらんないったらありゃしない。
 皆でバスに乗った後で、あたしはさりげなく大変じゃなかったかを汐ちゃんに訊いてみた。すると汐ちゃんは、
「パパが、しんぱいしてくれているから」
 ……本当に良い子に育っていると、あたしは思う。



『一夜限りの代理人』



 キャンプそのものは、順調だった。
 オリエンテーリングは汐ちゃんをはじめ脱落者ゼロ。みんなで力を合わせて作るカレーも、火の側に子供たちを近づけるのがすごく怖かったけど、恙無く事は済んだし、カレーの味も上出来だった(やっぱり大鍋で作るカレーは美味しい)。
 けれども、このまま一日が順調に終わって欲しいというあたしの願いは、叶えられなかった。
 それは、夕食後のこと。男女に別れてお風呂に入る旨を皆を集めて説明中という時に、一部の男子がこう主張したのだ。
「おれたちはーっ、杏せんせーとはいるーっ!」
 ……あー、まったくもう。頭の痛くなる要求だった。
「ませてんじゃないのっ!」
 両手を腰に当てて、あたし。
「いなっ、これはせいとうなるけんりであるっ」
「だんじょどうけんー!」
「じぇんだーふりー!」
 まったく、そんな単語を何処で覚えて来たのやら。
「あんたたちね……鼻血が出ても、知らないわよ?」
 呆れてそう言うと、
「かくごはできているっ。せんせー、おれたちに、ひとばんのおもいでをっ!」
 なんというか、何処ぞの誰かを小型化して大量生産されたようなのを、相手にしているような感覚だった。
「困ったわねぇ……」
 このキャンプに同行していたあたしの先輩で、何かと助言してくれる年配の先生が、苦笑しながらそう呟く。
「……仕方ないわね。藤林先生、悪いけど――」
「駄目ですっ!」
「あらあら」
 そう、ここは強硬に主張しておかなくてはならない。なぜなら――、
「今の内に分別をつけるべきですっ。あたしの知り合いも学生時代こんな感じのエロ男がいて、それはもう本当に手を焼いたんですからっ」
「あらまぁ、大変だったのね」
 言う割には、あんまり大変じゃ無さそうな様子で先生。
 このままじゃ、ちょっと……そう思った時に、意外な援軍が現れた。
「おとこのこのえっちー」
 女子の誰かがそう言って、それがたちまち、女子の大合唱となったのだ。
「ええい、おまえらのふらっとなぼでぃにようはない!」
「なんですってー!」
 通じてる!?
 最近の子のあまりにもな進みっぷりに、軽い頭痛を覚えるあたしを余所に、男女まっぷたつに別れた陣営が園児ながらも(いや、園児だからこそ?)火花を散らす。
「おとこのこのへんたいっ、へんたい! どへんたい!」
「うるせー! おれたちは、杏せんせーみたいなおとなのみりょくをだなっ」
「ほほう、大人の魅力とな」
 続いての援軍は、あたしにとって意外なことに――皆より先に休んでいたはずの園長先生だった。
「そうかそうか、大人の魅力のう……」
 あたしが学生時代にお世話になった幸村先生と瓜二つの園長先生は、パジャマのボタンをひとつ外すと、
「どれ、ひとつ見せてくれようぞ!」
「ええええええ!?」
 誰よりも先に、あたしが驚いてしまった。
 パジャマを脱いだ園長先生は、その――いわゆる老人マッチョだったのだ。
「ふおおおおっ!」
「うわ、うわぁ!」
「えんちょうせんせいすげえっ」
「な、なんてきんにくだ!」
「こ、これはもうきんにくかくめいだぁっ」
「きんにくセンセーション!」
 たちまち男子はあたしの入浴シーンから筋肉へと移って行く。
 ……まぁ思春期前の男の子って、みんなこんな感じよね。バスタオル、きつく巻けば大丈夫かしら――ぐらいまでは覚悟していたのだけれど。
「まだまだ若いもんには負けんわい。さぁ来い皆のもの、筋肉がいかなるものか教えてしんぜようぞ!」
「いやっほーう! きんにくさいこうっ!」
 そんな感じで、園長先生は男子を残らず引き連れて、浴場へと向かって行った。
「今のうちじゃないかしら、藤林先生?」
 そう先生に言われてあたしもはっとなる。
「……じゃあ、あたし達も行きましょうか」
「はーい」
 女子達が、元気に唱和した。



 女湯は桧の湯だった。うん、これぞキャンプの醍醐味というかなんというか。
「せんせい……すごい」
 あたしのすぐそばで、しっかり肩まで湯船に浸かった汐ちゃんがそう言う。
「そう? ありがと」
 もちろん湯船にタオルをつけるような無作法な真似はしない。今夜のあたしは所謂全開だった。卒業した途端黒くなった元金ぴかだったら、一秒ともたず鼻血を噴出していたに違いない。朋也だって……赤面ぐらいはすると思う、多分。
 そんなあたしに対して汐ちゃんはというと、恥ずかしがってはいないが妙にそわそわしている。
「どうしたの?」
「ええと……」
 あたしの肌を見てぱっと恥ずかしそうに視線を逸らした。
 ああ、そうか。
 汐ちゃん、女性と一緒にお風呂に入る機会が少ないんだ……。
「汐ちゃんも、いずれあたしよりすごくなるわよ」
「そう?」
「そうそう」
 気安く請負ったが、それから十二年後、本当にそうなるとは露とも思わずに、あたし。
「いつもは、朋也と?」
「うん、パパと」
 朋也の名前が出た途端、汐ちゃんの貌が和らいだ。
 それは、ある夏休みの後から。朋也が幼稚園の送り迎えをするようになってからのことだった。
「いつも朋也となんだ」
「ときどき、早苗さん。あっきーは、パパがいやがるからほんとうにときどき」
 なるほど。
「ところで、朋也はタオル巻いてる?」
「うん」
 ほっほーう。朋也ってば汐ちゃんの情操教育ちゃんと考えているじゃない。
「タオルが無いことはないんだ」
「うん、タオルがないとすごくはずかしがるから」
 ……へ?
「まえに、おせなかながしていたらとれちゃって。パパ、はずかしがっておふろにとびこんだから」
 なるほど、それは朋也にとって恥ずかしいに違いない。いきなり汐ちゃんの前で、その、えと、裸に――ってあれ?
 ああああ、何であたしこんなこと想像しちゃうんだろっ、しかも鮮明に――っていうかあたしなんてことを汐ちゃんに訊いてるんだろっ。
 別に朋也のこと、朋也のことっ――。
「せんせい?」
 ごぼっ。
 気が付いたら、あたしはそのまま湯船に沈没していた。



「無理しちゃ駄目よ。湯あたりしそうになったら、ちゃんとほかの先生と代わらなきゃ」
「済みません……」
 部屋で仰向けになって、額に乗せられたおしぼりに触れながら、あたしはそう謝った。まさか、朋也の艶姿を想像してのぼせたなんて、言える訳がない。
「でもまぁ良かったわ。園児たちがパニックになる前で」
「ありがとうございます」
「お礼なら汐ちゃんにね、あの子バスタオル一枚で飛び込んで来て、私達に助けを求めたのよ」
「そ、そうですか……」
 うわっちゃー、風呂場からあたし達が控えている部屋の間に、園児たちの部屋があるのにそんな格好で走ったら……朋也になんて言おう。
「せんせい、だいじょうぶ?」
 そこへパジャマ姿となった当の汐ちゃんが、あたしの顔を心配そうに覗き込む。
「大丈夫よ汐ちゃん、それよりありがとう。助けを呼んでくれて」
「う、うん……」
 良く見れば、他にも何人かの園児が、あたしの様子を心配そうに見ていた。
 そのうち、ひとりの男子が重々しく口を開く。
「そうだおかざき、おまえにいっておくことがある」
「?」
「さっきはわるかった。ふるでふらっとでもおまえはみりょくてきだ」
 同時に頷く複数の男子達。
「あ、ありが――とう?」
 要領を得ない様子で、汐ちゃん。でもね、それお礼を言う必要は無いからね。
「こっちこそ、おもいでをありがとうっ!」
 握り拳を作ってそう叫んだ男子は次の瞬間、女子の誰かに蹴倒されていた。
「うるさいうるさい! うしおちゃんのていそーかえしなさいよー!」
 いや、奪われていないし、返せるものでも無いし。
 そんな感じで、その男子達は女子全員にぼこられていた。
「あーあ……お風呂入ったばかりなのに」
 汗かいちゃうじゃない。
 困ったように先生を見る。すると先生はどこか嬉しそうに、
「青春ね」
「……早過ぎだと思います」
 そんなこんなで、想定外の騒ぎはやっとこさ収束したのだった。



 夜。
 本当は個室が割り当てられていたが、あたしはあえて園児たちと一緒に寝る役を申し出て、了承されていた。お風呂での失敗を挽回したいというのもあったし、なにより園児達と一緒に話したかったというのもある。
「せんせー、おはなしきかせてー」
「え、おはなし?」
 と言っても、実際には話をするというより、こんな風に話をせがまれて聞かせる側にまわることになるのだけれども。
 そんなわけであたしは、学生時代にあった話を聞かせてあげた。こういうときはお伽話より過去にあった話をしてあげた方が、意外と食い付きが良かったりするのだ。
 けれども、お昼の運動に加え夜にさんざ暴れたかいあって、そのうちひとり、ふたりと眠りに落ちて行って……最後に残ったのはあたしだった。
 さっと見て、抜け出した子、寝相の悪いこが居ないかどうかを確認する――うん、問題無し。
 そこであたしもうつらうつらとなってきたので、消灯し目を閉じる。眠気はすぐさま全身を包んで……気が付けば、あの坂の前にいた。
 言うまでもない。あたしや朋也が通っていた、あの懐かしい学校の前の坂だ。季節は春のようで、辺りは一面の桜色に染まっている。あたしはそこをゆっくりと上って、校舎を見回し、気が付けば体育館へと足を運んでいた。
 ここで、かつてあったのだ。最初で最後の、演劇部公演が。
 体育館は、無人だった。
 けれども、壇上には簡素な舞台が既に設えられていた。あの時、あのままに――。
 あたしは舞台に向けて一歩を踏み出し、次いでふわりとした感触を覚え、浅い夢から目を覚ました。
 どうも、誰かがあたしに抱き着いてる。
 男子の誰かがませたかな。そう思いつつ目を開けて見る。そこへちょうど窓から月明かりが差してきて、あたしは誰が抱き着いているのかを知った。
「汐ちゃん……」
 そう、あたしの胸の中にいたのは、汐ちゃんだったのだ。
 律儀にも自分の分を羽織って潜り込んでいたのか、タオルケットに身をくるみ、その小さな身体をあたしに預け、すやすやと眠っている。
「――ふふ。悪いけど朋也、役得ってことで勘弁してね」
 この場にいないのをいいことに、そう言って汐ちゃんを髪を撫でるあたし。それでもきっと、羨ましいぞっとか言いそうだけれど。
「ううん……」
 汐ちゃんがわずかに身じろぎをした。
 タオルケットがはだけて、肩が露出する。
 そのタオルケットをかけなおそうとした、まさにその時だった。
「ママ――」
 手が、止まり。
「え……」
 言葉に、詰まる。
 雲に隠れたのか、月明かりが途絶えた。
 暗闇の中、汐ちゃんがぎゅっとあたしの胸に顔をうずめる。
 そう、汐ちゃんにはお母さんの胸に抱かれた記憶が無い。
 けれども、あたしで、このあたしでいいのだろうか。
 脳裏に、先程夢で見たあの体育館の舞台が、浮かび上がってくる。
 ただ夢とは違い、舞台の上にはたったひとりの役者がいて――、
「……ごめん。今晩だけ、代わりを務めさせて」
 知らずの内に、あたしはそう呟いていた。
 無論返事はない。返事は無いけど、その代わりに再び月の光が窓から差し込んでくる。
「――ありがと」
 胸の中の汐ちゃんはとても穏やかな貌で眠っている。
 そんな汐ちゃんを胸に抱き、あたしは眠りに落ちていった。



Fin.




あとがきはこちら













































「キャンプはどうだった? 汐」
「おとこのこたちにていそーとられた」
「杏おおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
「違う違う違うっ! 汐ちゃん、順を追って血涙流している朋也に説明っ!」
「えっと、かくかくしかじかへぎょー」
「……そういうことか。それじゃしょうがないな。そいつらの記憶は後で俺が合法的に(早苗さんのパンで)消しておこう。で、なんだってお前の先生はのぼせたりしたんだ?」
「それは……パパのもふもぐ?」
「な、なんでもない。なんでもないのよあはは……」
「汐の口を塞いだ時点でめっさ怪しいからな、お前」




































あとがき



 ○十七歳外伝、キャンプ編でした。
 小学校からは修学旅行ですが、幼稚園のころはキャンプだったような気がします。もっとも、行った記憶があるだけで具体的には全く思い出せないのですが、それはまぁ、そういうものなのでしょう。
 さて次回は……何にしようかな?

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