超警告。CLANNADの隠しシナリオをクリアしていない人は
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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。

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「いやー、すごかったよね。TV版の男泣き!」
「……陽平」
「え、なに?」
「シニタイ?」
「ひ、ひいぃッ! めめめ滅相もなきゃぐがれっ」
「あーあ……」
















































  

  


 一週間のうち保母が最も残業する日がいつかというと、それは金曜日である。
 園児たちはもちろんいつも通り日が暮れる前に帰宅するのだが、その後遊具の点検・修繕に始まり、この一週間に起きたことの報告、問題点や改善点の洗い出し、そして来週の指針とやることはごまんとあるのだ。
 故に、保母たちが園を出るのは日がとっぷりと暮れてからになる。次の日が土曜で休みとは言え、これがなかなかにハードなことであった。
 だから、幼稚園の保母である藤林杏は少しばかりストレスを発散しようと商店街に足を運んでいた。自宅には、一杯引っかけて行くから夕飯はいらないと既に連絡済みである。
 ……一杯引っかけて行く。
 なんだかいい年したおじさんみたいね、と自嘲気味に笑いながらふと顔を上げてみると、そこには見知った背中があった。
「朋也!」
 間違えるはずも無い。高校時代からの知り合いである岡崎朋也――今や一児の父親である。
「ああ、杏か」
「今上がったとこ?」
「ま、そんなもんだ」
 と、軽く肩をすくめて朋也。にしても、この辺で会うことは珍しいことであった。
「ね、良かったらこれから飲みに行かない?――あ、でも汐ちゃんが待ってるわよね、ごめん……」
「いや、汐なら待ってないから」
「え?」
「今日は風子の家に泊まりに行ってるんだ、あいつ」
「そ、そうなんだ」
「だから、付き合えるぞ」
「あ、うん……ありがと」
 そういうことになった。



『沖縄風の、居酒屋にて』



 商店街の一角は、いわゆる飲み屋が軒を連ねていた。
 普段なら多少迷うところなのだが、その中には杏が何度か出入りし、前から誰かと飲みに行こうと目を付けていた店が一軒あった。だから、杏は朋也の袖を引っ張るように、その店へ一直線に足を運んだのである。
「沖縄風ね」
 全席が座敷になっている中、不慣れな様子で朋也が腰を下ろした。
「最近流行ってるのよ。知らなかった?」
 こちらは慣れた様子で胡座をかきながら杏。
「あんまり行かないからな、こういうとこ」
 そう言いつつ、朋也はメニューに目を通し……困惑に眉根を寄せていた。
「どうしたの?」
「いや、その……名前から料理のイメージが掴めなくてな」
 説明無しで沖縄の料理が沖縄の方言で書かれているためであろう。朋也は困ったようにそう答える。
「じゃあ、料理はあたしが選んじゃって良い?」
「ああ、任せる」
「OK」
 さっと手を上げて、店員を呼ぶ。
「えっと、『ごーやちゃんぷる』と『炒めそば』に『らふてー』、『島豆腐』と『豆腐よう』を二人前。飲み物は『黒残波』、カラカラで」
 幸い顔見知りの店員だったため、てきぱきと注文は済んだ。お通しと箸を手元に並べ終わると、一礼して去って行く。
「なぁ、酒の方のカラカラってなんだ?」
「沖縄独特のお酒を入れる容器――酒器よ」
 そう杏が説明し終わるとほぼ同時に、淡い蒼のグラスふたつとともに、竜の首をあしらった陶器製の、小ぶりで平べったい薬缶のような入れ物が置かれた。
 杏は、それを持ち上げ軽く揺すってみせる。
 すると、から、からと陶器同士の軽やかな音が響いた。
「陶器のかけらが中に入っているのよ。だからカラカラって言うみたい」
「なるほどな」
「ほら、まずは一杯」
「ああ、サンキュ。……んじゃ、杏も」
「――うん、ありがと」
 蒼いグラスふたつが、ちんと澄んだ音を立てる。
「仕事、お疲れさん」
「お疲れさま」
 程無くして、料理の方も並べ始められた。まずは島豆腐である。
「見た目は変わらないように見えるが……この、豆腐の上に乗っているのは?」
「スクガラス。簡単に言うと小魚の塩辛よ。それ毎そのまま何も付けずに食べるの。あ、頭の方からね。言い伝えだけどしっぽの方からだと喉に引っ掛かるんですって」
「ふーん……」
 興味深いと言った感じで箸を付ける朋也。
「うん、美味い」
「でしょ?」
 その後に続いた豆腐ようは豆腐を泡盛と紅麹で醗酵させたもの、らふてーはあっさりとした豚の角煮、炒めそばとは所謂塩味の焼きそば、そしてごーやちゃんぷるは苦瓜と卵や野菜の炒め物であった。
 それらを摘まみながら、色々な話に花が咲く。
「汐ちゃん、元気?」
 途端、朋也の目尻が下がり、口許が緩んだ。
「おう、元気だぞ」
「――親馬鹿ね」
「元気だって答えただけでかよ!?」
「そーよ。理由を知りたかったら鏡を見てみなさい」
 お互い酒が入って、多少陽気になっている。
「お前だって、子供が出来たらこうなるぞ。間違い無くな」
「お生憎様。その前の段階から目処が立って無いから無理よ」
「お前なら、引く手数多だろうに」
「そうでも無いわよ。もう薹が立っちゃっているもの」
 と、片膝を立てて杏。
「って、何処見てるのよ朋也」
 視線が多少下がっていることを指摘してやる。すると朋也は多少慌てて、
「い、いや。お前ズボン姿多くなったなーと思って」
 そう言いつつ、頭を掻いているので、杏は立てた膝を戻してあぐらをかき直すと、
「スカートだとね、めくられちゃうのよ。毎年ひとりはそういうやんちゃな子がいるの」
「ふーん、そういや早苗さんも塾やっているときはジーパンだったっけな」
「理由は一緒かもね。もっとも、あたしのとこよりめくるのは勇気がいると思うけど」
 古河パンの主、古河秋生が妻の早苗に寄り付く男共を老若問わず嫉妬の炎で焼き尽くすことは、杏もよく知っていることであった。
「でもまぁ、小学校でも元気にやっているみたいね。汐ちゃんは」
「ああ。もうすぐ十歳だぞ、十歳。すげぇよな。もうあれから十年も経つんだ……」
「うん、そうね……」
 多少、空気が湿気を帯びる。
 誕生の経緯を含めここまで育つのに、汐には幾多の難関があった。それもやはり、杏のよく知るところである。
「そしてあたし達は三十路かぁ、やんなるわね」
「そういうもんだろ」
 と、泡盛のグラスを傾けながら朋也。
「別にいいじゃないか。皆均等に年を取っていくんだからさ」
「そりゃ、そうだけど……」
「それにお前、あんまり昔と変わらないし」
「それはあんたもよ、朋也」
「そうか?」
「そうそう」
 指摘されたことに気付いていなかったのと、褒められたのが合わさって、杏はまだ大半が残っていたグラスを一気にあおってみせた。
「良い飲みっぷりだな」
「ありがと。でもこれくらいなら普通よ?」
 杏の選んだ泡盛の銘柄は、あまり度数の高くない方である。
「いやでもさ、渚は焼酎一杯でべろんべろんだったからな」
「――最初はそんなもんでしょ」
「いや、その後問い詰め食らった挙句マウント取られてさ」
「何よそれ、汐ちゃん誕生秘話?」
「んなっ! ち、違うっ」
 思い切りむせていた。どうやらそちらの方はそう簡単に公開できる代物ではないようである。
「その後そのままもたれ掛かって寝付いたんだっ」
「まぁ、そうであって欲しいわ。酔った勢いでだなんて、可哀想だもんね」
「だから違うっての!」
「はいはい」
 わかってはいる。話に聞いているだけだが、あのおしどり夫婦がそんなことをする訳は無いだろう。そう思っていた。
「本当だぞ。ビールとか度が低ければほろ酔いになって『だんご大家族』歌うくらいだし、高すぎれば一口でぶっ倒れるだけだし。変わったところで言えば――」
「――朋也」
「あ、ああ。何だ?」
「後学のために教えといてあげる。独身女の前で惚気話は禁止よ」
 余裕を持って、女子のスカートめくりを敢行した男子を叱る時の要領で、言ってやる。すると朋也はばつの悪い貌になって、
「……わ、悪い」
 素直に、そう謝った。
「いいのよ。次、気を付けなさいね」
 別に怒ってはいない。いずれ来るだろうと踏んでいた話題であったからだ。
「ねぇ、さっきから渚渚って話が続いているけどさ」
「ああ」
 その代わり、答えにくい話題をこちらから振ってみる。
「結婚って結局、何なわけ?」
「何って――そういうのはお前の方が詳しいだろ」
 案の定、困った貌になって朋也はそう答える。
「わからないから聞いてるのよ。朋也、あんたなりの見解で良いから教えて。結婚って何?」
「そうだな……」
 ちびりと泡盛に口を付けながら、朋也はしばしの間考えているようだった。だがやがて視線を杏の目に合わせると、
「そうだな、やっぱり家族になるってことかな」
「家族?」
「ああ、家族。血が繋がっていなくてもさ、お互い家族として生きていく。それが結婚ってやつじゃないか――と、思う」
「……ふぅん」
 楊枝でカットした豆腐ようを口に運びながら、杏。その強い風味と今得た回答に、静かに目を細める。
「まぁ、俺と渚が一緒にいた時間はさして長くは無かったけどさ、でもそれだけは間違いないと思うよ」
「時間じゃ無いと思うわよ、そこら辺は」
「ああ、俺もそう思う。それに今は、汐がいるからな」
「そうね。――本当にもう、随分と変わったわよね、あんた」
「そうか?」
 あまり要領を得ない様子で、朋也。
「そうよ。さっきも言ったけど年を取ったようには感じられないわ。けどね、覚えてる? 幼稚園で再会した時のこと。あの時のあんたは汐ちゃんを守ろうと必死になっている新米パパだったけど、今はあんたにしか守れないものを、ちゃんと守っている一家の主になってる」
 そう、見た目は変わっていない。でもその顔付きは、誰かを守っていることを誇りにしている強い人の貌であったのだ。
「……そうか。ありがとな」
「礼を言われるほどのことじゃないわ。すいませーん! 『黒残波』、カラカラでもうひとつ追加お願いしまーすっ」
 すぐさま、畏まりましたーと店の奥から声が上がる。
「じゃあさ、今度は汐ちゃん――子供を持つって気持ち」
 グラスに残った最後の泡盛を空にしながら、杏は続けた。
「そこらへん、もうちょっと詳しく聞かせてくれる?」



■ ■ ■



「大丈夫か?」
「ごめん……」
 料理を乗せた皿が全て空になり、結構な量が入っていた酒器がふたつとも空になった頃、杏の足元は覚束無くなっていた。
 仕方が無いので、朋也が背負い、今こうして家路を辿っているのである。
「まったく……俺だったから良かったけど、他の奴と飲むときは気を付けろよ? でないと――」
「うん、だから今日は朋也になにされたっていい」
 朋也の背中に、顔をうずめて杏。
「子持ちの男にいうもんじゃ無いだろ、それ……」
 苦笑する気配が、伝わってきた。
「ごめん、今の忘れて」
「ああ。お前、酔ってるからな」
「酔ってるわよ……当たり前じゃない……」
 額を、随分と逞しくなった背中にぶつける。
 そんな杏に朋也は何も言わなかった。だがしばらく歩いてからぽつりと、
「前にさ、汐に恋だ何だ言ってからかっていただろお前」
「……あ、うん。した」
 確か、汐が幼稚園を無事卒業した時であったろうか。本当はもっと大きくなってから真面目に話そうと思っていたのだが、ついからかい半分で言ってみてしまったのだ。
 その結果、当の汐は結構照れていた。見た目より、随分とおませさんのようである。
「それが、どうかした?」
「いや、その、なんだ……」
 自分で振った話題なのに、言葉を濁らせてる朋也。
「何よ、はっきりと言いなさいよ」
 もう一回、額を背中にぶつけてやる。すると、朋也は背筋に力を入れて、
「……んじゃ言うが、お前自身もしてみたらどうだ? 恋」
 全身の力が、少しだけ抜けてしまった。杏は背中に額をぶつけた姿勢のから、さらに頬まで押し付けるように寄りかかる。
「恋ならしたわよ。ふられちゃっただけ」
「へぇ、お前をふるなんて、勿体ない奴もいたもんだ」
「――この馬鹿! 朴念仁! そんなんだから汐ちゃんが苦労するのよっ!」
「いてて! 頭を叩くなっ。っていうかそれじゃ俺がお前をふったみたいじゃないかっ」
「……そう聞こえるわよね。ごめん」
「いやいい。お前酔ってるし」
「……うん」
 そうなのだ。杏は朋也に告白などしていないし、していないから当然返事ももらっていない。

 ――けれども、本当は。

「着いたぞ」
 朋也が、足を止める。気が付けば、藤林家の前にふたりは辿り着いていた。
「ありがと。ここで降りる」
「大丈夫か?」
「平気よ。だいぶ醒めたから」
 しっかりと――というのには無理であったが、少なくとも立てないほどではない。杏は転ばないよう慎重に藤林家の門を開け、身体を滑り込ませた。
「色々ありがと」
「ああ、ゆっくり休め」
 片手を上げて、朋也が背中を向ける。そんな彼に、杏は少し努力して息を吸うと、
「おやすみなさい、朋也」
「おう、おやすみ。またな」
 背中を向けたまま、朋也がもう一度片手を振る。
 杏はそんな彼を、しばらくの間黙って見送っていた。

 ――こんな関係でも、あたしは。

 朋也の姿が、路地を曲がり杏の視界から消える。そこで彼女は一息だけつくと背伸びをして、しっかりとした足取りで玄関をくぐったのであった。



Fin.




あとがきはこちら













































「あー、良かった。お母さんが何時しっとだんご仮面になって出てきやしないかと――」
「出てくるわけないですっ!」
「いやまぁ、わかってはいるんだけどね」
「……最近のしおちゃんは、本当に意地悪です」




































あとがき



 ○十七歳外伝、○完全に不在編でした。
 何というか、急に杏を書きたくなってこんな話が生まれました。もしかすると、TV版ではっきりとふられちゃった――というか自分の恋が実らないことを悟ってしまった――杏を見たためかもしれません。
 良く、朋也が再婚したらと言う話題を聞きますが、個人的には杏は今の関係――元、学校の仲間――のままでいるような気がします。智代とかと張り合うときは頑張っちゃうかも知れませんがw。

 さて次回は……○の思い出話で。


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