超警告。CLANNADの隠しシナリオをクリアしていない人は
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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。
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「うっしうしにしーてやんよ〜」
「語呂悪っ」
「な、なっぎなぎにしーてあげる――ですっ」
「薙ぎ倒されそうだな……それ」
『メイド長とわたし』
「いらっしゃいませー、古河パンへようこそっ」
日曜の午後のこと。お店に入って来たお客さんに、わたし岡崎汐はにこやかに挨拶をした。
そこそこ繁盛しているけど、お客さんのその九割が顔見知りという古河パン。だから大抵は挨拶が返ってくるのだけれども、今回は違った。
一見のお客さんだからじゃない。その人はわたしの良く知る人で、向こうもわたしを良く知っている人でもあったのだ。
伊吹、公子さん。
かつてはお母さんの恩師で、わたしの学校で美術講師をしている伊吹風子――ふぅさん――の、お姉さんだ。
その公子さんは、わたしを見てただ目を白黒させていた。
まぁ、無理もないと思う。
今、わたしはメイド服を着ていたのだから。
でも流石というか何というか、そのリアクションも極々短い間で、公子さんはすぐさま落ち着きを取り戻すと、
「こんにちは、汐ちゃん。それ、古河パンの制服ですか?」
無難な線を突いて来た。
「んー、それも良いような気がしますけど、ちょっと外れです」
と、悪戯っぽく笑ってわたし。
事情は結構簡単だ。
年末の大掃除の日、古河家のお手伝いをしていたわたしは、お母さんの部屋からメイド服を発見したのだ。何でそんなものがあるのか知らなかったが、ちょうど次の演目がビクトリア朝の英国が舞台なため、ちょうど良い機会だから……と制服代わりに着てみたのである。
それに、こんな機会でもないと着ることはないだろうし。
「……なるほど、衣装合わせを兼ねているという訳ですね」
「流石ですね公子さん。まさにその通りです」
お母さんの服はわたしにとって大抵サイズが小さい(何処が、とは言わない。あえて)のだが、もともと大きめに寸法を取っていたのか、そのメイド服はぴったりとあった。
どうせだから、わたしの衣装はこれで行こうかなと思っていたりする。
「可愛いですね。良く似合っていますよ」
「ありがとうございます」
いつものように勢いに任せず、静々と一礼するわたし。公子さんも、それが演劇を意識していると気付いたのだろう。胸の前に拳を掲げて、
「頑張ってくださいねっ」
「はいっ」
同じような仕草を取って、わたし。
「あら、こんにちは公子さん。いつものですか?」
そこへ、奥で窯を見ていた早苗さんが顔を出して来た。
「こんにちは。折角なんですけど、今回はふぅちゃんが選ぶそうです。もうすぐ来ると思うんですが……」
「では、それまでお茶でもいかがですか?」
「いえ、そういう訳には。表で待ち合わせようと思います。……ところで、その――」
「あ、この服ですか? 汐ちゃんが勧めてくれたんです」
そう、早苗さんもメイド服姿だった。
それはわたしが細部のデザインが違う衣装を実際に着て検証するためのもので、わたしがお母さんのを着てお店を手伝うと申し出た際、折角だからと着ることにしたらしい。そのチャレンジ精神というか好奇心の強さは、わたしにも受け継がれているのだろう、多分。
ちなみに、わたしが今着ているお母さんのものと、全く同じメイド服を早苗さんは持っていた。さらにはひとつだけ、明らかに男性サイズの物があったのだけれど、そっちはとりあえず黙殺している。
なにはともあれ、そう言った訳で今現在古河パンには二種類のメイド服を着た従業員が居るという、珍しい状態になっていた。
「そ、そうなんですか……」
多少戸惑いの色を浮かべながら、わたし達を交互に見る公子さん。
ふむ?
そこで、ピンと閃くものがあった。
隣の早苗さんを見ると同じことを考えていたらしく、にっこりと笑って返す。
「良かったら、公子さんもどうですか?」
「え、ええと……」
公子さんとわたしなら体格はあまり変わらないので大丈夫だろう。
そして、デザインの違うメイド服はまだ何着かあるのだ。
「それでは、少しだけ……」
「はーい、お客様一名ご案内〜」
早苗さん、それなんか違います。
■ ■ ■
「こんな感じ……ですか?」
お店の奥から出て来た公子さんは、少し恥ずかしそうにそう言った。
わたしは即答せず、ただただ……
「め、メイド長……」
「え?」
「いえ、なんでも」
公子さんが選んだのは、本当にシックなメイド服だった。
だが、それが若さ全力全開の早苗さんと違い、知的な大人の魅力を持った公子さんが着ることにより、いかにもメイド長! といった雰囲気を醸し出している。
「良く似合っています。率直に言うと、可愛いですよっ」
「そ、そうです――か?」
嬉しそうな早苗さんの賛辞に、顔を真っ赤にして公子さんはお礼を言った。
うーん、こういった仕草はわたしと並んでも年の差が感じられない……。
「そういえば、公子さんってお幾つなんですか?」
「え、年齢ですか? ――今年で二十八ですっ」
わたしが生まれた時は九歳だったらしい。
「ちなみにわたしは十七歳ですよっ」
何故か待ってましたとばかりに、早苗さん。
……お母さんを生んだ時、一体幾つだったんだろうか。
「それでは、ちょっと窯の方に戻っていますね」
「あ、はーい」
「公子さんもゆっくりしていってくださいね。それでは」
「あ、はい。ありがとうございます」
レジ台の前で、公子さんとふたり一緒に並ぶ。
「そういえば、岡崎さんとお店の御主人は――」
「あ、今近所の子供たちと野球に興じてます」
「なるほど……。ところであの、何かお手伝いしましょうか」
「え、良いんですか?」
「はい、折角ですし」
暇に見える古河パンでも、仕事が全く無い訳ではない。
例えば、午後になったら朝焼いたパンは値下げするために値札を取り替えなければならなかったりする。
……もっともこれ、わたしが提案したことなのだけれど。
「壁際の方を左から順番にお願いします。値札は上から入れ替えれば大丈夫ですから。わたしは反対側から行きます」
「わかりました」
流石というか何というか、仕事を始めてみると公子さんの手は早かった。そのペースは手慣れているはずのわたしと遜色無いのだから、すごいとしか言いようが無い。
「うーん……ふぅさんとは違いますね」
再びレジの前に並んで立った際、感嘆と共にそう呟いてしまう。すると公子さんはにこっと笑って、
「昔から良く言われるんです。外見も性格もあまり似ていない姉妹だって」
そう言えば、似ていない姉妹と言えば藤林杏先生と看護士の椋さんが居るけれど、見た目は結構似ていたりする。
「汐ちゃんから見て、ふぅちゃんはどんな感じですか?」
「そうですね……動きは早いんですけど、凝るところはひたすら凝るからトータルで普通の早さ。そんな感じでしょうか」
前に、古河パンを手伝うと宣言したふぅさんの仕事っぷりを思い出しつつ、わたしはそう言った。
「そうですか。ふぅちゃんを良く見ていますね、汐ちゃん」
「まぁ、長い付き合いですし」
照れ笑いとともに、わたし。すると公子さんは、少し躊躇する素振を見せた後、話しにくそうに、
「あの……ふうちゃんは、うまくやっていますか? ――ごめんなさい、汐ちゃんに聞くことじゃないんですけど……」
「いえ、そんなことないですよ」
と、即座にわたし。
「簡潔で良いんです。ふぅちゃんは学校でどんな感じですか?」
「んー、そうですねぇ……」
ちょっと考えながら、わたしは言葉を選びつつ答えることにした。
「廊下を走らないって他の生徒を注意している風紀委員のそばを走り抜けたり、自由課題でヒトデを選ぶと無条件で点数が良くなったりしますけど」
公子さんの身体が、少しだけ傾いた。
「ああ、やっぱり……」
間髪入れずに、わたしは続ける。
「でも、良い先生です。わたしを含めどんな生徒とも真正面から話し合おうとしますし、ヒトデが絡まなければすごく平等な判断もします。なにより、授業がとてもわかりやすいですし」
「そう……なんですか?」
「はい。だからふぅさんは生徒にすごく人気がありますよ。廊下を走っていればみんな気を付けてって声をかけますし、ヒトデで成績が良くなるとみんな知ってから自主規制するようになりましたし」
ひとつだけ白状すると、わたしは時々ヒトデを利用してしまっているけれど。
「そう、ですか」
「そういったところはですね――」
と、言葉を続けながらわたしは言う。それを知っているのは、本当はお母さんだけなのだけれども、
「公子さんの妹だなって、思います。わたしは公子さんの授業を受けたことありませんけど、きっと公子さんの授業もわかりやすくて面白いんじゃないかなって」
「汐ちゃん……」
驚いた貌で、公子さんはわたしを見ていた。
「初めてです。私とふぅちゃんが似ているって言ってくれた人は」
「え、あ、ありがとうございます……で、いいんですか?」
「はい、良いと思いますよ」
そう言って笑う公子さんは、とても嬉しそうだった。そこへ――、
「悪い、公子。遅くなっちまって――」
芳野さんが、店内に入って来た。恐らくふぅさんと一緒にここに来たのだろう。軽く息が弾んでいるところをみると、駆けっこでもしたのだろうか……。
しかしレジ前の公子さんを見て、その呼吸を含めぴしっと硬直する。
「い、いらっしゃいませ、祐君」
少々ぎこち無かったが、公子さんがそう挨拶をした。もしかすると、メイド服姿を芳野さんに見られたのが少し恥ずかしかったのかもしれない。
と、芳野さんが持っていたタバコのパッケージが、ぽろりと落ちた。
「大丈夫?」
公子さんがそれを拾って、そっと手渡す。
「あぁ、済まない」
それがスイッチになったのか再起動する芳野さん。そして今まで見たことも無いさわやかな笑顔を浮かべて、
「注文、良いか? ――お前を、お持ち帰りで」
思わず噴きそうになってしまうわたし。あまりにも格好いい声でそう言われると、何というか、見ているこっちが恥ずかしい。
「ふ、不許可ですっ」
真っ赤になって、公子さん。
まぁ気持ちはわからないでもない。今の芳野さんは、最高に爽やかで、格好よかった。
続いて元気な声が響き渡る。
「こんにちは汐ちゃん! おねぇちゃん来ていますか――」
言うまでもなく声の主のふぅさんは、そこで公子さんを見つけ、たっぷり一秒静止した後、
「大変ですっ! おねぇちゃんがメイド長にぃ!」
よっぽど動転したのか、声が裏返っていた。
「ふぅちゃんまで……」
心底困った声で、メイド長――もとい、公子さん。
「これは汐ちゃんメイドパン屋ですか。斬新ですっ」
「ふぅさんも着る?」
メイド服はまだ余っている。サイズがちょっと大きいかもしれないけど。
「いえ、風子は観る側に徹します」
と、はめていた手袋を羽織っているジャンパーのポケットに入れながら、ふぅさん。
「後汐ちゃん、今日だけは風子をお嬢様と呼んでください」
「喜んで、お嬢様」
「ん〜、何故だか至福です……」
「やっぱり心配……」
困った貌で、公子さんがそう呟く。けれども、その顔には笑顔が浮かんでいた。
その様子を見て、わたしはつい詮無きことを思ってしまう。
姉妹っていいな、と……。
Fin.
あとがきはこちら
「実はな岡崎、劇場版では合気道の達人だった公子だが……本当は柔道の有段者なんだ」
「ま、マジっすか芳野さん」
「嘘だ」
あとがき
○十七歳外伝、公子さん編でした。
ちょっと前に風子の話を書きましたが、それとペアになるよう頑張って――いるちに時間がどんどん経ってしまいました。あやややや;
TVアニメでは仲の良い、本当に仲の良い姉妹として描かれている伊吹姉妹ですが、今後――そう、○が登場する頃どのような展開になっているのかが、今から楽しみです。
さて次回は、コメディ気味にひとつ。