超警告。CLANNADの隠しシナリオをクリアしていない人は
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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。
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「最近だんごのグッズが増えて嬉しいです。五本の三つ編みがちょっと変わってますけど――似合ってると思いますっ」
「いやそれ、『もやしもん』のオリゼーだからさ……」
「芽衣がさ、来ているみたいなんだよ」
と春原が俺に言ったのは、金曜日の放課後、これから渚と一緒に帰ろうかと思った矢先のことだった。
「みたいってのなんだ、みたいってのは」
結果的にいって渚を待たせることとなり――約束はしていないが多分待っているだろう――普段より投げやり気味に、俺。
「いや、僕の部屋にはまだ来ていないんだ。美佐枝さんから連絡が来ないからね」
「ふーん」
「……あのさ岡崎、そこで止められると、逆に何か言われた方が楽なんだけど」
「いや、お前だって色々言われたくないだろ」
「……うん、まぁね」
美佐枝さんとか周囲に散々言われているのか、少々落ち込み気味の春原だった。ま、それはさておき――。
「ってことは、渚のとこかな」
「まぁ、そうなるよね」
というかこの町で芽衣ちゃんが泊まった処と言えば、そこしかない。
そんな訳で、男ふたりで渚のクラスに向かう。
けれどその姿はなく、クラスメイトを捕まえて話を聞いてみると――、
「誰かに呼ばれて、急いで帰った……?」
「まぁ、行ってみればわかるでしょ」
そんな訳で、今度は男ふたりで古河パンに向かう。
「ちぃーす、渚居ます?」
後で春原がひゅーひゅーと声を上げていたが、とりあえず無視する。
「あ、朋也くん」
果たして、レジの側には渚が居た。居たが――、
「いらっしゃいませ、古河パンにようこそです」
俺は思わず噴いた。
『メイドイン、古河パン』
「すげぇ……」
後から入って来た春原が、息を飲む。
端的に説明してしまおう。渚はメイド服を着ていた。
そのチョコレートブラウンのシックなドレスが、渚の髪色とあいまって良い雰囲気を醸し出し、白いエプロンとホワイトプリム(フリル付きカチューシャ)、それにカフスが清楚さを際立たせている。
「お、おま、お前……」
ついどもってしまう、俺。
「驚きましたか?」
そんな声が渚の後から上がって、俺達はほぼ同時に声のした方へと視線を向けた。
「芽衣!」
「芽衣ちゃん」
奥から現れたのは間違いない、春原の妹にしておくのにはもったいないのに春原の妹であるという、芽衣ちゃんだった。
「何か今、失礼なこと考えなかった? 岡崎」
「いや、全然」
本心だし。
「お久しぶりです、岡崎さん」
そんな俺達のやり取りはもう慣れたのだろう、全く頓着せず芽衣ちゃんは礼儀正しく挨拶をした。
「ちょっと待て、僕は無視かよ」
「照れているんですよ、春原さん」
すかさず口を挟む春原に、渚がそうフォローする。
……残念ながら、それは間違っているような気がするのだが。
「どうですか、渚さんのメイド服姿」
そして再び兄を無視して話を進める芽衣ちゃん。
「ああ、うん……最高だ。でも何でまた」
「殿方はこの格好を大層喜ぶと聞きまして」
間違いではない。間違いではないが――どこで得たソースなのかが、ちょっと気になる俺だった。
「題して、フルアーマー渚さん作戦です」
俺だけに聞こえるよう、そっと芽衣ちゃんは囁く。
「しかも、これで古河パンの売上は五割増しと言ったところでしょうか! うっしっし……」
「――あの、しかもって何ですか?」
急に元の音量に戻した芽衣ちゃんの言葉に、渚が疑問の声を上げた。流石というか何というか、こういったことには妙に鋭い。
「いえいえ、言葉を間違えただけです……」
「ははは、正しくは『これで』とかかなっ」
すかさず誤魔化す芽衣ちゃんと、全く気付いていないその兄。春原の両親にはまだ会ったことがない俺だが、一体どのような人達なのか気になるところではある。
「それはともかく、実は岡崎さんの分もあったんですが……」
「え? 俺!?」
「それが、渚さんが着ていただく条件でしたので」
にっこりと、それでいて容赦なく芽衣ちゃんは断言する。
「けれど、先約の方がいらっしゃいまして――残念です」
はて、残念かどうかはさておいて、そんな物を着たがる男が居るのだろうか。と俺が首を傾げると……。
「いらしゃいませだ、小僧」
着たがる男が、ここにいた。
「お、オッサン?」
「当たり前だ。それ以外の何に見えるってんだてめぇ」
それ以外の何かの方が余程説得力あると思う。御丁寧にエキスパンション――有り体に言えば、付毛――まで装備したオッサンはフルアーマーを飛び越して伝説巨人といった有り様だった。
「感謝しろ小僧、ご奉仕してやる!」
ファイティングポーズをとって、今なら間違いなく惑星ひとつを一刀両断出来るに違いない雰囲気を発散させつつ、オッサン。スカートが翻った際に見えた純白のソックスが、今とっても目に痛い。
「いや、いらないから」
「ちっ、なんだよ。煙草くさい大男のメイドなんかにご奉仕されたくないってか、あぁ!?」
しかもメイド服を着ているせいか、いつもとキャラが微妙に違っていた。
「つうか、何でそんな物を着ているんだよ」
「娘とペアルックになりたかったからだ!」
うわ、断言した。
「ついでに言うと、小僧と渚のペアルックなんぞ、断固阻止に決まってんだろうがよぉ!」
……あぁ、そういうことか。
「安心してくれオッサン、どうせやるなら執事の格好するから」
「執事……ですか? 昔のお芝居とかに出てくる」
と、小首を傾げて渚。
「ああ、それならまだ様になるだろ?」
「しまった――確かに岡崎さんがその格好になって今の渚さんと並んだら、目茶苦茶絵になる上に女性客の集客率も大幅にアップしていたというのに……」
まるで仕入れた品物を選び間違えた商人のような目で芽衣ちゃんがそう呟く。
「なぁ芽衣、それはおいといてさ……ここまで来たんだ、もう一声期待してもいいよな」
ごくりと喉を鳴らして、春原が訊いた。
「お兄ちゃん――そういう趣味もあったの?」
ほとほと呆れ返った声で、芽衣ちゃんがため息をつく。
その時だった。
「お待たせしました、皆さん。あら、岡崎さんに春原さん。古河パンにようこそっ」
「……うわっ」
「すっげ!」
「イヤッホーゥ!」
「わぁっ」
俺も、春原も、オッサンも、芽衣ちゃんさえも、一瞬のけぞった。
それだけ、早苗さんの着こなしは決まっていたからだ。
「お母さん、良く似合ってます」
唯一動じなかった渚が、嬉しそうにそう言う。
別に渚の着こなしがなっていなかったわけじゃない。断じて違う。
早苗さんが身に纏った空気が、その道十年のベテランメイド然としていたためなのだ。
何というか、改めて早苗さんの奥深さを知った一瞬だった。
「よぅし、早速近所に今の早苗を自慢しに――いやいや、早苗のパンを――もとい、売れ残ったパン配りに行くか。行こうぜ、早苗」
「いいですよ、秋生さん」
明らかに見せびらかしに行く気満々なオッサンだというのに、早苗さんは顔色ひとつ変えずに頷く。
「そう言う訳だ。渚、小僧、後頼むわ」
「いや待てオッサン――」
「わかりました」
渚の返事にひとつ頷いて、オッサンと早苗さんは外へ。
「……大丈夫か?」
「お母さん良く似合ってました。多分ご近所の皆さんも褒めてくれると思います」
とホワイトプリムを揺らし、笑顔で答える渚。……でも早苗さんはともかく、メイド服姿のオッサンはご近所の心臓に悪い気がする。
「それならいいけどな。……ところで、どうなんだ? それ」
「どうだと言われましても……」
スカートの裾をちょこんと摘まんで、少し前後に振りつつ渚は少し考えると、
「こんなに長いスカート、初めてです」
「なるほどね」
「……朋也くん、どうして口元を押さえて居るんですか?」
「い、いやまぁ」
その仕草が俺のツボにクリティカルヒットだったとは、とてもじゃないが言えない。
「そう言えば、最初は朋也くんが喜ぶ格好というので、少々心配していました」
「ほう、どういう格好だと思ったんだ?」
「そ、それは……」
目が泳ぐ渚。
「ほうほう、それは?」
両腕を組んでわざと意地悪く追及する、俺。
「ひ、秘密ですっ」
何か、すごい特殊なものを想像していたらしい。渚は少し顔を赤らめて、ぷいと視線を逸らしてしまった。
まぁ、からかうのもこれくらいにしておこう。
「でもそれ、演劇部の衣装みたいだよな」
「え、そうですか?」
「ああ。本当に良く似合ってる」
ごく素直に感想を言うと、そういうことになる。
「あ、ありがとうございます……えへへ」
エプロンの端を軽く握り、嬉しそうに渚。
「それじゃ、店番するか」
「はいっ」
お互い頷きあって、俺達は――、
「あのね。ふたりとも、完っ全に僕と芽衣を忘れてない?」
「あっ! すみません、春原さん」
「悪ぃ、芽衣ちゃんはともかく、お前は完全に忘れてた」
傍らでは、お兄ちゃん余計なことを言って……と言った趣で芽衣ちゃんが額に手をやっている。
「でもま、いいよ渚ちゃん、岡崎。店番はまかせな」
「春原さん……」
「なかなかふたりきりになれる時間がないんだからさ」
「そ、そうですよ渚さん! それに学校から帰ってから立ちっぱなしじゃないですか」
「それは、そうですけど……」
「価格、包装方法、それにレジの操作は全部この中に入ってます」
自分の頭を人差し指でつついて、芽衣ちゃん。
「だから、渚さんは安心して休憩してきてください」
「そうそう。芽衣じゃ出来ない力仕事は、岡崎の代わりに僕がやるからさ」
鼻の下を人差し指で擦って、珍しいことに兄らしいことを春原は言う。
「ありがとうございます、春原さん」
「そのかわり、後で写真をたんまりと撮らせて――」
渚が即座に頷きかけたので俺はそれを止めさせ、春原の方は芽衣ちゃんがその耳をしっかりと掴んでいた。
「お兄ちゃん……折角良いこと言うなぁと思っていたのに……」
「え、え? え!?」
「ポーズ毎に一枚一枚脱がせるつもりでしょ」
「ひ、ひいぃッ! ちょっとお色気ポーズは考えていたけど、そこまで言うつもりはない!」
考えてはいたんかい。
腕まくりをする俺を、芽衣ちゃんが制する。後は任せろ――いや、始末は私がするとでも言うかのように。
「お兄ちゃん、渚さんは岡崎さんの彼女だよね?」
「あ、うん。そりゃそうさ」
「うん、そこまでわかっていたなら――少し、頭冷やそうか」
「ひ、ひいぃッ! 芽衣、痛い! 掴んでいる耳が痛い!」
何か逞しくなったなぁ、芽衣ちゃん。
「という訳で、ここからしばらく大変お見苦しいシーンが連発しますので、岡崎さんと渚さんは奥の方へどうぞ〜」
既に傍らには、早苗さんのパンをてんこ盛りにした籠がスタンバっている。
「と、朋也くん……」
「お言葉に甘えよう、渚」
「でも――」
「芽衣ちゃんが居るから、大丈夫だろ」
「そ、そうでしょうか……」
「ちょっと待ってくれえええええええ!」
「さてお兄ちゃん、私が早苗さんと一緒に開発した早苗パンDBと、早苗パンSLB、どっちからがいい?」
「どっちも嫌だーっ!!」
春原の悲鳴を尻目に、俺達は奥に上がった。
上がったは良いが、困ったことに特にやることがない。
「おつかれ」
とりあえず、ちゃぶ台のそばに座りながら俺はそう労った。
「あ、はい――。えっと、お茶でも飲みますか?」
「あ、ああ。頼む……」
つい視線があっちこっち行ってしまう。渚がメイド服を着ているだけだというのに、どうにも落ち着かない俺だった。
「何というかあれだな、メイド喫茶」
「ごめんなさい、お父さんから聞いたことはありますけど、行ったことがないので良くわからないです」
うんまぁ、普通はそうだろう。俺だって春原に連れられた一回だけだし。
「はい、どうぞです」
「おう、サンキュ」
うん、美味い。
「でもまぁ、何て言うかさ」
古河家のちゃぶ台をそっと撫でながら、俺はそう言った。
「いつか、お前とふたりきりでこうやってお茶を飲めたら、良いよな」
「はい。そうなると、いいです」
そう言って、渚はにっこりと笑う。
その見慣れたはずの笑顔に何故かどぎまぎしてしまい、俺は頷くことしかできない。
げに恐ろしき、メイド服の魔力――以外にもあるのだろうな、きっと。
「行くよお兄ちゃん、これがわたしの全力全壊――で開発サポートした早苗パン!」
「ぎいやあああああああああああああああああああぅぁ!」
春原の愉快な悲鳴が、店の方から大きく響いた。
Fin.
あとがきはこちら
「次はアイドルデビューでもするか」
「そ、それは……」
「だってお前、劇場版では文字通り歌って踊ってたじゃん」
「……改めてそう言われると、ちょっと恥ずかしいです」
あとがき
超久しぶりの学園編でした。と言っても舞台が古河パンですけれど。
こちらも超久しぶりに芽衣が登場です。何か微妙に逞しくなってしますが、きっと気のせいでしょう。
にしても前回の予告通り趣味に走りまくった(どんな趣味かは大体わかると思いますw)割には、妙に時間がかかってしまいました。
忙しかったせいもありますが、やり過ぎたのがまずかったのかも知れません。ちょっと反省。
さて次回は○十七歳、がちがちのシリアスか、おおっぴらに軽いもので。