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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。

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「古河早苗、十七歳ですっ」
「早苗さん、二回目は辛いッス」











































  

  


 おとーさんが研修に出掛けて終日家を空ける日は、古河家に泊まる日。それが我が岡崎家にある数少ないルールのひとつだったりする。
 わたし岡崎汐は、そんな訳で古河家の御厄介になっていた。
 いつもの通り、学校帰りには古河パンのお手伝いをして、夜はあっきーと騒いで、その夜――、
 わたしは寝室――昔お母さんが使っていた部屋――を出てトイレに行った帰り、喉の渇きを覚えて台所へと向かった。
 ふと、違和感を覚えた。
 真夜中だというのに、台所に明かりが灯っている。
 最初あっきーがひとりで酒盛りをしているのかと思ったのだが――。
「早苗さん……」
 そう、意外なことに早苗さんだった。



『巣立ちを迎えた、雛鳥は』



 丁度家計簿をつけていたらしく、大量の領収書や伝票と一冊の大学ノートを横に並べたテーブルの上で、早苗さんは姿勢よく数字を書き込んでいた。そしてわたしの声に気付くと、
「起こしてしまいましたか?」
 顔を上げて、いつもの笑顔でそう言った。
「いえ、丁度トイレからの帰りです」
 と台所の入り口で、わたし。
「寝付けられませんか?」
「はい……」
 実際、ここのところ熱帯夜が続いていて、結構寝苦しい。
「それじゃ、こっちに来て座ってください。――そうですね、麦茶にしましょう。コーヒーや紅茶だと余計眠れなくなりますから」
 そう言ってテーブルの上に並べられたものを片付けると、早苗さんは素早く立ち上がって麦茶のコップをふたり分、テーブルの上に置いてくれた。
「ありがとうございます……」
「ただの手抜きですよっ、瓶から入れるだけで済みますから」
 そうおどける早苗さん。その割にはコップにはしっかりと氷が入っている。
 その心遣いが、嬉しかった。
「まだ、渚の部屋だと寝辛いですか?」
「いえ、もうそんなことはないです」
 と、わたし。ある時、今まで使っていた客間からそれまで締め切られていたお母さんの部屋を使うことになって、寝付けなかったことが確かにある。けれどそのときは、あっきーから色々な話を聞いて、それ以降は全く気にならなくなっていた。
 むしろ、今は寝過ごしてしまいそうになることの方が多かったりする。
「――今日は本当に、暑いですし」
 パジャマ代わりに使っているTシャツの胸元をぱたぱたと扇いで、わたし。
「そうですね、秋生さんも裸で寝たいと言ってました」
「――寝ているんですか? 裸で」
 想像しないように努力しながら、そう訊くと、
「せめてTシャツと短パンくらいは着てもらうよう、お願いしました。起こしにきて、朝も早くから逞しいものを見ても困りますし」
「そ、そうですね……」
 少し困った様子で答える早苗さんに、何処が逞しいのかと聞いてみたい気もしたが、怖い答えが返ってきそうなので、口をつぐんでおく。
「秋生さん、胸板厚いですからねっ」
「……あ。は、はい、確かにっ」
 多少頬を紅く染めて、早苗さんが年頃の女の子みたいな照れ笑いを浮かべる。対してわたしは、下品な想像してしまった自分が恥ずかしくて、やはり顔を赤くしてしまったのだった。
「汐ちゃんには、少し早すぎたのかもしれませんね」
 赤面しているわたしをそうフォローしてくれる早苗さんに、
「あー、いや、そんなこと無いです」
 頭の後ろを掻きつつ、わたしはそう誤魔化した。
 だって、さすがに別の想像をしていたなんて、言えない。



 コップの中の氷が、自然に溶けてからりと音を立てた。
「……それにしても、さすがに夜となると静かですね」
 そのコップの中身――よく冷えている麦茶――を飲みながら、わたしはそう言った。
 普段はあっきー、おとーさん、それに早苗さん主催の古河塾に通う子供たちで沸き返る古河パンも、今だけは眠りについているように沈黙を保っている。
「がらんとした、感じですか?」
 早苗さんがそう訊き、わたしは一二も無く頷いてそれに答えた。
「そうですね……もうずっと、三人で居たときが長かった家ですから」
 思わぬところから出て来た数字に、わたしの思考が一瞬止まる。
 三人。それはつまり、早苗さんと、あっきーと、そしてお母さんだ。
「でも今は、朋也さんと汐ちゃんがいますから。朝にはいつも通りになりますよ」
 そう言って笑う早苗さんに、わたしは……頷くしかない。
「――そうそう、丁度こんな夜でしたね」
「何がです?」
「あ、すみません……昔のことを思い出したんです」
「昔?」
「はい。渚が、朋也さんと一緒に暮らす前の晩のことです」
 あの時は、麦茶じゃ無くてホットミルクでしたけど。そう言って、早苗さんは麦茶のコップを持ち上げて、中の氷をからりと鳴らした。
「初めて、渚を大人だと思った日です」
「お母さんを、大人だと思った日?」
 私は首を傾げながらそう訊いた。当たり前のことだが……いまいち、想像出来ない。
「そうですよね。汐ちゃんには、わかりづらいかもしれません。でも――」
 何処か遠い、眩しいものを観るような目で早苗さんは続ける。
「汐ちゃんのお母さんが渚であるように、渚のお母さんは、わたしなんです」
 それはつまり、わたしがお母さんの娘であるように、お母さんが早苗さんの娘である、ということなのだろう。わたしは黙って、話の先を待った。
「ここで色々な話をしました。秋生さんとの出会い、一緒に暮らしはじめたときのこと、そして、渚が生まれた時のこと。初めての育児に大わらわだったこと、小学校の入学式、初めての授業参観、……病気のこと、朋也さんを紹介してもらった時のこと。最後に、朋也さんと一緒に暮らすことを相談された時のこと。全部、全部話しました」
 そこで一回、早苗さんは間を置くと、
「そして驚いたんです。いつの間にか、渚が強く育ってくれたことに」
「早苗さん……」
「ずっと一緒に居たから、少しずつ強くなっていることに気付かなかったんです。でもそのことがわかって、わたしは笑って渚を見送ることが出来ました」
 そのとき早苗さんの貌に浮かんでいた色は、育み、見守って来た優しさと、自らの子を送り出せた誇りと、そしてわずかばかりの哀しさが混じりあっていた。
「……寂しく、ないですか?」
 思わずわたしはそう口を挟んだ。
「寂しく、ですか?」
 笑われてしまった。
「御免なさい、渚も話の最後に同じことを言ったもので」
「そうなんですか……」
「親子ですね、汐ちゃん」
「ありがとうございます……それで、早苗さんは――」
「親は、子供が旅立つのを止めることなんてしませんよ」
 普段感じる雰囲気よりも、ずっと大人びた感じで、早苗さんははっきりと、そう言った。
「じゃあ、あっきーも同じように?」
「いえ、秋生さんは――泣いてしまいました」
「え?」
 あの、あっきーが?
 確かに一度だけ、その涙を見たことがある。
 でもそれはお母さんのお墓参りに皆が集まった時のことで、泣くと言った表現には当たらなかったし、それ以外の時に、わたしはあっきーが泣くのはおろか、涙すら見たことが無い。
 わたしの表情で、思っていることを感じ取ったのだろう。早苗さんは少し目を伏せて、
「わたしも、渚も、そして多分汐ちゃんも、よく秋生さんに我慢し過ぎだと言われますけど、本当に我慢しているのは秋生さんなのかもしれませんね」
 そう言った。
「渚が家を出て、次の晩のことです。いつものようにお店を閉めて、二人で夕飯を取った後、秋生さんから先に寝てほしいと頼まれまして……そうしたんです。ところが、真夜中に目が覚めまして――今の汐ちゃんと一緒ですね――明かりが灯っていた居間に顔を出してしまいました。秋生さんは、そのとき居間のちゃぶ台に背を向ける形でお酒を飲んでいました。
 そして、泣いていたんです。わたしは思わず、声をかけてしまいました。すると、秋生さんはこう言ったんです……」



■ ■ ■



「辛くはねぇ、辛くはねぇぞ。けどよ、何でこんなに寂しくなるのかさっぱりわからねぇんだよ……ちっくしょう、とまらねぇ……」



■ ■ ■



 わたしは、何も言うことが出来なくなった。
「……わたしだって、秋生さんと一緒になる時に家を出た訳ですから、渚だっていつかはそうなるってわかっていた訳です。それはわたしと一緒に暮らすことになった秋生さんもわかっていたはずなんですけど……男の人って勝手なのかも知れませんね、その部分だけは」
 多少苦笑を浮かべている早苗さんであったが、瞳には澄み切った鋭い光があった。
 それは、母親としての強さなのかもしれない。わたしも何時か子供を授かったとき、持つものなのかもしれない。
 もしくは、巣立ちを迎えた雛を見送る、親鳥の心境なのだろうか。
「おとーさんも、泣くのかな……」
 半ば自分に問いかけるように、わたしは呟いた。時計の針は深夜をすっかり回っていて、後しばらくすれば新聞配達が来かねないほどであった。
「そうですね……きっと、朋也さんも泣きますよ」
 わたしは、上手く返事ができなかった。
「あっきーはもう、寂しくないのかな?」
「寂しくなんて、無いですよ。それは汐ちゃんもよくわかっていると思います。それとも秋生さんは、その後も寂しい日々を過ごしてきたと思いますか?」
 わたしは首を横に振った。
「ですよね。それは渚と朋也さん、そして汐ちゃんが居てくれたからですよ」
「でも、おとーさんには……」
 早苗さんと対象となる、お母さんが居ない。
「秋生さんだって、わたしひとりでは無理です。そして朋也さんにはわたし達とは違う、一緒に居てくれる人たちが居ます。血は繋がって居なくても、強い絆を持った人達です」
 それは……わたしにもわかる。
 春原のおじさまや藤林先生、他にも多くの人達が、おとーさんやわたしと繋がっている。
「そっか……心配しなくてもいいんだ。というより、する必要は無いんだ」
 いつかわたしに好きな人が出来て、その人と一緒に暮らすか迷った時、考えれば良い。そしてその時には、今よりずっと賑やかになっているだろう。
「そういうことです」
 わたしの貌から思考を読んだのか、早苗さんがそう言った。
「わたしも巡り会えるのかな、好きな人に」
 そう言うと、早苗さんは悪戯っぽく、
「汐ちゃんは、ちょっと遅いかも知れませんね」
「え、そう思います?」
「はい。だってわたしが汐ちゃんと同じ年の時は、既に秋生さんと一緒でしたし、渚は渚で、次の年には朋也さんという恋人と一緒でしたよ」
 あちゃ、そういうことか。
「って事は代を重ねるごとに一年ずれて居るんですよね。来年なら脈ありかな?」
「渚の場合一年ずれて居ますから、二年ですよ。あと、等差じゃない場合は四年とか、八年とかの可能性もあります」
「八年!」
 つまりは二十代後半! いかにも教師と言った感じの早苗さんから飛び出たその途方も無い数字に、わたしは嘆息した。
「そう見せかけて、明日かもしれません。色んな可能性があるんです。だから、考えても始まらないんです」
 楽しそうに、早苗さんは言う。
「未来は汐ちゃんのものです。くよくよしないで、前を歩いて行きましょうね」
 違いない。わたしは大きく頷いて、それに答える。
 ほぼ同時に、壁に掛かっていた時計が時報を告げた。



Fin.




あとがきはこちら













































「古河早苗、二十八歳です」
「早苗さん、それは水瀬家の家主ッス」




































あとがき



 ○十七歳外伝、早苗さんとの対話編でした。
 なんか少しばかり説教臭くなってしまったような気がします。
 気がしますけど、いずれ○が選択しなければ行けないことだと思い、ちょっと前倒しにして俎上に載せてみました。実際問題、○が家庭をもっても、朋也は取り残されることは無いと思います。……家庭をもった○、想像したくねぇー!w
 あ、でも秋生と早苗さんはずっとあのまんまなんでしょうね。

 さて次回は、お盆に合わせてあの人が、やってきます。少しばかり、面白いことになるかもしれません。

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