超警告。CLANNADの隠しシナリオをクリアしていない人は
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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。

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「テレビの出番が終わった後で主役ですかっ。ぷち最悪ですっ」
「いや、まだ地デジ版とかあるからな」













































  

  


 普段から体調管理に気を配っているわたし、岡崎汐が、三日前に不覚を取った。
 風邪を引いて、学校を一日休んでしまったのだ。
 前に急に体調を悪くして寝込んだときは(この時も風邪だったのだが)おとーさんを大いに狼狽えさせてしまったのだが、今回は普通に風邪を引いて寝込んだので、おとーさんも普通に対応してくれた。……それでも、会社を半日休んで貰ったので、申し訳なく思っている。
 そして次の日、どうにか快復したわたしが学校に向かってみると、ひとつの試練が待っていた。
 掲示板に張り出しがあり、そこにわたしの名前が張り出されていて、明日放課後美術室に来るようお達しが下っていたのだ。
 所謂呼び出しである。
 呼び出し主は――ふぅさんこと、伊吹風子美術講師だった。



『すたーふぃっしゅてぃーちゃー』



「一言で言えば、汐ちゃんは運が悪かったのです。そのことについては、風子心から気の毒に思います」
 美術室の教壇から、大分似合うようになってきたスーツ姿でふぅさんは静かにそう言った。
「ですが課題は課題。汐ちゃんにもちゃんとやって貰わないといけません」
 教壇のすぐ前の席に座るわたしの目の前には、20センチ四方の木材と彫刻刀、それに各種細々とした道具が並んでいる。そう、わたしが休んだ日に丁度美術の時間で課題があったらしいのだ。
 つまりわたしは今補習を受けているということになる。
「課題内容は彫刻。題材は自由です。何か質問はありますか?」
 おとーさんは話を聞くたびに嘘みたいだと言い続けるのだが、ふぅさんは講師として身内贔屓を一切しない。曰く、それはそれ、これはこれなのだそうだ。
 それについては、元教育者の公子さん、今も古河塾で教鞭を執る早苗さん、そして教わる対象であるわたし自身もそれで良いと思っている。
 思っているのだが……。
「あの、伊吹先生……」
 普段は『ふぅさん』だが、授業を受けるとき、並びに校内では出来る限り『伊吹先生』とわたしは呼んでいる。いくらふぅさんが贔屓しないとはいえ、わたしが馴れ馴れしく話しかけたら誤解を受ける生徒もいるだろうし、他の先生方にも、あまり良い様には見えないだろう。けれどもこの呼び方はふぅさんにはすこぶる不評で、いつも通りに呼んでくれと口に出すたびに言われるわたしであった。
「なんでしょうか汐ちゃん。それと今はふたりきりですからいつも通りで良いです」
「じゃあ、今だけふぅさんで。――ええと、今日は部活の会議があるからできれば明日に延期して貰いたいんだけど……」
「汐ちゃん。良い組織というものは、トップが不在でもきちんと統制が取れた行動を取れるものを指します」
 おお、ふぅさんがすごい格好良いことを言っている!?
「……っておねぇちゃんが前に言ってました」
 あー、うん。そんなオチじゃないかなって思った。
「気持ちはわかりますが、風子もまだ全てのクラスで課題が終わって居る訳ではありません。どうか今日中に片付けてしまって下さい」
「……了解。頑張ります」
 わたしが覚悟を決めてそう言うと、ふぅさんは微笑んで、
「良い心がけです」
 そう言い、教卓の隣に設えた椅子に座る。
 さて、何を彫ろう――といっても選択肢はひとつしかない。
 わたしは、まず鉛筆を取り上げると、定規を当てて丁寧に彫刻刀の目標となる線を引きはじめた。
「あ、そうだ。前々から訊こうと思ったんだけど――」
「汐ちゃん、課題中の私語はいけません」
「すみません……」
「……ですが、風子が暇なので許可します。どうぞ」
 確かに、ふぅさんは暇そうだった。ただ、作業が疎かになるのはいけない。わたしは、鉛筆と定規の手を休めずに訊いた。
「前々から気になっていたんだけど、どうして美術の先生になろうとしたの?」
「それは……やっぱりおねぇちゃんの影響だと思います」
 はっきりと、ふぅさんはそう答えた。
「そのことについては、風子おねぇちゃんと何度も話をしました。その度におねぇちゃんは風子のやりたいことをやればいいと言いました。たぶん、風子が無理して美術の道を歩んでいるように見えたのでしょう」
 淡々と、ふぅさんはそう言う。
「けれども、風子はおねぇちゃんの後を継ぎたかったのです。おねぇちゃんは、風子が事故に遭ったせいで美術の先生を辞めてしまいましたから。……汐ちゃん、継ぎたいと言う気持ちは後ろ向きに見えますか?」
 ……それは、どうだろう。継ぐ本人が嫌でなければ、そんなことはないのではないだろうか。わたしは、素直にそう回答した。
「そうですか。ありがとうございます」
 何故かほっとしたように、ふぅさんはそう言う。
「それじゃあ、もうひとつ質問」
 鉛筆を彫刻刀に持ち替え、わたしは続けて訊いた。
「なんで、この学校を選んだの?」
 こちらは割とおまけの質問だった。家から近いとか公子さんが昔務めていたとか、理由は色々と想像出来るし、真実もそのひとつだと思っていたのだ。
「それは――」
 けれども、ふぅさんの口から飛び出たものは、そのどれとも違っていた。
「風子が昔、この学校を駆け回っていた気がしたからです」
 わたしの手が、ぴたりと止まった。
 それは、おかしい。
 なぜなら、ふぅさんはこの学校に入学する日に交通事故に遭い、以降ずっと眠り続け、目が覚めたのはわたしが五歳になった頃だったからだ。
「わかっています、汐ちゃん。それは多分夢です。けれども、風子はそれが本当のことにように思えて仕方がないと思うようになってしまったんです。だから、それが本当なのかどうか、風子は確かめるために此処に来ました」
「あ、だからあんなに一生懸命学校案内に時間をかけていたのね」
 と、彫刻刀を置き、金鑢を手に取りながら、わたし。
 就任早々、ふぅさんはわたしを指名して校内案内を頼んだことがあった。
 そのときわたしはせいぜい30分くらいと思っていたのだが、実際には日が暮れるまで、ふたりで校舎のあちこちを歩き回ったのである。
「あのときは、汐ちゃんに随分と助けられました」
 と窓の外を見ながらふぅさんは言う。
「いいの、わたしも楽しかったから。収穫はあった?」
「……正直言うと、あまりなかったです」
 少し寂しそうに、ふぅさんはそう言う。
「風子が主にいたのは、こっちでしたから」
 そう言って、足元を見る。
 こっち、つまり新校舎。でも、ふぅさんの言うことが正しいとすればそれは当時の旧――建て直される前の――校舎と言う意味なのだろう。
「どういう理由かは忘れてしまいましたが、そこでずっと、風子は木彫りのヒトデを作っていました。そこで色々な人に出会った気がしますが、それも今はぼやけています」
 そこで、思い出したことがある。
 古い古い、所謂ひとつの学校の怪談というものだ。
 曰く、ある女生徒の幽霊が部室棟――旧校舎で毎日毎日何かを彫刻しているという、噂話にちかいもの。
 それで祟られたとか、襲われたとかならともかく、ただ彫刻しているだけでずっと残っている怪談というものもそうはない。
 けれども、それは事実であったからこうやって残っているのではないか。わたしは心の中でそう結論付けた。
「結局、この学校に残っていると思っていた痕跡は、ひとつもありませんでした」
 ふぅさんは、そう話を結んだ。
「そうだったんだ。わたしと一緒だったんだね」
「……それは、どういう意味ですか? 風子には思い当たるものがないです」
 金鑢から紙鑢に切り替えたわたしに、困惑した声でふぅさんが返す。
「――ん、正直言うとね。わたし高校に上がるときいくつかの選択肢があったんだ。だけど、どうしてもこの学校に来たかったの」
「それは、どうしてですか?」
 小首を傾げてそう訊くふぅさんに、わたしは手を休めて、佇まいを改めた。
 これだけは、話半分な気持ちで言いたくなかったからだ。
「お母さんが居た、おとーさんと過ごした思い出の場所だったから。そこが一体どんな場所なのか、気になってきたの……もっとも、ふぅさんと一緒であまり見つからなかったけどね」
「そうでしたか。……汐ちゃんも、風子と同じ気持ちでしたか」
 そう言って、外を見るふぅさん。その表情は、こちらからは窺えない。
「実は風子、今はあまりそんなことが気にならなくなっています」
「なんで?」
「それはですね汐ちゃん。今が楽しいからです。授業は大変ですが、毎日が――そう、ヒトデ祭りみたいだからです」
「ヒトデ祭り?」
「はい、ヒトデ祭りです。みんなでわいわいがやがやと、それは楽しいお祭りです」
 そこで振り返って、ふぅさんはわたしの目を見ていった。
「汐ちゃんはどうですか? 今もお母さんの面影を探しているのでしょうか」
 ……それは……。
「ふぅさんは、どう思う?」
 わたしが少し意地悪気味にそう訊く。すると、ふぅさんはわたしの目をじっと見た後、至極真面目な貌で、
「あんまりそう言うことをしている暇がなさそうに見えます」
 ちがいない。わたしはお腹の底から湧き出てくる笑いを堪えつつ、
「大正解。今が楽しいからね……はい、できあがり!」
 そう、課題が終了したことを宣言した。
「随分と早かったですね。どれどれ――こ、これは」
 言うまでもない、ふぅさんの一番好きなものを、わたしは彫ったのであった。
「なんというヒトデでしょうか! 余分な凹凸のないすべすべした手触り、正確無比な星形、尖りすぎていない先端――んー、満点です! いえ、満点以上ですっ」
 美術講師としての職分で踏みとどまっているのだろうか、あっちの世界には行かずに、ふぅさんはわたしのヒトデを力一杯抱き締めて、
「困りました。満点以上の評価方法が思い浮かびません。次の試験免除で良いですか?」
 いや、それは流石に不味いから……。と、ジェスチャーで、それを丁重に辞退する。
 どうやら、次回以降ヒトデは自粛したほうが良いらしい。
 わたしは、ふぅさんが喜びそうなものを考えた。
 だんごは流石に不味いだろうなぁ……やっぱり。



Fin.




あとがきはこちら













































「そんなことないです。だんごを彫刻にしたらきっと花丸です」
「でも、丸く削るだけだし……」
「ふぅちゃんに見て貰いましょう。どうですか? ふぅちゃん」
「合格!」
「ええー(どっかで聞いたノリだなぁ……)」




































あとがき



 ○十七歳外伝、風子追憶編でした。
 ぶっちゃけると、TVアニメの9話に奮発されるかたちで、この話は生まれました。
 そういう意味で即席もいいところなんですが……いかがでしょうか?
 さて次回は……公子さんだと思います。趣味風味でw。


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