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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。

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「え? パチュリー様ですか? 何か奥の書庫の方に行きましたよ。『今日こそE.G.Fを探し当てるわ』とか言って」
「それはまた難儀なタイトル探すのね……」













































  

  


「わ〜っ!」
 その偉容に魔法の森の小さな魔女が上げた声は、聞いての通り感嘆であった。
「すごいっ、たくさんの本!」
 続いて顔を左右に忙しなく振りつつ、そんなことを言う。それに対して同行している博麗の小さな巫女は無感動のようであったが、瞳に宿る好奇の輝きは隠しきれていない。
「ほら、ふたりとも置いていくわよ」
 そして、小さな魔女と巫女のふたりを引率していたアリス・マーガトロイドはというと、少々感慨に耽っていた。
 かつて、幻想郷を紅い霧が覆い尽くすという異変が起こった。
 そのとき小さな魔女と巫女の祖母、すなわち霧雨魔理沙と博麗霊夢のふたりが、その異変を解決したのである。その時、此処紅魔館地下のヴワル魔法図書館は激戦区のひとつだっであったと聞いている。
 あれから幾星霜も過ぎたが此処は変わらず、そして今彼女たちの孫が訪れている。
 そこに、何とも不思議なものを感じるアリスであった。
 入り口付近に居た小悪魔から主は奥の書庫に居ると聞いていたが、姿は見えない。もっとも、『奥の書庫』にはまだまだ先があるので、もう少し捜す必要があるとアリスは踏んでいた。
 そう、アリス達は今この図書館への招待主であるパチュリー・ノーレッジを探していたのである。



『動かない大図書館と、図書館で』



「此処は文学の棚のようですね。ロバート・A・ハインライン、ロバート・F・ヤング……本当にすごい」
 ようやく好奇心が理性の殻を圧し破ったらしい。小さな巫女の方が、興味津々であることを表に出し始めた。
 そこへ、他の棚に寄り道していた小さな魔女が飛び出して巫女の肩をぶんぶんと揺すり、
「見て見て! あっちの棚には『ローゼンメイデン』の9巻以降が全部揃ってるし、あっちには『月は東に日は西に』の愛蔵版まであるっ!」
「はしゃぐのも程々にする!」
「でもっ!」
 ――騒ぎ過ぎね。そう思って先行していたアリスが叱ろうとした時である。
「やめなさい。此処を何処だと思っているの」
 割とアリスの近くから響いてきた声に、魔女と巫女が同時に沈黙した。
「知らないみたいだから教えてあげるわ。『図書館ではお静かに』――万国は疎か、過去未来を見ても変わりの無い法則よ。理解できた?」
 その言葉と共に、音も無く通路に現れたのは、紫の長い長い髪を持ち、ゆったりとした服に身を包んだ少女――パチュリーであった。
 一見すればアリスより年下に見える彼女のその声は随分と細い声であったが、その声音に潜む威厳に当てられたのか、小さな魔女が疎か、巫女すら頭を下げる。
「素直ね。いいことだわ――っ……!」
 続きは、彼女の激しい咳で聞き取れなかった。劇的な状況の変化に魔女と巫女が同時にアリスを見、アリスはとりあえず椅子を持ってくるよう指示を飛ばした。



「掃除〜 掃除〜」
「無造作にはたきをかけない! 余計埃が舞う!」
「魔法で吸い取っちゃおうか。マイクロブラックホールを召喚して――」
「駄目! 埃以外のものまで吸い取るに決まってる」
 そんな声が、少し遠くから響いていた。
 ヴワル魔法図書館閲覧室。室と言っても壁がある訳でなく本棚の代わりにいくつかのテーブルと椅子が置かれている区画である。
「……騒々しいわね」
 やっと咳が収まったパチュリーが、並べられた椅子の上に横たわったままそう呟いた。
「良いじゃない、たまには」
 パチュリーの側に座ったアリスが、テーブルに肘を乗せながら答える。
「あのね……」
 むっとした眼でアリスを睨むパチュリー。
「こんなに騒がしいのは、紅白と魔理沙が入り浸らなくなって以来だわ」
「なおのこと、良いじゃない」
 そう答えたアリスに、パチュリーは返事を返さなかった。
 そこへ、小さな魔女と巫女が戻ってくる。
「掃除終わったよっ、アリ――先生」
「蟻先生?」
 面白そうに反復するパチュリー。
「私はそこまで勤勉じゃないわ」
 肩をすくめて、アリス。
「お疲れさま。大変だったでしょう?」
「いえ、そんなことないです。範囲が広いので周囲の埃を落としたくらいですから」
 と、小さな巫女が魔女の代わりに答えた。
「いいのよ。此処をすべて掃除するなんて、地上のメイドを総動員したって一年はかかるんだから」
「その通りね」
 なんでそこまで知っているのよ。とパチュリーが後を引き継ぐ。
「せっかく招待したのに、仕事をさせてしまって申し訳ないわ。……だから、ひとり三冊ずつ無期限で貸してあげる。好きなものを選んできなさい」
「やたっ!」
 魔女が喝采を上げ、巫女が丁寧に頭を下げた。
「ねぇねぇ、何にしよう、何にしよう!」
「だからはしゃぐのは止める!」
 そう言いつつも、巫女の方が速足で書庫に向かっている。
「あ、待って、待って〜」
 慌てて後を追う魔女。
「――いいの?」
 ややあって、少し驚いた声音でアリスはそう訊いた。
「いいのよ。でも、それ以上言うと考えを変えるかもしれないわ。気まぐれで言ったのだから」
 そう言う司書殿は、そっぽを向いていた。それがパチュリー独特の照れ隠しであることに気付き、アリスは思わず笑ってしまう。
「なによ、笑わなくても良いじゃない」
「ごめん、つい――ね」
 右手でお腹を抑え、左手で謝るジェスチャーをしながら、アリス。そんな彼女が落ち着くまで、パチュリーは随分と機嫌が悪そうにしていたが、やがてぽつりと、
「……それにしても、驚いたわ」
 そんなことを言った。
「何が?」
「彼女達よ」
「そう?」
「そう。紅白の方はともかく、魔理沙の孫って言うから、どんな毛色しているのやらと思っていたら――」
 まるで飼っていた犬か猫が産んだ子ように話すパチュリーである。
「なによ、何から何までそっくりじゃないの……」
「そうかしら?」
「長く一緒に居過ぎたわね、『先生』。まるで完全に同一の遺伝子か、あるいは――」
 そこでアリスをじっと見る。
「あるいは?」
「貴方の人形か」
「……怒るわよ」
「褒めたのよ」
「あの子はあの子。魔理沙じゃないわ」
 肩をすくめて、アリスはそう言った。
「今にわかるようになるわよ」
「そう願いたいものだわ」
 そう言って、パチュリーは上体を起こした。
「ちょっと、もう大丈夫なの?」
「ただの発作よ、発作。それより――」
 そう言いながら、パチュリーは服の内ポケットから赤い液体の入った小さな薬瓶を、テーブルの上に置いた。
「貴方には、これが何なのかわかるかしら?」
 アリスは、軽く眉を顰めると慎重に薬瓶を明かりに翳し――、
「――ちょっと、これ」
「流石ね、『先生』」
 パチュリーが薄く笑う。
「完成していたのね、賢者の石。それもなんて純度の高い――初めて見たわ。こんなの」
「実はだいぶ前に出来ていたの。これは二個目で、一個目は現在紅魔館の地下で絶賛稼働中。もっとも、あっちはわかりやすく鉱物状だけれどね。……ねぇ、何で液状にしたのかもわかる?」
「液状……」
 通常固体にできるものを、わざわざ液状にするのには意味がある。例えば他の物質と混ざり易くするため。固体を溶かしても良し、気体を吸収させても良し……、
 ――吸収。
「まさか、服用できるの?」
 アリスは危うく、腰を浮かせるところであった。
「正解」
 やるわね『先生』、とパチュリーは気取って言うと、
「これがあれば数多い――って程でも無いけど、幾つかの秘法無しに人間から魔女、魔法使いになれる。生粋という訳には行かないけど、限りなくそれに近い存在に、ね。……けど、馬鹿よね。あの努力家の魔理沙が、それらの法式に自力で辿り着いていない訳が無いじゃない」
 おかしそうに、パチュリーは笑った。
「あの時のことはよく覚えているわ。だって未だに理解出来ないのだもの」
「何が?」
「魔理沙が成人した時、これを見せて誘ったの。人間をやめてみないかって」
「……そうなの」
「さらっと断られたわ」
「でしょうね」
「なによ。理由、わかるの?」
 少しむっとした様子でパチュリーがそう訊くので、アリスは手を振りながら、
「わからないわ。私自身、やめたようなものだし。でも――魔理沙らしいじゃない」
「らしい、ね。分類も統計も出来ない個人的な感情で動くんだから、堪ったものじゃ無いわ」
 そう言って、パチュリーは長いため息を吐いた。
「ひとつ、教えて頂戴」
「だからわからないってば」
「その話じゃないわ。……最期のことよ。看取ったんでしょ? ねぇ、魔理沙は最期謝った? 謝らなかった?」
 思わずパチュリーを凝視してしまった。その話を、アリスはまだ彼女にしていなかったのである。
「……謝ったわ」
「そう。やっぱり最後の最後まで魔理沙は魔理沙だったのね」
 安心したとばかりに息を吐くパチュリー。
「――うん」
 アリスは魔理沙の葬儀には加わらなかったけど、彼女の指摘通り最期は看取った。
 しかし、パチュリーはそのどちらにも加わっていない。
 けれども――と、アリスは思う。魔理沙への想いは、私にも負けないほどでは無かったのか。あの日、自分がとめどめもなく泣いた日、彼女だって泣いたのではないか。だって、魔理沙が何をしたのか見事に当てたではないか。
 アリスの脳裏に幻像が浮かび上がる。
 暗い暗いヴワル魔法図書館の最奥。誰も来ない本棚の隅で膝を抱え、ひとり声を上げずに泣き続けるか細い少女の姿が――、
「何か、勝手な想像していないかしら?」
 そのパチュリーの一言で、アリスは我に返った。
「そ、そんなことないわよ。そんなこと……」
「そう?」
 愉快そうにパチュリー。
 対してアリスは気不味くなって、下を見る。
 だからアリスには見えなかったが、パチュリーは周囲の人妖にはまず見せない笑顔を浮かべて、
「ねえ、私も教えて良いのかしら。魔法」
 思わぬ申し出に、アリスはすぐさま顔を上げた。もちろん、その瞬間にパチュリーはいつもの表情に戻っている。
「良いんじゃない? ……その、正直に言うと歓迎するわ。あの子達にはいろいろな知識や魔法に触れさせたいのよ」
「……ありがとう」
「え? あ、うん――」
「なによ、お礼を言ったのがそんなに珍しい?」
「え、いや、そういう訳じゃないけど……」
「嘘を吐くのは良くないわよ、『先生』」
 パチュリーはそこまで言うと、ふと顎に手をやって、
「さて、そうなると私はなんて呼んで貰おうかしら」
「気が早いのね……」
 やや呆れてアリス。
「そうね、七色の貴方が『先生』なら、差し詰め私は……」
 と、パチュリーは少しだけ考えて、
「『教授』ってとこかしら」
 大胆不敵な発言であった。
「……あの子達が、納得するのならね」
 好きにしてと言った感じで、アリス。
「させるわよ。私がやるからには――ハイクラスだわ」
 と、凶悪な笑みを浮かべてパチュリーは宣言した。
 そんな彼女に、アリスは少しだけ後悔し、それ以上に小さなと魔女と巫女ふたりの行く末が楽しみになった。七曜の魔女、そしてヴワル魔法図書館の全蔵書。それらが彼女達の知の糧となるのだから、その結果は計り知れない。もっとも、器がそれに見合わなければならないのだが、その保証はアリス自身が出来る。
「楽しそうね」
 そろそろ表情を読むのも飽きてきたわと言った風情で、パチュリーがそう言った。
「そりゃそうよ。教師冥利に尽きるってものだわ」
「……すっかり板に乗っちゃって。まぁ似合ってはいるけれど」
「何か言った?」
「独り言よ」
 そこへ、ふたつの足音が響いてくる。言うまでもなく、小さな魔女と巫女の足音だ。そのステップは随分と軽やかで、どうもそれぞれ希望通りの本を見つけて来たようである。
 アリスはそれに立ち上がって迎えようとし――、その袖をパチュリーに引っ張られた。
「挨拶くらいさせてよ、『先生』」
「――お好きにどうぞ、『教授』」
 こうして、ヴワル魔法図書館は久方ぶりにその賑やかさを取り戻そうとしていた。
 幻想郷中の緑が紅に染まった、深い秋のことである。



Fin.




あとがきはこちら













































「あれがうちの門番、紅美鈴。呼ぶ時は門番で良いわ。わかった?」
「「はい、教授」」
「な、何で自分だけそんなに格好いい呼名なんですかパチュリー様ぁ!」
「なんか……色々不憫ね」




































あとがき



 お久しぶりな東方SSは、アリスとパチュリーでした。
 元々パチュリーのように寡黙な突っ込み系というのはかなり好きな部類に入る私ですが、いざ東方のSSで書こうとすると結構難しいものがあって中々出番が無かったりします。
 幻想郷に住む魔女達――魔理沙、アリス、そしてパチュリー――の中では、その使用する魔法属性の広さや紅魔館でのポジションを見るに、最も強そうで目立てそうに見えるのですが……それを発揮する場面も少ないのが何というか――精進が足りないのかも知れません(もちろん私の)。
 ところで、作中でのヴワル魔法図書館の蔵書ですが……私的に偏っていますw。どっちかというと、魔法書が集まった図書館というより訪れる人にとって理想的な図書館というイメージがあるのですが、そこのところはどうなのか、個人の感じ方なのかもしれません。
 さて、次回は……アリスと咲夜――の予定で。

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