超警告。CLANNADの隠しシナリオをクリアしていない人は
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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。
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「TVの方残りの話数少なくなってきたけど、わたしの出番あるのかな?」
「ごめんなさいです。そこまではちょっと……」
「頼む」
大人四人にそう頭を下げられて、わたし岡崎汐は困惑した。
四人というのは担任の先生、学年主任、教頭先生、そして校長先生で、所謂学校の偉い人が一堂に会している感がある。
放課後の校長室。部活動中に突如校内放送で呼ばれたので何事かと思って来てみれば……。
「難しいと、思いますけど」
できるだけ遠回しにしたつもりで、わたしはそう断った。
「そこを、なんとか……」
校長先生が頭を下げる。
『この世界の、秘密』
話は簡単だ。
学校の記念行事で、著名人となった我が校の卒業生に講演をしてもらいたいのだという。
著名人というと最近はふたりだそうで、そのうちひとりはわたしの師匠で、教育関係の重要なポストに就いているという坂上智代。
そしてもうひとりはわたしの友達でおとーさんの幼馴染でもあり、若手の宇宙物理学者として名高いことみちゃんこと一ノ瀬ことみ。
まずは同じ教育現場ということで、学校側は師匠と連絡を取ったらしい。
けれど、師匠には今この町を遠く離れていて、しばらくは帰れないからと丁重に断られたそうだ。
とすると残りはことみちゃんひとりしかいない。
けれども連絡手段がほとんど無いので途方に暮れていたところ……わたしとことみちゃんが演劇部の公演などで何度か会っているという事実が浮かび上がってきたとのこと。
白羽の矢を立てられるには、十分すぎる情報だった。
「確かにわたしともおとー……父とも親交はありますけど、それほど頻繁に連絡を取り合っている訳ではないので――」
「そこを、何とか」
今度は、教頭先生が頭を下げた。
こんな押し問答を何度か続けて行くうちに、わたしはとうとう承諾することになってしまったのである。
「はぁ……」
校門からの長い坂を下りながら、思わずため息を吐いてしまう。
こうなったら、上手くいった時の報酬として演劇部の予算を増やして――いや、それじゃ不公平だから全部活動の予算を増やしてもらおうか。そんなことを考えながら帰宅してみると、
「おじゃましてます、汐ちゃん」
当の本人がそこに居て、わたしは思わずずっこけそうになった。
「……珍しいリアクションだな」
仕事が早めに終わったのだろう、先に帰っていたおとーさんがそう言う。
「ちょっと、色々あって……それより今日はどうしたの? ことみちゃん」
頭に色々詰め込み過ぎていたせいで混乱気味のわたしに対し、いつも通りのことみちゃんは、いつも通りの笑顔を浮かべると、
「アップルパイを焼いて来たの。この前のクリスマスのお礼。汐ちゃんが帰って来たら、みんなで食べようと思って」
「あ、そ、そうなんだ」
「何か変だぞ、お前」
アップルパイに合わせたのだろう。いつもの飲みなれた緑茶ではなく紅茶を口に運びながら、おとーさんがそう指摘した。
「うん、いやちょっと――ちょっとじゃないか。ことみちゃんに話があって」
「何か私に、御用事?」
首を傾げて、ことみちゃんがそう訊く。
わたしは手短に、学校からの依頼をおとーさんとことみちゃんに話した。
「……気に入らないな。教師側の都合だけ押し付けているようなものじゃないか」
大抵の先生方と相性の悪かった(と、当の本人を含め幾人からそう聞いている)おとーさんが、眉を顰めてそう言う。
「ことみ、断っていいぞ。そんなの」
言われた当の本人はというと、
「確かに研究や学会の発表と違って講演は苦手なの。けど……そう、汐ちゃんはどう?」
「わたしも、無理強いはしたくないな」
素直にそう言うと、ことみちゃんは俯きつつ顎に手をあてて、
「そう……」
そのまま、ことみちゃんの動きが止まった。多分、猛烈な勢いで考えているのだろう。
ややあって、
「決めたの」
そう呟いて顔を上げたことみちゃんはこちらを見ると、
「お笑いで、汐ちゃんが私に勝てたら出るの」
――へ?
「な、ななな、何で?」
意味がわからなくて、思わずそう訊いてしまう。
「? 何でと言われても、困るの」
わたしはもっと困る。
「でも、それが良いような気がしたから」
そう言って、ことみちゃんはいつもの柔らかい微笑みを浮かべた。
「え、えーと……」
「受けてやれ」
助け舟を出してくれたのは、おとーさんだった。そしてそっとわたしに寄ると、
「わざと負ければいいだろ?」
声を落として、わたしだけに聞こえるように言う。
「それは、できないよ」
同じく声を潜めて、わたし。
「ああ、そうだな。お前はどんなことでも全力全開だもんな」
あっさりと頷くおとーさん。
「多分、ことみもそう思ったんだろうな。だから、サイコロを振ることにしたんだよ」
……あ、なるほど。
当たり前のことなのだけれども、大人ふたりの方がわたしより一枚も二枚も上手なのだ。
「ルールは?」
わたしは佇まいを改めてことみちゃんに訊いてみる。
「お互い一発芸を披露して、相手を笑わせたら勝ち。それでいい?」
OK。わたしは大きく頷いて答えた。
「それじゃあ……準備がしたいの。汐ちゃん、汐ちゃんのTシャツ、ある?」
「え? あるにはあるけど……」
まだまだ寒いので、長袖のTシャツを渡してあげる。
「ありがとう、ちょっと待っててね」
そう言って、ことみちゃんは上着のボタンに手をかけて――、っておとーさんが居るおとーさんが居るっ!
「……汐ちゃん」
けどわたしが何か言う前に、ことみちゃんの手がぴたりと止まった。
「うん、何?」
落ち着いてそう訊くと、ことみちゃんはとても困った様子で、
「何処か着替えられる場所、ある?」
……あー。やっぱりその場で着替えようとしたんだ。
「脱衣所使って。蛇腹で仕切作れるから」
「ありがとう」
そう言って、ことみちゃんは奥に引っ込んだ。
「いいのか? ことみが有利になるかもしれないんだぞ」
「いいのよ。お互い全力を出し合わなきゃ。それにおとーさんも止めなかったでしょ?」
「……ああ、そうだな」
わかっているじゃないか。そんな貌で、おとーさんは紅茶をもう一口飲んだ。
「でも、大丈夫かな」
「何が?」
「え、いや、うん……」
「今日のお前はなんか歯切れが悪いな」
自分でも、そう思う。けれども気になるのだ。
ことみちゃんは、わたしよりずっとスタイルが良いことに。
「おまたせ」
そんなわたしの懸念を余所に、ことみちゃんが戻ってくる。
……うわ、やっぱりというかなんというか――。
わたしのTシャツを着たことみちゃんは、できるだけだぶだぶなのを選んだにもかかわらず、わたしとのバスト差のせいで随分ぴっちりとなっていた。
春原のおじさまやあっきー、そしておとーさんならば、ぱっつんぱっつんだなとか言ってもおかしくない。
「――ぱっつんぱっつんだな」
ほらね。
「それにしても、白じゃなかったか……」
「? どうして?」
「いや、それは……」
無論そこら辺を考慮して、Tシャツは柄物を選んでいる。にしても男の人ってもう――、
「だんご旋風(センセーション)、一発いっとく?」
今度はわたしが声を徹底的に低くして、訊く。
「え、遠慮します」
何を期待していたのだろうか。ねぇ、お母さん?
「それでは、一発芸いくの」
ことみちゃんがそう宣言したので、わたしはおとなしくちゃぶ台に座り直した。それに倣うように、おとーさんも足を組み直す。
「汐ちゃん、心の準備はいい?」
珍しく、少し挑戦的な表情でことみちゃん。わたしがそれに黙って頷くと、ことみちゃんも頷いて拳を握ったまま両腕を上げて、奇妙かつ素早い動きとともに、こう言った。
「だっだ〜ん、ぼよよんぼよよん」
お、おおおおお!?
ま、まるで振り子のように揺れている!
あえて何処とは、言わないけれど。
「だっだ〜ん、ぼよよんぼよよん」
一回目は耐えられたおとーさんが、むせた。
その視線は、完全に釘付けとなっている。
あえて何処とは、言わないけれどっ!
「だっだ〜ん……!」
そして謎のポーズで締めることみちゃん。
「……面白くなかった?」
「……いやまぁ。率直に言うと、うん」
「ある意味、効いた」
わたし達、素直な父娘です。
「――悔しいの」
あ、珍しいことにことみちゃんがいじけている。
「でも、この後汐ちゃんが私を笑わせなければイーブンなの。それなら、さらに強力なのをお見舞いなの」
「さ、さらに強力なのかっ!」
膝を叩いて、おとーさんが身を乗り出した。
「汐、たまには方針転換して負けてみたらどうだ?」
「嫌、絶対」
断固拒否の構えで、わたし。そもそも、ことみちゃんのネタが、今より強力なお色気を披露するとは限らないはず。
……多分。
「それじゃあ、次は汐ちゃんの番」
そう言って、ことみちゃんがちゃぶ台に座る。
「うん。でもちょっと待ってね」
わたしはネタを考える。色仕掛けは――意味がない。おとーさんを悶絶させる大会ではないのだ(それなら必ず勝てる自信が、わたしにはあるけれど)。
ならば、ここはもうことみちゃん限定でツボを突くしかない。
わたしは立ち上がり、台所へと足を運んだ。戸棚を開け、中から一番柄の長いおたまを取り出し右手に持つ。
そしてとって返した足で部屋の隅に重ねて置かれているだんご大家族を左脇に抱えると、おたまを銛のように構えてこう言った。
「ダゴン大家族っ!」
――嗚呼、おとーさんの視線が痛い痛い。けれど。
「――ぷぷっ……」
ことみちゃんは、吹き出していた。
……計画通り。
「ま、ま、参りました……」
ツボを突き過ぎたらしい。ことみちゃんは悶絶しながら今にも床に転がらん勢いで笑いを堪えている。
「み、見事なの。まさかダゴンを汐ちゃんが知っているなんて、なんて――」
後は言葉にならなかった。ただひたすら、必死に笑いを堪えている。
「……ついていけねー」
あ、おとーさんが呆れてる。
けれども勝ちは勝ち。わたしは満足して、静かに息を吐いた。
「朋也くんは、どっちが面白かった?」
と、笑いを堪え過ぎて出た涙を拭き拭き、ことみちゃんが訊く。
「あー、そうだな」
紅茶のカップを傾けた後、それを静かに置いて、おとーさん。
「お前らふたりとも、もう少しわかりやすいネタを考えろ」
御説御尤も、だった。
「いただきましょう」
「「いただきます」」
お笑い勝負も無事終わったので、わたし達は紅茶を人数分淹れ直し、ことみちゃんが作ったアップルパイをつつく事にした。
「でも、何をお話すれば良いのかわからないの」
紅茶を飲みながら、ことみちゃんがそんなことを言う。
「学校からは、今どのようなことをやっているのか、できればどのようにしてその道に進むことになったのかを話してくれれば良いって言っていたから、ことみちゃんの研究内容で良いんじゃない?」
フォークで上手くパイとリンゴの部分を一緒に口へと運びながら、わたし。
「研究内容? 最近だと時間と重力の相互関係とその応用だけど」
おとーさんが、むせた。次いで、頭が痛そうにこめかみをほぐしている。
「もうちょっと、わかりやすくすればOKかな」
そんなおとーさんを横目に見ながら、わたし。
「それなら……」
と、フォークで空中をかきまぜながら、ことみちゃん。
「世界の可能性と、その存在はどう?」
その聞き馴れない言葉に、わたしはおとーさんと貌を見合わせた。
「それってなんだ?」
フォークを咥えたまま、興味深げにおとーさんが訊く。けれどもことみちゃんはすぐには答えずに、
「この世界以外にも色々な世界があるとしたら、朋也くんはどうする?」
そんな質問を、おとーさんに返した。
「どうするって……世界は世界だろ。色々な世界って、一体どんな世界なんだ?」
「それは、可能性の分だけ存在する世界。可能性が存在する以上どんな『もし』も形になっているの」
歌うように、ことみちゃんが答える。
「それってつまり……」
わたしの言葉をおとーさんが引き継いだ。
「渚が生きている世界も、あるってことか」
「――うん」
……あるんだ、そんな世界が。
「それだけじゃないの。例えば……汐ちゃんが男の子だったりする世界も、あるはずなの」
「息子か」
わたしを見ながら、おとーさん。
「さらにもう一歩進んで、おとーさんがおかーさんだったり?」
「有り得るの」
ふむ。わたし達父娘は呼吸を合わせる。
「母上ー!」
「息子よー!」
「きっとそんな感じ」
ちょっと暑苦しい親子だった。
「そういう研究もしていたんだな、ことみは」
再びアップルパイに取り掛かりながら、おとーさん。
「うん。今は宇宙物理だけど、さらに範囲を広げれば世界そのものに迫れるの。そして、世界の仕組みがわかれば同時にわかるの」
「何が?」
そんなおとーさんの問いに、ことみちゃんは目を細めると、
「世界の、秘密。わたしの両親が辿り着いた場所」
……ああ、そうか。
誰にも気付かれないよう、わたしはそっと息を吐く。
わたし達と同じように、ことみちゃんにもあるんだ。
両親と共に居る、そんな世界が。
「そこを目指すのが、今の私の道標。同時にスタート地点でもあるの」
そこへ辿り着くのには、とてもとても大変なのだけれど。と、ことみちゃんは続けて言う。
「それ、きっとみんな聴きたがると思うな」
「ありがとう、汐ちゃん」
それは、ことみちゃんの言う通り途方もないことに違いない。ことみちゃんだけでは成し遂げられず、次の研究者、次の次の研究者へと引き継がれていくものかもしれない。
それでも、わたしは見てみたいと思った。
世界の、秘密を。
Fin.
あとがきはこちら
「うーん……」
「どうしたの? ことみちゃん」
「お笑いの反省。やっぱり、元ネタに比べて筋肉が足りなかったなと思ったの」
「……筋肉?」
「筋肉が必要ですかな? マドモワゼル」
「真人っ! 筋肉だけに反応して知らない人に話しかけちゃだめだよっ! ごめんなさい、失礼します!」
「「……誰?」」
あとがき
○十七歳外伝、岡崎家とことみ編でした。
唐突ですが、劇場版が、そしてTV版がそれぞれ原作と異なるアプローチを取って居ることに気付いて、今回の話が生まれました。本当は幻想世界の話にまで持って行ければよかったんですけど、ちょっとそこへ至るきっかけを見いだせなかったので今回は割愛。少し、悔しいです。
あとことみのネタですが、大昔の栄養ドリンクのCMから拝借しました。今のご時世では、ああいうを放送するのは無理なんだろうなぁ……。
さて次回は、美佐枝さんか杏で。