超警告。CLANNADの隠しシナリオをクリアしていない人は
ブラウザのバックボタンで戻ってください。
このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。
それでも読む方は方はここをクリックするか、
ガンガンスクロールさせてください。
「古河早苗、十七歳ですっ」
「早苗さん、それ洒落にならないス」
『謎の女生徒X』
「秋生さん、大変です」
朝の古河パン、その窯で火の具合を見ていた古河秋生に、妻の早苗がそう声をかけたのは、自慢の娘とその他約1名が、学校に出掛けた後のことであった。
「どうした早苗、ふたり目が出来たか?」
「違いますよっ」
多少貌を赤くして、早苗はそう反駁する。
「まぁ、当然だな。だけどよ、早苗」
ばちんとウィンクして、秋生は言う。
「俺はいつでも、構わないぜ?」
「今はその話題から離れてください」
早くも冷静になった早苗にそうぴしゃりと言われて、秋生は黙って頷いた。
「で、どうした?」
「体操着を忘れたみたいなんです」
「小僧のか? それなら全裸で走っても問題ないはずだぜ?」
秋生はあまり認めたくないのだが、娘の渚の彼氏で、その他約1名である岡崎朋也は今、古河家に居候状態となっている。
「いえ、渚のです」
「そいつは、不味いな」
一転して深刻な貌になって、秋生。
「制服のまま運動なんぞしたら、ちらっちらっと見えちまうじゃねえか」
「渚は制服を着たままなんですね……」
多少呆れて、早苗。
「とにかく、体操服を届けてきます。店番の方、お願いしますね」
「いや。ちょっと待て」
エプロンを取ってすぐさま出掛けようとする早苗を、秋生は即座に引き留めた。
「早苗、その格好のままじゃ駄目だ」
「どうしてですか?」
不思議そうにそう訊く早苗に、秋生は人差し指を立てると、
「いいか早苗、渚は小僧のお陰で随分と明るくなった。だけどな、まだまだ周囲に溶け込みきっていないかもしれねぇ。そこにお前がいつもの調子できたらどうなる? 渚は恥ずかしがって、また縮こまっちまうかもしれねぇだろ?」
「それは――そうかもしれませんね」
「そこでだ早苗、お前はあそこの生徒に変装するんだ。そして――ちょっと待ってくれ」
そこで秋生は話を中断した。
窯の蓋を開け、木の棒を中の鉄板に繋げると一気に引っ張り出す。鉄板には、焼きたての香ばしい薫りを立ちのぼらせる、あんぱんが並んでいた。
「よし。良い具合だ……。でだな、友達としてさりげなく体操着を渡してやればいい。それなら渚も安心って訳だ」
そう言いながら、焼き上がったあんぱんの窪んだ部分に、桜の花の塩漬けを次々と載せて行く。
「でも、どう変装しましょう?」
「渚の制服の予備がある。そいつを使えばいい」
「――なるほど。でも着替える時間が……」
「それも大丈夫だ」
次の鉄板――上にはチョココロネのパンの部分のみ。こちらはあんぱんの餡と違って、焼き上がってから入れるのだ――を窯に入れながら、秋生。
「渚の体育の時間は午後一からだ。だから昼飯が済んだころ渡せば良いってことさ」
娘の時間割を完璧に把握している、父親であった。
「胸がきついですね……」
「よし! 小僧、モラルをちゃんと守っているようだなっ!」
「お腹は少しぶかぶかしています」
「おのれ小僧、渚を幸せ太りさせやがって……!」
渚の制服を着用した早苗が戻ってきたのは、それから少し経ってからのことであった。
「それは置いておいて、久々に短いスカートを履くと脚が涼しいです」
「ま、もう夏だからな。ちょうど良いだろう」
腕を組んで、うんうんと頷く秋生。
「あと髪型替えないとな」
「髪型ですか?」
「ああ。もうちょっと長けりゃ神尾さんちの観鈴ちゃんで通るんだが、そのままだと此処のパン屋に来た生徒にゃすぐばれるだろう」
「神尾さんって、誰ですか?」
「おいおい、ずっと前にふたりで映画観に行ったじゃねぇか。それはさておき、髪を解いてくれ。いじるのは俺がやるから」
「わかりました。お願いしますね」
そう言って、秋生の言うとおりにする早苗。
「よし、んじゃいくぜ。ちょちょちょいちょい――っと」
秋生はその場で早苗の髪形を替えた。彼は手先が器用であった。
「うむ、魅惑のツインテールだな」
正確にはツーテールである。
「ありがとうございます。後は何か、気を付けなければ行けないことはありますか?」
「そうだな、渚の友達って設定を忘れないようにすれば大丈夫だろう。うっかりいつも通りの口調にならないようにな」
「わかりました。では、行ってきますね」
「おう、気を付けてな」
そう言って、体操着の入った袋を手に提げて、早苗は出掛けて行った。
秋生はその後ろ姿を黙って見送り――。
「やべえ、目っ茶かわええ……」
ひとり鼻を抑え、悶絶する。
■ ■ ■
「朋也くん、大変です」
渚が俺にそう言ったのは、昼休みが終わる頃、気になることがあると言って自分の教室に一旦帰って、すぐさまいつもの中庭に戻って来た時のことだった。
「どうした、一体」
それがそう訊くと、渚は困った様子で
「体操服、忘れてしまいました……」
と言う。
「そいつは不味いな……。制服のまま運動なんかしたら、ちらっちらっと見えちまうじゃないか」
俺がそう言うと、渚は少し貌を赤くして、
「朋也くん、そういう想像はしないでください。恥ずかしいです」
「あぁ、悪い」
だけどな、渚。するなという方が無理なんだぜ? という言葉を、俺はそっと飲み込んだ。
「それじゃ、俺のを貸そうか?」
「朋也くんのクラスも、次の時間は体育じゃないですか?」
「ああ、そうだけど。でも俺は見学で良いから」
まさに一石二鳥。けれど渚は、
「それじゃ、駄目です。朋也くんが見学するくらいなら、わたし制服で頑張ります」
と言う。
「それによく考えたら、朋也君の体操服だと短パンです」
「そういやそうだな」
「きっと、制服より目立ちます……」
「それに男子用だからな」
隙間からえらいものがちらちら見えるかもしれない――と言おうとして、俺は言葉を飲み込んだ。俺にだって一応、学習機能というものはある。
「仕方ない。ちょっと古河パンまでひとっ走り――」
俺がそう言おうとした時だった。
「古河さん、ここでしたか」
ふいに校舎からそんな声がして、ひとりの女生徒が駆けてきた。
もうだいぶ暑いというのに、少し貌を上気させただけで汗ひとつかいていない、健康的な雰囲気を醸し出している。
「ど、どうして」
傍らの渚はというと、何故か目を白黒させている。
「探しましたよ。食堂にも教室にもいなかったんですから」
「す、済みません……」
思わず謝る渚。
「はいこれ、体操服です。古河さんのお父さんに頼まれました」
「あ、ありがとうございます」
そう言って、女生徒から体操服を受け取る渚。
「それじゃ、私はこれで」
そう言って髪を双房に分けた女生徒は、そこで初めて俺に気付いたかのように視線を向けると、
「こんにちは、とも――いえ、岡崎さんっ」
「あ、あぁ」
にっこり笑った笑顔が渚のように眩しくて、ついどもってしまう俺。
「これからも、古河さんをよろしくお願いしますねっ」
「わ、わかった……」
おんぼろのロボットのように、かくかくと頷くと、女性とは満足したかのように頷いて、何故か校門の方へと歩いて行った。
その後ろ姿を、渚と声なくふたりで見送る。
「……吃驚しました」
と、少ししてから渚。
「ああ、俺もだ。誰なんだ? 今の女子」
何故かそこで、こけそうになる渚。
「朋也くん、今の本気で言っていますか?」
「え?」
俺がそう聞き返すと、渚は多少むっとした声で、
「家に帰れば、多分遭えると思いますっ」
そんなことを言う。
「へぇー……って、お前怒ってない?」
「怒ってないですっ」
やっぱり怒っている。
「でも――朋也くん、見とれていました……顔も赤いです」
げ。
俺は慌てて顔に手をやる。やばい、確かに熱が残っている。
「そ、そうだったか?」
それでも誤魔化す、俺。渚の彼氏としてその義務がある。
「ごめんな。お前に似ててつい……」
それには嘘偽りも、誇張も無い。それは渚にも伝わったようで、幾分か表情が和らいでくれた。
「で、本当に誰だったんだ?」
もう一度訊く、俺。すると渚は多少呆れた貌でぽつりと、
「本当に気付かなかったんですね、朋也くん」
「人の顔覚えるの、苦手でさ」
「初めて聞きました」
「初めて言ったからな」
「嘘ですよね?」
「ああ、嘘だ……御免なさい」
真面目に謝る。すると渚はそっぽを向いて、小さな声で、
「今の人は、――です」
「……え!?」
俺は、その余りにも衝撃的な事実に、思わず聞き返したのだった。
Fin.
あとがきはこちら
「ただいまです」
「戻りました」
「良し、良いぞ早苗、その姿勢のままもう一枚っ」
「なにやってますか、お父さん、お母さん」
「……渚、その貌目茶恐いからな」
あとがき
学園編、早苗さん大活躍でした。
だいぶ前にKanonの水瀬秋子さんに娘である名雪の制服着せる話を書きましたが、その時と違って完全に同世代になりきれる早苗さんのスペックに驚かされます。いや、秋子さんでも行けるような気がしますが……AIRの晴子さんには無理だろうなー(えー)。
さて次回は……○十七歳で。