超警告。CLANNADの隠しシナリオをクリアしていない人は
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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。
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「アニメ第二期とリトバスの新作、どっちが先かな?」
「それはリトバスの方が先だと思うが」
「じゃあ、Rewriteとは?」
「それは……難しいなぁ」
「ええっ!?」
と、春原のおじさまが携帯電話に向かって素っ頓狂な声を上げたのは、土曜の夕方、例によってちょっとした用事でわたし達岡崎家に寄っていた時のことだった。
わたし達父娘が顔を見合わせる中、春原のおじさまはそれから小声で何かを話し合っていたけれど、やがて頭を振りつつ携帯を仕舞う。
「参ったなぁ……」
「何があった、春原」
おとーさんがそう訊いた。
「いや、今日泊まる予定だったビジネスホテルで、ぼや騒ぎがあったみたいでさ」
「えっ」
思わず驚いてしまう、わたし。そういえば、ちょっと前に遠くから消防車のサイレンの音が聞こえたような――。
「それで、どうなるんです?」
「料金は全額返すけど、代わりの宿は確保できないってさ。いやぁ、参ったね。近場に安い宿あると良いんだけど」
そう軽く言って、頭を掻く春原のおじさま。多分、本当に参っているのだろう。
わたしは、おとーさんを見る。
おとーさんはひとつ頷いて、
「……仕方ないな。泊まってけ」
「え、いいの?」
驚く春原のおじさまに、
「ああ」
と、湯飲みを置きつつおとーさん。
「経験上、この時間帯に宿を探すのは大変だからな」
……それは、わたしの記憶にもある。
おとーさんに手を引かれて夕方の見知らぬ町をひたすら歩いたのは遠い遠い昔のことだったけれど、それでも鮮明に覚えている光景のひとつだった。
「助かるよ岡崎! いやー、なんだかんだいって初めてじゃん? 泊まるの」
「そういや、そうだな」
有頂天と言っていいくらい喜ぶ春原のおじさまに苦笑するおとーさん。ただ、その苦笑もそれなりに嬉しそうなものだった。
『わたしの初恋』
という訳で、夕飯も春原のおじさまと三人で囲むことになる。
一品くらいは任せてよと言うのでお願いしたところ……。
「物の見事に居酒屋のつまみだな」
焼いた半平にこんもりと乗った大根おろしをつつきながら、おとーさんはそう言った。
「いやぁ、男のひとり暮らしだとどうしてもね」
頭を掻きつつ、春原のおじさま。
「でもこれ美味しいですよ。今度レシピを教えてください」
同じく半平をつつきながら、わたし。少し垂らしたお醤油のアクセントが、すごく良く効いていた。
「そんな、レシピってほどでもないさ。半平を軽く狐色になるまでフライパンで焼いて、大根おろし乗っけるだけだから」
なるほど。わたしは頭の中でしっかりとメモを取っていく。アレンジとして、半平の中に癖の無いチーズを入れると良いかもしれない。
ちなみにその他のおかずは、鳥肉のひき肉で作った団子と春キャベツを入れたスープと、ヒジキと油揚げと蒟蒻の煮物、そしてホウレン草のおひたしになる。
「毎度毎度思うんだけどさ、ふたりとも料理のレパートリーってどこで増やしてるの?」
「俺は行き当たりばったりが多いな」
「わたしは主に家事の先輩方からですね。早苗さんや藤林先生や坂上師匠や公子さんから」
「なるほどねぇ……僕も、帰郷したら芽衣に教えて貰おうかな」
「そうだな。そうして貰え」
「でも一回怒られてるんだよなぁ。適当すぎるってさ」
「男の人って、結構そういうところ多いですよね」
そんな感じで夕飯は賑やかに進み、ごく自然にお風呂も済んで(もちろんひとりずつ。念のため)、さぁ就寝……と言ったところで、問題が発生した。
「いわゆる頭の体操だな」
パジャマ姿のおとーさんが、腕を組んでそう言った。
「それほどのものじゃ無いと思うけど」
寝る準備を済ませて、わたし。
「汐ちゃんに同意だね」
おとーさんからお古のパジャマを借りた春原のおじさまがそう言う。
「いーや、これは重要な問題だ」
腕を組んだまま、おとーさんは譲らない。
曰く、布団の並び順は慎重に定めなければならない、らしい。
ちなみにそれほど広くは無い我らが岡崎家でも三人が並んで寝るスペースはちゃんとある。そもそもの定員は、それであったのだから。
ただ、並び方はオーソドックスな川の字。それ以外のレイアウトを取ることは出来ない。
「問題は、どう並ぶのかだな」
と、おとーさん。
「どこだっていいよ、僕は」
興味無さげに、春原のおじさま。それについては、今度はわたしが同意見だった。
「だからって、適当に配置出来ないぞ」
「何でさ」
投げやりなまま春原のおじさまがそう訊くと、おとーさんは人差し指を天井に向けて立てながら、
「汐の隣だと貞操が危ない」
「僕、信用無しっすか!」
そこは真面目に怒っていいと、わたしは思う。いくら何でもこの年の差では、そう言った間違いは無しのはずだ。
けれど、おとーさんはそう思っていないらしい。悩ましげに頭を振ると、春原のおじさまをしっかりと見て、
「想像してみろ、春原。ふと横をみたら年頃の女の子があられもない格好で穏やかな寝息をたてていたら、お前どうする?」
「そ、それは……」
「難しいだろ」
「難しいね……」
難しいんですか。難しいんですか春原のおじさま。わたしは心の中で両手の指をぽきぽきと鳴らす。
「もしかして、岡崎も大変だった訳?」
「……あぁ」
うおーい、マイファーザー!?
「前にな、寝起きにパジャマの前が完全に開いたまま寝ている汐と遭遇した時、マジで鼻血が出るかと思った」
そう。それからわたしはパジャマを着る時は必ず下に一枚着ることにしている。
って言うか娘の恥ずかしい過去をそー簡単に暴露しないでいただけませんか? お父様。
「……ちなみにそれ、いつ頃のことさ」
「汐が高校に入りたての時」
「な、なんじゃそりゃあああああああああああああああ!!」
その気持ち、わからなくもない。何故なら、わたしもそう叫びたかったからだ。その時に。
「おかしいだろ岡崎っ、実の娘でラッキースケベってどういう状況だよ! それになにその大きくもなく小さくもなく!」
「俺だってそう思ったよ! しかもその後すぐ汐が目を覚まして可愛らしい悲鳴でも上げればまぁイーブンだったのに、飛び出てきたのは裏拳だぞ、裏拳!」
それは当然だろう。今のわたしだってふたりにお見舞いしたい。
「そういう訳で、汐の隣は却下だ。わかったな?」
「う、わかったよ……。じゃあ岡崎真ん中で左右に僕ら?」
おじさまの折衷案は、完璧だった。というか、その配置しかあり得ない。なのに、おとーさんは眉間に皺を寄せて、
「朝目を覚ましたら隣にお前の寝顔ってものなんか嫌だ」
「それただの我儘ですよねぇ!」
ただの我儘だと思います。
「じゃあ、僕真ん中?」
「それ最悪だろ。汐の貞操と俺の爽やかな朝両方の危機だ。第一汐の寝顔が見られない」
「あんた目っ茶我儘ですねぇ! っていうか何だよその一線越えそうな発言は」
「わからないか。それはすなわち、愛だ」
「「愛!?」」
わたしとおじさまの声がハモった。同時にすごく背中が痒くなるが、これも同じだったらしい。ふたりして、両肩を交互に上下させてしまう。
「あの、おとーさん。今ので全ての組み合わせが試されているんだけど。観念してどれか選んだら?」
さすがにリアクションをするのも疲れてきたので、わたしはそう提案する。
「いや、まだ最後の一組がある」
「え?」
そんなはずはない。左右の置き換えは意味が無いし――うん、他の選択肢なんて無いはずだ。
「その、最後の一組って?」
「それはだな。汐、今日は俺と一緒の布団で寝ろ」
……えーと。
「本っ当に親馬鹿だね、岡崎――」
呆れ果てた様子で、春原のおじさま。するとおーさんは、その言葉を待っていたかのように笑い、
「お前だっていずれは経験するはずだ。自分の子供を見せびらかす時をな」
――あぁ、そういうことだったのね。思わず納得してしまうと同時に、肩に入っていた力がどおっと抜けるわたし。
「で、汐。返答は?」
そんなの、決まっている。
「謹んで、お断り致します!」
「……ちぇー」
「ちぇーじゃないっ!」
結局、わたしが真ん中になることによって、事態は収束をみた。
「汐、何かされそうになったらすぐに知らせるんだぞ。すぐさまスパナ投げるから」
と、本当に自分の枕元に工具箱を用意してから、布団に潜り込んだおとーさんがそう言う。
「僕、本当に信用無いね……」
おとーさんの反対側で、春原のおじさまがそう呟いた。
「わたしの失態で大声を出すからですよ。でも大丈夫です。今日は見ての通りTシャツですから。御開帳って事にはなりません」
と、布団にすっぽりくるまって、わたし。
「……汐ちゃん、女の子が御開帳って言うのは、どうかと思うんだ」
「そうですか?」
どうやら春原のおじさま、女の子に何かしらの理想を持っているらしい。
「それについては俺も同意だがな」
さらに、おとーさんも賛同する。どうやらおとーさんも――って、こっちはもうものすごい量の理想を持っていることを知っているので、今更驚くようなことはない。
「まぁそれはどうでもいいや。ところでさ、汐ちゃん」
「はい、なんです?」
「今、好きな人はいる?」
……え?
「ほぅ、ちょっと見ないうちに大胆になったな、春原。まずは電工ナイフから行ってみるか」
「ちょ、ちょっと待て岡崎。僕は真面目な話してるんだよ。工具箱漁るのやめろって」
「いや、今のはコナかけているようにしか聞こえなかったんだが」
「違うって。今更岡崎をお義父さんなんて呼びたくないよっ」
「俺だって同い年の息子なんぞ持ちたくないわい」
工具箱の蓋を閉めつつ、おとーさん。つまりは、真面目に話を聞くつもりらしい。
「で? 返事はどうなんだ、汐」
え? わたしに振るの? もしかして気になってる!?
「……あー、うん。居ないかな」
ちょっと慎重になって、わたしはそう答える。普段良く話をする男子の顔を二、三人思い浮かべて見たけれど、特にそういう感情は、無い。
「よっしゃー!」
掛け布団を吹き飛ばしそうな勢いで至極嬉しそうに、おとーさんが両腕を天井に向けて伸ばした。
「なるほどね。そっか、なるほど」
対して、春原のおじさまはしみじみとそう呟き、
「岡崎。僕は今、年食って良かったと初めて思ったよ」
「……そりゃまた唐突だな。何でまた」
「いやだってさ、とうとう僕らと恋愛関係の話まで出来るようになったんだぜ? これはもう驚くしかないだろ、岡崎」
「……そう言われりゃ、そうだな」
と、おとーさん。その声は、少し柔らかくなっていた。
「そろそろ、誰かと付き合った方がいいですか?」
少し口調を茶化して、わたしはそうおじさまに訊いてみる。すると、
「いや、別に良いんだよ。付き合っても付き合わなくっても。ただ、恋をしているかどうか、それだけが気になったのさ」
そんな静かな口調で、返事が帰ってきた。
「何言ってるんだ春原。汐は初恋だってまだなんだぞ?」
「え? わたしにもあるよ、初恋」
「……何だって!?」
いや、なんでそこでおとーさんが反応するんだろう。
「春原、大変だ。汐が初恋を経験済みだった!」
「そりゃ、汐ちゃんだって恋のひとつやふたつくらいするだろうさ」
呆れた様子で、春原のおじさま。
「でも出来れば、聞いてみたいな。どんな感じだったのかをね」
「そうですね……」
当時を思い出しながら、わたしは小さく息を吸った。
■ ■ ■
あれは、小学校低学年? いや、高学年――でもない。その真ん中辺りの頃だったと思う。
「行けぇ汐、なぎ倒せっ!」
あっきーの応援に、当時ですらそれはどうかと思っていたから、うん、やっぱり低学年って事は無い。
運動会、それもわたしが競技に出る番のことだった。
当時のわたしが出た種目は徒競走。今でこそリレーのアンカーなどに『勝手に』登録されちゃったりするわたしであったが、当時は比較的オーソドックスな競技に出ていたのだ。
応援席を見れば、腕をちぎれんばかり振るおとーさん達の姿がある。わたしはひとつ頷いて、スタート地点に着いた。
――おとーさん達の期待に応えよう。そう思って力み過ぎていたのかもしれない。
というのも、わたしはスタートから5メートルも行かないうちに、思いっきり、ずべっと転んでしまったのだ。
痛かった。泣きたかった。期待に応えられないことが情けなかったし、無理をしたことを後悔した。
でも、このまま泣き崩れる訳には行かない。泣く時は何処かは、ちゃんと決まっている。当時のわたしはそのルールを破っていなかったのだ。
顔を上げて、応援席の方を向く。見ればおとーさんが、今にも駆け出そうとしていた。けれども、それを堪えてとても辛そうな貌をしている。
立ち上がらなくちゃ、そう思う。皆を、心配させたくない。
その時、影が差した。
見上げれば、一緒に走っていたはずの男子がひとり、こちらまで戻って手を差し伸べていたのだ。
「ほら、つかまれよ」
「……ありがとう」
彼の手を掴んで、わたしは立ち上がった。
そしてその時気付く。トラックに居た男女を問わず、皆立ち止まってこちらを見ていたのだ。
『選手の皆さんが止まってしまったため、再スタートとします!』
放送席からそんなアナウンスが上がり、わたしは再び泣きそうになった。
もちろん、嬉しかったからだ。皆の気遣い――特に差し伸べられた手が暖かくて、わたしはもう一度頑張ろうと思った。
■ ■ ■
「あの後妙に浮ついていたのはそういうことだったのかっ!」
布団の中でじたばたと暴れつつ、おとーさんがそう叫んだ。
「一応聞くけど、その後進展は?」
こちらは冷静に、春原のおじさまが訊く。
「特にどうという事なく。組も違いましたし、それっきりです」
「だよねぇ」
ただ、あの時の気持ちは何だったのかと言えば、それはもう恋なんじゃないかと思うのだ。
「でも、意外と早熟だったね。ちょっと驚いちゃったよ」
「そうですか?」
「うん。僕はもうちょっと後だったからね。岡崎もそうだろ?」
「……まぁな」
苦虫を噛み潰したような声で、おとーさん。
「なぁ岡崎」
「なんだよ」
「汐ちゃん、意外と早くゴールインするかもなっ」
「いやっかましいっ!」
おとーさんが大きく寝返りを打つ。わたしと春原のおじさまは、同時に吹き出してしまい――しばらく笑いが収まらなかった。
「いや、良い夜だね。いじける岡崎なんてめったに見られないし、汐ちゃんの貴重な話は聞かせて貰ったし」
「そうですね。今度は春原のおじさまの番ですし」
「……え?」
え、じゃないです。
「わたしが話したんだから、次はおじさまの番ですよ」
「ま、マジで!?」
「――ふはははは。墓穴を掘ったようだな、春原」
「おとーさんもね」
「俺もかよっ!」
「とーぜんよ。まさか、お母さんが初恋の相手って訳じゃないでしょ?」
「実はそうなんだ」
「お母さんの写真の前で、同じこと言える?」
「ぐ……ずるいぞ、汐」
「等価交換。フェアトレードよ。さぁ、おとーさんでもおじさまでも、好きな方からどうぞ」
黙りこくってしまった男性陣ふたりに、私ははっきりとそう言う。
そう、夜はまだこれから。けれどまだ黙り込んだままなので、わたしはふたりの初恋話を促すべく、大きく息を吸い込んだ。
Fin.
あとがきはこちら
「ちなみにわたしの初恋は――朋也くんですっ」
「お母さんだけはそんな気がしていたけど、やっぱり!」
あとがき
○十七歳外伝、初恋編でした。
今まで○に恋せよ恋せよといろいろな人に発言させましたが、実際に○は恋をしたことが無いのか、あるいは既に経験があるのか――と想像してみるとそれなりに早い時期にあったのではないかと思い、今回の話は生まれました。
実際、ある日突然何気無いことで恋は始まるものですから、些細な事から始まることもあるだろう――現に、朋也と渚がそうですよねw。
そういう意味で、○のはちょっとドラマチックなものになってしまいましたが、まぁそこはそれ、これはこれということで^^。
さて、次回は○がとある理由で怒ります。