超警告。CLANNADの隠しシナリオをクリアしていない人は
ブラウザのバックボタンで戻ってください。
このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。
それでも読む方は方はここをクリックするか、
ガンガンスクロールさせてください。
「もしお母さんが元気だったら、わたしに弟か妹居たのかな」
「ん、まぁ1ダースぐらいは」
「それは多すぎですっ!」
かつて無い、耐え難い空気だった。
家の中の空気はぴんと張り詰めている上に、冷たい。
そんな部屋の中で、俺は自分で淹れたお茶を飲みながら、そっとちゃぶ台の向こう側を伺う。
そこには、いつも通り……ではない汐が何もせず、ちゃぶ台に背を向け――つまり俺から背を向け、あぐらをかいていた。
「汐、ちょっといいか?」
返事無し。汐は微動だにしない。
俺は何も出来なくなって、再びお茶を飲むことになる。久々に自分で淹れたせいか、いつもより苦い。
そう。何はともあれ、汐は怒っていた。
『我が家の般若様』
■ ■ ■
「朋也くん……」
久々に、夢の中で渚と逢った。
ワンピース姿は良く見たが、今回はついぞ見る機会がなかった白いドレス姿で、今、ちょうど俺の胸の中に収まっていた。
俺はそっと、両腕で渚を抱き締める。
「……あ。駄目です、駄目です朋也くんっ」
視線を下げた時、その露出していた首筋がほんのりと桜色に染まっていたのを見てしまったせいかもしれない。
頭の何処かで螺子が外れてしまって、俺はそのまま渚を求めてしまったのだ。
包み込むようにから折れそうになるくらいに、密着している箇所を少しでも増やせるように、俺は渚を強く抱き締める。
「駄目です、駄目ですから……駄目だってば!」
「――え?」
そこで、目が覚めた。
目が覚めたら、目の前に汐がいた。耳まで真っ赤になって、目尻には少し涙が浮いていて、それでいて微かに震えていた。
「な、え、汐……?」
ようやく、理解する。俺が汐を、強く抱き締めていることに。
慌てて身体を離し、距離を取る俺。
「わ、悪い、つい――」
そこまで言ってしまって、後悔した。その言い方では、俺が意識して汐に抱きついたように捉えられてしまう。
慌てて訂正しようとしたが、遅かった。
汐は自分の枕を掴むと俺に投げ付け、続け様に傍らにあっただんご大家族の縫いぐるみをすべて投げ付けて俺をひっくりかえらせると、タンスから自分の服を引っ張り出してそのまま風呂場の隣にある脱衣室に飛び込んでしまったのだ。
そしてそこから出て来た時には、汐は長袖のシャツにジーンズの短パン、その下には厚手の黒タイツと、完全に肌の露出を減らした格好になっていた。
「あ、あのな汐――」
俺は弁明しようとしたが、その言葉は尻切れトンボになってしまう。
何故なら、その貌に浮かんでいた表情は――もはや怒りを通り越して、夜叉か般若といった様相であったからだ。
往時の渚が全力で怒った時でも、ここまでは怖くはなかったと思う。
■ ■ ■
「もしかして、これが夕飯か……?」
汐は、答えなかった。
時刻は既に夕方。ちゃぶ台に置かれているのは、袋のままのインスタントラーメンがひとつ。幸いスープと麺が一体化しているものなので、そのまま食べることはできる。食べることはできるが……。
既に汐はもうひとつを開封して、ぽりぽりと食べている。――またもや、俺に背を向けて。
やむを得ず、俺もそのまま食べることにする。
当たり前の話だが、塩辛かった。
「悪かった。本当に……」
今になってやっと、その言葉が出る。
すると、インスタントラーメンを齧る汐の手が止まった。
「……なんでわたしが怒ってるか、わかる?」
やっと、汐が口をきいてくれた。けれども、あくまで俺には振り向かず、そしてその声は随分と低い。
「抱き締めたことだと思う、んだが……」
「違う」
あっさりと切り捨てる汐。
「――でもな、これだけは聞いてくれ。実はその、夢で渚と間違えて……」
その事実だって、傍から聞いてみれば言い訳にしか聞こえないかもしれないし、汐にとっては随分と失礼な話だとは思う。けれども、しっかりと伝えなければならないことだった。
「だから違う」
再びすっぱりと、汐。
「わたしが怒っているのは、そんな理由じゃない。おかあさんが嫌がっていたのに、無理やり抱き締めたからよ」
「……え」
俺の思考が、止まった。
「なんで、お前……」
それを……。
「夢でね、わたしお母さんの視点だったの。そこでわたし、おとーさんに抱き締められてたから」
――うあぁ。思わず真っ赤になってしまう、俺。何が恥ずかしいって、そう言ったことを、身内、それも娘に見られてしまうことほど、恥ずかしいものはない。
「最初はただ私の夢だと思ったんだけど、目が覚めたら本当に抱かれているし、おとーさんは謝るし」
「す、済まない……」
つまり俺は、夢でも現実でも汐を抱き締めたことになる。
顔から火が出そうだった。
「お母さんは駄目って言っていたでしょ。多分、わたしが見ていることをわかっていたんだと思う」
そこで、初めて汐は俺の方に向き直った。
「良く考えたら、本当に怒るのはお母さんであって、わたしじゃないよね。謝るのもわたしにじゃなくて、お母さんにだよね」
半ば自分に言い聞かせるように、汐はそう言った。その貌は、未だ眉が上がり気味であったけど、いつも通りの涼やかなものになろうとしていた。
「で、おとーさんはどうする?」
真正面から、俺の目を射貫くように見つめて汐。
無論、答えは決まっている。
「渚に、謝る」
「うん」
今日初めて、汐の貌が和らいだ。
「そろそろ、前のお墓参りから一年経つよね」
「あ、ああ」
「じゃあ、またみんなで行こうよ。お母さんのところに」
「そうだな。……そうするか」
「そこで、お母さんに謝ればきっと許してくれると思う」
「ちょおっと待て、皆の前で言わせる気か!?」
「冗談よ」
くつくつと笑いつつ、汐。
「お茶、飲む?」
「あぁ、頼む」
湯飲みを差し出しながら、俺は思う。渚は多分、許してくれるだろう。でも謝りには行かなければならない。渚の許へ、直接に。
汐の言う通り、皆で渚の墓参りをしてから一年が経とうとしている。
あの暑い夏が再び、すぐ側まで近づいて来ていた。
Fin.
あとがきはこちら
「良かったです。仲直り出来て……やっぱり、些細な事で喧嘩して欲しくないです」
「それよりお母さん。今度のアニメだけど、おとーさんの選択によっては放送コードに引っ掛かりそうなところあるけど、そこらへんどうするの?」
「そりゃもちろん、大公開の方向で」
「朋也くんっ!」
あとがき
○十七歳外伝、激怒編でした。
今までの話の中で、○が何度か怒ったことがありましたが、完全に怒るとどうなのか、どうしたら完全に怒るのかを考えていたらこんな話になりました。
お陰で朋也がちょっと脱線気味になってしまいましたが、まぁ今回だけって事でひとつ^^。
さて次回は……ちょっと立て込んでいますので未定で;